そのウマ娘が“白銀の突風”と呼ばれるまで   作:乃亞

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チヨちゃん可愛くないですか?めっちゃスポ根展開かと思ったら節々でちゃんこするのずるいわぁ…。
評価バー見たら赤いのが完凸(?)しててとてもびっくりしました。普段だったら後書きに書く内容なんですけど格別の感謝を、ということで前書きに。
それでは今回もよろしくお願いします。


第43話 弥生賞:Japanese2000 Guineas Trial(後)

『ここでさらにペースを上げたのは先頭のスバルメルクーリ!中山の下り坂を利用しながらぐんぐん差を広げています!これはオーバーペースなのか、それとも年度代表ウマ娘の格の違いなのか!』

『普通のウマ娘なら完全にオーバーペースですが、最後まで保つんでしょうか。後続のウマ娘もそうですが、先頭のスバルメルクーリにも難しいレースとなりました』

 

 

「……はぁ、はぁ…ッ!!」

 

 

 春特有の生暖かな風をせなかにうけ、くだり坂を一気に駆け下りる。少し視線を右に向けると赤と白のしましま棒を目の端に捉えた。多分上を見れば「10」って書かれてるんだろうね。フォームが崩れるから視線は上げないけど。

 

 

 ……やっと半分なのか……。

 

 

 

 

『前半1000mを超えましてタイムは……57秒1!57秒1です!スバルメルクーリ、衝撃の57秒台!短距離レースではありません!文字通りの殺人ペース!いったいどこまで保つのか!どこまで保たせるのか!』

 

 

 ……後ろの走る音が大分とおくなった、気がする。

 さいしょの1200mで勝負をつけようとけっしんした時点で苦しくなるのは覚悟してた。

 

 

 中山の1200mといえばスプリンターズステークス。内回り外回りの違いはあるけど、69秒っていうのはその勝ち時計とほぼおなじタイム。そこからさらに800m走るんだからそりゃあ苦しくならないわけがない。

 

 

 …って言ってもさすがに前半でここまでくるしくなるとは流石に思ってなかったけど。さっきから思考がうまくまとまってない、ような感じがする。

 

「……っくッ!!」

 

 

 …もうずいぶん前から肺は引き絞られてるみたいにいたいし、気分なんかずっとわるい。それでもなんとか最初の想定通りに後ろとは差をつけることには成功した。

 

 

 白む視界の右端でなんとかハロン棒の赤白を捉える。…ってことは残り4ハロン、ここから34コーナーに入って最後の直線に入るのか。

 ここまでのラップタイムは……体感69秒5。予定より0.5秒遅れて入ったけどこのリードなら……!

 

 

 

 

 

 ーーー本当に勝てると思ってる?

 

「ッ!?」

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

 ………あれっ、ここはどこ?

 

 さっきまで中山レース場を走っていたはずなんだけど、ここには芝の緑どころか何もない。…そう、何も。

 

 

 上下左右が無機質な…何色といえばいいんだろう。星すら見えない深夜の闇っぽいような気もするし、魚も生きられないくらいの深海の闇のような気もするし…とにかく暗い空間に私は立っていた。

 

 

 ……この空間は何か変だ。

 何が変ってそもそもさっきまで走ってた中山レース場じゃなくなってることもそうだけど、それ以上に周りが暗くてうまく空間認識できないのに私の銀髪や手脚だけはしっかり見えるのがおかしい。

 

 

『スバルメルクーリ』

「……は?誰?」

 

 

 突然背後から声をかけられて思いっきり飛び退く。…飛び退こうとした、の方が正しいのかな。頭が後ろに下がったって思っただけでピクリとも動けてないなんてこともあるかもしれないけど全くわからない。

 

 

 ……というかホントに誰だコイツ。私の耳でも声をかけられるまでいることに気づかなかったんだけど。

 

 

 妙にくぐもった声にモヤがかかったようないまいち掴めない実体。……ホントになんなんだこれ。

 

 

『スバルメルクーリ、もう一度聞くよ。…本当に勝てると思ってる?』

「………それは。後ろとも充分離れt『でも想定より0.5秒…いや、0.6秒遅れてるよね』…ッ!!」

 

