ヘクトールとぐだ男の短編まとめ2   作:なまきいろ

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君思う。故に、

 煙草の香りに包まれて目を覚まし、ヘクトールの部屋に泊まりに来ていたことを思い出す。

 しかし隣にあるはずのぬくもりがない。不思議に思いながら毛布が肩から落ちぬよう身を起こす。窓際に置かれた椅子に腰かけ煙草をふかすシャツだけ羽織ったヘクトールを見つけた。ベッドから5歩程度離れた場所を少し遠いと思ってしまうが、カルデアにいた頃のベッドすぐ隣にしか椅子を置けなかった元物置が狭かっただけなのは理解している。

 ぼんやりとしているのか。物思いにふけているのか。両方か。

 付き合いはそれなりに長く、一緒に暮らす程の仲ではあるけれど、だからといってヘクトールの思慮深さ全てを理解しきれているわけではない。

 カルデアにいた頃、本当にヘクトールのベッドで眠っていただけの自分をヘクトールがどんな思いで守ってくれていたのかなんて、想像もつかない。知ったほうがいいかどうかすら分からない。ただその何も映していなさそうでずっとずっと先まで見据えているかのような瞳に、何度でも見惚れるだけだ。

 「……暖房つける?」

 視線に気付いたヘクトールがデスクの上に置かれたリモコンに手を伸ばしかけ、それに「大丈夫」と首を振る。

 ベッドから抜け出てまだそれほど経っていないのだろう。隣の灰皿もまだ綺麗なものだったし布団にもまだぬくもりがあったから、それほど寒さは感じていなかった。

 「何か考えてた?」

 「ん~?」

 何となしに聞く彼にゆると煙草が揺れ

 「月よりマスターのが綺麗だなって思って」

 「そう?」

 ゆるとした笑みと共に返された言葉に彼も柔らかく笑みを返す。そんな彼にヘクトールは今度は困ったような笑みになる。

 「聞かないんだ」

 「必要なら言ってくれるから」

 「まあそうですけどね」

 信頼は嬉しいけれどそう手放しになられても。

 そうありありと浮かべるヘクトールに「そう綺麗なものじゃない」と彼は首を振る。「ただ自分がそうされたら困るだけだ」と。

 「自分にだってつつかれたら嫌なことも言ってもいいけど言いたくないことも、言いたいけど上手く言えないこともたくさんあるから。棚には上げられない。不用意に触れて惨事が起きたとしても、責任は持てない」

 「相変わらず律儀で真面目だねえ」

 そこまで慎重でい続ける間柄でもないだろうに。

 苦笑気味なヘクトールに「それでも」と首を振り続ける。「自分が弱い人間だからこそ一線を甘えたばかりに雪崩れたくない」と。

 ヘクトールはヘクトールでそれでいいと思うのだけど。そのためにひとりここに残っているようなものなのに。

 「でも、どうなんだろう」

 そんなヘクトールの想いを知らないまま、彼は過去に思巡する。

 「無責任でも踏み込んでほしいって思っていた人もいたのかな。壁を作っていたとしても、無理矢理壊して傷口を暴いて、血にまみれてほしかった人もいたのかな」

 解決なんてしなくていい。癒しなんて求めていない。何も出来なくても、ただ知ってもらえれば。知りたいと熱を持ってくれたなら。

 恐らくそのようなコミュニケーションもあるのだろう。状況上そのような流れになってしまった記憶もそれでうまくいった記憶も複数ある。

 けれどそれを積極的にやりたいかと言われれば、やはり……。たとえ相手が還った途端に自分という全てを忘れてしまうとしても。なかったことになるとしても。それでも。たとえそれが傲慢に思えようとも。

 月明かりが及ばないベッドの上で迷子が小さく座っていた。見過ごしてきたひとつひとつを本当は拾えたのではないかと数えながら。踏み出せなかったのは罪ではなかったのかと。無償の協力者たちに対し不誠実ではなかったのだろうかと。

 今にも震えだしそうな彼にヘクトールはやれやれと肩をすくめる。

 「名だたる英霊が揃いも揃って。こんな子供にここまで気を遣わせていたとは情けない」

 そういう彼だからこそ。というところももちろんあるけれど。

 そのような心労を極力減らすために奔走する係のひとりだった身として、力不足を痛烈に感じざるを得ない。

 もっとも、いかにサーヴァントたちだけで解決しようとしたとしても、それがどれだけ彼に負担をかけてしまうか分かっていてもやはり根幹の問題は彼が触れなくては解消出来ない事案のほうが数多であった。故に出来ていたのはほんの露払い程度だったとは分かっていたが。

 情けなさで特大のため息が出かねないヘクトールに彼は目を細める。

 「でも今は、子供だと思っていないだろ?」

 「……さあて、どうだか」

 彼の見える場所に見えない場所に。その証拠をつい今しがた多数つけていたのだから。

 少年の頃には見ることはなかった艷めくような微笑みにヘクトールは含みを持って返し、煙草を灰皿に押し付ける。

 「ところでマスター。明日一日休みなんだっけ?」

 問うまでもなく彼が部屋に泊まりに来る日はそんな日だ。分かっていながら念押すように席を立ち、羽織っていたシャツを脱ぐ。

 窓際に差し込む月光に照らされていた人影は去る。朝日が訪れる前に闇の中に全ての気付かれたら困る不都合と全てのマイナス思考を捨てさせるべく、わずかにベッドが軋む音がした。

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