「おやまあ」
炎天下の商店街でヘクトールはぽっかりと声を浮かばせる。
ヘクトールのマスターである彼が好みだと通っている定食屋が定休日の札が下がっているのはまあいいだろう。彼もそれは把握しているだろう。
しかしその隣のお気に入りの惣菜屋が臨時休業の札を下げているのは想定外であろう。可哀想に。じりじりと熱射に焼かれながらヘクトールは惣菜屋を後にする。
そういえば夫婦揃って身体の不調が目に付く動きをしていたな。総菜屋に訪れていた時のことを思い返す。それでもこの時代のこの国のあの夫婦くらいの年齢であるならば年相応くらいの不調に見えていたが……。ふとした瞬間に悪化してもおかしくない部位であるよなあ。臨時の内容が体調不良などではなく深刻でなければいいと祈るばかりである。
近場の馴染みのスーパーに足を踏み入れクーラーの風に涼みながら新鮮な野菜を選んでカゴに入れ会計を済ます。お土産にお気に入りの惣菜を買って帰る楽しみを失った彼への慰めだ。
部屋に戻り次第手早く手を洗い野菜を洗い細かに切ってかき揚げを作る。本日の彼が何を食べたいかまでは分からないからかき揚げは完全に勘である。少しでも気が紛れてくれたらいいのだけれど。
ついでに豆腐とシーチキンでナゲットも作っておこう。
中身はヘルシーであるが油まみれで結果どちらに振れているのだろう。キッチンを預かる時間が多い身としていくらか栄養価について調べたこともあるが、それでもヘクトールにはそこまで分からない。
分かっているのは
「ただいまぁ…………」
「おかえり」
玄関のドアを開ける彼がとても落ち込んでいるということだけだ。
「そこの惣菜閉まってたぁ」
「へぇ、そいつは残念」
しおしおと涙目でよたつく彼をヘクトールは迎え椅子に座らせる。その落ちる肩には残念も多く含まれていたが違う懸念も含まれていた。
「……旦那さん、ずっと腰悪いって言ってたから心配だなあ。健康診断は毎年してるって言ってたけど、実は何かに引っかかってたりして」
「……」
「奥さんも腱鞘炎が最近悪化気味って言ってたし、でも仕事楽しいし自分みたいな常連もいるからって、んんぅ。やっぱり無理してたのかな」
「…………」
「でも最近そろそろ本家のほうに顔出さなきゃーって言ってたから、それかなあ。それだったらまあ、心配する必要ないんだけど」
「………………」
相変わらず、驚異的に感じるほど気付けば人の懐にいる人だ。大分慣れたつもりだがそれでもやはり戦くものがある。
「悪い休みじゃないといいんだけど」
「ま、どうにかなりますよ。人間ってのはあっさりいく時もあればなかなかしぶとい時もある。マスターが一番存じているでしょう?」
「……まあね」
今の心境の彼に「そういうとこが好きですよ」と言っても何の気休めにもならないだろう。言わずに頭を撫でて終わりとする。
「とりあえずマスターは倒れて誰かに心配かけないよう、食事はきっちりとってくださいよ。腹が減ってるから気持ちがマイナスに流されてるだけかもしれません」
「……うん」
わずかな頷きでよしとして本日の茶色だらけの食事を運ぶ流れとなった。