そのウマ娘が“白銀の突風”と呼ばれるまで   作:乃亞

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第40話 不安の種:Anxiety

 

「おぉ、あれがスバルメルクーリか…」

「流石は最優秀ジュニア級ウマ娘、なんかこう洗練された雰囲気というかどっしりとしたオーラを感じるなぁ」

「風に銀髪を靡かせてるのが絵になるわねぇ…あの子が今年のクラシックの中心になるウマ娘かぁ…」

 

 

 ウマッターで弥生賞への挑戦を発表してはや数日。私たちが練習している坂路コースに報道陣がこれでもかと集まっていた。…いや多すぎない?

 ……ただぼんやり空を眺めてるだけでこれだ。練習の邪魔にならないように配慮してひそひそ言ってるって気遣いはわかるけどその音量じゃ私には聞こえちゃってる。

 

「メル、嫌ならアイツら全員まとめて蹴散らすぞ?」

「……邪魔はしてないんだからほっといていいよ」

「でもメルちゃんにはあの人たちの話し声聞こえてるんでしょ?」

「……大丈夫だから。トレーナーも慣れろって言ってたでしょ」

 

 

 心配そうに見るゴルシとマヤノをあえて無視して爪先で坂路コースを軽く蹴るとウッドチップがパラパラと舞った。それが落ちるのを確認してから私たちは走り出した。

 

 

 

 …マヤノのホープフルを現地で見たりレース場のデータを見て思ったけど、私と中山レース場の相性はあんまり良くない。ほぼ確実に。

 

 

 まず私の取り得る作戦は2つ、追込か逃げ。これはまず変えられない。変えられるならこんなにうだうだ考えてない。なのでまずこの2種類の作戦で弥生賞、ひいては皐月賞の展開を考えてみる。

 

 

 まず重賞で使った追込で考えてみると34コーナーのコンパクトさがちょっと目につく。これまで追込で走った東京レース場の1600mと阪神レース場の外回り1600mはどれもコーナーが若干ゆるくて最後の直線で大外に出やすかったんだけど、中山レース場のコンパクトさだと出にくそうだなぁっていうのが正直な感想。

 

 

 じゃあ逃げれば良いじゃん!…というわけにもいかないのが悲しいところで、今度は2000mというこれまで私が走ってない長さがキバを剥く。新潟の1800mはほぼほぼアップダウンのないほぼ平坦なコースだったから逃げるのがすごい楽だったんだけど、今回はそういうわけにもいかない。

 

 

 …確か入学試験は2000m走ったと思うけど、そんなことより日本語のカンを取り戻すことを優先して色々考えながら走ってたからぶっちゃけあんまり覚えてないんだよね。逃げたのか追込んだのかすらさっぱり覚えてない。そもそもトレセン学園の芝コースってそんなに激しいアップダウンないし。

 

 

「ふぃー、んじゃちょっと休憩して芝コース……ってメル!?」

「……」

 

 

 …そして追込をするにしても逃げをするにしても立ちはだかる最大の難関。私が中山レース場が苦手そうだと判断する障壁。

 

 

 中 山 の 直 線 は 短 い ゾ ☆ !!

 

 

 ……はぁ。

 実際問題これが1番の壁になるんだよね、結局。中山レース場の長さ310m、勾配5.3mの直線は追込むにはあまりに短く、逃げるにはあまりに絶壁すぎる。

 

…ロンシャンみたいにコースの最初だったら倍の急坂でもまだいいのに、ここはゴール手前って悪意あるよね?

