それは一目で心奪われる光景であったのだ。
舗装されていないのに歩きやすく整備された脇道に敷き詰められた鮮やかな落ち葉の絨毯。
歩くだけでカサカサと鳴る小気味の良さ。
その先にある小さな赤い鳥居に狛犬二匹に無人の社。
周囲を覆うように生える木々から音無く舞い降りてくる赤と黄の木葉吹雪。
その小さな結界のような清涼な空間に呼吸をも奪われそうなほど魅入られ、そして思う。
大切な人と一緒に見たいと。
そして
「……足元、ぬかるんでいるから気をつけて」
「了解」
ふたりの休みが重なるのを待っている間に降った長雨。それのせいですっかり様変わりしてしまった。誘い主である彼は内心で深々と肩を落とす。
舗装されていない道であるために土は泥となり、重なる落ち葉も雨により腐りぬめっている。非常に滑りやすくなり音もにちゃにちゃと耳にいいものではないし色も赤や黄でなくほぼ茶と黒だ。落ち葉も落ちるだけ落ちた空の枝しかない風景も物悲しさのほうが強くなってしまった。
もう少し早くこられれば……。思わずにはいられい。だが今回ばかりは無理だった。
大学生である彼にはいくらかは時間を自由に出来たが、同居人であるヘクトールはそうでもない。
普段は在宅で家のことを細々と面倒を見てくれてはいるが、時折彼の父親経由で何やら機密な仕事を請け負っていることがあるのだ。ヘクトールがここに問題なく暮らしていくために尽力してくれた恩もあり、そういうものがなくても縁があれば頼み事は断らない気質もありでマスターである彼も知らぬ忙しさを時折持っている人なのだ。それが運悪く重なった。全くもって残念だ。
そう肩を落としつつもけれどと彼は思う。
この場所が自分の見た通りの風景だったとしても、ヘクトールは気に入ってくれただろうかと今更に。
だって自分たちはあまりにも多くのこの世ならざるものを見てきた。
それは美しいなんて言葉じゃ全く足りないほど、触れただけで崩れそうなほど淡い光景も全ての色が無理なく織り混ぜられた極彩色もあった。その場の神を信仰しているわけではないのに思わす膝を折りたくなるほどの神聖さも。初めて見るはずなのに泣きたくなるほどの懐かしさに締め付けられた暖かさな光景も。ただそこにいるだけで自分の中に芯が通っていくような凛々とした世界も。そのまま眠りについたら起きれないまましまわれてしまいそうな柔らかなパステルも。もちろん、思わず顔を覆いたくなるほどの凄惨な光景も数多くあったけれど。
優劣なんてつけるべきではないのは分かるけれど、それでもそれらに比べればちょっとした絵画を切り取ったかのような光景なんて。どれほどヘクトールが喜ぶものなのだろう。忘れがちであるがヘクトールは王子様なわけだし。
今更ながらの不安に吹き抜けていく風と共に「いいんじゃないですか」と声がする。
「小さいけど手入れが行き届いていて綺麗なもんだ。丁寧で几帳面な管理人がいるんでしょうなあ。どこの神様か知らないが、喜んでいるんじゃないですか?」
「……」
「また来年も来よう」
先日までの雨の冷たさを含んだ風が枝に辛うじてしがみついていた木の葉まで飛ばし、ヘクトールの髪もなびかせる。
正直なところ、彼にヘクトールがどこまで本心なのか気遣いなのかを判断するのは難しい。
けれど気遣いであったとしても、わずかなに舞う木の葉と共に見せてくれる笑顔には見惚れてしまう。気遣いであったとしても、自分たちには『来年』もあるという言葉に苦しいほどに嬉しくなる。
その優しさに甘えてばかりであることに、申し訳なさはやはりあるけれど。
どうか、どうか自分たちに『来年』がありますように。
失礼ながらも名も知らぬ神にむけて、そう強く願いをこめるように手のひらを重ねた。