ヘクトールとぐだ男の短編まとめ2   作:なまきいろ

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愛に挟まれる友人

 マスターの部屋にいるとたまに夜食が出てくる。

 特に何も言わずにふらりと消えて「夜食だよー。マンドリカルドの分もあるよー」とふたり分の食事を持ってくるので申し訳なさが尋常ではない。

 「最初は失敗ばっかりだったんだけど最近はそれなりに作れるようになったんだー」と幸せドヤ顔で言うので、多分人に料理を食べさせられる腕前になったのが嬉しくて誰かに披露したいんだろう。そう思うと無下にするのも失礼だなと両手を合わせる以外出来なくなる。

 そしてとても美味い。

 野菜メインのわりかしあっさりめな味付けの煮物やおひたし。それらが口の中で溶けて喉を通ってあっという間に膳の全てがなくなっていく。マスターがそれをとても幸せそうに見てくるから何だかいいことをした気にもなってくる。申し訳ないような。お安い御用のような。

 「ごちそうさまでした」と再度手を合わせれば「どういたしまして」と丁寧に返されてから「はいこれ」とメモを渡される。

 レシピが書かれていた。多分さっきの献立であると思う。

 なるほど。今までのは手本か。

 「……次は俺が作ればいいですか?」

 「マンドリカルドとして美味しかったらでいいけど、ヘクトールにもね、作ってほしいんだ」

 「はい?」

 「今日のはヘクトールが好きな味付けだから。機会があった時に作ったら喜ばれるかも」

 …………………………………………なんで?

 

 「マンドリカルド、夜食食べるかい?」

 カルデアの夜間見回り番で食堂に差し掛かった時にばったりと出会ったヘクトールに誘われる。

 こんな突然ヘクトールに出会っただけでも大動転だと言うのに夜食なんて誘い。

 どんな態度でどんな言葉を発すればいいのか。分からないまま立ち尽くすだけで話がどんどん転がっていく。気付けば既にテーブルの前に座していて「はいどーぞ」と料理が目の前に並べられていた。

 ……緊張で全く味がしぬぇ。

 食感すら感じない。

 っていうか何食べたっけ?野菜?魚?

 などと正直に言えるわけもなく、かと言って虚偽の美味しいを口にするのも気が引ける。

 固まり続けるマンドリカルドにヘクトールは朗らかに言う。

 「ほとんど素材の味しかしなくて物足りんだろ」

 「いっ、いえ、あの……」

 「でもこれがマスターの好きな味。覚えておいてくれよ」

 「うえっ!?」

 「レシピはこれ。目分で作れるようになるまではなくすなよ」

 「は、はははははい!?」

 始終しどろもどろのマンドリカルドに構わずてきぱきとヘクトールは話を進めレシピを渡す。それを受け取りながらなおも動揺し続けるもレシピを手離すことはないマンドリカルドの姿にヘクトールはよしよしと頷く。

 「オジサンもずっとマスターといれるわけじゃないからさ、マスターの近くにマスターが好きなの作れる奴がひとりでも多くいてくれたらありがたい。どんな局面でもとりあえず美味いもんが食べれたらそれだけで気分が違うだろ?最近ずっとマスターに頼りにされてるから、もしかしたら機会があるかもしれないと思ってな」

 「そ、それはまあ……」

 頼りにされているというより最近召喚したサーヴァントにしてはコストが安価であるとか、他の大英雄たちより気安く接しやすいとかそんな理由の気もするが。いやマスターがどの英雄たちにも気後れしているところは見たことないが。

 ともかく、マスターの部屋に長く滞在し夜食までいただいているのは確かだ。せめて美味いと思えるものでも出せればちょっとは使えるマシな奴と思ってもらえるかもしれない。

 「頼めるかい?マスター孝行」

 「…………!」

 「ははっ、頼むよ」

 ひたすらに首を縦に振り続けるマンドリカルドにヘクトールはからからと笑って解散となる。

 片付けを任せてしまったことは大変に心苦しかったが「これ以上見回りをサボらせるわけにもいかんだろ」と言われてしまえば、職務に戻るしかあるまい。

 とにかくマスターとヘクトール。ふたりに渡された大事なレシピは無くすまいと強く自分に命じる毎日となった。

 

