深夜の食堂で少年がぽつりと座っている。
最小の灯りの下、黙々とゆで卵の殻を剥いている。
その眼は生きているとはとてもじゃないが言い難い。
そんな不安定かつ緩慢に動く屍に気付いた男が声をかける。
「マスター何してんの」
「……………………夕飯、食べ損ねて」
困惑しかない声にマスターと呼ばれた少年はぽつりと応える。が、やはり声にも姿にも生気はない。
どうしたものかと眉を寄せつつも彼の隣に座り、殻剥きを手伝う。怒られなかったから大丈夫なのだろう。
「……夕飯食べる前に少し休もうと思ったら、そのままこんな時間になってしまい、夕飯を食べなければ体力回復もままならないと、何か作ろうかと、思ったんだが……、何も思いつかないわまたくたびれてきたわで、動けなくなってきて、せめて卵でも茹でようかと思って…………これ」
「お疲れ様ですよ」
「流石に生を飲めないからね……。飲める人もいるらしいけど」
ふらふらとした言葉はやはり中身もふらふらで、ただただ彼が疲れているのだという情報しかない。
ならば誰かに頼めばいいものを。痛ましいものに向けるまなざしに気付かないまま彼は剥いたゆで卵を食べ始め、一般通過の赤毛の女王が彼の隣に座る男にビニール袋とマヨネーズを手渡した。男もそれをありがたく受け取り剥いたゆで卵とマヨネーズを袋に入れて潰しだす。
もくもく。もくもく。
とにかく体力回復の養分が必要だという一心で彼は卵を噛んで飲む。ぼんやり作ったわりに半熟具合がいい感じだ。
「すまないなヘクトール。せっかくなんだから何か一緒に作れたら良かったのに」
「お気になさらず。どんな時でも息抜きは必要だが、それで倒れちゃ意味がない。今日は食べたらゆっくり休みな」
「…………うん」
もくもく。もくもく。
軽やかに告げられる言葉に卵ひとつ分の体力を戻した弱々しい笑みを返す。
だけどやっぱり、一緒に作りたかったなあ。
ぼんやりとした落胆が浮かんでいることに気付かないまま、もうひとつの卵に手を伸ばす。
もくもく。もくもく。
力なく食べている間に一般通過の赤い弓兵がレタスとトマトと焼いたベーコンが挟まれたパンが差し出される。ヘクトールはそれを受け取りマヨネーズと混ぜ潰した卵も盛って挟みなおす。そして三個目の卵を探すも空になっている皿を見てこれしか茹でなかったっけ?と首を傾げる彼にそれを渡す。
もくもく。もくもく。
「……あったかじゅ~し~~~~~」
力はなくも幸福そうに顔を綻ばせる姿に「そりゃ良かった」とヘクトールは笑う。
少しでも元気になってくれたのならそれでいい。
が、
「…………」
「マスター?」
「…………………………」
「…………寝た?」
サンドイッチを持ったまま、焼きたてベーコンのジューシーさに満足して。
こんな寝落ち方、赤子以外でする者がいるとは……。最近の忙しさを思えば仕方もないか。ヘクトールは再び痛ましいものを見るまなざしを向けながサンドイッチを彼の手から取り、皿に置く。次に起きたらまた新しい出来立てを作ってもらおう。残ったほうは……こちらで美味しくいただいてしまおう。
「ねえ誰か。残ってない?オジサンマスター部屋に運んでくるからさあ、後片付け頼めない?」
「…………」
「…………」
「頼むねー?」
ヘクトールの声に反応する気配はなかった。
しかし誰かがいるだろうと信じることにして、本日の体力を全て使いきった彼を抱えあげて食堂を立ち去ることにした。