礼装の守りがなければただそこにいるだけで皮膚を焼き、呼吸だけで肺も気管も爛れてしまいそうな熱量で燃え続ける街。冬木。その地にある謎は未だひとつも解明されていない。
誰がどのような意思で燃やし、何故燃え続けているのか。誰かがどこかから燃料をくべ続けているのか土地から湧き続けているのか。
カルデアに召喚されたあらゆる識者たちの多角的な意見を集約しても原因は不明。しかしそのための調査に時間を割くだけの暇もなく、とりあえず修復が必要なほど歪みが溜まったら処理をしよう。そう結論がついて全員で放置を決め込み
「ひゅへぇ……」
まさか世界が救われてもなお修復に至らないとは。
冬木の熱に火照りきった身体を水風呂に沈めながら彼は思う。あまりの熱続きに自身の熱で水風呂すらもすぐさまぬるま湯に変わっていってしまっているかのような感覚だ。
近々やってくるらしい査問会がやってきて、とりあえずのマスターだった自分はあらかたの手続きの後に契約は切られるのだろう。そして協会か国連かが用意した正式なマスターが残された冬木の処理を受け持つようになるのだろう。
いままで通り原因不明のまま放置されつつその場しのぎの処理が続くのだろうか。それとも迫る世界滅亡の危機もないのだしと本格的な調査チームが組まれて解決されるのだろうか。
何にせよ、国に帰り契約もなくなっている自分では知るよしもないだろう。仕方ないにしてもそれについてはいくらかのもやつきはある。が、仕方ないことなのだ。
「……ムニエルさんあたりに連絡先渡したら、こっそり教えてくれないかなあ…………」
こぽこぽと水風呂を泡立たせながら思うもこういうものも機密事項だから無理だろうなあと思うわけで。そもそもカルデアそのものが外部に存在を漏らしたらイケナイ系の組織であり、
「……まあ、仕方ないかあ………………」
思考とともに彼自身もとぷりと水の中に沈みゆき
「世界を救ったマスターが風呂場で溺死なんてシャレになりませんぜ、マスター」
「……んべぇ」
すかさず何者かに引き上げられる。今日はヘクトールだ。
彼が風呂場で力尽きて死にかけているのは今回が初めてではない。なので彼が入浴する時は必ず誰か護衛がつけられる。彼が失われればそのまま世界が詰むのだから仕方ない措置だろう。彼とてよく理解して、それでも風呂に入りたかったがため受け入れた。そのスタイルはサーヴァントそれぞれの性格がよく現れる。
いかにもそのまま「見ています」という風に黙々と彼についている者もいれば気兼ねがないよう一緒に入浴する者もいる。今回のヘクトールのように霊体化して有事にだけ姿を見せる者もいる。
ヘクトールも一緒に入ってくれる時のほうが多いのだが……まあ今日はそんな気分だったのだろう。浴場内に備えられた椅子に座らせられながらぼんやりと意識を整える。
「起きてられる?自分で歩けそう?着替えれる?」
「んん、大丈夫」
渡されたタオルで髪を拭いて立ち上がる。
今さっき力尽きてた割に思うよりずっとふらつきが少ない。昔に比べて随分体力がついたなと実感する。も、目の前にいる男の筋肉量には一切届いていないので、ささやかな自信すらもすぐさま虚しいものになるのだけれど。
きっと向こうもこんな貧相な身体でよく世界が救えたもんだと思っているに違いない。自分だって驚きなのだから。
熱が抜けきっていない脳がぐねりぐねりと。途中で倒れぬようにと見守ってくれている相手に根も葉もない疑惑で渦を巻き
「……………………」
しかしそれも脱衣場で浴衣を羽織りようやく一息ついたところで落ち着いた。今日も死にかけたところを救ってくれて感謝である。
「それでマスター。これからどうします?もう戻って休みます?」
「んん、」
確かに一風呂浴びて落ち着いたけれども。
水風呂だけでは外皮の熱を気持ち治められただけでまだまだ内部は熱いままなのだ。
呼気に感じる熱気ももう少しどうにかしたいなあという気持ちもあり
「冷えたしゅわしゅわのサイダーでも飲みたいなあ」
ぼやりとこぼされた幼い願望にヘクトールはくすりと笑い
「ブーディカ嬢が桃のシャーベットを作ってましたよ」
「やった」
子供らしく満面の笑みを浮かべて並んで食堂へと向かう。それは絶対に美味しいで確定なのだ。疲れも吹き飛び心が踊る。
「いくらなんでも冷やしすぎには注意してくださいよ」という苦言は浮き立つ心には一切届かず、空返事をしつつも全く聞いていないことにした。