おまたせ、待った……?
「……いやいやいやいや。一体なんでこんなことになるのさ」
マヤノの連絡を受けてからきっかり8分。なんとか教室の前に辿り着いた私の目の前に広がっていたのは夥しいと言っていいくらいのヒト、ヒト…たまにウマ娘。…これホントに私の教室?ドッキリじゃなくて?
「メイド喫茶は現在約90分待ちでーす!最後尾はこちらでーす!」
……最後尾のプラカード持ってるの私の採寸係やってた子じゃん。悲しいことにどうやらこれはドッキリでも夢でもないらしい。
あーあ、即席準備したのがバレバレな90分待ちとかいう悪夢みたいなプラカード、見なきゃよかった。
「ここでしょ?メルクーリちゃんが言ってたメイド喫茶って」
「さっきマヤちゃんが並んでる人数確認してたしここで合ってるはず…ってほらアレ!」
……まっず。芦毛の子とか白毛の子がいるトレセン学園だったから視線誘導とか意識のすり替えとかでうまく誤魔化せてたけど、黒髪ばっかりの日本人の中に放り込まれたら銀髪は変装でもしてない限りどうしても浮くに決まってるじゃん。騒ぎになったらものすごく面倒なことになる…。
…なんて思っていたらくるっと私の視界がいきなりブレた。
「はーい銀色のロングヘアは目立ちますよねー、かいしゅー」
「ぐぇっ…ネイチャさん?」
「あーすいませんね、メルちゃんは今からちょっとメイクしてからシフトに入ることになってるからもう少し待っててくださいな…って軽すぎっ!?毎日3食ちゃんと食べてる?」
「……たまに一緒に食べてるじゃんか」
…いくらなんでも急に俵担ぎして連れてくのは違くない、ネイチャさん。やってることゴルシと一緒だよ。
〜〜〜
「……マヤノから連絡来たから早めに戻って来たんだけどさ、何アレ?なんであんなことになってるの?」
「いやはや、なんといいますかねぇ。不測の事態のフルコンボ…的な?」
「……なにそれ」
暴れてネイチャさんを怪我させるのも嫌だし、少しだけバランス調整すれば楽だし…ということで結局担がれたまま連れてかれた私はパーテーションの中で衣装の準備をしながら誘拐犯に事情聴取をしていた。
「いやぁ、感謝祭始まってすぐはそれなりに円滑に回ってたんですよ?それがお昼前になってきたあたりで客足が少しずつ多くなってきて少し並ぶようになってきたのね」
「……ん、それで?」
「そんで料理班が少しずつ手が回らなくなったところで、頑張ってたコンロが1つお釈迦になっちゃいまして。オムライスとかオムそばの提供が練習より遅れはじめたところで、20分くらい前に一気に大勢のお客さんが来ちゃって一気に100分待ち、てんやわんやになっちゃったというワケですよ」
「……20分くらい前、ね」
……。
…………。
……あの行列、もしかして私がステージで告知したから?
いやいやいや、流石にそんなわけないでしょ…?私がちょっと言っただけであんなに並ぶほどの人数が集まるわけないじゃん、何か他の要因があるはず。例えば…そう、食堂がおんなじくらいの時間の行列作ってたしあそこから流れてきた…とかね?
「……うぅん」
……そういうヒトもいるかもしれないけど、だからといって同じ時間並ぼうとは思わないよねぇ。
分かってますよ、ええ。明らかにステージを見にきてたお客さんが来てる方が多かったですよねぇ。並んでたヒトたち、ちょっと前まで外にいたような汗のかき方してたし。ステージ見にきてた人の1割でも並んだらこうなりますよね、ええ。
…はぁ、しょうがない。ちょっとは頭回しますか。
今の大混雑の原因は大きく分けて2つ。料理班の機能不全と突発的なお客さんの増加。
料理班の機能不全は予備のコンロが来れば解決……になればいいんだけどなぁ。多分それだけじゃないんじゃない?…一応パッと思いつく手はあるし、必要ならやるかぁ。
んでお客さんの行列の方は…こっちもなんとかできる。メイド班でうまくやれば…みたいなところはあるけど、マヤノとかマベさんあたりに指示出せばうまくやってくれるでしょ。
「……ネイチャさん、何個か確認」
「ほいじゃら?」
「…予備のコンロとかってないんだっけ?」
「あー、エアグルーヴさんに許可もらって簡易コンロ買い出しに行ってもらってるからもう少しで届くはず」
「……ん。もう一つ、何人許可証を発行してもらってるの?」
「えっと…キッチンとメイド役のメンバーだけ、かな」
「……最後。髪やってもらってる間に確認するからメニューの調理マニュアル冊子見せて」
解決…とまで行くかどうかはわからないけど、多少なりとも解消の方向には向かうはず。……ただし、それには私が文字通りの“
……全力、ねぇ。
私、こういうことやる性分じゃないんだけどなぁ。どっちかというとネイチャさんと同じチームの…なんだっけ、ツインなんちゃらさんの領分でしょ、全力全開ってさ。
「……はぁ」
…まぁ、やるだけやりますよ。責任の一端、私にありそうだし。
〜〜〜
「あっ!来たぞ、スバルメルクーリだ!」
「髪を上げてもキレイ…」
「メルクーリちゃん!こっち向いてー!」
「……どうも」
……この銀髪、そんなに目立つ?入ってきた瞬間にほぼ全部の視線こっち来たんだけど。とりあえず手は振っとくけど…これでいいのかな?
