「パパー、あのでっかいの乗りたい!」
「ほら旦那ちゃん、はやくはやくー!」
「こら、走ると危ないぞ」
前を行く栗毛の母娘に、夫は苦笑した。子どもができても昔と変わらず天真爛漫なマヤノトップガンと過ごしていると、娘を二人もったような気持ちになってくる。
「もう旦那ちゃんってば、何か失礼なこと考えてたでしょ?」
勘が鋭いのは相変わらずである。
「いやいや、楽しんでもらえているようで何よりだなと思って」
「楽しいに決まってるじゃん、家族みんなで遊園地なんて!」
今三人が来ているのは、某市の大人気テーマパークである。チケットを取ることすら難しい場所なのだが、幼い娘への誕生日プレゼントとして、コネだとか財力だとかを活かし、無事来ることができた。のだが、
「ほらほら旦那ちゃん、次はアレ食べるよ!」
「ねー迷路だって、気になるよねー」
「あのアトラクション面白そー!!」
どちらかといえば妻の方がはしゃいでいた。勿論娘も楽しんでいるので構わないとは思うが、母としてはどうなのだ。いや、しかしそれでこそマヤノトップガンだ。でももうちょっと落ち着きを持ってくれた方が……
「ねーパパー!」
「ん?」
「はい、チーズ☆」
マヤのスマホのレンズが、袖をぎゅっと掴んで抱きついた娘と、きょとんとした顔の父を捉えた。すかさず二人の前に回り込んだマヤが、今度は自身も入れてシャッターを切った。しかしそこは流石の対応力、父は少しぎこちないながらも、笑顔でピースしてみせる。彼女はその様子に満足したように頷いて、
「うんうん、いい顔! 旦那ちゃん、何か難しいこと考えてたでしょ? ダメだよ、今は楽しく遊んでママたちのこと見てなきゃ!」
「あいこぴー!」
娘も元気よく同意した。「そりゃそうだな、悪かった」と旦那は二人の頭を撫でた。
「さて、じゃあ目一杯遊ぼう! 次はどこに行こうか?」
「んーとね……」
「ジェットコースター!」
「観覧車!」
声は完全に重なって聞こえた。む、と母子は顔を見合わせる。
「観覧車!!」
「ジェットコースター!!」
またも重なった。親子だなあ、と父はしみじみ思った。二人は向かい合って、己の主張を繰り返している。
「やだー! ジェットコースター乗りたいっ!」
「だめだめー! この時間帯は観覧車がエモいんだから!」
「時間あるし、別に両方乗ればいいんじゃ──」
「「じゃあ
母子は向かい合って睨み合う。一触即発の雰囲気に、父が冷や汗をかいていると、「じゃあパパに決めてもらおっか」とマヤが提案し出したので、もっと冷や汗をかく羽目になった。
「えーっと、じゃあ観覧車──」
言いかけて、ふくれっ面の娘に気づく。心なしか瞳も潤んで見える。
「──は時間を置いてからの方が夜景が綺麗だから、先にジェットコースターにしよう」
「夕焼け見たかったのにー!」
「わーい、パパだいすきー!」
先程までの涙はどこへやら、可愛くウィンクした娘に、父は勝てないなあと嘆息した。
*
「うっ、気持ち悪……」
「もー、絶叫系苦手なのに無理して乗るからでしょ?」
そうは言われても、辞退しようとした際、可愛い娘に「パパは一緒じゃないの……?」と心底悲しそうに見つめられてしまっては、どうしようもあるまい。
「パパ大丈夫……?」
「ああ、大丈夫だよ。楽しかったな、ジェットコースター」
弱った三半規管も失われた平衡感覚も隠し、彼は娘に笑顔を向ける。父親の鑑である。
「さて、じゃあ観覧車に乗るぞー!」
「おー!」
ゴンドラに乗り込むと、ゆっくりと高度が上昇していく。先程のジェットコースターに比べれば遥かに緩やかな揺れに、ともすれば眠くなってしまいそうな感覚を覚えた。
「わあ、きれい……!」
娘が感嘆の息を漏らす。ゴンドラからは先程まで遊んでいたテーマパークの景色が一望できる。夕暮れを越えて夜に移りゆく空は、薄い橙と紫のグラデーションで染まり、灯りをともしだしたパークの設備と相まって、大変美しい夜景だった。
「な、この時間でよかっただろ?」
マヤは未だ、どこか不満げな様子だった。でも、と小さく口を尖らせる。
「夕暮れ時に来たかったんだもん……旦那ちゃんが告白してくれた、あのときとおんなじ時間に……」
「えー、そのお話ききたーい!」
娘が興味を示した。父はバツが悪そうに「別に面白い話じゃないぞ」と頭を搔くが、「いい!」と言い切る娘と、「ほら、あのときみたいにはーやーくー!」と急かす妻に押され、大きく咳払いをした。
「ママがおっきな大会で優勝したあと、ご褒美に遊びに来たのがここだったんだよ。で、今日みたいな感じで一日遊んで、締めに乗った夕暮れの観覧車で告白した、ただそれだけだよ」
「どんなかんじで?」
流石にそこまでは、と思ったが、目の前の妻はどこか期待するようにこちらを見つめていた。
「──出会った頃に比べれば、随分遠くに来たな。色んな壁を乗り越えてきて、年の離れた妹くらいに思ってたマヤもすっかり大きく──いや、立派な大人のレディーになったもんだ」
「……うん」
暗めの照明に照らされた白いワンピースの彼女は、ひどく大人びて見える。あの時の姿と重なっていた。
「だからって訳じゃない。俺は最初から、君のことが好きだった。背伸びした姿も、それに追いこうとする努力も、そして夢が叶った今も。ずっとずっと好きだった、だから──付き合ってください」
「うんっ! 私もずっとね、トレーナーちゃんのことが大好き!」
ぎゅーっと熱い抱擁をかわす二人に、娘が「きゃあああ♪」と黄色い悲鳴を上げた。距離が、徐々に近づいていく。スローモーションみたいに緩やかになっていって、そして──
「お疲れ様です〜」
ゼロ距離間近というところでゴンドラの扉が開いた。一周して地上に戻ってきたのである。係員のお姉さんもこういったバカップルには慣れているのか、「ゆっくりで大丈夫ですよ!」と注釈して、少し離れていった。キョトンとした三人は、顔を見合わせて笑う。
「さて、降りるか!」
「アイ・コピー! 夜ご飯、何食べよう?」
「ハンバーグがいいー!」
ワイワイと賑やかに、三人は歩いていく。満月の夜に、団欒は響いていた。