 

 黒いモヤがかった人影……とりあえず"存在"って名前をつけておこう、本当に存在してるかどうかはさておき。ともかくその"存在"はゆらめきながら私に近づいてきて、馴れ馴れしく肩を組んできた。

 

 

『答えられない?じゃあここではっきりいってあげる。…メルクーリ、貴女はもうレースでは勝てない。この弥生賞も、この先の皐月賞も他のレースも貴女が出たレースの1着は他の子だよ』

「……いきなり出てきて随分な挨拶じゃない?そういうこと言いたいなら名前くらい名乗ってから言いなよ」

『私の名前?変なこと気にするねぇ……そんなの分かってるクセに』

 

 

 …分からないから聞いてるんだけど、こっちの話は一切聞く気なし、ね。しかもやけに断言してくるし。

 

 

 ……なんかコイツを見てると無性にイライラする。

 

 

『本当はわかってるでしょ?…貴女が勝てない理由だって』

「…………」

『気まずい時、自分の分が悪い時、貴女はいつも黙りこむ。じゃあ見方を変えてみよっか?今貴女が走ってる弥生賞の相手9人のうち、対戦経験があるのは何人?』

「……は?それは……」

『答えられない。貴女はそんなこと考えたことないもんね。じゃあ次の質問。今日の弥生賞、追込じゃなくて逃げ……それもバ鹿みたいハイペースでの大逃げを選んだ理由は?』

「………中山の最後の急坂の前でレースを決めきるため」

『ぶっぶー。それもあるにはあるだろうけど、1番の理由は違うでしょ。貴女は逃げを選んだんじゃなくて()()()()()()()()()()()()()()、違う?』

「……ッ」

 

 

 ……追込を選ぶことが出来なかった、という"存在"の言葉に思わずビクッとしてしまう。

 

 

 

『最初のきっかけは朝日杯フューチュリティステークス。シンガリを取れなかったことで自分のペースを作り損ねた貴女は、レース中冷静さとはかけ離れた無様なレース運びをして、それでもなお勝った。……()()()()()()()って言ってあげようか?』

「………」

『そしてもう一つ、そのレース(朝日杯)で最後に競り合ったツクツクホーシの骨折。貴女はその耳で彼女の骨が折れる音をレース中にしっかりと聞き取れてしまった。そこから貴女は無意識下でこう思った。"私の無様で醜いレース運びで、また他の子のこれからを踏み躙った"って』

「……めろ」

『まぁしょうがないよねぇ、競り合いとかバ群の中で走るのとか嫌いだもんね。それも昔の……』

「やめろッッ!!!」

『おっと…』

 

 

 …思わず掴みかかろうとした私を軽くいなした"存在"にますます苛立ちを抑えられなくなってくる。クソ、なんでも知ったような口ぶりで話すのが気に入らない。

 

 

『急に大声出さないでよ、うるさいなぁもう。…話が逸れたね、貴女が追込を選べなかった理由だっけ。決定打は報道陣が入った中でマヤノトップガンとゴールドシップとの3人でやった本番想定の2000mレース。マヤノトップガンを捕らえるためにスパートを掛けようとした時に貴女は朝日杯の最後の競り合い(トラウマ)を思い出して足が固まってうまく動かなくなった。でしょ?』

「…そ、れは」

 

 

 ……なんで。

 

 なんでコイツはそんなことまで知ってるんだ…。

 

 

『中山レース場で逃げを選ぶならどうだの、追込みならどうだの、返しウマで芝の感触がどうだの。ギリギリまで悩んでるフリをしてたけど、結局追込で脚が固まって動けなくなることがチラついた貴女は大逃げを選んだ。まぁ…それはそうでしょ。大逃げなら誰の足音も気にする必要がなく走れるから。ただそれだけのこと。ただし、ぶっつけ本番で大逃げなんか普通は失敗するのわかってるから普段のメンタルならやってないとは思うけどね』

「……ぁっ」

 

 

 確信めいた"存在"の言葉に息が止まる。返す言葉に詰まる。何かを言い返さなきゃダメなはずなのに、その言葉が見つからなかった。

 

 

