ママ娘 ビューティーダービー!   作:織葉 黎旺

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第14R ママノダイヤモンド

 ある晴れた日の昼下がり。サトノダイヤモンドが本家の庭にあるガゼボで優雅にティータイムを過ごしていると、ぱたぱたと慌ただしい足音が聞こえてきた。

 

「おかあさま!」

 

「もう、そんなに走ったら危ないよ?」

 

 走ったせいで乱れてしまった、娘のドレスの着付けを整えながら、困ったように笑うダイヤ。肩で息をして呼吸を整えた小さな娘は、瞳を爛々と輝かせて言った。

 

「おかあさま! ここにいきましょう!」

 

 彼女が見せたのは、最近できた水族館のポスターだった。中央にデカデカと印刷された、イルカショーを指差す。

 

「どうやら、ここのイルカショーで先頭に座った家族は、みんなびしょびしょになってしまう──というジンクスがあるそうなのです!」

 

「──ほう?」

 

 ジンクスという単語に、サトノダイヤモンドが反応を見せた。現役を退き、家業に専念しているとはいえ、彼女にとっては今なお重要な言葉である。

 

「いいでしょう。サトノ家のウマ娘として──そのジンクス、受けて立ちます!」

 

 

 

 ◇

 

 

 

「それはジンクスっていうか当然の結果なんじゃ……」

 

 そう薄々思いつつも、それをおくびにも出さず、父はチケットを三枚購入した。妻と娘を連れ、水族館に入場する。

 こんなに瞳を輝かせている二人を前に、水を差すようなことは言えなかった。や、駄洒落ではなく。

 

「どこから回りましょうか?」

 

 やってきたのは都内最大級の水族館。他では見られないような深海魚だとか、ショーだとかのアクティビティが充実している。

 

「はやくイルカさんがみたいです!」

 

「イルカショーにはまだ時間があるな。それに──えっと、今回のメインなんだから、できるだけ最後がいいんじゃないか?」

 

 『濡れるだろうから、なるべく後にしよう──』と正直に伝えることは憚られた。娘は「なるほど!」と納得したように頷き「ならとりあえず、こっちから!」と、右手側の順路に進んだ。

 

「わー、おおきなハサミ!」

 

 まず出迎えたのは甲殻類である。ハサミを振り上げて威嚇するタカアシガニを眺め、泳ぎ回るエビを見て、ふわふわ浮かぶクリオネに癒される。

 

「おかあさま、よるごはんはカニ鍋がいいです!」

 

「ふふっ、それはお父さん次第ですね♪」

 

「げっ!? カニ、カニかあ……」

 

 未だ庶民感覚が抜けない父は、蟹というワードに一瞬戸惑いを見せる。普段何気なく料理に添えられているキノコや魚卵の方が遥かに高いことには気づいているのだろうか。気づいていないんだろうなあ、ダイヤは微笑ましいものを見るような目を向けた。

 

「クリオネさんはふわふわしててかわいいですね……!」

 

 アクリル板に抱きつくように触れ、水中をふわふわと泳ぐ貝に向け、穴が空くほど熱烈な視線を向ける娘に、父はそっと囁く。

 

「……知ってるか、クリオネは獲物を捕食する時、その恐ろしい本性を顕にするんだぜ」

 

「ふえっ!?」

 

「もう、怖がらせないでくださいっ」

 

 顔を青くした娘を抱き寄せ、ダイヤは小さく頬を膨らませた。困ったように頭をかいた父は「でも実際、アレを目の前で見るとトラウマになる危険があるから……その、警告として?」と目を泳がせた。

 

 

 

 次に来たのはパノラマ水槽のエリア。半円筒状のかまぼこのように細長い廊下は、水の満たされたアクリル板で囲われており、右も左も天井も床も、魚たちが悠々と泳ぐ姿を眺めることができるという仕様になっている。娘はどこを見ていいのかわからないといった様子で、四方八方に目を向け、両親の手を引いた。

 

「見てくださいおかあさま、あんなところにお魚の群れが! おとうさま、あそこに大きなサメさんが! 周りのお魚さんとケンカしてしまったりしないのでしょうか?」

 

