天高く青々と広がる晴天に爽やかな風が吹き、色とりどりに鮮やかな緑に覆われた木々の葉が揺れている。ささやかに響く虫たちの合唱を耳にしながら木々の合間を抜けて陽のあたる砂利場に出れば、晴れの陽を反射して輝く小川があった。
底の小石たちが見えるほど澄んだ小川はさらさらと穏やかに流れていて小魚も悠々と泳いでいる。そこに投影してもらった釣竿を投げ垂らす。
絶好の行楽日和だ。
まあただの管制室の解析待ちなのだから絶賛仕事中なわけなのだけど、せっかくだ。即座に切り替える準備だけしてゆるりと出来る時はゆるりとしておこう。黒のくせ毛をわずかに揺らしながら束の間の休憩を楽しむことにした。
「釣れないだろ」
「釣れないねえ」
「上があんな騒ぎじゃなあ」
穏やかにたゆたう絶好の行楽日和に相応しいような相応しくないような。少しばかり上流から流れてくる金色の高笑いや赤い「フィィィィィッシュ!」の声を耳にしながら背後からゆるりとかけられる声にゆるりと返す。毎度巻き添えを食らっている静かに楽しみたいだけの年上の青い槍には御愁傷様としか言いようがない。
しかしあの大騒ぎでも釣れるとなるとこの辺りの魚は余程警戒心がないのだろうか。ここはそれだけ人の手が入っていない場所なのだろうか。だとしたらいきなり押し掛けて随分迷惑をかけてしまっているなと申し訳なくなってしまう。
まあ彼自身は釣れていないけれど。
「釣る気もないしね」
そう言って竿を上げ糸の先を見せる。
つけられていたのは餌でなく糸で巻かれた重石用の小石だった。
「ならば何故」という顔をされるが「気分」としか答えられない。釣ったところで焼いて食べる時間まではなさそうだからわざわざこちらの暇潰しのために無駄に痛い思いをさせる必要はないのだ。
ただ穏やかな夏の日差しと風に揺られて水と緑の匂いを楽しみながら釣りの振りだけ楽しんでいる。それだけでいいのだ。
とはいえ、ちゃんと普通に釣りを楽しんでいる上流の面々も咎める気はないけれど。きっと釣れた分はカルデアに転送して食卓に並ばせるくらいはしてくれるだろう。
そんな彼の様子にヘクトールからいくつか思案を巡らせているようなまなざしを感じた。が、それもすぐに終わりやれやれと肩をすくめられる。
「日影にいないなら帽子くらい被りな。生身のマスターにこそ一番必要なんだから」
そう言ってヘクトールが被っていた鍔の広い麦わら帽子を被せられる。
どこから出てきた帽子なのだろう。とは思うが、あまり深く考えなくてもいい部類だろうと「ありがとう」と受け取った。確かに帽子ひとつで気分が違う気がする。こういう時の精神はプラシーボで単純であったほうがいい。
そんな呑気な様子の彼にヘクトールも呑気に頷き
「なーんかオジサンがつけてるのとマスターがつけてるのじゃ全然違うなあ。マスターがつけてると小洒落てるのにオジサンだと何かの野良作業中みたいになっちまう」
「そうかなあ。似合ってたよ?」
「そうかなあ」
何とも言えぬ渋めの顔をするヘクトールに彼は首を傾げ、それに倣ってヘクトールも首を傾げる。せせらぎの中に妙な間が生まれる。
そんな中でふと思う。
自分の麦わら帽子姿は作業中のようだと言うのなら、一度はヘクトール自身で麦わら帽子姿を確認したということだ。そして鏡の中の自分にいまいちだなあという感想を抱いたということだ。
鏡の前でのそんなヘクトールの姿を想像したら、なんだかとても可愛らしく感じられてしまい
「ふっ、ふふふ、ふふふふふふふふ」
「え、何?笑う要素どっかにあった?」
「あははははははははは」
失礼ながらも戸惑うヘクトールに構う暇なく笑い出してしまい、平和にせせらぐ山中に平和極まりない声が響き渡った。