「ほらほら父ちゃん!! 早く食わんと負けちまうよ!!!」
「うっ、ちょっともうキツイって!」
「うおおおおおおお!!」
肌を刺すような寒波が襲う、冬のある日。ヒシアマゾンの朝食は、いつも通り熱量が高かった。カロリー的な意味合いでも。
「おかわりー!」
「そらきた! これで三百戦三百勝だねえ! アンタももーちょい頑張んな!」
「や、一応全力は出してるんだけど……全身全霊……」
今行われていたのはヒシアマゾン家の毎朝の恒例行事、早食いのタイマンである。忙しい朝の時間であっても、否、忙しい朝の時間だからこそ、一日を強く生きるためのタイマンが行われるのだ。
娘は小学生ながら、ウマ娘らしい健啖家であり、それは大人の男である父にも勝るほどである。だが親として、男として、気持ちで負けてはならないと、毎朝必死にご飯をかきこむ父なのであった。
ヒシアマゾンはその努力を判りつつも、妻として甘やかしてはいけないと、自分を律しているのであった。
「さて、ご馳走様。今日は打ち合わせの時間が早いから、もう出るよ」
「ああ。気張ってきな!」
靴べらで踵を直した夫は、玄関扉を開けたところで軽く振り向いた。
「──今日も美味しかったよ、アマゾン」
「そいつはよかった!」
にかっと笑って、妻は夫を送り出した。
*
「そういえば、そろそろクリスマスだね」
夜の食卓。仕事を終えて帰ってきた父が、ハンバーグをつまみながら切り出した。食卓を見つつもその視線はうっすらと娘に向けられていて、何が聞きたいのかは明白だった。
「そうだねえ。美味しいフライドチキンを拵えなきゃだ! アンタは何か、サンタさんにお願いしたいものとかないのかい?」
ヒシアマゾンのアシストにより、自然な形でプレゼントの希望を聞くことに成功した。妻と夫はアイコンタクトで、ひとまずの作戦の成功を喜ぶ。
「うーん、そうだねー」
箸を止め、娘は小首を傾げた。母と同じ黒鹿毛の長髪が揺れる。ピーマンを食べるのを躊躇ったわけではなく、プレゼントを迷っているのだと信じたい。
「あたしの欲しいのは、そうだね──」
素知らぬ顔をしながら、両親は娘の言葉を待つ。が、その口から出たのは──
「ナイショ!」
「いいじゃないか、意地悪しないで父ちゃんと母ちゃんに教えてくれても」
「ダメ! これはあたしとサンタとのタイマンなんだから!」
娘は母の影響もあってか、『タイマン』というものへのこだわりが強い。故にそれを各所で求めるわけではあるが、サンタにまでタイマンを張るとは思わなかった。
父は訝しげに「もしかして……サンタさんがお前の求めるものを当てられるかどうかの勝負、ってことか?」と問う。娘は「それもあるけど、このタイマンは──ん、やっぱりナイショ!」と誤魔化して手を合わせた。
「ごちそうさまでした! 宿題してくる!」
「お粗末様──ってアンタ、ピーマン残すんじゃないよ! サンタとのタイマンの前にコイツとタイマンしな!」
逃げるように部屋に去っていった娘を見て、ヒシアマゾンは小さく溜息を吐いた。
「まったく、ああいうところは俺に似たんだろうな。細かいところで逃げがちだから」
「大事なところで逃げないならまあ、多少は目を瞑るよ。アンタもそうだろ?」
まあな、と夫は頷いた。
「それにしてもサンタとのタイマンとは恐れ入るな……お前は子供の頃、サンタに何をお願いしてた?」
「さすがのアタシも、サンタにタイマンを挑むような真似はしなかったね……普通に蹄鉄とか、服とかさ」
夫婦は二人で頭を抱えた。クリスマスは一週間後、つまりそれまでにはプレゼントの目処を立てなければ、
「最悪の場合それでいいが、少し無難すぎるようにも思うな……アイツはそれでは納得しない、もしくはサンタに勝ったと思うだろうな」