「あれはジンベエザメだな。魚じゃなくてプランクトンを食べる、穏やかな気性のサメだから、こうやってみんなと泳げてるんだ」

 

「おおきくても優しいのですね……まるでおとうさまみたいです♪」

 

「うっ」

 

 突然娘から褒められた父は、その照れからダメージを負った。流石ダイヤの娘、こういうあざといことを計算抜きの素でやってくるので油断ならない。そう思っていると、

 

「ふふ、そうね♪」

 

 左腕に柔らかな感触。見れば、噂のサトノダイヤモンドが、きゅっと抱きついてきている。さらに右からも、対抗するように娘がくっついてきた。

 

「こらこら、動けないよ」

 

 両手に花とはこのことであった。が、父は照れくさそうにそっと二人を放した。これが家なら幸せな日常の一幕で終わるものの、流石に水族館(ココ)では人目がつきすぎる。羨むような嫉むような、生暖かい視線を振り払い、三人は先に進んだ。

 

 

 

 

 

 

 

 その後も、アザラシに癒やされたり、よちよち歩いて転けかけるペンギンに一喜一憂したり、オットセイの芸に拍手を送ったりと濃密な時間を送っているうちに、あっという間にイルカショーの時間になっていた。

 

「よしっ、ちゃんといちばん前を確保できましたね!」

 

「ええ、ですがここからが本番……!」

 

 しっかりと先頭を確保したサトノ一家は、鋭い瞳で本日の対戦相手を睨む。

 丸っこい(くちばし)、魚のようでありながら、たしかに哺乳類であることを感じさせるような、所々の丸っこいフォルム。人懐っこいようにキュウと小さく鳴いて、ウェットスーツに身を包んだ飼育員の元に向かった。水面から頭を出して、嘴の辺りを撫でられる。

 

「あれがイルカさん……! お目目がつぶらでキュート……!」

 

「油断しちゃ駄目だよ、ほら、あのジャンプ力」

 

 スイスイと水中で助走をつけたイルカは、勢いよく水上へ飛び出してまた水へと戻る。恐らく彼(彼女?)からすれば軽い跳躍だっただろうにも関わらず、その飛距離はなかなかのものだった。横になった時の父の背丈だって、ゆうに越えるだろう。

 

「負けません……! 必ず勝ちましょう、おとうさま、おかあさま!」

 

「ええ!」

 

「お、おう……」

 

 母娘の気力に、父は気圧されていた。いや、最前列に陣取っておいて、負けませんってなんだよ。

 

 

『皆様お待たせ致しました。これよりイルカショーを開催致します!』

 

 十数分ほど待つと、笑顔の素敵なお姉さんが、そんなアナウンスを入れた。会場は静かにざわめき出す。

 

「よろしければレインコートをお使いになりますか?」

 

 係員がはにかみながらそう聞いてきたが、母娘は揃って『いいえ、大丈夫です!』と断った。父は内心、帰りどうしようかな──と思いつつ、その姿をぼんやり眺めていた。

 

『まずはイルカさんたちにご登場願いましょう!』

 

 MCのお姉さんが笛を鳴らすと、メインステージの隣のプールから、イルカが三匹、それぞれゲートを潜って飛び出してきた。水辺に立った彼女の元までスイスイ泳いでいくと、水面から小さく顔を上げて「キュウ!」と鳴いた。

 

「かわいい……!」

 

 娘は早くもイルカさんにメロメロである。見れば、妻もイルカに温かい目を向けていた。

 

『まずはイルカさんと準備運動! キャッチボールで遊んでいきたいと思いまーす!』

 

 そう言うと、お姉さんがボールを優しくイルカに放る。するとイルカは、それを嘴で受け止めて、お姉さんへと送り返した。

 

「「おー!」」

 

 ボールを使った芸は、どちらかといえばアシカの得意技というイメージが強いが、イルカも中々負けていなかった。お姉さんに送り返すどころか、イルカ同士でぽんぽんとキャッチボールを繰り返している。

 数回それをした後、イルカはボールをお姉さんへと返して、彼女の元に寄っていく。お姉さんの餌からおやつを貰うと、再び嘴を撫でられ、嬉しそうに身をよじらせた。

 

