そのウマ娘が“白銀の突風”と呼ばれるまで   作:乃亞

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キャンサー杯を何も考えずにオープンリーグにしてたら特別移籍をやってたせいで出せる娘がいなくて絶望した真夜中にお届けです。
ゲート難ゴルシしか勝たんのよ、ええ。
それではよろしくお願いします。


第13話 トレーナーの憂鬱: Apprehension

 スバルメルクーリがデビュー戦を勝った翌日、トレーナーはチームでの練習をオフにしてトレーナー室にこもってスバルメルクーリの出走日程を考えていた。

 

「…うーん。マイル路線を突き進むのもいいが、やっぱあの才能ならクラシック三冠ウマ娘を狙いたいよなぁ。菊花賞の距離がアイツにとってどうなのかまだまだ分からんから確定とまでは言わないけどかなり良い線行くだろ」

 

 ……本来ならこのトレーナーはこういう出走日程を決める時はそのウマ娘の意思を最大限汲んで決めるタイプなのだが、当の本人が『………走れと言われたら走る。嫌だけど』というスタンスなので仕方なく1人で組んでいるのである。

 

 …それにデビュー戦での異様に焦った顔。本人は気にするなと言っていたし、その言葉に有無を言わせない雰囲気があった。そして何よりその後にバ鹿なことを言ったためにその場はなにも言えなかったが、あの表情はトレーナーの気を揉むには充分なものだった。

 

「……あいつの考えてることが分からん。どうしてやるのが正解なのかねぇ」

 

 トレーナーがうんうん唸っていると不意に横からマグカップが差し出された。

 

「…休みの日に精が出るわね」

「…おぉ、おハナさんじゃないか。最強チームを率いる最強トレーナーさんがウチなんかの偵察に来るなんて暇なのか研究熱心なのかどっちなんだい?」

「…どう捉えてもいいわよ」

 

 そう言いながら自分用のコーヒーを準備しているのは東条ハナ。おハナさんとチームメンバーから親しみを込めて呼ばれるこの女性は、このトレセン学園に数あるチームの中で特に最強との呼び声が名高いチーム《リギル》のトレーナーである。

 

 そんなおハナさんはトレーナーが先ほどまで唸っていた日程表をチラリと見ながらマグカップにコーヒーの粉を注いでいた。

 

「それ、スバルメルクーリの出走表?」

「まぁな。まだアイツに確認とってないからまだまだ確定してないけどな」

「貴方もよく次から次へと問d……癖のあるウマ娘を取るわねぇ」

「うっせ」

 

 …今、おハナさん『問題児』って言いかけてやめたな、と思いながらトレーナーは差し出された苦い液体を飲む。…舐めていたアメとの相性が最悪でちょっと後悔したようだ。

 

「スバルメルクーリ、ね。貴方何を考えて引き取ったの?」

「何って、選抜レースでいい走りをしたからスカウトしようと思ったらスズカが連れてきたんだよ」

「…そういうところだ。正直あの子はスズカの比じゃないじゃじゃウマ娘よ?分かっているの?」

「もうかなり思い知らされてるよ。…というかやけに詳しいな、メルクーリのこと」

 

 そう話を振ると、おハナさんは想像以上に苦々しい顔を見せた。もしかしてそのことを警告しに来てくれたんだろうか、などと呑気な考えをしていたトレーナーにおハナさんはタブレットを出し、スバルメルクーリのデータの引き出して提示した。

 

「んー、なになに。スバルメルクーリ、中等部、栗東寮、身長145cm。靴のサイズは左右共に20.0cm。体重は検査をサボって不明。誕生日は5月9日…なぁおハナさん、この情報必要か?」

「変なとこだけピックアップしないでちょうだい。…私のチーム選抜レースに出た子のデータは全て管理しているのよ。この意味がわかる?」

「……えっ?」

 

 全くの初耳の情報にトレーナーは思わず聞き返した。つまりスバルメルクーリはリギルの選抜レースに出たことがあるということ。選抜レースに出ていながら所属していないとなれば、トレーナーの中での結論はひとつだけであった。

 

 

「まさか、負けたのか?メルクーリが?」

「まぁそう思うわよね」

 

 …おハナさんの肩がわなわなと震えて、トレーナーにはおハナさん後ろに噴火直前の火山が見えるような気がした。そしてその幻想はあながち間違いではなかった。

 

