モブウマ娘 ドリームダービー -走れ!バイトアルヒクマ-   作:浅木原忍

95 / 120
第94話 NHKマイルカップ・いっぱい走って

 5月5日、日曜日。東京レース場、第11レース、NHKマイルカップ(GⅠ)。

 

『世代のマイル王を決める大一番、GⅠ・NHKマイルカップ! パドックをご覧いただきましょう。朝日杯の上位組が人気上位を占めています。圧倒的1番人気はやはり朝日杯覇者、皐月賞2着の5番メイデンチャームですが、いかがですか太田さん』

『速めのペースを先行して粘った前走から中2週、状態は悪く無さそうですが、疲労がどれほど残っているかが若干気がかりですね』

『朝日杯3着、前走は皐月賞4着。ダートの共同通信杯の大勝も記憶に新しい白毛ウマ娘、8番ハッピーミーク。3番人気です』

『前走の疲れを感じさせない仕上がりですね。好状態だと思います』

『朝日杯4着、前走ファルコンSは伏兵に脚元を掬われ2着。ここまで好走を続けながら重賞未勝利、重賞初制覇をGⅠで飾れるか。10番チョコチョコは4番人気』

『距離不安はありますが、朝日杯でマイルの流れを経験していますし、前走は逃げる格好になって我慢が利かなかったのが大きいでしょう。好位で自分のレースに徹すれば勝機は充分にあると思います』

『そのチョコチョコをファルコンSで破り、大番狂わせを演じた11番バイタルダイナモ。人気薄の一発とは思えない先行押し切りの強いレース内容でした。5番人気です』

『ここまで大敗と快勝とを繰り返している極端なレース内容ですが、大敗した2戦はいずれも出遅れが致命傷でした。出遅れず好位につければ今回も面白い存在になりそうです』

 

 

       * * *

 

 

「委員長」

「あっ、レイさん!」

 

 おろしたての勝負服に身を包み、地下バ道を進むバイタルダイナモは、その途中で待っていたルームメイトの姿に顔をほころばせて駆け寄った。

 

「わざわざこんなところまでありがとうございます!」

「こんなところって、学園の隣じゃん。やー、それにしても委員長があのチョコより先に重賞勝って、今度はGⅠ出走かあ。なんかもー、あたしだけ取り残されちゃったなー」

「何を仰いますか! レイさんも初勝利を挙げたばかりでしょうに! 改めましてダイナモ祝福です! おめでとうございます!」

「いや、それはもういいって。先々週からもう何十回めよぉ」

 

 ソーラーレイは恥ずかしそうに頬を掻く。――レイは先々週、4月21日。皐月賞の翌週、東京・芝1400の未勝利戦を勝ち抜けていた。寒がりのルームメイトは、気温が上がってきたのが良かったのかもしれないとダイナモは思う。

 

「ま、なんにしてもあたしは委員長を応援してるよー、委員長。ファルコンSでチョコの奴に吠え面かかせたのは痛快だったし、このままユイチョコより先にGI勝っちゃえ」

「もちろんですとも! このバイタルダイナモ、このGⅠという大舞台、一世一代の走りをお見せするべく新たな作戦を練り上げてきました! 圧勝、優勝、呵々大笑です!」

「……その作戦、大丈夫ー?」

 

 不安そうに眉を寄せるレイに、ダイナモは「お任せあれ!」と高笑いする。

 

 

       * * *

 

 

 ――マークするのはあいつだ。あの色黒ツインテール。

 ゲートの前で屈伸するメイデンチャームを見やりながら、チョコチョコは息を吐く。

 朝日杯では後ろにつけられて、あっさり直線でかわされ置いていかれた。だったら今度は、こっちがあいつをマークする。後ろについて脚を溜めて、府中の長い直線勝負。

 前走はうっかり前に出すぎて委員長相手に不覚を取った。朝日杯でマイルのキツさはわかっている。しっかり前に壁を作って、自分のペースを守る。

 ふぁ、とひとつ欠伸が漏れて、チョコチョコはそれを噛み殺しながら顔を上げる。よし、勝つ。勝てる。ムニっちより先に、GⅠ、獲ってやる。

 

「チョコさん! 今日はよろしくお願いしますね!」

 

