ヘクトールとぐだ男の短編まとめ2   作:なまきいろ

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酔った勢いなどもっての他

 ふたりで旅行して近くの旅館に泊まった。

 最近はネットで知り合った海外の友人を案内する、という日本人も珍しくないらしい。プライバシーには無闇に触れないのがマナーになりつつある風潮もあって、歳の差とか国籍とか多少接点がない組み合わせでも(表面上は)誰にもそれほど不審がられずにこやかに部屋まで通してもらえた。

 ……まあ別に、関係を隠したいわけでもないのだが、話せば話すほどややこしくなる話をわざわざする必要もないし向こうもそれほど知りたくはないだろう。双方の時間がもったいない。気遣いによる見ない振りにありがたく便乗するまでだ。

 丁寧に掃除と整備がされた海が見える古風で和風な客室。いかにも観光向けという感じでご満悦だ。

 そしてふたりでいかにもな観光をふたりではじめる。

 旅館からの景色を眺め近くの商店街を歩き回り買い食いなんかもして、温泉に入り食事を楽しむ。普通すぎて逆に希少な体験だ。彼は大いにはしゃぎその後につくヘクトールもまたいつも以上に笑顔が和らいでいた。

 

 そんなふたりがようやく落ち着いたのは夜になってからだ。

豪華で大量なお膳を美味しい美味しいと全て平らげ腹が馴染むまでだらだらと過ごし、明日もたくさん遊ぼうと約束してからふわふわの布団で眠りについてからだ。

 その寝息以外シンと静まりかえった空気の中、ヘクトールはふと目を覚まし窓辺の椅子へと抜け出した。

 景色の良さが売りの海が見える部屋も夜では何も見えはしない。

 けれどぼんやりと時間を潰すならそれで構わなかった。わずかに輝く星空を仰ぎながらまだ手をつけていなかった酒の蓋を開ける。

 さて明日からどうなるか。

 今さら考えるわけなく決まっている。彼と寝る前に約束したのだ。明日もたくさん遊ぼうと。まだ回っていない観光スポットはいくつもあるのだ。年相応よりいくらか若くはしゃぐ彼の傍らで自分も存分に楽しもう。自分にしてはらしくない浮かれかたをしているとヘクトールは自嘲しつつ酒を飲む。

 そうと決まっているならあまり夜更かしはよろしくない。徹夜ひとつでどうこうになるつくりにはもちろんなっちゃいない。が、休息時間はあるほど万全に近くなることも違いない。星空を見ているのも悪くないが計画性なくだらだらしているのはよろしくない。

 ……だがその前に、もう一度風呂に入ってもいいのではないだろうか。

テーブルに置かれた大浴場の清掃予定時間表を見ながらふと思う。今ならばまだ間に合う。彼に黙っ行ったことがバレたらひとりだけでズルいと怒られるかもしれないが、その時はその時だ。清掃時間になる前にささっと行ってしまおう。

 

 なんて安易に大浴場に向かって手早く暖まり、ついでにマッサージ機にも揺られて戻ってみれば

 「………………なんで」

 部屋で布団の中で安らかに眠っていたはずの彼が何故かヘクトールの布団の中で眠っていた。

 「ひとりでぽかぽかしに行った人に暖めてもらおうと思って」

 「……………………」

 拗ねているとか怒っているとかではなく、いたずらっぽい意地悪な声で彼は言う。

 酔いはほぼ冷めているはずなのに頭が痛い。

 「どうかした?」

 「……いやあ、誘惑に負けて自販機でビールもう一缶飲んでなくて良かったなって」

 「んん?別にそこはケチらなくてもよかったんじゃない?」

 確かに。今さらビール一缶でちぎれる理性ならばとうの昔に気軽に一線くらい越えている。

 意味を理解せずに「変なの」とくすくす笑う彼の声に負けじと理性を再構築させる中

 「ねえ、ヘクトール」

 再び柔らかく声がかかる。

 「早く来て」

 「~~~~~~~ッ!」

 頑張れ根性輝けガッツ。

 ここで折れるなど誰が許しても絶対に自分が許しはしない……!

 「ヘクトール」

 「はいはい。今行きますよ」

 自覚のない甘くとろけた誘いの言葉にへらりと笑って彼の待つ布団に入り抱き寄せる。

 「ふふふ。ぽかぽか」

 「マスターに喜んでもらえて何よりですよ」

 要望通りのぬくもりに彼は殊更幸福そうに抱きつき返して胸に頭をこすりつける。

 その熱とくすぐったさに苦笑しつつ、頭の中で無限にうずまくひとつひとつを冷静に潰していく。

 やがて腕の中のぬくもりから安らかな寝息が聞こえだし、再び深く静かな夜が訪れる。

 ぷちりぷちりと邪念が潰すたびに湧いてくる。

 朝が早く訪れますようにと願うにはまだまだ遠かった。

 だが耐えられないほど遠いわけでもなかった。

 ぷちりぷちり。

 潰しながら彼の頭を撫で目を閉じる。

 明日晴れたらどこまで行けるだろう。

 朝までの時間は遠かったけれど、朝が来てからはきっと一瞬だ。

 愉快に慌ただしく和やかなようで騒動にまみれていて、歌のように滑らかに過ぎ去ってしまうのだ。

 その目まぐるしさに想像だけでやれやれと疲れてしまいそうになる。しかしやはり、それはそれと同時にとても楽しみで待ち遠しいほどのわくわくであるとも思っていた。

 早く朝になればいいのに。

 幾重もの意味でそう願わずにはいられなかった。

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