「……選抜レースで他の子全員を後ろから追込みでぶち抜いてゴールした挙句、『…ただの暇潰しです。チームに入る意思は一切ありません』とか言ってさっさと帰った大バ鹿娘がいるのよ、ええ!!どこのウマ娘だか、わかるかしら!?!?おかげさまでその選抜レースで走った娘を全員不合格にせざるを得なかったんですけどねぇ!?一体どこのウマ娘かしら!!」

「……うわぁ……」

 

 選抜レースでぶっちぎりの実力を出せて、なおかつリギルの管理主義に全く合わなさそうで、さらにチーム加入を拒否しそうなウマ娘にトレーナーは心当たりがあった。というかどう考えてもアイツ(メルクーリ)の仕業だった。

 

「……はぁ、嫌なことを思い出させてくれるわ。ともかくそこのスペックの欄を見ればわかる通り、スバルメルクーリはしっかり制御できればクラシックなんて遊んで勝てるくらいの逸材よ。制御できれば、だがな」

「んなことはわーってるんだけどなぁ、いまいちあいつをやる気にしてやれてないんだよなぁ……っとこの特記事項はどういうことだ?」

 

 スバルメルクーリの項目を下にスクロールしたトレーナーは1つ気になる項目を見つけた。その内容は『非常に耳が良い』というウマ娘共通の特徴でしかなく、とてもじゃないが下の方に書いておく事項のようには見えなかった。

 …のだが、おハナさんはその質問に思わず何かを思い出したかのように頭に手を当ててため息をついた。

 

「あの子の聴力はちょっと特別でね。ウマ娘の中でも特に良いらしいのよ。具体的にはこの部屋の中に小さなハエがいるとしたら、どこにいるかとか何匹いるかとかは集中すれば聞き取れるらしいわ」

「…それはすごいな。耳が良いとは思ってたがそんなに良いとは思わなかったわ」

「あの子、追込がメインでたまに逃げみたいなスタイルで先行とか差しはしてないでしょ。あれはおそらくバ群の中に入ると他のウマ娘の走る音以外にも心臓の鼓動やら息遣いやらが耳に入るから嫌いなんだろう」

「なるほどなぁ」

 

 正直メルクーリを見ていればその兆候はあったな、とトレーナーは思い返した。デビュー戦の時もファンファーレの時は耳を塞いでいたし、そもそもスズカと初めてこの部屋に来た時も、来る前はスペとかゴルシから逃げるために静かな場所に行った結果スズカと会ってお喋りでもしてたんだろう。

 トレーナーはもう一回データを上から下まで軽く見返し、タブレットをおハナさんに返却した。

 

「ありがとな、おハナさん。参考になったわ」

「貸し1」

「…しゃーないか、今度給料が入ったら奢る」

 

 それだけ聞くとおハナさんはコーヒーを飲みきってトレーナー室を出…る手前でトレーナーに振り返った。

 

「スバルメルクーリ、彼女は間違いなくダイヤモンドの原石だ。ただし色々ヒビが入っている、と頭につくがな。うまくやれば大きな実績を残せるだろうが下手なことをしたらまず間違いなく一気に壊れるぞ。よく見て手綱を握ってやれ」

「…おハナさんは優しいな」

「次はターフの上であの大バ鹿娘と戦えることを祈っている」

 

 それだけ言い残しておハナさんはトレーナー室を後にした。残されたトレーナーは1人呟いた。

 

「ヒビの入ったダイヤモンドの原石、ねぇ」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

「……へっくし」

「おうおうどした?誰かにウワサされたか?それとも木星からデータを受信したか?」

「そんなゴルシさんじゃあるまいし、別の星から受信なんてできるわけないじゃん」

「へふはん、はふぇひふぁひほふへてふぶぁはいね?」

「スペさんは口の中のもの食べ切ってから喋りなよ、聞き取りづらいし」

 

 木星はともかく、誰かが私のウワサをしてるのはあるかもね。私たちスピカの面々は全員オフということでみんなでスイーツを食べに行っていた。どんだけこの娘たちはスイーツに飢えているのか。私も好きだけど。なお後日、スペシャルウィークとメジロマックイーンの体重管理にトレーナーが頭を悩ませていた。…なんかごめんトレーナー。




3000字越え。こんなつもりじゃなかったのに…。とりあえずここまでで第1Rは終了です。
正直プロットも何もない状態で書いてきたんで少しプロットを考えてから第2Rを出したいかもしれない…。こんなに読んでいただけるとは思ってなかったんです。びっくり。
毎度のことですが感想やお気に入り登録、UA等々本当にありがとうございます。励みになってます。気づいたらUA10000を超えてました。びっくり。
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