ママ娘 ビューティーダービー!   作:織葉 黎旺

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第10R ママウンスカイ

「つれないね〜」

 

「そうだね〜」

 

 足をバタバタと忙しなく動かして水面を眺める息子の姿に、「さては飽きてきたな?」と察して、セイウンスカイは釣竿を振り直した。放物線を描いた針先は水面を揺らし、少し遅れて蛍光色のウキが億劫そうに立ち上がった。釣り始めてかれこれ二十分、まだ釣果はゼロである。

 

「この暇な時間を楽しむのも、釣りの醍醐味って奴なのですよ」

 

「そーなんだ〜」

 

「先に砂浜で遊んでてもいいよ? もうすぐ父ちゃんも来るし」

 

「や、だいじょーぶ」

 

 ひとつ大きな欠伸をして、息子は再び足を揺らし始めた。誰に似たのか、家族にそういった気を遣うような子ではない、どうやらちゃんと楽しんでくれているらしい。安心して水面を眺めると、丁度浮きが沈み出した。

 

「お、きた!?」

 

「うん、来たねー。母ちゃんだけだとキツいかもしれないから、手伝ってもらえる?」

 

「おう!」

 

 息子は元気よく返事をした。手伝いと言いつつも、釣竿を握るのは既に息子になっている。ふんっと鼻息を荒くして、しなる竿と格闘している。

 

「力入れすぎだよ、リラックスして、引きに身を任せる感じで」

 

「ふぬぬ……」

 

 母のアドバイスに従って、先程までよりは幾分マシな戦いになっているように見えた。とはいえ相手は中々の大物のようで、息子ひとりだと荷が重いかもしれない。

 

「ほら、ここでグッと堪えて」

 

「うん……!」

 

 親子ふたりで釣竿を握る。暴れ回る獲物に抵抗し過ぎず、かといって流されすぎない適切な力加減で、適度に魚を疲れさせる。

 

「合図したら一気に引き上げるよー!」

 

「りょーかい!」

 

「3、2、1────」

 

 二人は力強く、竿を持ち上げた。それは折れんばかりにしなりつつも、きちんと役割を遂行し、尾びれを靡かせてばしゃんと大きな音を立てた魚を釣り上げた。

 

「うおおおお釣れた!!」

 

「釣れたね〜、やるじゃん!」

 

「うん!!」

 

 息子が喜びに打ち震える中、セイウンスカイは慣れた様子で針を外す。尾と頭を掴んで持ち上げると、それでもまだじたばたと動くので「活きのいいクロダイだね〜、しかもかなりデカいよ」と息子の方に近づけた。ひ、と少しビビった様子である。

 

「ほら、ちゃんと持って。写真撮るんだからさ〜」

 

「べ、べつにいいだろそんなの撮らなくても!!」

 

「ダメです。ほら、自分の釣り上げた命に感謝と責任を持たなきゃ♪」

 

「うう……」

 

 さっと手拭きで鱗とヌルヌルを払って、セイウンスカイはスマホを持った。はいチーズ、と呟くと、大きく身体を反らしたクロダイと、引き攣った顔の息子がシャッターに納まった。

 

「ふふ、父ちゃんにも送ってあげなきゃ」

 

「いまだ!」

 

「あ、ちょっとちょっと何してるの!?」

 

 見れば、息子が海面に向かい、クロダイを勢いよく放り投げている。セイウンスカイの制止も空しく、水を得た魚の着水音が堤防に響いた。

 

「だってなんか可哀想だったから……」

 

 気持ちはわかる。わかるし、夫に似た優しい子に育ってくれていることを喜ぶが、それはそれとしてセイウンスカイは泣いた。

 

「うう……」

 

「え、どうしたの母ちゃん!?」

 

「朝早くから起きて、息子のために必死に仕掛けを作ったのに……大物釣り上げて喜んでくれると思ったのに……その努力が息子に壊されちゃった、よよよ……」

 

「ご、ごめん母ちゃん。オレ……!」

 

「全然いいよん。まだ仕掛け残ってるし」

 

「泣き真似かよ!?」

 

 ヒキョーだぞ! と喚く息子に対し、セイウンスカイは小さく舌を出した。息子は母に勝てぬものなのである。とはいえ、発言も気持ちもまるっきりの嘘ではないし、クロダイを食べさせてあげられなくて悔しくなった分のお返しはできたので、満足気に仕掛けを確認した。漁師もかくやと言わんばかりの網の仕掛けである。引き上げようとすると、明らかに重量感のある感触。これはさっきのリリース分を余裕で越えるくらいの大漁かな、とワクワクしながら中身を確認する。数匹の小魚と、やけに活きのいいクロダイが入っていた。

 

「……ん?」

 

 もう一度見る。クロダイである。なかなか堤防釣りではお目にかかれない大物である。しかもサイズ感が、完全に先程と同じである。くいくいと息子を手招いて、もう一度持たせてみる。間違いない、さっき逃がしたクロダイである。

 

 

「…………ほら、このクロダイも食べられたがってるんだから捌かないと失礼でしょ!」

 

「うーん、たしかにそうなのかも……?」

 

 とりあえず納得した様子の息子。よろしくない方面の教育を完了した。とはいえ、自分で釣って自分で食べるこの喜びを、我が子と共有したかったのは確かなので、セイウンスカイとしては万々歳である。ポケットで振動するスマホを見れば、夫からそろそろ着くとの連絡があったので、活きのいいお刺身を食べることが出来るだろう。

 

「なー母ちゃん」

 

「ん〜、どうかした?」

 

「父ちゃんもあんな感じで釣り上げたの?」

 

「そうだね〜、たくさん仕掛けを撒いて一本釣りしたね。今までで一番の大物だったな──って、変な話させないでよ」

 

 鱗まみれの手でゲンコツを落とす。息子は「うう……痛いし生臭い……」と涙目でぼやいた。

 

「さ、砂浜の方に行くよー。今日は海鮮バーベキューだからね! あと刺し盛り!」

 

「やったー!」

 

 二人、夕焼けの海沿いを歩く。本当は私が一本釣りされてたんだよな、なんて恥ずかしい台詞は、胸の奥にしまった。

 

 

 

 

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