──出汁の良い香りが漂っている。
朝のニュース番組をBGMに、オグリキャップは黙々と包丁を動かす。
鍋に具材を入れ、魚の焼き具合を確認し、卵を溶かし始め、味見をし、鍋に味噌を溶かして味見をし、魚の焼き具合を見てご飯を盛り、調理中の物に伸ばしかけた箸を止め、泣く泣く白米を食べ、味噌汁を味見してご飯を食べ、一尾食べ、卵を焼いて、焦げたので食べ、前日から用意していた煮物を皿に盛り、一人分食べ、すべての料理に問題がないことを確認して食卓まで配膳したところで、丁度息子が起きてきた。
「母さん、おはよう」
「おはよう。ちょうどご飯ができたところだ」
「うん」
牛乳をコップに注いで、小学生の息子はちょこんと食卓についた。いただきます、と手を合わせ、黙々と食べ始める。
朝の献立は、夫の好みでだいたい和食だ。
「少しくらいなら、おかわりもあるからな」
「たぶん大丈夫、これだけでじゅうぶん多いから」
「そうか」
息子の言葉に偽りはないが、どちらかといえば、父に似てこの量で腹八分目になる自分よりも、いくら食べても足りなさそうな母の方に満足してほしい、という気持ちの方が大きかった。
「ん……煮物の味つけ、かえた?」
「ああ、少し濃くしてみた」
「ぼくは前のほうがすきだな」
「む……お父さんはこっちって言ってたから、順番こだな」
よく気づく子だ、と母は思った。流石私たちの息子だ、とも。
オグリキャップが健啖家なのは有名な話であるが、レースの世界から引退して時間が出来た際、トレーナー──現夫の勧めもあって、美食家へと転身したのだ。
これまで数々の料理を平らげてきた経験や、ウマ娘特有の鋭敏な感覚器官を用いて、料理の味の解明・解説をし、的確なアドバイスをして更に昇華させるという、コンサル業のような行為がバズり、そもそものネームバリューも相まって方々から依頼が来るほどとなり、無事にその道で生きていくこととなったのだ。
更に美食家の性と言うべきか、数多の食を味わってきたオグリキャップは、いつしか自分自身を満足させるべく、自らの手で料理を行うようになっていた。そしてその味見役に抜擢された繋がりで夫との仲が深まり、今に至るのだった。
「母さんは食べないの?」
「私はたくさん味見したからな。心配しなくていい」
味見で済んだのかどうかと満足できたのかの両方が心配だったが、とりあえず無視して息子は食事を進めた。
「そういえば、今日のお弁当って──」
「────む」
息子の言葉に、オグリキャップが目を丸くした。
お弁当? はて、今日は給食ではないのか? そこまで考えたところで、そういえば今日は土曜授業であり、午前で学校が終わる、と聞いていたことを思い出す。午後からはサッカーの練習があるため、そのまま残って帰る──とも。
「……忘れてた?」
「ああ、すまない。すぐに用意する」
「気にしなくてもだいじょぶ。大した距離じゃないから、一回帰ればいいし」
「……いや、お弁当は作る」
彼女の瞳には堅き意思が宿っていた。それは料理人として──そして母として、約束を違えない覚悟の表れだった。
とはいえキッチンに残されているのは、少しのおかわりのみ。朝ごはんと同じものをお弁当にするのは代わり映えがなくて面白くないし、さてどうすれば──と悩んだところで、冷蔵庫に残された物を思い出す。
「………………」
いくつかのタッパーに詰められた、昨日夫が作り置きしていた料理の数々。それらは本来オグリキャップのおやつないし昼ごはんとなる予定だったが、それを彼女は躊躇いなく弁当箱へと詰めていく。
「母さん、いいの……? だってそれは父さんの……」
「いや、いいんだ……きっと、お父さんも同じことをする。キミがおなかいっぱいになれば、私たちだっていっぱいになるのだから」
お腹を小さく鳴らしながら、それに──とオグリキャップは続ける。
「お父さんは今日、早上がりだからな」
食材が無限に入りそうなエコバッグを持って、母は微笑んだ。
こんにちは。いつも本作をお読みいただきありがとうございます。感想・評価・お気に入りをくださる方には足を向けられないため、毎日逆立ちして寝ています。
さて、私事ではありますが、この度4月2日開催のオンリーイベント、『プリティーステークス29R』にて、合同誌を出すためこの場を借りて宣伝させていただきます。
春をテーマにした短編集で、僕はシンボリルドルフと温泉にいってシットリルドルフする話を書きました。よければ買ってってください。サンプルとお品書きはこちらです。
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あと本作も、就活のストレスによって月イチくらいのハイペースで更新すると思いますのでお付き合いくださいませ。ママゼンスキー書きたいよ〜〜〜