モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

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第92話 皐月賞・それは夢か幻か

『デュオスヴェル! デュオスヴェルです! 皐月賞、鮮やか逃げ切り大圧勝! 最強ウマ娘デュオスヴェル、三冠へ向けてまず一冠!』

 

 中山レース場に、大歓声と紙吹雪が舞う。

 ――スヴェル! スヴェル! スヴェル!

 何百万人の《スヴェル》コールに応えて、スヴェルは胸を反らして高らかに笑った。

 

『はーっはっはっはー! どうだ見たかー! ボクが最強ウマ娘デュオスヴェル様だー!』

『ああっ、スヴェル様!』

『偉大なる最強ウマ娘スヴェル様!』

『もはや三冠、いや全てのGⅠは貴女様のもの!』

『伝説の史上最強ウマ娘デュオスヴェル閣下を讃えよ!』

 

 ターフのウマ娘たちが次々とスヴェルに跪きひれ伏す。スヴェルは金ピカのマントを翻し、豪奢な玉座に腰を下ろした。

 そのスヴェルの脚元に、ブリッジコンプが土下座する。

 

『ああ、スヴェル様、どうかこれまでのご無礼をお許しくださいませ!』

『はっはっはー! ボクは偉大で寛大だからな! ボクの下僕になれば許してやろう!』

『はい! 喜んでスヴェル様の下僕となります!』

 

 随喜の涙を流してスヴェルの脚元に這いつくばるコンプ。

 はーっはっはっはー。スヴェルの高笑いが中山レース場に響き渡り続ける。

 

 

       * * *

 

 

「――はっ!?」

 

 次の瞬間、スヴェルはベッドの上で飛び起きていた。

 ――あ、あれ? レースは? ボクが逃げ切り大圧勝を飾った皐月賞は?

 うろたえて周囲を見回す。見覚えのない部屋。白い壁、白いカーテン、白いベッド。なんだか、病室とか医務室のような部屋である。――痛い。顔が痛んで手を当てると、額と鼻の頭に大きなガーゼが貼られていた。

 

「おっ、気が付いたかね! スヴェル君!」

 

 と、カーテンが開いて顔を見せたのは、担当の岬トレーナーだった。

 

「トレーナー、え、ここどこ? ボクは――」

「ここは中山レース場の救護室だよ!」

「え? あれ? ねえトレーナー、ボクのレースは? 皐月賞は!?」

 

 スヴェルが詰め寄ると、岬トレーナーは「嗚呼――」と呻いて、顔を覆って天井を仰いだ。そこへ、その後ろからオータムマウンテンが顔を出す。

 

「あらあら~、スヴェルちゃん、ようやくお目覚めですか。おはようございます~」

「オータム――あっ、それ!」

 

 ウイニングライブ用の衣裳に着替えたオータムが手にしているのは――皐月賞の優勝トロフィーと優勝レイである。

 ああ、なんだ、夢じゃなかった。優勝したボクのトロフィーとレイ――。

 スヴェルが思わずそれに手を伸ばすと、オータムがさっとスヴェルの手の届かない高さまで持ち上げる。空振りしてつんのめったスヴェルは、頬を膨らませてオータムを睨んだ。

 

「なにすんだよ、オータム! それボクのだろー!」

「なに言ってるんですか~? スヴェルちゃん、ひょっとして記憶喪失になっちゃいました~? ここは救護室、あなたはデュオスヴェルちゃん。それから、このトロフィーとレイは私のですから、スヴェルちゃんにはあげません~」

「知ってるよ! ――って、え? オータム、の?」

「はい~。スヴェルちゃんが転んで気を失ってる間に、私がいただきました~」

 

 ――その瞬間、何が起きたのかを思い出して、スヴェルは固まった。

 ガラガラと、音を立てて夢が崩れ落ちていく。

 

 

       * * *

 

 

 時間を少し遡り――皐月賞のスタート直後。

 数万の観客の歓声は、ゲートが開いてすぐに悲鳴に変わった。

 

『ああああーっと、ひとり転倒! デュオスヴェルです! デュオスヴェル転倒ーっ!! 悲鳴が上がる中山レース場、とんでもないことが起こってしまったーっ!!』

 

 ゲートが開き、ウマ娘たちがどっとターフに飛び出した瞬間。

 その場で蹴躓いて、顔面からターフに倒れこんで動かなくなったウマ娘がひとり。

 それが1番人気のデュオスヴェルだと解った瞬間、中山レース場は悲鳴と怒号に包まれた。スターターのスタッフが慌てて駆け寄り、担当の岬トレーナーはその場に膝をついて天を仰ぎ、皆が唖然茫然、阿鼻叫喚である。

 私もヒクマもエチュードも、そしてコンプも、呆けたように口を開けて、倒れこんだスヴェルを見ているしかなかった。

 レース中に転倒したウマ娘は、安全のためその場で競走中止。それがトゥインクル・シリーズの規定である。スタート直後のズッコケは大レースでも稀に起こるアクシデントではあるが――。クラシックの大一番で、しかも1番人気がスタート直後に転倒、競走中止というのは、前例もないではないが、何十年に一度という珍事だ。

