ママ娘 ビューティーダービー!   作:織葉 黎旺

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第5R メジロママクイーン

 

 

「ほら、何をしてますの! 早くしないと置いていきますわよ!」

 

「おいていきますわよ!」

 

「そんなに急がなくても間に合うだろ」

 

「いいえ、万が一遅れては事ですわ!」

 

 ──休日。メジロ家は朝からバタバタしていた。今日は家族総出で観戦する予定があるからである。観戦といってもレースではなく、野球の方であるが。

 

「ユタカー! 今行きますわよ!」

 

「この時間じゃまだユタカも球場入りしてないよ」

 

 現在早朝七時。今日向かうのがアクセスのいいホーム球場ではなく、地方の球場だから急いでいるのである。とはいえ、メジロ家の令嬢ともあろうものが、寝巻きに応援法被を着て出ていこうとするのはどうなのだろうか、と婿は思った。

 

「は、危なかったですわ。テンションが上がりすぎて、令嬢にあるまじき恥を晒してしまうところでした……」

 

「外行きの服に着替えてきてくれ、早くしないと置いて行くぞ?」

 

「四十秒で支度してきますわよ!」

 

 慌ただしく部屋に戻っていったマックイーンは、宣言通り四十秒で戻ってきた。同じく四十秒で弁当の準備を整えた夫が見ると、吹き出しかけた。

 

「お、おまっ……それ法被柄じゃねえか!!」

 

 昔共に外出していた時のように、服装自体はシックなワンピースなのだが、問題は縦に黒縞が入っていることである。どう見ても、先程見た法被を彷彿とさせてしまう。

 

「ただのワンピースですわ、穿った見方はやめてくださる?」

 

「めんどくさいタイプのファンの行動じゃん」

 

 直接的にソレのグッズを付けたり着るのではなく、ファン同士でなければ気づかないモチーフを身につけることで暗に()()であることを伝える、コアなタイプのファン。正にそれであると嘆息した。

 

「おかあさまかわいー!」

 

「ふふ、ありがとう。アナタもお洒落さんですわよ」

 

 マックイーンはひょい、と小さな娘を抱えた。真っ白なワンピースに、ぴょこんと耳が飛び出す白い帽子を被った、気品を前面に押し出したようなお嬢様ファッションである。ゆらゆらと芦毛の尻尾を揺らして頭を撫でられる姿に、父は天使か? と嘆息した。

 

「さあ、出発しますわよ! 球場が待っていますわ!」

 

「試合、午後からだけどな」

 

 東京駅から新幹線で、とりあえず球場付近の大きな都市に向かう。まだまだ時間はたっぷりあるので、ひとまずは観光である。

 

「お城おっきー!」

 

「ええ、とっても大きいですわね。折角だから上ってみましょうか?」

 

「いい! スカイツリーのほうがおっきい!」

 

「なんて夢のないことを!」

 

 堀の周りを一周して、併設されている庭園のような公園で女児向けアニメのピクニックシートを敷いた。気づけばお昼時である。父が、腰に背負っていたリュックサックから重箱の山を取りだした。

 

「よし、ご飯にしようか!」

 

「わーい、おとうさまのごはん大好き!」

 

「はっはっは、そうだろう。お母さんとは年季が違うからな!」

 

 メジロ家の台所は、普段はマックイーンが担当しているが、大事な時や休日は夫が担当することになっている。分業というよりは、試合前やお出かけの時にお弁当を用意していた、トレーナー時代の名残と言える。

 

「なっ……! お二人共、もう作って差し上げませんわよ!」

 

「冗談だよ。最近は俺よりも美味い料理が増えてきてるし、こいつも珍しいから喜んでくれてるだけだよ」

 

「うん!」

 

「や、そこまでハッキリ言われると傷つくけど……」

 

 夫は苦笑しながら重箱を開く。四段重ねの一段目には、前菜替わりの漬物や野菜類、軽食が入っており、二段目には肉や魚などのメイン。三段目と四段目には、()()()()()とも言える、スイーツ類がたっぷり入っていた。

 

「まあ……! 今日も美味しそうですわ!」

 

「三四段目見ながら言うのやめて? それ、既製品詰め込んだだけだから。労力ゼロだから」

 

「冗談ですわよ」

 

 それに──と、マックイーンは続ける。

 

「貴方が私たちのために考えてくれたお弁当ですもの、美味しくないわけありませんわ」

 

「──ふっ、当然だろ」

 

 夫は少しだけ鼻を掻いて、嬉しそうに笑った。

 

「さ、冷めないうちに食えよ」

 

「お弁当ですわよね?」

 

「冷えても美味いやつしか入ってないから安心しろ」

 

 いただきます、と親子仲良く手を合わせる。令嬢とその娘らしく、お上品に食べ進めていく二人だったが、そのペースは早い。あっという間に二段食べ終わり、肝心の三四段目は一瞬で消えた。プリンは掃除機のようにマックイーンの口に吸い込まれ、飴玉は空気の入った風船みたいに娘のほっぺたに詰め込まれ、ケーキやゼリーは気づいたら無くなっていた。

 

「「ごちそうさまでしたわ!」」

 

「美味かったようで何よりだわ。さて、んじゃ腹も膨れたことだし、いざ戦だな」

 

「ゆたかー!」

 

「ええ、ユタカの勇姿を見に行きますわよ!!」

 

 えいえいおー! と言わんばかりに、母娘は天高く腕を上げた。

 

 

 *

 

 

「ゆたかすごかった」

 

「ええ、あのサヨナラホームランは流石としか言えませんわ!」

 

「アレは気持ちよかったな」

 

 駅へと向かう帰り道。すっかり暗くなった道を親子で歩く。疲れているだろうと父が背負っていた娘は、揺られているうちに睡魔に誘われてしまったようで、すーすーと息を漏らして寝始めていた。それを確かめてから、マックイーンが口を開いた。

 

「今日も付き合わせてしまって、申し訳ないですわ」

 

「ん? 何がだ」

 

「貴方、あまり野球に興味がないじゃありませんか」

 

 夫はスポーツといえば、レース以外にはまったくと言っていいほど興味がない。現役時代からずっとそうだったのを知っているから、こうして華の休日を興味のないことに付き合わせてしまっているのが、マックイーンは心苦しかった。妻の告白を聞いて夫は、「なんだそんなことか」と笑う。

 

「お前らが楽しそうにしてるだけで、俺は十分幸せなんだよ。野球だって全然嫌いじゃないし、最近は面白さも分かってきたからな。それもマックイーンのお陰だよ」

 

「あなた……」

 

 そっと肩を寄せ、優しく腕を組む。春先の冷える夜だったが、ちっとも寒くはなかった。

 

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