 

 

 …突然中山レース場の上にピンポイントで隕石が落ちてきて修理のために東京レース場で代替開催にならないかなぁ…。絶対ならないけど。

 

 

 マヤノのホープフルを参考にしようにもあれは見事なまでにレースを支配した先行策なわけでほとんど参考にならない。というかなんなのマヤノのあのレースさばき。

 

 

 逃げた娘はしっかりと目で捉えつつ、後ろから抜こうとする娘にチラッと視線をやることで抜け出しにくくするとかやってることが器用すぎる。ついでに私の加速も模倣(パク)られてるし。

 海千山千のシニア級ウマ娘ならできる奴がいるかもしれないけどジュニア級であんなレースできるのはマヤノくらいじゃない?…聴覚とか諸々を加味しても少なくとも私にはできないなぁ。

 

 

 …どちらの作戦を取るにしても坂に慣れ、坂に負けないスタミナを得ることが先決ということで坂路トレーニングを数こなしてるんだけど……だんだん坂路コースが赤い壁みたいに見えてきた。ウッドチップが入った坂路コースは芝よりもダートよりも随分と軽いはずなのになんかあんまり進んでる気がしない。

 ていうかそもそも今何回目の坂路だっけ。異常に足に疲れが溜まってるんだけど。

 

 

「…ルちゃ……ねぇ、メルちゃんってば!」

「……マヤノ?とゴルシも」

「…ったく。メル、このあともあるのに坂路走りすぎだ!言っても止まらねぇし、マヤノもアタシも追いかけるハメになったんだからな!」

「……えっ?ごめん」

 

 

 …どうやらあれこれ考えているうちに指示された回数を超えていたらしい。いつの間に?

 

「練習にも熱入ってるな、スバルメルクーリ」

「あれだけ坂路やっても息の入りがかなり早いですね。この後の併走にも注目だ」

 

 

 ……だから聞こえてるんだってば。どっから見たらそうなるのさ。…あぁ、蚊帳の外か。

 

 ぼんやりと報道陣に視線を向けていたのも束の間、いきなり回転して私の目は青空しか写せなくなった。

 

「ほら休憩しに戻るぞ、っと!」

「…えっ?ねぇゴルシ!」

「しっかしホント軽いなぁメル。ちゃんと食ってるのか?」

「…食べてるから下ろしてよ!!」

 

 

 いつもいつもこの恵体のウマ娘はなんで隙あらば私を担ごうとするのか。

 

 〜〜〜

 

 休憩後、本番を想定した芝2000mで私たちは走っていた。

 3人のうち、追込想定で私とゴルシが走ってる関係で逃げ想定か先行想定かはわからないけどマヤノがポツンと前に残っている。大体7バ身くらい離れたところにゴルシ、そこから3バ身くらい離れて私。

 

「……っし、行くか!」

 

 

 これ以上離されるとマヤノにそのまま行かれると思ったのか、ゴルシがストライドを大きくする。…私も少しついていこうか。

 

 トレセン学園のコースは中山レース場ほどコーナーがコンパクトじゃないからここから大外に出るのにはそこまで苦戦しないんだけど、それじゃ想定練習にならない。本番を想定するなら…今かな。

 

「…ふぅぅっ!」

 

 

 前のゴルシを外から抜きながら前のマヤノを目指す。…ここから本気の加速をすればゴール50m前くらいには抜けるはず。

 ……そう思って一気に体勢を低くした瞬間だった。

 

 

 

《 ーーまたそうやって自分の醜さ、愚かさを全部棚に上げて踏み躙るんだ 》

 

 

 

 

「…!?」

 

 

 脚が進まないような感覚に囚われて思わず加速体勢を元に戻す。そんな私の横をスピードが乗ったゴルシが一気に駆け抜けていってマヤノに追いついていった。…やっぱり私の勝負をかけるタイミングは間違ってなかったらしい。

 

 2人がゴールしてから大体6バ身くらい離れてゴールするとゴルシとマヤノが駆け寄ってきた。

 

「どうしたメル?行けるタイミングで行かなかったろ?」

「…いや、なんでもない」

「でもお前さっき「大体分かったから今日はもう休む」…あっ、おい!」

 

 

 軽く伸びをしながら報道陣に一礼しつつスピカの部室に戻る。……寮に戻る前に甘いものでも食べようかな。

 

 




ここで今年の投稿終わらせるのもなんか暗い気がしたんですけどこれを新年一発目に出すのもそれはそれでなぁという気がしたんで投稿。

今年1年間、本作を拝読いただき誠にありがとうございました。来年も頑張ります。
それでは次回もよろしくお願いします!
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