『動揺してるところ悪いけど最後の質問。ここまで色々聞いてきたけど結局貴女が勝てなくなるのはここに起因するよね。……スバルメルクーリ。()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()?』

「……それ、は」

『自分では言えない?じゃあ私が代わりに言ってあげる。無いでしょ。スバルメルクーリ、貴女は一回たりともそんなことを思って走ったことは無い。レース場の特性を見て、自分の中で使える脚質を選んでっていうことはやってても、それは貴女がイライラせずに走るためでしかない』

「……あ、あぁ…」

『そもそも貴女、日本(ここ)に来たのだって()()()()()ためでしょ。過去から逃げて、自分の醜さを直隠(ひたかく)しにして。だから届かない。だから目標なんて見つかりようもない。分かってたはずでしょ?それとも優しい友達に囲まれて、ジュニアで3連勝して最優秀ウマ娘なんてものに選ばれたから錯覚してた?このままずっと当然のように勝ち続けられるって』

 

 

 "存在"の黒いモヤの中からほんの一瞬だけ見えた銀色の目に射竦められた私は。体が固くなって落ちていく錯覚に囚われ、"存在"の言葉をただ聞くことしか出来なかった。

 

 

『過去から逃げ続ける貴女にはこれからのレースで勝つための資格(ちから)自覚(こころ)も足りてない。そこに気付けない貴女は2度と勝つことはない。…まずは弥生賞で貴女の浅慮の仕儀を見届けなよ』

 

 

 

 〜〜〜〜〜〜

 

 

『先頭のスバルメルクーリ、大失速!大失速です!中山の坂を前にあれだけあった差がみるみるうちに詰まってきています!詰めてきたのはラモール!ラモールだ!それに続いてイニシエイトラブも追ってきている!先頭はこの3人に絞られました!』

 

「……はっ!」

 

 

 いつの間にか3.4コーナーを抜けて最後の急坂に差しかかっていたことに気づいた私はスパートを掛けようとして…気づいた。

 

 

 壁のように立ちはだかる中山の急坂に。

 

 

 バックストレッチでは追い風(フォロー)だった強い風が向かい風(アゲンスト)になっていることに。

 

 

 そして……私の脚がのびないことに。

 

 

 まるでスパートを掛けることを体が拒否するかのように、脚が重く、加速体勢もままならない。マヤノとゴルシの3人で走った時よりも、重く。

 

 

 ーー過去から逃げ続ける貴女にはこれからのレースで勝つための資格(ちから)自覚(こころ)も足りてない。

 

 

 

 ……あぁ、そっか。

 

 

 

『スバルメルクーリは伸びない!後ろからラモール!!ラモールが差し切り体勢で突っ込んでくる!イニシエイトラブも追ってくる!』

 

 

 私の右後ろから黒い短髪のウマ娘がサッと入ってきてそのまま追い抜いていく。左後ろからはいつかどこかで見たようなウマ娘が黒い髪のウマ娘を捕らえようと追い抜いていく。

 

 

 さらにその後ろからは……来ない。私を追い抜いた2人以外はついてこられなかったらしい。私のめちゃくちゃなペースに無意識で巻き込まれたのか、ほかのウマ娘のプレッシャーとかで潰し合いが起きたのかは私の知ったことではないけど。

 

 

『先頭はラモール!ラモールです!イニシエイトラブはわずかに届かず2着!3着になんとかスバルメルクーリが入りました!1番人気スバルメルクーリは3着!無敗のジュニア級最優秀ウマ娘は3着!三冠路線にニューヒロインが現れました!』

 

 

 ……ラ・モール(la Mort)ね。……どういう思いでそういう名前をつけたんだろうね、貴女は。

 

 

 薄れゆく視界の中で思ったのは、無様なレース展開に対する反省でも自分のこれからについてでもなく、そんな取り留めのないものだった。

 




ラモール(la Mort):フランス語で「死神」を意味する言葉。

前書きにも書きましたが評価50件、お気に入り1400件ありがとうございます。びっくり。本当にびっくり。そんな感じです。
そんなめでたい時に書く内容が多分過去1重めなのはなんかもうそういうものなのかなって。

それでは次回もよろしくお願いします!
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