 声を掛けられ振り向くと、バイタルダイナモが笑顔で片手を挙げていた。

 

「お、委員長。生憎、前回みたいにはいかないかんねぇ。覚悟しといてよぉ」

「もちろんですとも! このダイナモ、チョコさんの実力は理解いたしております! しかしこのダイナモ、委員長として、皆の模範となる走りをお見せいたしますとも!」

 

 ではでは! と手を振ってゲートへ向かうダイナモに手を振り返し、委員長はGⅠでもいつも通りだなぁ、と一息ついて――それから、やたらに目立つ白毛のウマ娘が横を通りすぎて、チョコチョコはそれを横目に軽く睨む。

 ――あの白毛、あいつも不気味なんだよねぇ……。

 朝日杯ではどこからともなく現れ、気が付いたらかわされていた。何を考えているのかよくわからない横顔をしたウマ娘。ハッピーミーク。

 いや、余計な相手まで気にしても仕方ない。狙いはあいつ。あの色黒ツインテールをかわせば勝てる。――シンプルにいこう。

 唇を引き結んで、チョコチョコはゆっくりとゲートへと向かう。

 

 

       * * *

 

 

「ミーク……頑張ってください」

 

 いつものようにぼんやりとした顔で佇むハッピーミークの姿を、桐生院葵は心配しながら見つめていた。皐月賞から中2週。ミーク自身はレースの後もケロっとしていたし、脚の状態も問題ない。不安があればいくらGⅠとはいえ出走させていない。本番は3週間後の日本ダービーなのだ。――でも、それはそれとして心配である。

 NHKマイルカップに登録した時点で、周囲のトレーナーからも「え、本気?」と目を剥かれた。秘伝のトレーナー白書にだってこんなローテは載っていないし、実家の反応が怖くて特別登録して以来実家と連絡を取っていないぐらいだ。

 皐月賞で結果を出した以上、目指すべきは日本ダービー。優先出走権を確保しているのだから、間にNHKマイルカップを挟むローテは普通はあり得ない。

 葵だってそのことは解っている。過去にはこのローテでダービーを勝ったウマ娘もいるけれど、そのウマ娘はダービーの後に脚を痛めて引退した。ウマ娘に負担を強いる無茶なローテなのだ。同じく前走皐月賞から出てきたメイデンチャームは、元からダービーではなく安田記念を目標にしているから話が別である。

 ――それなのにどうして、ミークにNHKマイルカップを走らせるのか。

 それは至極単純な理由。――ミークが、どうしても出たいと言い張ったのである。

 いや、無口なミークが「言い張った」と言うのはやや語弊があるが……。

 

『おつかれさまでした、ミーク。本当に惜しかったですけど、立派でしたよ!』

 

 皐月賞の日。4着で走り終えたミークを、葵は悔しさを押し殺しながら笑顔で出迎えた。本当は勝ちたかったし、せめて3着以内に入ってウイニングライブの舞台に立たせてあげたかった。ミークがクラシックの大舞台で立派な走りを見せてくれて、嬉しいけれど、だからこそ悔しい。――前週、バイトアルヒクマで桜花賞4着だった同期のあの人も、こんな気持ちだったのだろうか、と思う。

 そんな葵の内心を知ってか知らずか、ミークはいつも通りの無表情で頷いた。

 

『今日の悔しさは、次の日本ダービーで晴らしましょう! 白毛ウマ娘初のダービーウマ娘に! ハッピーミークの名前を、トゥインクル・シリーズの歴史に――』

 

 その葵の言葉を遮るように、ミークは首を横に振った。

 

『……え? ミーク、どうしたんですか? ひょっとして、どこか痛いんですか!?』

 

 ふるふる。首を横に振り、ミークは控え室のカレンダーに歩み寄って、ひとつの日付を指さした。ダービーの5月26日ではない。――5月5日、こどもの日。

 

『……NHKマイルカップ、ですか? 出たい……んですか?』

 

 こくこく。ミークは頷く。

 

『そ、それは……中2週になりますけど、ミークの体調が大丈夫なら……。で、でも、それじゃあ日本ダービーは』

 

 こくこく。そして、ぐっとミークは拳を握る。

 

『え、NHKマイルカップと日本ダービー、両方出たいんですか!?』

『……いっぱい走って、いっぱい勝ちたい……です』

 