 「あの……、マスター。や、夜食作ってみたんで、食べてみませんか……」

 「ん?うん!食べる食べる!」

 別日。ヘクトールから貰ったレシピで何度か練習をしてからマスターに夜食を持っていってみた。ご飯と焼き魚と味噌汁。スタンダードな和食だ。

 嬉々として席につき「いただきます」と手を合わせた段階で「やっぱなし!」と騒いで取り上げて廃棄したくなる衝動を必死に抑える。手料理を食べてもらうなどこんな緊張しかない作業を生業にしている人たちに今多大な尊敬の念が巻き起こる。

 ギリギリと痛む胃を抑えながら綺麗な手つきで箸を操り皿を白に戻していく彼の姿を伺い続けた。

 そして

 「ごちそうさま。美味しかったよ」

 「……そ、そっすか」

 その笑顔で報われた気がした。

 「でも、」

 ホッとしたのも束の間。躊躇いがちな繋ぎ言葉に心臓が跳ねる。

 「オレにちょうど良かったから、ヘクトールにはちょっと薄いかも」

 「……」

 空いている時間があれば読んでいてすっかり暗記してしまっていた両レシピを思い返し見比べる。作っていた時も思ったが、確かにヘクトールから渡されたマスターのためのレシピのほうが分量少なめのような気がした。

 しかし今回はマスターのために夜食を作るからとそちらのレシピを採用したわけだが、彼はマンドリカルドがヘクトールからマスター用のレシピを預かっていると知らないから……。一歩間違えたらややこしいことになるかもしれない。

 ひとり緊張感を覚えじとりと身構える中、そんなマンドリカルドに気付かず彼は首をひねる。

 「でもどうだろう。オレが和食とか薄味とか野菜とか好きだからヘクトールも合わせてくれてるだけで、本当は普通に味が濃いのとか肉とかの方が好きかもしれない。でもヘクトールだからなあ。今まで和食好きーって言ってくれてた分だけ本当はどうなの?って聞いてもちゃんと返してくれる気がしないからなあ。マンドリカルドから聞いたら、いやもうマンドリカルド伝いにオレが知るって分かってるだろうから言わないか。仲良しだもん」

 「な、仲良し……」

 そう思ってもらえてたのか。何気ない一言に感動が走る。

 ではなく

 「あの……。なんでそこまでヘクトール様の好物を気にするんです?」

 最初に持ってきたのも自分の好物でなくヘクトールの好物であったし。

 いや好きな人の好物くらい知っておきたいのは分かるけれど。何故自分に。

 おずおずと尋ねるマンドリカルドに彼は答える。

 「オレもヘクトールも時間が合わなくて前みたいに会える時間少なくなってきたからさ。そういう時でも、自分以外にもヘクトールの好きな味知ってる人がいて、作ってくれる人がいたら嬉しいなって。美味しいの食べれるってだけで気持ち全然違うじゃん?少なくともオレは」

 「……」

 同じこと言うんだなあ、このふたり。

 ぽつりと暖かさが胸に生まれた。

 「それに、オレとヘクトールがふたりで夜食作って食べながら仲良くなったからさ、マンドリカルドもヘクトールと仲良くなるなら夜食作ったらどうかなって…………余計なお世話だったかな」

 「いっ、いえ!光栄極まりないっす!」

 語るうちにおかしなことに巻き込んでしまったかもしれないとしおれていく彼を慌てて治める。

 そもそも自分なんぞが夢に憧れた存在と仲良くなれるかと言われると、全くそんな気はしないが……。気遣いそのものは間違いなく嬉しかった。

 「俺、作れるようになるっす。マスターが好きな味もヘクトール様が好きな味も」

 ヘクトールと仲良くなれる気は全くしないが。

 「うん。ありがとう」

 まずは空いている時間に厨房の人たちに頼んで皮むきの練習から始めよう。

 優しいふたりの気遣いに選ばれた喜びと使命感を胸に、今日の夜は穏やかに談笑を重ねてふたりで越えた。

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