ヘクトールに会いたいな。
大浴場あがりの更衣室でドライヤーに吹かれながら彼はふと思う。
最近は微小特異点の連続出現で忙しく走り回っていたし契約サーヴァントも増えた。
電力節約のために霊体化の番割りが組まれ、それにはもちろんヘクトールだって含まれる。だからようやくこちらが一息つけたと思ったとしてもヘクトールのほうが霊体番になっていたら会うに会えないのだ。難しい。
もちろん、その当番制に異論はない。必要な措置だと理解している。むしろこれでも大分余裕が出来たほうだと思っている。それにサーヴァントが増えれば増えるほど調整係を担っているヘクトールの負担が増えるのだ。むしろ一番休息が必要な人のひとりと言えよう。個人のわがままで多数の人たちに無理はさせられない。
だから会いたいなと思ったところで会いたいなと思うだけでおしまいなのだ。
後は大人しく湯冷めをしないように身体を暖めたまま休息に努めよう。
そう決めてドライヤーを切り立ち上がろうとした時
『お休みのところ申し訳ありませんマスター。微小特異点発生です。至急管制室まで来ていただけないでしょうか』
通信機から後輩からのコールがかかる。
少し早口めの声の強張り。『先輩』ではなく『マスター』と呼ぶあたり、緊急値は高めと判断していいだろう。すぐさま切り替えてそれに応じる。
「分かった。すぐに着替えて行く。10分くらいかかると思うから悪いけど状況とすぐに動けるサーヴァントをまとめてて」
『了解しました』
通信を着ると同時にドクターから譲り受けていた浴衣を手早く脱いで万が一にと備えていたレイシフト用のスーツに袖を通す。入浴前後の出撃など考えたくもなかったが、やはり備えはあれば便利なものだ。
場合によっては選抜メンバーにヘクトールを呼べないだろうか。
どこに連れていっても大体その場に適応した対策を立ててくれるだろうし。
まで考えて、いいやいいやと思考を振るう。
それくらいならばヘクトールがいなければというわけではないのだ。余程でなければ現在待機中のサーヴァントでも十分対応出来るはずなのだ。それを無視してどうしてもヘクトールでなくては駄目だとごねる道理はないのだ。現在待機中の、いや現在ろくな報奨もないのに善意で召喚に応じてくれている全てのサーヴァントに対して不誠実なやり方だ。誰が許そうとも自分自身が絶対にそれは許さない。勝手極まりない私情を振り払って管制室へと駆け出した。
「マスター」
「!」
その途中。
誰もいない廊下にひとりの姿とひとつの声。
ありえない。
頭に入れている番割りでは今日は姿を見せられる日ではないのに。
悪い大人だ。
そう思えど咎める気にはなれなくて。
「いってきます」と「いってらっしゃい」
その代わりにゆるく挙げられた掌を自分の掌を重ねて打ち鳴らして駆けていく。振り返ることもない。
声もなく交わされたそんな一瞬で満足だった。
その姿に、微笑みに。ただ一目会えたそれだけでこんなにも軽やかに力強く前に進める安い人間なのだ。
我ながらなんと手軽なものか。自嘲を大きく含む笑みを一度浮かべてから再度意識を切り替え
「マスター藤丸到着しました。状況説明をお願いします」
後は自分を待つばかりのドアを開いた。