モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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ジャラジャラさん回です。


第8話 走る理由は

 謝らないで欲しかった。

 誰のせいでもない。まして彼女が悪いわけでは、絶対にない。

 誰よりも悔しかったのは、悲しかったのは、彼女自身だったはずなのに。

 ――ごめんなさい、と。

 謝られてしまったら、あたしは。

 あたしは――。

 

 

       * * *

 

 

 選抜レースの直後はあれだけうろついていたトレーナーたちが、気がつくと潮が引くようにジャラジャラの周囲からいなくなっていた。

 いくら選抜レースで優れたタイムで勝利したといっても、いつまで経ってもまともにトレーナーのスカウトの話を聞かず、逃げ回っているような気性難のウマ娘にこだわっているより、他のもっと素直なウマ娘のところに向かった方がトレーナーの方だって指導しがいもあるだろう。自分の他にも才能あるウマ娘はいるのだ。

 

「やれやれ、やっと落ち着いて走れる」

 

 トレーニングコースで大きく伸びをして、ジャラジャラはストレッチを始める。選抜レース以来、必ず誰かが隙あらば自分をスカウトしようと狙っていて、好きに走ることも出来なかった。これでようやく自由だ――。

 準備運動を終え、まずは軽くぐるっとコースを一周――と走り出したジャラジャラの視界に、こちらをじっと見つめるひとりのトレーナーの姿が映る。

 ……いや、まだ諦めの悪いのがいたか。

 まあでも、ひとりぐらい見ている程度なら気にもならない。そのトレーナーのことは意識から締め出して、ジャラジャラは黙々と走り込みを続ける。

 隣のダートコースを見やると、エレガンジェネラルが専属トレーナーの指示でダッシュをしているのが見えた。求道者のような表情で、どこまでも生真面目にトレーナーの指示に従うその姿を見ながら、――もう少し気楽に走れんもんかねあいつは、とジャラジャラは思う。

 生真面目で几帳面なジェネラルの性格は本人の生来のものだとしても、走っている間ぐらい、もっと自由な気分でいればいいのに、とジャラジャラは思う。前に誰もいないターフを走る気持ちよさ。自分たちウマ娘が走るのは、結局のところその瞬間のためではないだろうか?

 そう、自由に、ただ何からも自由に走るため――。

 

「…………」

 

 ジャラジャラは小さく首を振って、コースがカーブしてジェネラルの姿が視界から外れたのを機に、ルームメイトのことを頭から振り払う。そうするとまた、視界にあのトレーナーの姿が映った。

 コースの周囲の芝生に腰を下ろし、ただじっとこちらを見つめている。――さて、他のトレーナーが手を引いた今ならという安易な考えでやってきたような輩なら逃げればいいだけの話だけれども。

 正直なところ、ジャラジャラは選抜レース以来の騒ぎで、この学園のトレーナーたちにいささか失望していた。自分の名誉欲を、こっちの走る理由と勝手に同一視して押しつけてくるのは、心底勘弁してほしいと思う。

 GⅠのタイトルが欲しくて走ってるんじゃない――とジャラジャラが言ったところで、彼らは理解しないだろう。

 しかし、トレーナーが見つからなければトゥインクル・シリーズへの出走は許可されない。どうしたものか――と、内心ではそろそろいささか本気で困っていたところだ。

 ……まだこちらを飽きずに見つめているトレーナーの姿が見える。

 ひとりぐらい、あたしの走る理由に付き合ってくれる物好きが、いてくれてもいいじゃないか。――そう期待するのは、儚い望みだろうか?

 

 

 

 そうして自主トレを続けていると、その途中で聞き覚えのある声がかかった。

 

「おーい、ジャラジャラちゃん」

「ランデブー先輩。なんすか?」

 

 声を掛けてきたのは、芦毛の長いサイドテールを揺らしたウマ娘。ネレイドランデブーである。マイル戦で無敵の強さを誇り、既に桜花賞、ヴィクトリアマイル、マイルチャンピオンシップとGⅠを三勝している、現役の超一流ウマ娘だ。ジャラジャラは選抜レースの少し前、恐れ知らずに彼女に併走を申し込んだことがある。結果は当たり前ながら普通に負けたが、それ以来ランデブーはジャラジャラのことを気に入ったようだった。

 そのランデブーが、傍らに他のウマ娘を連れている。栗毛のショートヘアに、短いサイドテールを結んだウマ娘は、緊張気味の様子でランデブーの背後に隠れるようにしていた。

 

「この子、マルシュアスっていうんだけど、ちょっと併走付き合ってあげてくんない? たぶんあんたの同期になる子だから。この子は三冠路線だけどね」

「へえ――いいっすよ」

「じゃ、あとよろしくー」

 

 走り去っていくランデブーを見送り、ジャラジャラが視線を向けると、マルシュアスはびくっと身を竦ませる。……怖がられる覚えはないが。

 

