「うん?」
足元からコツンと音がしたかと思ったらぐにりと何かを踏んだ感触がした。
何を踏んだのだろうと足をあげたら小さな欠けた円状の、指輪が転がっていた。
「ヘクトールから貰ったの、壊れちゃった」
上着の下に下げていた鎖を手繰ればそれに通していた指輪が無くなっていた。
拾って確かめてみたらやはり以前とあるレイシフト先でヘクトールがプレゼントしてくれた指輪だった。「一回くらいは護ってくれるかもしれません」と。
それに対し下げるための鎖の強化等をしてくれたダヴィンチは言う。「これはもしかしなくてもトロイア製かい?」と。
ただプレゼントと渡されただけなのでそう言われても分からない。そう首を傾げるばかりの彼にダヴィンチはにやにやと「なるほどなるほど」と上機嫌に笑うばかり。
「ま、あるかないかのちょっとの加護で恩着せがましくなりたくないか。不吉がられても悲しいものだしね。大事に扱ってくれたまえよ。この祈りを引き継いだ者として、命をぞんざいに扱うことは許されないんだからね」
オーダー通りに鎖に強化を施し、笑いながらも丁重に首に下げてくれる。そんなダヴィンチの言葉に多くの意味は理解できずとも大事なものを預かったのだと理解し、彼も深く頷いた。
そんな守護の指輪が壊れて落ちた。
おそらく役目を果たして崩れてしまったのだろう。
心当たりは…………いくらかある。いくらでもある。むしろよく今までもってくれたなと思うくらいにある。
せっかく貰った物なのに。
名残惜しげに佇む彼にいつの間にか幾人かが彼を囲んで覗きこんでいた。
「どうしたんですか先輩。レイシフトのフィードバックで具合悪くなってしまいましたか?ドクターなら今空いていると思いますよ?歩くのが辛いならついていきましょうか?」
「うーん。元気には元気なんだけど」
「あー、ヘクトールから貰った指輪か。とうとう壊れたか」
「うん。残念」
「気にせんでいいですよ?元々ほとんど壊れてたんですし」
「それはうん、そうなんだけど」
マシュにプロトクー・フーリンに贈答主であるヘクトールに。肩を落とす彼を見て口々に声をかけ、彼もそれに応答する。が、その返答はどれも力がない。
どうしたものかと共に沈黙する面々に、彼はぼんやり欠けた指輪を掲げる。
「せめてもう少し小さかったらな。ヘクトールがくれた木馬に入ったのに。からからってきっといい音したよ」
「先輩……」
「どういうセンスだよ」
気落ちする彼を心配する空気が一転。バレンタインに故郷を滅ぼした一因のミニチュアを贈る男を気に入る、彼らしい突拍子のなさにマシュとプロトクー・フーリンは違う沈痛な空気を漂わせだす。当のヘクトールは「子供のおもちゃみたいでいいですなあ」と機嫌よく笑っているけれど。
「なんなら新しいのあげましょうか?」
「うえ?」
思いもしなかった提案に思わずヘクトールの方を向く。
「今度はマスターの指にちゃんと嵌まるやつ」
「……」
「おい」
「ヘクトールさん!!」
からからと意地悪く。右手の二本で左手の薬指をなぞる仕草に二名が反発の色を示す中、ヘクトールは動じず彼もぼんやりと自身の左の薬指を眺め思案する。
「……うーん、嬉しいけどやっぱりいいよ」
「おや」
顔色ひとつ変えずに彼は言う。
「硬い装飾品つけて走り回るのはオレにはちょっと早いんじゃないかなって。逆に怪我しそう。この指輪でも転んで胸にあたって痛かった時とかあったし。でもありがとう。これからはもっと上手く立ち回れるようにするよ」
「マスターがそう言うのなら」
念のために守られた初心者気分はこれでおしまい。そう言わんばかりの面持ちの彼にヘクトールも柔らかく笑うも
「セクハラだわ振られるわそもそも通じてねえわでスリーアウトだぞ」
「というかマスターに個人的関係を迫るのはカルデアサーヴァント規約違反です!」
「れ、霊基凍結は勘弁してください…………」
冷ややかな眼差しを送り続けるふたりがいい話として終わらせることを許しはしなかった。
あれからしばらく。
「やっぱり貰っておけばよかったのかな」そう彼がぼんやり空に掲げた左の薬指を眺めるようになるのはずっとずっと先。
旅が終わり仲間たちと別れひとり街の中を歩くようになってふとあの頃を思い出すようになってから。
懐かしき輝きと幼き未練にわずかな痛みを疼かせて、今更ながらとそう思ってしまうのだ。