「それはまずいね。タイマンを挑まれたからには、負けるわけにはいかないさね!!」
ヒシアマゾンの瞳に炎が灯る。なんとしてでも娘の真に求めるものを探し当て、この戦いに勝利せんとする決意の眼差しであった。似たもの親子だなあ、と父はぼんやり思う。
「そうと決まれば早速行動に移るよ! あんたは担当の娘とかに、最近流行ってるものとかをリサーチして目処を立てな。アタシはママ友のツテを頼る」
「わ、わかった」
「さあ、忙しくなってきたよ……!」
*
そんなこんなで、クリスマスイブ。必死のリサーチも虚しく、娘が真に求めるものを見つけ出すことはできなかった。ひとまず喜びそうなものを用意した父母だったが、これが正解かどうかはわからない。少し不安になりながら、父は娘の部屋をノックした。
「おーい、まだ起きてるか?」
ゆっくりと扉を開くと、布団に潜った娘がこちらを見ていた。少しとろんとした瞳から察するに、どうやら眠気を堪えているらしい。
「早く寝ない子にはサンタさんは来ないぞ?」
「いーや、きっとくるね……だからあたしはいま、タイマンしてるんだ」
娘の言葉に、父は首を傾げた。寝惚けているのかとも思ったが、その目は真剣であった。サンタとのタイマンとはなんだ、と考えたところで、思い浮かぶのは妻の顔。こういう時に彼女がしそうなことと言えば──
「──なるほどな。健闘を祈るよ」
「うんー」
そういって、娘は布団に潜った。父はそっと階段を降りて、リビングにいた妻に報告をする。
「まだ起きてた、どうやらタイマン中らしい」
「そういうことか!」
その一言でヒシアマゾンはすべてを察したらしく、合点がいったように笑った。
「そういやアタシもやったかもね、
「結果は?」
「勝てるようになった頃にはすっかり大人になっちまっててね、サンタからのプレゼントが届かなくなっちまった!」
「ある意味で負けちゃったんだな」
そうやって子供の頃の思い出だとかを語り合っているうちに、日付は周り、耳をすませばかすかな寝息が聞こえてきていた。二人は顔を見合わせると、頷きあって立ち上がる。
「さて、じゃあ仕事してくるよ」
「ああ。抜き足差し足忍び足だよ!」
サンタはサムズ・アップして、階段へと消えていった。
*
「ん……あっ!!」
娘は目を覚ますと、布団を蹴り飛ばして一気に立ち上がった。窓の外はもう明るい。いつの間にか寝てしまっていたらしい。
「あたしの負け──か」
しょんぼりしながら枕元を見ると、緑のリボンで放送された大きな赤い箱が、その存在を主張するように置かれていた。慌てて封を解き、中を見る。
「わあ……!」
中には厚手のマフラーと、可愛らしい毛編みの手袋が入っていた。ふわふわの感触を確かめるようにそれを撫でていると、娘は手袋に何かが入っていることに気づく。
「おてがみ……?」
白いぽんぽんのついた赤い帽子が表面に描かれたメッセージカード。間違いない、サンタさんからのものである。娘は小首を傾げながらも開いてみる。
『メリークリスマス。今年も一年いい子だったみたいだね! でも、大事なクリスマスの日に夜更ししようとしていたなんて、悪い子だ。タイマンもいいけど、それで体を壊してはお父さんとお母さんが悲しむよ。今年の君が二人を悲しませる悪い子にならないように、寒い中でも元気に過ごせる二品を贈ります。もし気に入らなかったら、来年は抗議してほしい。直接じゃなく、そう、枕元に願いを書いた靴下でも置いて。──それでは、よいお年を!』
裏には『サンタより』とデフォルメされた髭面の老人が描かれている。娘はプレゼントをぎゅっと抱きしめ、楽しそうにつぶやいた。
「──来年は、勝つ!」