 相変わらず無表情のまま、ミークはじっと葵を見つめてそう言った。

 結局、その視線に押し切られて、葵は今日、東京レース場にいる。

 本当にこれで良かったのだろうか? いくらミークの希望とはいえ、トレーナーとして、こんな無茶なローテは毅然とした態度で止めるべきだったのではないか? これでもし、ミークが怪我でもしたら……。

 ――三女神様。どうかミークをお守りください。

 葵にできるのは、もう祈ることだけだった。

 

 

       * * *

 

 

『体勢完了。NHKマイルカップ、スタートしました!』

 

 ゲートが開き、どっとウマ娘たちが飛び出していく。

 

『さあメイデンチャーム好スタートだ、注目の先行争い、誰が行くか』

 

 ――よし、スタートは上々! あとは内へ上手く切り込んであいつの後ろに……!

 内で好ダッシュを決めたメイデンチャームを横目に、チョコチョコは周囲のウマ娘を伺う。内隣は出負けしていた。遠慮なく内に寄ってメイデンチャームに近付く。――と。

 

『おっと外から行った行った、バイタルダイナモが行きました! なんとバイタルダイナモ、今日は逃げます!』

 

 ――委員長!?

 

「ダイナモ作戦五の巻! バイタル大逃げですっ!」

 

 うおおおおっ、と猛然と先頭に立って飛ばしていくダイナモ。唖然として、すぐ横を突き抜けていったその背中を見送り、チョコチョコは慌てて意識を切り替えた。いやいや、あれはいつもの委員長の暴走だ。マークするべきはメイデンチャーム。委員長はたぶんあれなら放っておいても潰れる――。

 ――ってあれ? あの色黒ツインテールは?

 

『バイタルダイナモが飛ばしています、後ろを2バ身3バ身と放して逃げます、2番手チョコチョコ、内半バ身メイデンチャーム』

 

 ――しまった!

 バイタルダイナモにつられて一瞬意識が逸れたうちに、メイデンチャームに後ろを取られていた。チョコチョコが取りたかった、メイデンチャームの半バ身後ろというマークポジション。逆にそこを取られた――。

 ああっ、くそぉっ!

 目印にするにはダイナモの背中は遠い。かといって下げようにもぴったり背後に別のウマ娘が貼り付いている。ならいっそメイデンチャームの前に出て進路を塞ぐか? しかし流れる展開の中で、溜めないといけない脚をそんなところで使うわけにも――。

 痛恨。悔やみきれない一瞬の、位置取りミス。全ての計画が狂ってしまった。

 ――だからって、諦めてたまるか!

 歯を食いしばり、チョコチョコは顔を上げてコーナーへ向かう。

 

 

       * * *

 

 

『さあ直線に入りました! バイタルダイナモは完全に沈んだ! 先頭はチョコチョコ、坂を上る! 内からメイデンチャーム! メイデンチャームが並んでかわした! かわした! メイデンチャーム、チョコチョコ粘る、外からハッピーミーク! ハッピーミークが飛んできた!』

 

 残り200、チョコチョコの顎が上がった。

 

『内メイデンチャーム、外ハッピーミーク、間チョコチョコは伸びない、メイデンチャームか、ハッピーミークか、メイデンチャーム、メイデンチャームだ!』

 

 最後に抜け出したのは、皐月賞組の1番人気と3番人気。

 色黒な鹿毛のツインテールと、対照的な純白とが、もつれるようにゴールに飛び込む。

 最後、クビ差だけ前にいたのは――朝日杯王者、メイデンチャーム。

 

『これがジュニア王者の意地だ! マイルの王座は譲らない! メイデンチャームGⅠ2勝目! 朝日杯王者メイデンチャーム強い、堂々の押し切り勝ちでした! 2着はクビ差でハッピーミーク! 3着は接戦、チョコチョコが粘ったか、確定までお待ちください!』

 

 

 

 5月5日、NHKマイルカップ(GⅠ)。

 1着、5番メイデンチャーム(1番人気)。

 2着、8番ハッピーミーク(3番人気)。

 3着、10番チョコチョコ(4番人気)。

 

 18着、11番バイタルダイナモ(5番人気)。

  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. よみあげ
  11. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。