そのウマ娘が“白銀の突風”と呼ばれるまで   作:乃亞

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第54話 汝、十日の菊に成る勿れ:Not to be late

 

 

 "十日の菊"。私が子供の頃、お母様が口癖のように呟いていた言葉の1つ。私がお母様に現役の頃の写真を見せてほしいとねだった時に必ずと言っていいほど登場するフレーズ。どういう意味?って聞き返したらお母様は少しだけ顔を背けてこう言ってたっけ。

 

『何をするにしても、あるいは何をしないのも。タイミングが大事ということです。…くれぐれも私のような"十日の菊"になってはいけませんよ、メルクーリ。それさえわかっていれば私の現役時代の写真なんて見る意味はありません』

 

 

 私への走りの指導でも、お母様は走り方とかコーナーの曲がり方とかの実演は友人に任せて頑なに自分でやろうとはしなかった。

 じゃあ何を指導したのかというと、私に最もあったゲートの出方とか私にあった末脚のきりかたとか。……要はタイミングの指導、ってとこになるのかな。

 

 

 少しずつ上手くなっていく私を見ながら、『…はぁ。私も現役の時にこれができてたらねぇ…』なんて小さく呟いて寂しげに笑ってたのは今でも記憶に残ってる。

 

 

 

 皮肉なことに、今の私は再審査に落ちるくらいゲートがダメになり、末脚がさっぱりきれなくなっているけど、それでも使えるものがあった。正確な時間感覚だ。お母様の指導の賜物でわたしの体内時計は10回連続で指定された秒数にストップウォッチを正確に止められるくらいには正確になった。

 

 

 …話がちょっと逸れたけど、要はお母様の教育の賜物として私も割とタイミングは大事なんだなっていうのは理解してるってわけ。

 

 

 さて、ここで問題です。

 

「…ぃよっし、勝ち!これで今日は俺の3勝2敗1引き分けだぜ!」

「…はぁ!?アンタが勝ちに数えてる3回のうち2回目は同着だったわ!だから今のところは2勝2敗2引き分けよ!」

「はぁ?アレは俺の方が前でてた!」

「はぁ!?…あったまきた!もう許さないわ、次の併走で決着つけてあげるわ!目にもの見せてあげるんだから!」

「スカーレットこそ負けても泣くんじゃねぇぞ〜」

「「ぐぬぬぬぬ……!」」

「……」

 

 

 お手伝いを初めて早数週間、何となく仕事に慣れてきた私の今日の仕事はスカーレットさんとウオッカさんの2人の併走を見ながら、程良いタイミングで休憩を入れさせるってものなんだけど。

 

「「メル(ちゃん)!タイム測って!」」

「……一旦休憩入れた方が……行っちゃった」

 

 

 絶えず小競り合いを続けてる2人に、どのタイミングで休憩を告げればいいんでしょうか。…見ての通りのやる気に満ちた2人を程よくコントロールする術を私は知らない。

 

 もちろん悪いことじゃないんだよ?あの2人で併走させたら競り合う時間が長くなって結果的に好タイム連発するし。悪いことじゃないんだけどさぁ…。

 

 〜〜

「俺の方が朝早く起きた!」

「アタシの方が準備は早かった!」

「ぁぅぅ…」

 〜〜

 

 あの2人を止めるの1人でやるのはちょっと話が違うといいますか。阪神レース場に視察に行った時を思い出すといいますか。

 

「……用意、はぁ」

 

 互いを睨め付けながらも走る体勢が整った2人を見計らい、私はため息混じりにストップウォッチを持った手を振り下ろした。

 

 

 〜〜〜

 

「……うーん??」

 

 首を傾げながらストップウォッチに目を落とす。テン3ハロンのタイムはっと…、やっぱり落ちてる。2人とも疲れてるじゃん。そりゃそうだよ、ちゃんとした休憩1回しか挟まずに合計7本目の1600mだもんこれ。それでも36秒台出すのはさすがというかなんというか。

 

 それはそうとして2人ともよくみれば汗すごいし、ゴール直後に倒れられても困るからドリンクとタオル持ってゴール板の近くに移動しとこう。

 …あの調子だと今日の併走はこれで終わらせた方がいいかもしれない。時間のノルマは2人ともクリアしてるし、何よりも怪我されると困る。…とするとトレーナーに報告する文章も考えておこう。ほとんど定型文だけど。

 

 

 ……もしかしなくても大分お手伝いさんが板についてきてない、私?