 しかし、皆が唖然としているうちにもレースは進む。間違いなく逃げると目されていたデュオスヴェルが競走中止になったことで先行争いはしばらく混沌としていたが、向こう正面に出る頃には人気薄のウマ娘が速めのペースで引っぱる格好になり、3番人気のメイデンチャームが3番手の好位。ハッピーミークとプチフォークロアは中団に構え、オータムマウンテンはいつものように後方にのんびりと控える。

 そのまま展開は流れて直線へ。直線入口でメイデンチャームが逃げるウマ娘を捕らえて先頭に躍り出た。そこに中団から外に持ち出したプチフォークロアが脚を伸ばす。さらに最内に潜り込んでいたハッピーミークが伸びてくる。

 

『メイデンチャーム先頭、外からプチフォークロア、内ハッピーミーク! メイデンチャームか、メイデンチャームか、大外オータムマウンテン! オータムマウンテンが来た!』

 

 そして、中山の急坂を悠然と大外から駈け上がってきたのが。

 いつの間にか上がって来ていた、オータムマウンテン。

 いつも通りの涼しい顔でバ群をまとめてかわしていき、残り50メートルで先頭を捕らえる。狙い澄ましたように。計算し尽くしたように。

 

『オータムマウンテン! オータムマウンテンです! オータムマウンテンが差し切った! 春の中山に秋の彩り! オータムマウンテンが皐月を制しました!』

 

 ゆっくりと脚を緩めたオータムマウンテンは、立ち止まって観客席へ向けて一度軽く手を振る。2着は1バ身差で粘り込んだメイデンチャーム、3着はクビ差届かずプチフォークロア。ハッピーミークは半バ身差の4着だった。

 やっぱり、ホープフルステークス2着は伊達ではない。瞬間的なキレ味があるわけではない、ジリ脚と言ってもいいぐらいどこから加速しているのかわからないのに、気が付けばいつの間にか最後方から上がって来てトップスピードで差し切っている。オータムマウンテンらしいレースだ。

 ――そんなことを頷きつつ考えていた私は、隣にいたコンプが肩を怒らせて踵を返したのに気付いた。エチュードとヒクマも気付いて振り返る。

 

「あれ、コンプちゃん? どこ行くの?」

「……あ、スヴェルちゃんのお見舞い」

 

 スタート直後に転倒して目を回したらしいデュオスヴェルは、スタータースタッフが用意した担架ですぐにコースから運び出されていた。

 

《お知らせいたします。中山レース第11競走、5番デュオスヴェル選手は、発走直後、他の選手に関係なく、躓いて転倒し、競走を中止しました。なお、この件につきましては後ほどパトロールビデオを放映いたします》

 

 ちょうどその件についてのアナウンスがレース場に流れる。

 

「コンプちゃん、スヴェルちゃんのお見舞いならわたしも行くよ!」

「誰が行くか!」

 

 ヒクマの言葉に、コンプが振り返って吼えた。

 

「あーもう、バカ、アホ、ドジ、間抜け! アホスヴェルがホントに滑って転んでんじゃないっての! あたし帰る!」

「あ、コンプちゃん、待ってよ~。オータムちゃんとロアちゃんのライブ見ようよ」

 

 怒髪天を衝く勢いでのっしのっしと歩き去るコンプを、ヒクマが慌てて追いかけていく。私はエチュードと顔を見合わせて、それを見送るしかなかった。

 

 

       * * *

 

 

 翌日。

 岬トレーナーのトレーナー室で、オータムマウンテンは《日刊ウマ娘》を広げていた。一面は当然、皐月賞を勝ったオータムなのだが。

 

「スヴェルちゃ~ん、ほらほら、スヴェルちゃんも裏一面ですよ」

「見せるなー!」

 

 裏一面は、デュオスヴェル転倒の決定的瞬間が大写しになっていた。

 スタート直後にバランスを崩し、顔面からターフに倒れこむスヴェルの連続写真。

 

「うがーっ、あんなのナシだーっ、もういっかいやったらボクの勝ちだぞー!」

「でも勝ったのは私ですから~。やり直しはナシですよ」

「うぐぐ……」

 

 ほわほわと微笑むオータムに、スヴェルは唸るしかない。

 

「でも、勝ったの私なのに、昨日から話題はスヴェルちゃん一色なんですよね~」

「ほへ?」

「ウマッターも、ネットウマ娘も、ウマ百科のスヴェルちゃんの記事の掲示板も、勝った私よりずっと大盛り上がりですよ~」

「それ炎上してるってやつだろー!」

 

 吼えるスヴェルに、岬トレーナーが呵々と笑う。

 

「はっはっは! そりゃあ1番人気を背負ってスタート即転倒競走中止ではね! でも思ったほど叩かれてはいないよスヴェル君!」

「え、そーなの?」

「そうですね~。『東スポ杯見たときから三冠でも絶対何かやらかすとは思ってた』とか、『皐月賞イチ笑った』とか『誰だ弥生賞で落ち着きが出たとか言った奴』とか『東スポ杯から推してたけどこいつ面白すぎる、一生ついてくわ』とか、応援されてますよ~」

「それ応援されてるんじゃなくてネタにされてるんだよー!」

 

 スヴェルの叫びが、トレセン学園に響いて消えていく。

 

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