ジリリリリ、と目覚ましが鳴り響く。それから目を背けるように、少年少女は寝返りを打った。放置しづけること数十秒、慌ただしく階段を上がってくる音が聞こえた。
「こらー起きなさい! あんたたち今日も学校でしょ!」
「んーあとごふん……」
「きょうはじしゅきゅーこーで……」
「何偉そうなこと言ってんの! ご飯冷めちゃうわよ!」
ご飯という単語を聞いた瞬間、少女の耳がぴくぴくと動いた。
「ほら、おきて。ごはんだよ、ごはん!」
「もうおなかいっぱいだよぉ……」
「もー、またねぼけてる!」
ひょい、と軽く弟の体を抱えて、姉が部屋を出ていく。そんな様子を見ながら、母──ダイワスカーレットは肩を竦めた。
「おう、ようやく起きてきたな。寝坊助どもめ」
「おはよう、パパ!」
母に似た栗毛のツインテールを揺らして、娘ははにかんだ。腕に抱えた弟を椅子に座らせると、己もその隣に座る。がくん、と机に倒れ込んだことで、弟はようやく起き上がった。
「んあ、ママパパおはよう」
「おはよう。ほんとにお寝坊さんね」
目覚めると同時にいただきますと手を合わせ、子どもたちは箸を持つ。朝ご飯は和食である。たどたどしく鮭の骨を掻き分ける弟に対して、姉は骨など意に介さずにバクバクと食べ進めていく。
「おかわり!」
「はいはい、ほんとによく食べるわね」
小さな茶碗いっぱいにご飯を盛っていると、娘が不思議そうに言った。
「だって──いっぱい食べないとイチバンになれないんでしょ?」
「ああそうだな、今のうちにバクバク食べないと、ママみたいに一番のウマ娘になれないぞ!」
父が嬉しそうに笑う。娘の夢は、「イチバンすごいウマ娘になること!」である。そのために、日頃から
「食べ過ぎるのもよくないのよ、よく噛んでゆっくり食べなさい」
「ママも昔、食べ過ぎてお腹が大きくなっちゃって、減らすのに苦労したんだからな」
「やめなさいよ!」
大袈裟なジェスチャーでお腹を張って見せた父を、母が小突いた。「いでっ」と小さな悲鳴が上がる。
「そんなに太ってなかったでしょ! しかもアレは、優勝祝いでアンタが食べ放題なんかに連れてくから!」
「食べ放題がいいって言ってたのはスカーレットだろ! しかも
「アレはアンタも悪いでしょ! なんで減量中のウマ娘に手作りお菓子を持ってくるわけ!?」
「それは、ほら……上手くできたからお前に食わせたくて……」
「あー! また朝からのろけてる!」
娘に指をさされて顔を見合わせた夫婦は、バツが悪そうに目を逸らして、赤くなった顔を隠した。
「ただの喧嘩よ! こら、もう時間なんだから早く学校行っちゃいなさい!」
「はいはい」
姉を伴って部屋を出ていく息子が、去り際に「……痴話喧嘩」とだけ言って、場の空気を乱していった。再び顔を見合せた二人は、睨み合って数秒、困ったように笑い始めた。
「何が痴話喧嘩よ」
「まあ、犬も食わない夫婦喧嘩よりいいだろ」
残っていた味噌汁を飲み干すと、夫は立ち上がってネクタイを結んだ。
「よし、行ってくるよ。天皇賞を控えた大事な時期だから、今日は帰れないかもしれん」
「ええ、わかってるわ。はい、お弁当──と夜食」
「いつもすまないな、本当に助かる」
靴の踵を直したところで、彼は振り向いた。
「──スカーレット」
そっと彼女を抱き締めて、言う。
「ずっと、お前が俺の一番だ」
「──ふふっ、当然でしょ。その座は誰にも渡さないわ」
ダイワスカーレットは、とびきりの笑みを浮かべた。