「スピカについてって、トレーナーさんのこと?チームのこと?」
「どっちも」
「うーん…じゃあまず最初に私のことから教えた方がいいのかしら…?うーん、そうねぇ…私がスピカに所属する前、リギルにいたのは知ってるかしら?」
「リギルって確かあのシンボリルドルフ…さんがいる学園最強の?」
「そう、そのリギル。その入部試験に勝って入ったんだけど、おハナさんの指導が合わなくて、走るのが楽しくなくなっちゃったの」
「合わなくて?悪くてじゃなくて?」
そんな指導されたら私ならそのトレーナーのことを許さないかもしれないのに、スズカさんの言葉にはそんな感情なんか1ミリも無い。多分本当に嫌ってない、それどころかありがたく思ってるのかもしれない。
「そう、合わなくて。メルちゃんは私の走りのスタイル分かる?」
「…逃げウマからも逃げる大逃げ。最初から最後までずっと先頭を走るスタイル」
「そう、大逃げ。でもこの走り方は怪我のリスクがあるから、おハナさんは私にスタミナを管理して走り方を教えようとしてくれてたの。…でも私にはあんまりそれが合わなくてね。そこで走るのが楽しくなくなっちゃったの」
走るが楽しくなくなった…すごい覚えのある話だ。でもスズカさんにそんな時期があったなんて今の走ってる姿からはとてもじゃないけど考えられない話だ。
「…その時に会ったのがスピカのトレーナーってこと?」
「えぇ。もうチームに所属して指導も受けてるウマ娘に、他のチームのトレーナーが『好きに走った方がいい』ってアドバイスを送るなんて、普通ならタブーなのにね。でもトレーナーさんの言ってたように好きなように走ったら、足も軽くて、先頭でずっと走れて。久しぶりに先頭の景色を見ながら楽んで走れたの」
「それでスピカに移籍して今の走り方を確立したんだ」
私の問いにスズカさんは本当に嬉しそうに頷いた。
スズカさんにとって走る楽しさを思い出させてくれた人、それがスピカのトレーナーってことなんだろう。そういう意味ではスズカさんとスピカのトレーナーはまさしく人バ一体っていうやつになるのかな。
「それでトレーナーさんのことよね、うーん…。基本的に私たちの走りたいレースに合わせてプランとかトレーニングを組んでくれるし、好きなように走らせてくれる人、かな?」
「…ふーん」
「指導もなんというか…その、独特なものは独特というか。私、トレセン学園に入ってツイスターをやらせるトレーナーを初めて見たわ」
「…うーん?」
ツイスターって丸の上に手足を置く、あの…?平衡感覚のトレーニング、ってことなのかなぁ、よくわかんないや。
「でも私たちにしっかり向き合ってくれて、私たちに必要なことを指導してくれる良いトレーナーさん、だと思うわ」
「…そうなんだ」
…スズカさんがここまでいうんだからまず間違いなく悪いトレーナーじゃないんだね。なら、まだ…。
〜〜〜〜〜〜
そのあとチームメンバーの話をしてもらったり、重賞レースの話をしてもらったりしていたら、ふとスズカさんが何かに気づいたような顔をして話しかけてきた。
「そういえばメルちゃん、バ群の中とか知らない子に周りを囲まれると、うるさいって感じたりイライラしたりするタイプよね?」
「……はい、でもなんでそれを」
「最初はたまに会う子くらいにしか感じてなかったんだけど、授業もトレーニングもサボってこういう静かなところにいるから、もしかしたら?って思ってたの」
「はぁ」
「でも、1番感じたのは選抜レースを見た時かしら。メルちゃん、駆け引きとか全然しないで自分の走りたいように走ってたわよね?それを見て、スタイルは違うけど私みたいだなって思っちゃって。それでなんとなく私と似てるんだってわかったの」
「あー…なるほど。でもスズカさんと私の間には決定的な違いがあると思う」
「そうなの?」
小首を傾げるスズカさんって可愛いよね。なんか小動物チックな可愛さがあると思う。…じゃなくて。
「スズカさんは走ることが好きで、レースが好きなことが好きだよね。でも私は…そんなことを口が裂けても言えない。レースも好きじゃないし、なんなら走ること自体も好きじゃない。ウマ娘の風上にもおけない、どうしようもないウマ娘なの」
「…うん」
「……でも。でも、そんな私でもまだ走るべきだと思う?私はまだ走れると思う?」
多分私は…迷ってる。いつの日か投げた紙飛行機のように、明確な目標がないままスタートしてしまったから。だからスズカさんみたいな目標とかやりたいこととかがしっかりしている人に憧れてしまうのかもしれない。
スズカさんはそんな私の葛藤を知ってか知らずかニコッと笑ってくれた。
「そうね、それを決めるのはメルちゃん次第かな?…少なくとも私は今日の走りを見てメルちゃんと走りたくなったけどね」
「スズカさん…」
「それと気付いてる?メルちゃん、前は『走ることが嫌い』って言ってたのが今日は『好きじゃない』に変わってることに」
「あ…そ、それは言葉のアヤというかなんというか…」
「ふふっ、メルちゃんって素直じゃないのね」
「んにぁぁぁっ!スズカさんのバ鹿!あほ!先頭民族!……はぁ。連れてって」
「…えっ?」
「私をスピカのトレーナー室に連れてって。私は私の目で決める」
いつの間にか太陽が沈んで月が登り始めていたのに気付いたのはおサボりスポットを出てすぐのことだった。
〜〜〜〜〜〜
死屍累々。今現在のスピカのトレーナー室を表すにはその一言で充分であった。大の字で倒れ込むもの、壁にへたり込むもの、そしてソファに沈み込むもの。それぞれがそれぞれの休息の仕方を取っていた。
「スバルメルクーリさん、速すぎますって…」
「追い込んだと思ったら木の上に登ったり、いきなり切り返したり、予測不可能だぜありゃ」
スペシャルウィークとゴールドシップの言うことにスバルメルクーリ捕獲隊に参加していた残り4人が頷く。そしてそんな6人を尻目に各寮の寮長に外出の連絡をとりながら謝るトレーナーがいた。
そんなトレーナー室にノック音が響いた。
「失礼します。トレーナーさんいま…すね」
「あれ、スズカどうした?こんな時間に」
「ふふっ、ちょっとトレーナーさんに会いたい人がいるっていうから連れてきたの」
「えっ、俺に?別に構わんが…」
トレーナーが許可を出すとサイレンススズカは外にいる人を手招きして呼んだ。
「…おいで」
「うん」
そうして入ってきたのは先ほどまでみんなが血眼になって探していたスバルメルクーリ、その人であった。
「…スバルメルクーリです。ねぇ、トレーナー。私このチームに体験加入させてもらうから」
「あ、あぁ…「「「「「「ええぇぇっっっ!?!?!?」」」」」」」
あまりに突然の大声に思わず耳を塞ぎながらスバルメルクーリは呟いた。
「いや、いきなりうるさっ」
最近の育成、特に出す予定じゃなかった弥生賞とか目黒記念とかに出走させてしまうんですよね。体操着はいい文明。健康的な体操着も、タイツ込みの怪しい魅力の体操着も、丘陵部があっても、平原でも、良いのです。
良いのです(強調)
お気に入り、誤字報告、感想等々いつもありがとうございます!おかげさまで楽しく書かせていただいてます、本当に。