彼がヘクトールの喫煙を嫌がるようになったのはいつからだろう。考えたところで明確な時期は分からない。
強いていうなら付き合いだしたあたりが境目、だろうか。という推測がヘクトールの中では立てられている。
出会ったばかりの頃はむしろ好意的なくらいだったのだ。「いかにも渋い大人って感じ!」と子供っぽくはしゃいでいたのに。最近ではすっかり配慮が定着しているらしいし、副流煙とやらはどうも吸う側よりも浴びる側のほうがよろしくないらしい。そう学んで彼の前では消そうとすれば「かっこいいからそのままでいいよ」と嬉々と言われていたくらいだったのに。うっとりみつめられていたはずなのに。
今や何故か恨めしく眼を座らせて睨んでくる。解せぬ。
「かっこいいにはかっこいいんだけどさあ……」と頬を膨らませてぼやいている姿もたまに見ることもあるだけになお解せぬ。眉に皺を寄せながらヘクトールは新たに煙草を咥えて火をつける。
…………別に、彼が嫌がっているのだから止めればいいのだ。中毒になっているわけでもなし。しばらくは多少口が寂しくなるにはなるが耐えられないわけでもないだろう。それで彼の気が晴れるのならと、思っているところは確かにあるのだ。
ただ釈然としないだけで。
「……………………」
灯る煙草をやはり恨めしそうに睨む彼に気付かぬ振りして煙を揺らす。
「あっ、」
そして意を決したかのように煙草に手を伸ばす彼に、寸でのところでヘクトールは腕を上げ煙草を逃がす。
「なんで?」
「え、」
「人から楽しみを無理に取り上げようってんだ。相応の理由があるんだろう?」
「…………それ、は、」
別に怒っちゃいないけど、それなりに声を下げて問う。それに彼は膨らませていた頬が抜けて目が丸まる。
「それは…………」
先ほどまでの決意はどこへやら。勢いはあっという間にしぼんで怯み、瞳はしどろもどろと泳ぎだし、口ごもる。
しかしヘクトールはそれを許さない。なあなあにはさせない。ただ黙って彼の答えを待つ。
やがて
「だって……、ずるい」
震えた声で彼は絞り出す。
「ヘクトールの口の中、いっつも煙草がいて………………ずるい」
「……………………」
「…………………………………………」
そして長いのか短いのか。重くのし掛かる沈痛な沈黙がふたりの空間にまとわりつき
「…………………………ごめん忘れてぇ……」
口にすることで自分があんまりな嫉妬をしていたと自覚し、耐えきれずに両手で顔を覆ってしゃがみこむ彼を前に
「…………うん。禁煙するね?」
ヘクトールもまた筆舌にし難い感情をなんとか抑えこみながら、手にしていた煙草をへし折った。