 

 

 コーナーを回りつつ、上がりに向けて息を整えようとしているスカーレットさんと、額の汗を拭いつつ前を積極的に狙っているウオッカさんを見ながら邪魔になる前にそそくさと移動する。

 

 

 …前を張り続けるスカーレットさんと後ろから末脚で一気に差しに行くウオッカさん。この光景を今日だけでもう7回見続けてるわけなんだけど、私からしてみればよくずっと同じ戦法が取れるなぁ…と思うわけで。

 

 

 当たり前といえば当たり前なんだけど、トゥインクルシリーズはスポーツとしての一面がある。スポーツとしての一面があるということは戦術と対策ってものがそれなりに体系づけられているというわけで、マークする相手が逃げるとわかってたら逃げウマ対策を相手陣営は打ってくるし、後方から捲ってくるとわかってればその対策を相手はこしらえてくる。

 

 向こう(ヨーロッパ)のラビットっていうチーム戦術なんか特にわかりやすい。強くて力のある相手の逃げウマ娘を牽制しつつ、味方の本命ウマ娘が勝てるようにゲームメイクする。…そのためにラビットを務めるウマ娘はマーク相手の癖を調べたり、本命のウマ娘がやりやすいペースにキープする練習をしたり、果てにはウマ娘の心理学まで勉強するっていうんだから恐れ入る。

 

 ま、日本では好まれない戦術らしいけどそれはさておき、ここまで戦術を張り巡らせて勝ちにいっても限界はあるし、徹底マークが全く苦にならないウマ娘ももちろんいる。

 

 それはマーク外の相手からの未知の一撃だったり、マーク相手がいわゆる本番に強いタイプの娘で想定以上の実力を出されたり、…その日の気分や展開次第で自在に戦法を変えることができてマークをそもそも張りにくいタイプだったり。あとは単純にマーク対象のウマ娘が役不足でマークしたくてもできなかったり。

 

 未知(inconnue) 想定外(lnattendu)の方は鍛えてどうこうと言う話じゃないから置いといて、自在(librement)というのはそれだけで強みになるんだから練習するだけしとけばいいのに…。多分これを言っても気ままに走るゴルシと直感的にそのレースの最適解の戦法を解っちゃうマヤノ以外には賛同してもらえないけどね。

 

 少なくとも私はそういう風に向こうで教わってきた。お母様からも。……ルゥからも。

 

 

『百回やって百回勝てるくらい万全に準備して、それでも負けるのがレース。だから私たちは百回やって二百回勝てるくらい準備するの』ってしたり顔で言ってたっけ、ルゥの奴。

 

 

 ……。

 

 …………。

 

 ……今の私をルゥが見たらなんていうだろ。逃げも捲りもできなくなった無様な私を。

 

 

 

 …フルールドール。光を簒奪し、偽りの光を放つだけの月並みな私と違う、暖かな太陽の光をたたえた黄金の花。貴女の走姿に、双眸に、そして優しい心根に私はきっと焦がされたんだ。

 

 

 その光を消した私のことなんか赦さなくていい。恨んだままでいい。その責は私が全て背負わなきゃダメだから。

 

 …だから、あの心根だけはそのままなルゥでいてほしい。そう思ってしまうのは、わたしの「「うぅぅぅおりゃぁぁぁぁぁぁ!!!」」

「!?!?!?……あっ

「「どっち!?」」

 

