ママ娘 ビューティーダービー!   作:織葉 黎旺

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第7R サクラバクシンママ

 静かな春の昼下がり。ワイドショーの胡散臭いコメントをBGMに、サクラバクシンオーはお皿を洗っていた。午前中に予定があったため滞っていた、朝の分の家事を執り行っているのである。

 

「ムッ、これはいけません!」

 

 お皿の山と戦っていた彼女は、時計とにらめっこして慌ててエプロンを脱ぎ始めた。午後三時、幼稚園のお迎えの時間であり、そして、ひとつの闘いの幕開けである。

 

「失礼致します! お迎えに上がりましたッ!」

 

「あら、サクラママ〜」

 

 小さな門を潜り、裏口から母屋に入ると、おっとりとした先生が出迎えてくれた。母性と包容力に溢れた微笑みは、誰かを彷彿とするような気がする。

 

「今日もお迎えの時間ぴったりね〜」

 

「ええ、危ないところでした!」

 

 少しだけ肩で息をして、サクラバクシンオーは額の汗を拭った。先生の後ろから、とことことポニーテールのウマ娘が現れた。

 

「おかーさま!」

 

「待たせましたね、迎えに来ましたよ!」

 

「わーい、かえりましょー!」

 

 娘は母親にぎゅっと抱きつき、そのまま抱え上げられた。「ほら、先生にさようならは?」

 

「さようなら、せんせー! またあした!」

 

「はい、また明日も元気にいらっしゃいね〜」

 

 親子は小さくお辞儀して出口に向かう。遠くなる二人を、先生は手を振って見守っていた。

 

 

「む、急がなければ!」

 

「おかーさま、ほんじつもですか!」

 

 目的地までの道を手を繋いで歩いていた二人だが、ふと時計を見たバクシンオーが難しそうな顔をしたことで、流れは変わった。娘の言葉に神妙な顔で頷き、「ええ、本日も非常にまずいです!」と告げた。

 

「娘よ、母は急ぎます! さあ、走りますよ!」

 

「はーい!」

 

 元気よく返事した娘は、母の胸に抱えられる。軽く足を解した後、母は軽やかに駆け出した。日も暮れかけてきたこの中途半端な時間帯、都心から離れた郊外の住宅街の人通りは少なく、ウマ娘としての力を発揮しても、そこまでの問題は無い。とはいえ彼女自身が、公道で全力を出すことに躊躇いを持っていることと、娘を抱えていること、脚質に合わない長距離であることもあり、精々自転車(スポーツタイプ)レベルの速度であるが。

 

「おかーさま、はやいはやーい!」

 

「ええ、母は速いのです! 特に家族のために走っている時は!」

 

 きゃっきゃっ、と母の胸の中で娘ははしゃぐ。彼女は日常と化しつつあるこの状況が、とても好きだった。大好きな母に抱っこしてもらうこと、走る上で振動がだんだんと胸に響いてくること、周りの景色があっという間に遠くになっていくこと──まだ小さい自分はこんなに早く走れないが、いずれはきっと、と、そんなことを無意識に考えている。

 

「ふう、どうにか間に合いました! いえ、これからが本番…………!」

 

「きょうもセールのじかんですね、おかーさま!」

 

 着いたのは、近所の大きなスーパーマーケット。本日もどうにか、見切り品のセールが始まる五時前に間に合った。一歩店内に足を踏み入れれば、そこはもう戦場。割引品を求める主婦たちが、今か今かと鷹の瞳を光らせている。

 

「さあ、では今日も頼みますよ!」

 

「はい!」

 

「慌てず走らず、他のお客さんの迷惑にならないようにするんですよ!」

 

「はーい!」

 

 元気よく返事をした娘は、買い物かごを大事そうに抱えて、ととと、と店内に駆け出して行く。ここからは分業の時間である、狩人たちによる奪い合い(タイムセール)を母が担当し、それ以外の日用品や食材は、娘が籠に詰めていく。この上なく効率的なフォーメーションだった。

 

「さてさて、今日は……」

 

 この店のタイムセールは、日毎に微妙に場所が違う。()()()による混雑や、回転率の滞りを防ぐためである。とはいえある程度の目処はつく、ワゴンを並べるだけのスペースを用意してある場所、そここそが狙い目なのだ。そして今日の狙い目は、海鮮フロアの脇、食肉フロアの脇、お菓子フロアの脇である。サクラバクシンオーは前者二つの間に構えた。何故ならこれらのフロアにはほぼ距離がなく、どちらに転ぼうとも即座に反応することができるからである。同じように身構える戦友(ママトモ)たちと共に、彼女はその時を待った。

 

 

「今からタイムセール開催です〜!!」

 

 カランカラン、というベルの音が遠くから聞こえた。間違いない、お菓子売り場の方である。ワゴンを押す音は他の客の足音や話し声に掻き消され、ウマ娘の耳にも届かなかったらしい。慌てて、されど走らず急ぎ足で、さながら競歩のごとく綺麗なフォームで目的地に進んでいく。バクシンバクシンバクシン、と何処かで聞こえた気がした。

 

「お一人様4点まで、詰めたらお会計にお向かい下さーい!」

 

 店員のお姉さんが手馴れた様子で行列を捌いている。ワゴンいっぱいに詰め込まれた破格の安さの品々は、言わば宝の山。我先にと山をほじくり返し、主婦たちはレジへと向かっていく。ようやくサクラバクシンオーが漁る番になった頃には、ワゴンには半分も品が残っておらず、肉、魚、卵などの競争率の高いものはなくなってしまっていた。

 

「ぐぬぬぬ……買えるだけ良しです!」

 

 ウマ娘は、その膂力の代償というべきか、人の何倍も食事を摂る者が多い。故に、タイムセールなどのお得な品々に頼り、家計を支えることが大変重要なのである。カゴの中に玉ねぎ2個ともやし2袋を入れて、彼女はお菓子売り場を出た。

 

 

「おかーさま!」

 

「おお、お手伝いありがとうございます! 重かったでしょう? こちらをお持ちなさい」

 

 買い物かごを差し出すと、娘が何処かもじもじした様子で、自身の持つ方のかごを見つめた。普段に比べてやけに嵩がある。もしやと見ると、下の方にチョコとポテトチップスの袋が差し込まれていた。

 

「む、間食は健康によくないですよ。既に買い置きしてあるものがあるので、それ以上は──」言いかけたところで袋の下に、何かがあることを見つけた。

 

「これはもしや──タイムセールの!」

 

「ちょうどめのまえではじまったので、気になったのを入れておきました!」

 

 豚肉に人参、パイナップルが入っている。値札はいずれも半額以下。これには思わず「娘よ、ナイスです!」と母の口も綻んだ。

 

「まあ──一度カゴに入れた以上、戻すのもよくありません! 今回は大目に見ますので、次からは気をつけるように!」

 

「はーい!」

 

「さて、今夜は酢豚ですよ! 早く帰りましょう!」

 

「やったー! パイナップルはべつでお願いします!」

 

「保証しかねます!」

 

 えー、と娘の不満そうな声が聞こえた。ハッハッハ、と楽しそうに笑って、サクラバクシンオーはレジへと駆け出した。

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