 

 その後も滞りなくショーは進み、イルカの一挙一動に母娘は一喜一憂し、遂にその時がやってきた。

 

『さあ、ステージの中央に設置された大きな輪っか! イルカさんはこの高さまで飛んで、輪を潜ることが出来るのか!?』

 

「ジンクス、ぜったい破ってみせます……!」

 

 会場全体が浮き足立つような緊張感に包まれる中、それとは別種の緊張が親子の中に走っていた。

 

『みなさん、助走のカウントダウンをお願いします! 3・2・1──』

 

 0、と同時にイルカは先程までより勢いよく助走をつけた。ぐるぐると一周ほどプールを回って、そうして勢いよく空中へ飛び出す。

 放物線を描いて輪に向かったイルカが、頂点に達した瞬間、時が止まって見えた。そこが()()であると、そう思えた。だが、すべての物事には結末がある。始まりがあれば終わりが来る。イルカは、そのままの軌道で水面へと向かった。つまり──時は来た。

 

 

 絶頂の揺り戻しと言わんばかりに、それは起きる。強く叩きつけるような衝撃音。そうして弾けた水飛沫は、勢いよく客席へと向かっていく──! 

 

「うおおおおお!!!!」

 

 こちらに向かってくるところまで含め、スローモーションのように眺めていた母娘は、その声で我に返った。叫び声の主は父だった。彼は目の前に迫る波に立ちはだかり、二人は強く抱き寄せられる。ダイヤは、左肩が湿ったことに気づいた。

 

「ふ、二人とも大丈夫か……!」

 

「「おとうさま(あなた)!」」

 

 父は、二人分のぬくもりを感じた。半分は湿っていたが。というか、自分自身がびしょ濡れなのであまり抱きついてほしくないし、だいぶ、人目も気になって恥ずかしい──が、そんなことは言えなかった。

 

「ありがとうございます……! 寒いでしょう、妻として、私が温め──」

 

「いい、別に大丈夫だから!! ありがと!!!」

 

 父母のイチャつきを他所に、娘は小さく身体を震わせていた。水による冷気で寒くなったのだろうか、と父が見遣ると、「おとうさま!!」と声を上げて抱きついてきた。

 

「おお……よしよし、怖かったな、水」

 

「──────いえ」

 

 間を置いて、彼女は顔を上げた。

 

「ありがとうございます。おとうさまのお陰で──ジンクスを破れました!」

 

「──お、おう」

 

 流石に父の返答はラグかった。この親にしてこの子ありだと、隣でニコニコ微笑む母を見て思ったという。

 

「ふふ、貴方のおかげですよ。ありがとうございますっ♪」

 

「いや、当然のことをしただけだよ……ほんとに」

 

「ジンクス、やぶれましたね!」

 

 嬉しそうな母娘に、父まで何故だか照れ臭くなってしまった。

 

 

 

 とはいえ、全身びしょ濡れで水族館を巡るのも迷惑で、着替えも用意していなかったので、三人はそそくさと駐車場まで戻った。まあ、時間としても夕方でキリがよかったし、特に娘が眠そうな様子だったので、ちょうどよかったのだろう。

 

 

「──貴方、ありがとう」

 

 夕暮れの帰り道、運転席と助手席。サトノダイヤモンドはそう切り出した。父が視線をルームミラーに向けると、彼女が微笑んでいるのが見えた。

 

「いやいや、お礼を言われるほどのことはしてないよ。俺も楽しかったし、きっとこの子の期待にも添えたんじゃないかな」

 

「そうですね♪」

 

 後部座席ですやすやと眠る娘を見遣る。気を引きたいがために、健気な提案をした彼女を。

 父は一般家庭で育った経験から、また、母は同じように育った境遇から、彼女の意志を汲んで、こうして時間を作って休日を謳歌したのだ。

 

「でも──ジンクスを破れたのは、確かですから」

 

 夕焼けを見やる彼女の、金剛石(ダイヤモンド)のような、それでいて柔らかい瞳を見遣って、父は頷く。娘の静かな寝息だけが、室内に優しく響いていた。

 

 

 

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