ふと目を覚ました真夜中にコートだけ羽織って外に出る。
誰かに見られたら少々恥ずかしい格好であるが、この時間帯はほとんどいない。というか日中でもほとんどいない。問題ないだろう。
隣室のヘクトールは……、まあ声はかけなくていいだろう。問題ない。ひとりで玄関のドアを開けて外へと抜け出した。
まだまだ息が白むほど気温が低くコート一枚浴衣一枚では薄手だったかもしれない。しかし歩いているうちに身体は暖まってくれるものだ。問題なく歩きだす。
いくら平和になった世界の比較的治安のいい日本とはいえ、ひとりでの深夜徘徊なんて決して誉められたものではない。理解している。けれど彼はこの時間を気に入っている。
誰もいない商店街に一直線に並べられた灯りたち。キンと冷えた空気。自分の中が入れ換わっていく。
まるで自分ひとりで違う世界にきたみたい。なんて、わくわくと子供みたいに思ってしまうのだ。
ヘクトールが分かりやすく隣にいてくれるのはもちろん、これ以上ないくらい嬉しくて幸せな奇跡だ。それについてはヘクトールの優しさはもちろん、たくさんの温情に感謝しきれないほどだ。
だけどそれはそれとしてひとりでいる時間も好きなのだ。
灯りだけ残された閑散とした世界をゆったりとひとりを噛み締めながら歩いていく。示す相手などひとりもいないというのに。それでも一切の乱れなく決まった感覚で点滅を繰り返す信号機に健気さを感じつつ、冷えた空気で心身を満たして小さな商店街を一周してから帰路に足を向けていった。
帰る場所がある孤独はいいものだ。
そんな都合のいい言葉を気楽に思わせてくれる日々には心から、感謝しかない。
「おかえりマスター。楽しかったかい」
「うん。ただいま。楽しかったよ」
「誘ってくれたらよかったのに」
「今度ね」
帰るなり出る前は暗かったはずのリビングにいつも通り灯りがついている。そこに出迎えてくれたヘクトールに笑みを返しつつ渡されたホットミルクを受け取った。
ついさっきまで霊体化でついてきていたであろうに見事な早業だ。毎度のことながら感心しつつカップに口をつける。歩いていくらか体温が上がっているとはいえ、冷えた身体にありがたいあたたかさをしていた。
戦時であるなら一言もなくひとりでうろつくなどあってはならない、と苦言か説教かはあっただろう。けれど今は平穏無事な世界であるのでそういう咎めもない。実に寛容な対応に本日何度目かも分からない感謝が尽きない。
「ありがとう」と空になったカップをヘクトールに返し、ヘクトールが流しにカップを置いて戻ってきてから
「じゃあ今日は冷えたマスターをオジサンに温めさせてよ」
「なにそれ」
何が「じゃあ」なんだか分からない両手を広げた要請に思わず吹き出し
「じゃあ今日はそうさせてもらおうかな」
その言葉に甘えさせてもらおうと、ひとりを堪能した心身をふたりでいられるありがたさで満たすためにふたりでヘクトールの部屋に向かうのだった。