流れ流されここにいた。
ふと気付いたら大量の屍の上に立っていた。
駆けていく間にも屍は増えていく。
何の力もない自分のために数多の力が尽くされ生かされる。
世界を救うなんて実感もないくらい大それたことよりも、そうやって磨り減っていく人たちを見ているほうが辛く潰れそうになった。
だから少し、安心したのだと思う。
たとえ自分が倒れても、彼らの力により自分が稼働し続け彼らの力になり、それで世界が救われるなら、自分はきっと、彼らに報いることが出来たのだと。
「随分落ち着いてるんだな」
「うん。やることは変わらないからな」
「結構」
壁の中に仕込まれたシステムの稼働音のみが響くカルデアの中。ひとり佇むマスターである彼が声をかけられる。サーヴァントランサーヘクトール。最初期メンバーのひとりだ。
そのヘクトールの登場により、凛々と引き締まっていた彼の表情がわずかながらに緩められる。
生きたい気持ちは確かにある。
死ぬのは恐い。
痛いのは嫌い。
けれど誰の何の役にも立てなかったなんてもっと恐い。
もう一度会いたい人たちがいる。
これからも一緒にいたい人がいる。
もっと見たい景色がある。
未練らしい未練は並べたらキリがない。結局自分も欲深い人間だから。
それでもどこかで悔いはないと思っているところもあって。
「まあ、マシュが生きてればいいんじゃないかなあ」
思考がぽつりと声に漏れ出る。
一分でも一秒でもいい。戦いのない世界を生きてみてほしい。
まあ平和と言っても、現代の世界だって形を変えているだけで争いが絶えていないと言われればそうだけど。それでもあんな大業な盾を持たずに世界を歩いてみてほしいと思ってしまう。命の心配をせずにあたたかな布団の中で眠りにつき、楽しいことを胸に目覚めてほしい。
ああでも、マシュは電車の乗り方は分かるかな。スクランブル交差点は真っ直ぐ歩けるかな。回転寿司のレーンにお皿戻したりしないかな。
やっぱりもう少し一緒にいてあげないといけないかな。
でもちゃんと一人で歩けるなら手を離さないと、逆に邪魔になってしまう。
大丈夫。きっとマシュにも現れてくれるはずだから。
自分が迎えたささやかで輝かしい夜を共に過ごしてくれた、ヘクトールみたいな人が…………。
「ばーーーーか」
「あいたっ!」
いきなり弾かれた額の痛みに我に返る。
「前に「オジサン以外生き残ったらそれで勝ち」って言ったらしこたま怒ってきた人がそういうこと考えます?」
「……ぅぇ、ごめん…………」
というか何故思考を読めたのだろう。
疑問に思えど呆れ顔の圧が強すぎて聞けなかった。これは結構真面目に怒っている……。
やらかしてしまったとしおれる子供のように上目で様子を伺う彼にヘクトールは言う。
「マスター。今更言うことでもないが、生きたいって気持ちを舐めるんじゃないぞ。それだけじゃどうにもならん事態のほうが断然多いがそれが決め手になる局面だって絶対にある」
「……うん」
「だから、平和な世界はマスターが案内してやりな。手は離れるべき時に離れるように出来てるんだからそれまでちゃんと繋いでな。その方が喜ぶ」
「分かった。そうする」
素直にそう頷きながら、おずおずと手を伸ばし、手を握る。
「じゃあその時は、ヘクトールも一緒に来て?」
「へ?」
「そうしてくれると嬉しいな」
「あーー………………」
絶対マシュに恨まれるやつだなそれ。
分かっていても無自覚に送られる上目遣いの滲んだ瞳を無下にしたくもなく。自分たちの関係がここだけのものだと理解している上の願いだとも彼とて分かっているだろう。
「ああ。いつか皆で」
「うん!約束!」
満面の笑みで約束は交わされ、繋いだ手でついでに小指も交わしあった。
それは目前に迫る戦いに対してあまりにもささやかな約束だった。けれどそれが確かな力になっていたと、信じていた。