「大変だヘクトール!またマスターがレムレムしたぞお!」
「はい?」
所長代行の権限を湯水のように行使する彼女が揚々とヘクトールの部屋のロックを外して訪れたのは突然のこと。
流石に事態を把握出来ないと目を丸めるヘクトールに構わず腕を掴んで室外に引きずり出して移動をはじめる。
「事の始まりは食堂だ。人の出入りが落ち着いてきた頃に訓練を終えた彼がひとりで訪れて遅めの昼食を軽めに頼んで手早く平らげ、ああ、何を頼んだかはここでは割愛するよ。気になるなら終わってから本人か当事者の誰かに聞いてくれたまえ。そして遅くなった詫びにと食堂の片付けを手伝うと申し出作業開始したところでぱったりだ。彼の反応すぐさまレムレムだと判断して連絡してくれて助かったよ。流石ブーディカ最初期メンバーだけあってマスターの機微に対する理解が強い。おかげで初動の段階でフルメンバーを召集出来て早々に捕捉が出来た。今援軍に適正サーヴァントを選出して送り出したところさ。無事合流出来たようだし解決も目前だろうさ。心配することはない。分類的には極めていつも通りの特異点さ。まあちょっと捻れすぎてて何で今まで潜伏出来ていたんだい?って疑問はあれどそれはそれ。まず解決してからだね。協力頼むよ」
「それは構わないがなんで俺が呼ばれてるんです?」
矢継ぎ早に繰られ続ける解説の波のようやくの区切りにヘクトールは言葉を挟む。
彼がレムシフトを行うなど今に始まったことではない。むしろ契約サーヴァントが増えるごとに頻度が多くなりすぎてカルデア全サーヴァントの副リーダーであるヘクトールですら完全な事後報告で済まされることの方が多いくらいだ。
無論それはそれで問題であるのだが。まあヘクトールの部屋が管制室の直隣だ。報告せずとも把握しているだろう。という信頼とは聞こえがいい甘えによるものもあるのだろうが。問題は問題である。が、今の主題はそこではない。
基本そうだというのに今回はやたらばたばたとヘクトールを呼びに来た。キャスターの心得もなく適正サーヴァントでもないのに連行されている。しかもまるで触れられたくない何かがあるかのように高速で言葉を並べ立てながら。
実はつつかれたくない深刻な事態が進行しているのでは。
そう訝しむヘクトールにダヴィンチは「決まっている」と毅然と言い切る。
「目覚めの瞬間に王子様がいてくれたら嬉しいだろう?」
「…………」
「キスに効果はなくとも目覚めるまで傍にいて手を握っていてくれた。頑張ってる彼にはそれくらいの報酬があってもいいんじゃないかい?はい。着いたー」
だとしても。何故今になって。
疑問は尽きぬが眠る彼が横たわるベッドの脇に座らせられ「じゃあ私は管制室に戻るから後よろしく!清姫たちの対策もちゃんと用意してあるから気にしなくていいよ!ごゆっくり!」と早々に去られてしまっては仕方ない。
彼の魂が見付かったことにより一段落した風のキャスターや医療系サーヴァントたちへの挨拶もそこそこに、ダヴィンチに言われたとおりに彼の手をそっと握る。
いつもの、少し高めの温かな彼の体温だ。
けれどこんなちょっとした触れ合いだけで極上の幸せを噛み締めるかのように笑う彼はいない。昏々と眠り続けているままだ。今もどこかで命をかけて戦っている。また立ち竦んだらそのまま終わると、躊躇うことなく身も魂も相討ちもやむ無しと言わんばかりに突貫しているのだろう。
自分が介入出来ないどこかで。
「…………」
無力さに不甲斐なさ。沸き上がる自分自身へと向けられた感情を深い場所に押し留める。
たとえとうに彼や皆に見抜かれていることだとしても、大っぴらに見せていい自分ではない。
「早く帰っておいで、マスター」
優しく語りかける言葉に反応はない。
けれど何かが届いてくれたらいい。
願いながら握る手に力をこめた。