「あっ、えっと、よろしくお願いします」

「おう、よろしく。で、なんぼ走る? 1600? 2000?」

 

 ぺこりと頭を下げたマルシュアスにジャラジャラが問いかけると――その顔から怯えが消え、勝負に向かうウマ娘の顔つきになった。ジャラジャラは思わず口の端を釣り上げる。いいねえ。いい顔だ。こういう顔をしたウマ娘が相手なら、張り合いがある。

 

「2000で」

「オッケー。言っておくけど、あたしは飛ばすよ?」

「大丈夫です。ランデブーさんで慣れてます」

「結構結構」

 

 ランデブーが目をかけているということは、相応の実力はあるのだろう。三冠路線志望なら、対戦する機会はシニア級まで無いかもしれないが、それは別に構いはしない。強い相手が増えるなら大歓迎だ。

 ジャラジャラが軽く屈伸をしていると、何やら視線を感じる。振り向くと、マルシュアスが目を輝かせて、ジャラジャラの姿に見入っていた。

 

「……なに?」

「お……大人っぽい!」

「あ? なんだって?」

「先輩! ジャラジャラ先輩と呼ばせてもらっていいですか!」

「はい? ちょっと待って、あんた何年?」

「中等部2年です!」

「同い年じゃんか!」

「年齢は関係ないです! 大人っぽいウマ娘さんは全て私の中では先輩です!」

 

 目をキラキラさせて身を乗り出してくるマルシュアスに、ジャラジャラは頭を掻く。

 ――なんか、変なのに捕まっちまったなあ……。

 

 

       * * *

 

 

 結局あのトレーナーは、ジャラジャラが自主トレを切り上げるまでその場を動かず、ただじっとこちらを見守り続けていた。

 併走を終え(当然ジャラジャラが勝った)、同い年のくせに「先輩、先輩」と呼んでまとわりついてくるマルシュアスのトレーニングに付き合ってやっているうちに、気が付いたら陽が暮れていた。まあ、トレーニングに付き合ってくる相手がいるのはジャラジャラとしても張り合いがあるので構わないのだけれども。

 そろそろ寮の門限が近い。マルシュアスは先に帰らせて、ジャラジャラが後片付けを終えてトレーニングコースを出ると、ようやくそのトレーナーが、すっとこちらに近付いてくる。

 おいでなすった。さて――今度のトレーナーは、何を目指そうと言ってくるやら。

 ジャラジャラが無視して通り過ぎようとすると、トレーナーはこちらを呼び止める。

 

「なに? まだあたしのことスカウトしようとする諦めの悪いトレーナーがいたとは驚きだね。みんな逃げちまったのに」

 

 足を止め、ジャラジャラは振り返ると、値踏みするようにトレーナーを見つめた。

 

「それで? あんたはあたしにどんなGⅠを獲らせたい? トリプルティアラ? 天皇賞? 有馬記念? それともあれか、夢はでっかく凱旋門賞とか言っちゃう?」

 

 ジャラジャラがそう問いかけると、トレーナーは、しかし首を横に振った。

 

「それを本当に君が走りたいなら、どんなレースにも連れて行く」

「――――」

 

 思わぬ言葉に、ジャラジャラは目を見開く。――どんなレースにも、だって?

 

「……へえ? 言っておくけど、あたしは気まぐれだよ? オークスに出られるのに、同じ日の新潟の韋駄天ステークスで走りたいとか言い出すかもよ?」

「構わない」

「……はい? 本気で言ってる?」

「ああ。だって君が走りたいのは――何を、じゃなく、誰と、なんだろう?」

「――――――」

「君が、一番戦いたい相手と戦えるレースなら、どこにだって連れて行く。そこで、最初から最後まで先頭で逃げ切る君の姿を、見たい」

 

 その瞬間。背筋に電流のようなものが走って、ジャラジャラは小さく身震いした。

 

 

 ――いた。なんだ、ちゃんといるじゃないか。

 あたしの理由を、走る目的を、理解してくれるトレーナーが!

 

 

「その言葉、二言はないね?」

「ない!」

 

 力強く言い切ったトレーナーの言葉に、ジャラジャラは拳を握りしめ、身震いした。頬が緩むのを押さえきれない。待っていたんだ。あたしはこの瞬間を――。

 これでやっと、あいつと戦える。あの世話焼きで、口うるさくて、嫌になるほど几帳面でクソ真面目な――初めて、こいつを全力で叩き潰したいと思った、最強の敵。

 あいつを――エレガンジェネラルを倒しに行ける。

 

「じゃ、決まりだ! あたしのトゥインクル・シリーズ、あんたに託した!」

 

 握りしめた拳を、ジャラジャラはトレーナーへと突き出す。

 

「見てな、トレーナー。このジャラジャラさんが、誰にも文句のつけようのない、最強伝説を作ってやる!」

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