ヘクトールとぐだ男の短編まとめ2   作:なまきいろ

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まだゆっくりと

 我らがマスター、もとい、俺のマスターはどうしてか高級品が苦手だ。というか、怖れていると言ってもいい。

 

 そうヘクトールが首を傾げているのは彼がカルデアに身を置いている頃からだ。

 普段は気に留めていない素振りを見せていた。マスターとして皆の前ではあまり不備のある行動を分かりやすく晒してはならない。そういう彼なりの示しであったのだろう。

 しかし彼とて万全ではないごくごく普通の一般人。いくら心がけていようと常に気を張って生きていけるわけではないしカルデアは作戦中は唯一のホームで安全地帯だ。張り詰めている精神を休める場であり隙が生まれて当然。ある時など愛用している礼装の値段を聞いては倒れ、そのまま作戦が延期になったこともあった。

 何故。と考えればおそらくは彼の自己評価の低さからくるものだろう。世界に名だたる英雄たちに囲まれてしまえば仕方ないところもあるが、時折彼は世界のどこにも自分の居場所なんてないくらいに立ち尽くしていたりした時もあった。……今は、少し落ち着いたように見える。

 しかしどれほど高級品が身の丈に合わないと苦手意識を持っているところで彼を取り囲んでいる多くが最新鋭の魔術施設と多くの王公貴族だったサーヴァントたち。逃れられるわけがない。顔や態度に出さぬよう懸命に何食わぬ顔をしていたけれど、最後まで慣れないままだったようだ。

 彼が生まれ暮らす現在の日本的にはセキュリティ完備でヘクトールとしては及第点な部屋だって、「どうしてもここじゃなきゃ駄目なのか」と大分嫌そうな顔をされたものだ。しかしヘクトールからしたら安全面的にこれ未満は無理と譲らず「こんなところでヘクトールから王族を感じたくなかった!」と大泣きされたものだ。

 確かにふたりで住むには広すぎて今も少し余している。ひとりで暮らすだけならヘクトールだって最初の薄暗い湿気が染み込んだ6畳間で十分だった。しかし男ふたりが暮らすには流石に無理だしやはり治安と安全面に難がありすぎて……。それに世界とか仲間とか何のしがらみもなく狭い世界でふたりで過ごした場合、生活に支障をきたすレベルでタガが外れて爛れると一週間で判明してしまったので……やはりある程度の距離感というのも必要なのである。

 幸い一室あった和室を大層気に入り、何とか自室としてくつろぐようになってここでの生活にも慣れてきているのだからいいのだけれど

 「……ヘクトール。これ前にニュースで紹介されてた1ピース千円近くするケーキじゃないか?秒で予約が完売するとかいう」

 「似たデザインってだけでしょう?」

 まあこういう日もやはり出没したりもする。

 ヘクトールが「デザートに」と出してきた山盛り苺のショートケーキにじとりと顔を強張らせている。

 元々の育ちの良さに加えて身不相応と思い込みすぎている高級品への恐怖心に王公貴族サーヴァントたちに囲まれて自然と磨かれた審美眼に戦場で磨かれた危機的状況に対する嗅覚が彼の全身を毛羽立たせる。

 それにヘクトールはまあまあまあとなだめてフォークを渡して食すように促していく。

 「うわあああああ、フォークが柔らかく柔らかく沈んで切れていくよぉぉぉぉぉぉ……」

 どれだけ恐かろうと高級そうに見えるほど美味しそうに輝いて見える苺にもクリームにもスポンジにも抗うことは出来ない。涙目で手も声も震えたまま一口分だけ切り分けむしろ彼が吸い込まれるようにケーキを口に運び

 「やっぱ絶対ニュースでやってた高いやつぅ!」

 そのとろける豊潤さに崩れ落ちる彼にヘクトールは大きく笑う。「手ぇつけたんだからマスター全部食べないと駄目だぜ」と添えればまたビクリと身体が揺れた。

 まあ審美眼にしても味覚の敏感さにしても、これからの彼にとって損にはならない技能なのだ。訓練と思って頑張って慣れてほしい。それがきっとこれから彼が行く道の中で武器になる場合だってあるかもしれないのだから。

 趣味と甘やかしも兼ねたそんな願いを胸に、それなりに頑張って入手したケーキをヘクトールもまた頬張り最先端の旬と技能を堪能した。

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