焼きそば。イカ焼き。焼き鳥。たこ焼き。お好み焼き。
様々な香ばしさが混ざりあって鼻に届いて思う。そういえば今日は祭りの日だったと。
別になんてことはない地元の小さな神社を中心にした小さな祭りだ。無難な出店が並んで近所の住人たちが寄り合う程度のよくありの。
その漂う香りとふわりとした熱気に自然と彼の心も踊る。帰ったらヘクトールも誘って遊びに行ってみようかな。たまには夕飯がてらにジャンクで腹を満たすのも悪くないかな。ラムネも瓶のやつが飲みたいな。浮かれた空気そのままの軽やかな足取りで帰路につけば
「マスター、浴衣着てお祭り行こうぜ」
更に浮かれた同居人に出迎えられた。
「浴衣かあ」
しかしその誘いを受けた彼の反応はそれほど上がっていなかった。先ほどまでの浮かれ具合をひとまず置いといて、非常に落ち着いた様子で荷を下ろす。
「オレからしたらパジャマで外に出るようなものだからなあ」
着替えるのも面倒だと浴衣でふらりと深夜徘徊をすることもあるけれど。それはほぼ誰もいない街中であるから出来ることなのだ。
だから行くなら洋服でかなあ。という空気を醸し出す彼にヘクトールはそう言うと思っていたと言わんばかりに目を光らせる。
「なので外行き用の浴衣を用意させていただきました」
「うえっ!?」
そう言うと共に取り出された浴衣に大きく戦く。パッと見ただけでも分かる小さな地区祭りに行くには上等過ぎる出来のそれに浮かれたテンションは急速に引いていく。
どうぞどうぞと促されるままに恐る恐る近付いて確かめる。やはり自分が普段格安中古で着まわしているそれとは断然違う。まず布地の手触りの段階で老舗高級メーカー数件に絞れてしまうほどの上等品。縫い目の細やかさも終始手が抜けておらず刺繍なんて付いちゃって……。素人目で分かるほど確実に細部に神が宿っているタイプの芸術性が出ているしその刺繍糸も結構なものを使っていますね!?なきらめきをしているしで紛うことなくお高い物な空気しかない……!いくらなんでも加減しろ馬鹿……!
「確かに外行き用ですが、これに祭りの匂いを染み込ませるのはちょっと抵抗が……」
「マスターがいつかケチャップぶちまけてた礼装に比べたら足元にも及ばん額ですぜ?」
「うぐぅ!」
確かにそういう失態もあったけれど!今はそういう話でなく……!
完全無防備な死角からの一撃に心が大きく崩れ落ちる。
というかこの男、一体いつの間にこれだけの稼ぎを……。
「マスターばかりに負担をかけられませんよ」と毎月ちゃんと生活費は支払われていたけれど。内職用にと私室に何やら持ち込んでいたのは見ていたけれど。まさかここまで稼いでいたとは…………。
状況の付いていけなさに頭も身体も動けていない彼を姿にヘクトールは成果は上々とばかりに笑みを浮かべ
「マスターそれ着てオジサンと出かけない?」
「気が引ける……」
「オジサンはマスターとお揃いで出かけたいんだけどなあ」
「……………………ぶえ、」
言いながらするりと出されたもう一着に悲鳴にもならない声が漏れる。
彼のために用意された浴衣より少しだけ大きめに見える、彼と同じ柄の(もしくは微妙に差異がある)刺繍が施された色違いの浴衣がもう一着……。
まさか……特注の可能性が…………?
よぎる思考をまさかまさかと更に打ち消す。自分との夏祭りのためにそこまでされるなんて受け止めきれない。けれどそこまでされて無下に出来るわけもなく……。
「マスター。オジサンね、クロワッサンたい焼き食べてみたいな」
「…………う、うん。あると思うよぉ……」
祭りに連れていってもらえるのだと信じて疑っていない子供のようなきらきらとしたまなざしと口ぶりに、確かに断る言葉は見つけられない。
覚悟は決まらぬまま諦めの了承と共に彼はぬるりと立ち上がり、恐ろしく肌触りのいい浴衣を持って自室へ向かった。
しかし高級浴衣に気後れしていたのもまあ束の間。
行ってしまえば流れのまま。祭りの陽気と屋台食道楽の楽しさに浮かれはしゃいで高級浴衣への配慮などまるでない。最終的には地元の子供たちとの花火大会にまで参加して、屋台食の匂いどころか火薬の匂いまで染み付かせてからのご満悦の帰宅となる。
それに対して朝を迎えてから当然多大な後悔に崩れ落ちて死にたくなる。が、やはり楽しかったものは楽しかったもので、高級浴衣を身に纏うヘクトールはかっこいいとしか言いようがなく大変眼福だった。あれを見るために自分も高級浴衣を着たのだと思うと大変お安く感じてしまうくらいの似合いっぷりだった。この男、あれだけ和装を完璧に着こなしておきながら日本人でないのである。都市伝説級の謎深さである。
それにちゃんとクロワッサンたい焼きもあってヘクトールが喜んでいて大変嬉しかったし本当に美味しくて良かった。ヘクトールが嬉しそうで何よりです。で。最終結論としてはヘクトールといい思い出が出来て良かったなとむしろ感謝までしてしまうので、やはり自分はチョロい人間なのだなと、改めて思うのであった。