そういえば最近ヘクトールを見ていないような?
人材がとにかく足りないカルデアでの日々。各々に忙しい中でふとそう思って打ち合わせがてらに問うてみれば、さらりと答えは返ってきた。
「ああ、ヘクトールならついさっきまでサーヴァントたちとの調整にかかりきりでね、今さっきようやく休憩に入ったところだよ」
「うん?」
そんな話は聞いていない。
どういうことかと眉を寄せて尋ねれば、からからと井戸端の笑い話のようにダ・ヴィンチは言う。
端的に言うと、サーヴァントおよそ5グループほどが同時に揉めた。しかもそれぞれの揉め事が絶妙かつ複雑に絡み合っていた。そのために同時進行で全てのグループの話を調整解決していかなければならなかった。
という非常に難度が高く危うい状態がここ数日続いていて、ヘクトールはそれに奔走し回っていたらしい。のだが、一応その全ての者たちと契約しているマスターが知らなかったのは一番の問題なのでは?
察しが悪い己の落ち度も重々感じながらも「誰か一言だけでも教えてくれても」と恨みがましい視線を向ければまたからからと笑われる。
「英雄にも矜持があるのさ。こんなくだらない痴話喧嘩じみたじゃれあいにマスターを巻き込むほど落ちぶれちゃいないってね」
だから君が知らなくても責任は感じなくていい。
そう言いたいことは分かる。
そう気遣ってくれるのは嬉しい。
けれど
「だからって最大戦力のヘクトールを潰されるのも困るんですけど」
代わりが全くいないわけでもないがそういう問題ではない。
サーヴァントそれぞれに個性があり自由があるべきである程度の衝突も仕方ないと思う。自己解決できるのであればそれに越したことはないとも思っている。マスターに知られたくはないという気持ちもわかる。望まれもしないのに個々のプライバシーに過度に踏み入る気はない。
しかし自分が知らぬうちに内々で戦力を食い潰しあっていざ緊急時にひとりで間抜け面していたなんてあってはならない。
じとりと睨み付ける彼にダ・ヴィンチは少々申し訳なさそうに肩をすくめ「厳重注意しておくよ」と告げた。
「ま、対策は立て次第報告するから今回は見逃してくれよ。ヘクトールならリラクゼーションルームで貸し切り監禁状態にしてるからそれを労って機嫌を直してくれると助かるな」
なんて甘い誤魔化しにまんまと乗せられリラクゼーションルームに向かって呼び鈴を鳴らす。
反応はなかったけれどダ・ヴィンチから許可は取ってあるし、中で倒れていたら大変だし。言い訳を重ねてそろりとドアを開ける。
中にはちゃんとヘクトールがいた。
たくさんのぬいぐるみをクッション代わりに埋もれていた。死んだ目をしてタブレットで何らかの映像記録を眺めていた。
あのトロイア戦争を10年戦った知将をたった数日でここまで消耗させるなど一体何が。
ますます疑問を膨らませながらヘクトールに歩み寄り隣に座して様子を伺う。
ぬいぐるみたちには見覚えがある。
メジェド様やらセト様やらバステト様やらバステト様やらバステト様やら。ニトクリスが授業で使っていたぬいぐるみたちだ。
バステト様が多めなのはきっと癒し効果を相乗させるためだろう。猫信仰はエジプトから他に波及させるほどの強さだったのだ。と、習った記憶がある。実際大変可愛らしい。
ヘクトールがこぼしているバステト様のいくつかを抱いてタブレットを覗く。
「何見てるの?」
「……マスターみたいなの」
生気のない返事に見える動画は子猫やら子犬やら小さくてもこもこした生物がじゃれついているものばかりだ。
ヘクトールには自分がこういう風に見えているのだろうか。嬉しいようなもっと大人に見えてほしいような。複雑である。
けれどここは何も言わない。ヘクトールの心のままにもふもふを堪能してほしい。
「可愛いね」と言えば「可愛いね」と返ってくる。楽しい。
どっしりとした疲労を感じつつも、静かに浮わついた空気を共有し続ける柔らかな時間。
そこにぽつりとヘクトールのうわ言がぽつりとこぼれる。
「マスター……………………飼いたい」
「どうぞ」
「…………………………………………うん?」
ようやくヘクトールの瞳に色が戻り、横を向く。
にこにことヘクトールのマスターである彼がバステト様を手に笑っている。ヘクトールならば悪いようにはするまい。可愛がってくれるに違いない。そんな全身全霊の信頼を溢れさせている。
「にゃんにゃん」
なんなら今にでも喜んで首輪を付けかねないほどの彼を目前に
「チガウンデス」
ヘクトールはか細く弁明するしかなかった。