少々無茶をした自覚はある。
今回のメンバーならイケると踏んで速攻勝負で駆け抜けて、令呪も奮発して宝具も強めにお願いしたりした。
けれど然程疲労を感じたわけでなく、なんならもう1セットくらいイケるんじゃないかと思っていたくらいだった。
要するにハイになっていた。
マスターを始めて1年を越えるというのにそんな状態に気付けぬまま帰還となり
「………………ぅぁ?」
コフィンから抜け出て地に足をついた途端に意識が歪んだ。
足首から骨が抜けたようにぐにゃりとよろめき隣にいたプロトクー・フーリンが慌てて支えて「大丈夫か?」と声をかけてくる。オペレーター業も慣れてきているマシュが駆け寄り「お疲れ様ですせんぱ、本当にお疲れですね」と覗きこんでくる。
それら一連を彼は感知していたが動けないし喋れない。もやがかった分厚い壁に隔てられた世界を見ているかのような感覚で、かろうじてうわごとのような返事をしているような気がする。
「このまま一回寝かせたほうがいい」とか「検査と食事は後に回しましょう」とか遠くからぼんやりと聞こえてきている気がした。それに「そんなことないよ」とか「もっと頑張れるよ」とか、言いたい気持ちはあった。けれど上手く口に出来ずもごもごとした音にしかならなくて、それが更に周囲を心配させていることに彼は気付かない。
意識はあるつもりなのに、どんどんもやが濃くなっていく。
「なんならオジサンが添い寝したげようか?」
ぼんやりと、そんな声が聞こえた気がした。
それに対してもやの向こうではぴりりと空気が張り詰める。が、彼は気付かない。
「プライベートに口出す気はないが公私は分けろ」だとか「ここで言ったらセクハラです」だとか。そんな風に怒られて、ヘクトールはただ笑っている。
分かっている。
ヘクトールはただ皆とそういう交流をしたいのだ。
分かっている。
馬鹿なことを言ったら当たり前に怒られる。自分は全てを背負っているひとりではなくただのひとりの存在である。そんな日常が楽しいのだ。
分かっている。
ヘクトールは誰よりも分別がついている人だから。大事なマスターに仕事以外で無茶をさせてはならないと、大切にしてくれているから。
分かっている。
分かっている。
分かっている。
だけど
「嬉しいなあ」
夢見心地で声は漏れる。
「ヘクトールって寝てる時ずっと一緒にいてくれるけど、ずっと椅子に座ってるだけで、木工してるだけで、ちょっと寂しかったから…………ふへへ、添い寝かあ……嬉しい」
「……………………」
「……………………」
「……………………」
「……………………嬉しいなあ」
その言葉と共に彼の意識は完全にもやの奥へと沈みゆき、置き去りにされたその言葉によって場がどのような空気になったのかを彼は知ることはない。その言葉がどのような結果を生み出したのかを彼が知るのは、彼の意識のもやが晴れて意識の浮上を果たした数時間後の話なのであった。