「おかえり、ポニーちゃん。いいリフレッシュになったかな?私としては毎回ちゃんと外出届を出してほしいんだけどね」
「……どうも」
夜遅くまでわざわざ待っていたらしいフジキセキ寮長の苦笑い混じりの苦言をやり過ごしつつ自室に戻った私は、そのまま力なくベッドの上に倒れ込んだ。
「………はぁ。なにやってんだかなぁ、私」
倒れ込んだまま目に入る光をぼんやりと左手で覆った私から出たのは重めのため息。……別にため息ついてるのは今に始まったことじゃないけどさ。にしても今日のはありえないでしょ。
ペラペラと昔のことを喋った挙句、泣きじゃくるとか…ないわぁ。
その後のトレーナーもトレーナーでしょ、何がどうしたら『次のレースはレコード勝ちだ』なんて言葉が出てくるわけ?ちゃんと担当ウマ娘の話聞いてた…?
……しかもさぁ。『少なくとも6月まではお前はチームスピカだからな、いうことは聞いてもらうぞー』とかなんとかいいながら付け加えてきた指示が…まぁ、うん。
「……はぁ」
〜〜〜〜〜〜
それは寮に帰る車の中、リクライニングを完全に倒してぼんやりとしていた私に唐突に宣告された。
「あーそうだ、言い忘れてたわ。練習禁止期間はチームの手伝いをやること」
「……手伝い」
「あと授業はちゃんと出席すること。授業中暇だからって寝るなよ?」
「……授業、ねぇ」
学校にしばらく通ってなかった私がいうのも変な話だけど、トレセン学園の授業のレベルはお世辞にも高いとは言えない。というか低い、悲しいことに。
少なくとも私にとっては送られてくる宿題に一度目を通せばやってる内容の理解を完全にできるレベル。
しかも午後はチームなり専属なりに分かれてレースに向けたトレーニングに割かれ、金曜日は土曜日に近畿とか地方とかでレースがある娘が公欠扱いで学校に来ないから授業にならない。
こういった兼ね合いもあって授業の進行ペースはかなり遅い。遅すぎて世の中でいう春休みなんてものはなく、普通に授業が入ってる。せいぜい入学式周りで少しおやすみがあるくらい。
……ま、大阪杯とか高松宮記念、クラシックのトライアルレース。URAには春のレースがたくさんあるし、トレセン学園でも春の感謝祭があるからどのみち一般学生のような春休みはないんだろうけどね。
話が少し逸れたけど、それだけ授業進行が遅いにも関わらず、定期テストの平均点はとんでもなく低いし、なんなら落第寸前で慈悲をもらうウマ娘がいるらしい。初めて受けた定期試験の平均点を見た私の口は15分くらい開きっぱなしだった。なんで日本を5年以上離れてた私の国語の点数が学年上位なの?…みたいな感じで。
内容わかってない子たちは授業の進行ペースが遅すぎて逆に前の内容との関連付けが出来てないんでしょ。授業の進行ペースが遅すぎるのも考えものだよねぇ。
……とまぁ色々並べたんだけど、結局私の感想はこれ。
授業出るの、めんどくさぁ。
行きたい時に行くのはいいけど、行く気分じゃない時に行くのは苦行でしかない。…そして今の私はとてもじゃないけど行く気分じゃない。当たり前といえば当たり前だと思うけど、ゲート再試験なんかに落ちた次の日にニコニコしながら学校に行くようなメンタルは持ってない。
げんなりしてることをめざとく読み取ったのか、トレーナーは更なる釘をさしてきた。
「お前のところの担任にちゃんと来てるか確認取るからな?」
「…………はぁ」
〜〜〜〜〜〜
「……ないわぁ。これはない」
……正直、これっぽっちも気乗りしない。ぶっちゃけ言われなかったらまたしばらくサボるつもりだったというか…帰仏準備するつもりだったんだけどなぁ、療養という名目で。
顔に翳していた左手をゆっくりと体の下部に降ろす。すなわち、左の肺と心臓のある位置へ。
私が呼吸をするたびに肺は上下し、私の意思に関係なく心臓は鼓動を続けている。嘘みたいに生命活動を維持する、等身大の私がそこにいた。
……どうしてこんなことになったんだろう。私は一体どこで間違えたんだろう。これでも一応日本でやり直そうとはしたんだけどなぁ。
世界でも有数のウマ娘関連興行の発展国、日本。この国では私のことを知ってる人なんてお母様の関係者くらいしかいないから、昔のことを綺麗さっぱり捨てて1からスタートできる…そう必死に思おうとしてた。
まぁ、そんなこと無理だったんだけど。
入学直後の模擬レースで後ろから一気に捲ってゴールした時、私は先団から抜け出していたルゥの
『おお、入学直後の模擬レースでこの末脚のキレ!これならもう少し体が完成すればG1も夢じゃないな!』