 ぼーっと物思いに耽ってたせいで2人が来るのに気づかなかった私はストップウォッチを止めるのが少し遅れてしまった。大体0.21秒くらい。というかゴール後の減速が終わるや否や、2人してこっちに凄い勢いで振り返るのはやめてほしい。怖いよ。

 

「……これは微妙、かなぁ。でもタイムは着実に遅くなってるから今日は併走ここまでにして。休憩終わったら外周走っておいで」

「ちょっと不完全燃焼だけど…そうね、わかったわ。メルちゃんも外周ついてくる?」

「……2人だけで行かせたらまた本気出しちゃいそうだし、後ろからゆっくりついていこうかな。ん、ドリンクとタオル」

「さんきゅなメル。…しゃーねぇ、今日の勝負は引き分けってことにしといてやる」

「はいはい、望むところよ。いつでも返り討ちにしてあげるわ」

 

 

 なんだかんだで仲良く休憩に入る2人を見てそっと胸を撫で下ろす。なんだかんだで仲良くないとあそこまで小競り合いできないよね。

 

 

 本当はスカーレットさんとウオッカさんのどっちが勝ったか、ぼんやりとだけど間近でみてた私はわかってる。…けどそれを明言したらまた一悶着起きそうだし、あえてぼかした。

 

 …こういうのを日本では言わぬが花って言うんだっけ。

 ドリンクとタオルを2人に押し付けながら、私は今日の役目をおえたストップウォッチをスタートの状態に戻した。

 

 

 

 

 休憩も十分に取った後、校外に出た私たちはクールダウンを兼ねてゆっくりと川のほとりを走っていた。…どうせトレセン学園に戻るまでは暇だし、前から気になってたことでも聞いてみようかな。

 

「……スカーレットさんもウオッカさんも競うのは良いけどさ。どうせなら万全な状態で競った方がいいんじゃないの?」

「チッチッ、わかってねーなぁメルは。いつどんな時でも勝つのがカッケーんじゃねぇか。なぁスカーレット」

「アンタの価値観なんて知らないわよ。…でもそうね、いつどんな時でも勝つってのには同意ね。1番のウマ娘になるには大事なことだわ」

「……それは、万全な状態で勝つのは当たり前ってこと?」

「ま、それが理想だけどな。実際はどんなに万全でも負けることはあるけど、その時に『万全じゃなかったから』ってぴーぴー言い訳するのはダッセーだろ?」

「……そっか」

 

 

 …なるほどな、だからか。へへっと鼻をかくウオッカさんとそれに並びながら走るスカーレットさんを見ながらやっと合点がいった。

 

 

 なんで私がチームスピカの皆に受け入れられ、そして私もそれを享受していたのか。

 

 

 ……具体的にどこっていうのはわかんないけど、気質というか根本的な部分が一緒なんだ。ルゥとスピカのみんなって。

 

 

「メルちゃんは練習復帰するの学園祭の後よね。アタシでよければ併走でもなんでも付き合うわよ!」

「あっ、ずるいぞスカーレット!いいかメル、復帰したらいの一番に俺と併走な?」

「……その前にゲート再審査のための練習なんだけどね」

 

 

 夕陽の中、3人でゆっくりと走る。…やっぱりバ群の中は苦手だ。私以外の2人の靴の音、心臓の音。絶えず聞こえる雑音(ノイズ)。うるさいったらありゃしない。

 

 …でも。たまに聞こえる調和された音は嫌いじゃない。そう思えた。

 

 

 

 

 

 

 

 






初投稿からちょうど1年らしいです。1年はや…いや私の投稿ペースが遅いのか。

拙速、拙文、説明不足の3セツが揃った拙作につきあっていただき、本当にありがとうございます。
いつのまにかお気に入りが1750件越えてました、ちょうど私の母校くらいの方がお気に入り登録してるとかびっくりしすぎて夏バテしてました。夏まだなのに。感想や誤字報告、評価等々もいつもありがとうございます。

完結までなんとか頑張ろうと思うのでこれからもよろしくお願いします。
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