…末脚がキレてたとしても理想に負けてちゃ意味ないじゃん。
『息の入りも悪くないし、レース直後も落ち着いている。大舞台に上がる準備はもうできてるな』
…落ち着いてるんじゃなくて落ち込んでるだけ。大舞台?知らないよそんなの。
『体は少し小さいけど優れた体幹。仕掛けどころを間違えない勘の良さ。おまけにとても珍しい佐目毛。まさしく神に愛されたウマ娘ね』
…神に愛された?仮にいたとして、私のことを愛してるわけがない。本当に神がいて私を愛しているというなら、一番の親友を奪うなんて暴挙はしないでしょ。…いや、奪ったのは私か。
誰にも聞こえないくらいの声で自然と声が漏れた。
『……気持ち悪い』
気持ち悪い。観客の歓声が。他の娘の走った直後特有の早鐘のような心音が。
そして何より。走りを一から教えてくれた最愛の親友を殺しておきながら、のうのうと身に余る賞賛を受ける私自身。本当ならこの賞賛は私じゃなくて
こんな想いが根底にあったからだろう、トレーニングに行く足が遠くなった。トレーニングに出る気がなくなると、聞かなくてもわかる授業に出る意味もより一層見出せなくなった。そして教室に行かずに学園の屋上とか学園外の川の近くでぼんやり過ごすようになった。
そんな状態からいろんな想定外が重なってスピカに入り、マヤノとかテイオー、マックイーンさんたちの走りを最初に目にした時、はっきり言うと羨ましかった。末脚が速いとかレースメイクがうまいとかそんな小手先のことじゃなくて、もっと根本的なもの。自分の目標をしっかり持ち、自分の誇りや家族の使命を胸にしてその成就のために研鑽を積む姿はとても美しかった。私が背負っているのは罪とか咎とかそんな感じのものだったから余計にそう見えたのかもしれない。
スピカのみんなは優しいからこんな私でも仲良く接してくれた。私も居心地がいいからそれに流されてしまった。それがいけなかった。結果として朝日杯で私はまたルゥの時と同じ過ちを繰り返した。未来あるウマ娘を再び潰して得た栄光なんか、これっぽっちも欲しくなかった。
弥生賞の直後。心房細動で倒れた時、やっとこれまでの罪の報いが来てくれたと思ったし、そこに不満や悔しさみたいなものはなかった。マヤノを悲しませたのだけは申し訳なく思ったけど、それもこれも全部私が悪いんだから受け入れなきゃいけなかった。
気づけばろくにゲートすらできなくなっていたし、やめるのに躊躇いはなかった、というかむしろそれが本望だったはずだった。
…そのはずだったんだけどなぁ。
「……なーにやってんだろうね、本当に」
いっそこのままさっさと荷物の準備をしてフランスに帰れたらどれだけ楽だろう。本当に帰ってやろうかな。
「……はぁ」
……無理だよなぁ。マヤノとかピスなんたらとかが先回りして私を逃してくれない絵面が簡単に想像できる。
『もぉー!メルちゃんのおばか!どこ行こうとしてたの!』
……マヤノと鉢合わせしたらまた怒られるか泣かれるかする。あのぽこぽこパンチ、威力よりも心に刺さるから受けたくないなぁ。
『あらー?どちら様かと思えばゲート前で固まるのがお得意なスバルメルクーリさんではないですか、また逃げるんですの?』
……サボってピスほんじゃかと顔を合わせたらまず間違いなく煽られる。あの外面だけ完璧お嬢様に煽られるのを想像するだけでイラッとしたんだけど、どう責任取らせてやろうか。
心の底からピス某はどうでもいいけど、こんな私のことをライバルとまで言ってくれたマヤノには義理を通さなきゃいけないのはさすがに分かる。
「……しょうが、ないから。あしたは…いく…かぁ…がっこう」
……思ったより体が疲れてたのか、心が疲れてたのか、それとも両方なのか。取り止めのない思考を続けていた私は長い銀髪をまとめることすら出来ず、いつの間にか深い眠りに落ちていた。
「……はぁ、やっちゃった」
次の日の朝、荒れ放題な髪を見てため息混じりにお風呂に行く私の姿を見られて『銀色のウマ耳の貞子がいる』と通報されたのは別の話。しょうがないじゃん、無理に髪直そうとするよりはお風呂行ったほうがいいし、視界悪くても耳でカバーできるから視界を確保する必要がないんだもん。
今年の!ダービーは!セイウンハーデス!
今年の!ダービーは!セイウンハーデス!
作者はシルバーステート産駒を広く応援しております。
お気に入りや評価、感想等々いつもありがとうございます。いつの間にやらお気に入り1700、感想110件等々いろんな節目を過ぎていました、感謝!
それでは次回もよろしくお願いします!