さて…とりあえず午前のシフトで頑張ってた子がどうなってるかまず確認して…って思っているとぴょこっ。キッチンから
「……大丈夫、マヤノ?」
「メ、メルちゃーん…」
「……もうちょっと頑張れる?」
「うん…」
「……ちょっと耳貸して」
結構お疲れの様子のマヤノに軽く耳打ちをしながら状況を確認してるけど…いやはや、なんというか。
マヤノがここまで疲れてるのは数えるほどしか見たことないし、他の子も疲れてるのがなんとなくわかる。お客さんがいるから保ててるけど、いなくなったらみんな倒れない…?大丈夫そう?
「……んじゃそんな感じで。私は最初キッチンから手をつけるから」
「でもそれって…大丈夫なの?」
「…ん。頑張る」
この状態なら予定通り最初に手をつけるべきは料理班。普段から料理に慣れてる子でもずっと料理を作り続けるのは辛いし、料理を普段やらない子は言うまでもなく辛いでしょ。
……はぁ、ホントにこういうのガラじゃないんだけどなぁ。
「……料理班のみんな、ちょっと聞いてもらってもいい?」
「あれ、メルクーリじゃん。ステージおつかれ…ってシフトには早くね?」
「……マヤノに呼ばれた」
「あー、さっき電話しに外出てたわそういえば。んで?どしたん?」
「…今から名前順に2人ずつ、20分の軽い休憩に入って。そのかわりシフト交代までの40分はちょっと仕事増えるけど頑張って」
「えっ?ちょい待ち、ただでさえ料理追いついてないのにここから人減らしたらウチら死ぬんだけど!」
どうやら料理班のまとめ役らしい青鹿毛の子がまぁ当然な抗議の声を挙げる。…多分この子は普段から割と料理してる方だね、作業が1番滑らか……じゃなくて。
「……減った分は私がメイドもやりながら補う。マニュアルは着替え中に全部覚えたから大丈夫。…それよりみんなが休憩できてない方が問題だから。軽く走ってきたり好きなことやってリフレッシュしてほしい」
「えっ、メルクーリちゃんは大丈夫なのそれ?」
「……料理は元々やってるからできる。だからその……よければ任せてほしい」
働き詰めで料理班全体の集中力が落ちてきてる…とか。コンロが減ってできる作業量が少なくなってるはずなのにキッチンの人数自体は変わってないから労働力の余剰ができてる…だとか。まぁ理由とか理屈は色々あるんだけど、それを言うよりは『リフレッシュした方がいい』っていう結果を伝えた方がいい…んじゃない?
まとめ役の子は伝票がわりのメモ帳を見合わせながら…軽く息をついた。
「…っし、んじゃそーしよ。アカとアルは一旦休憩入って。メルクーリ、マジでちゃんと料理できるんよね?」
「……どれから取り掛かればいい?出来たらそのまま提供するから机の番号も教えて」
「3番机にオムライス2つで。チキンライスは出来てるから」
「…ん」
…オムライスね。チキンライスは出来てるらしいから、卵2つと牛乳大さじ2杯に塩少々…を2セット。フライパンの加熱を先にしておいて……。
……の前に。1つ大事なこと、やらないといけないか。
「……ふぅ」
この混雑を解決するのに必要な条件は2つ。1つはお客さん一人当たりの滞在時間の短縮なんだけど、これはマヤノたちに解決策を伝えておいたからじきに効果が出るはず。
で、残りの一つが…メイド係の子が注文を受けてからお客さんに提供するまでの時間の短縮。…っていっても調理時間を短縮することはほとんど無理。決まった量を決まった時間で作るのが美味しい料理のコツってお婆様も言ってたし。
ならどこを短縮するかというと…メイド係が注文を受けてからキッチンにその注文メモが来るまでの伝達の時間。ここのラグが少なければ少ないほどいいし、0になるならそれに越したことはない。…感謝祭くらいのお店の規模だと無理だから考慮する必要がないだけでね。
ただしこの無理筋を通せる方法が私には1つだけある。そう、私にだけ。
……
つまり、普段は聞こえ過ぎで絞らないとまともに生活できないくらいの聴力を逆に利用して意識的に広げてしまおうってこと。
これがちゃんと出来るなら何を注文してるか、あるいはどれを注文しそうかっていうかって言う会話が私には全部丸聞こえになるから、あらかじめ調理を始められる。んで出来た時にメモ帳に書かれた机の番号を確認して手早く提供できる…っていう寸法。
まるっきり経験がないわけじゃない。レースの時は多少なりとも相手の発する音に対して意識してるし、それ以外でも…それこそ私がフランスに渡航するより昔。私が日本の小学校にいた時は音を絞ることが出来なくて結果的に全部の教室の音を聞きながら半年で6年間分の内容を全部頭に入れてたわけだし、あの時の感覚を戻せれば…。
〜〜
『佐目毛の子は三女神様の御使いの子…』
『おぉ、この子が例の佐目毛の…!ありがたや、ありがたや…』
『あの子は神様の子なんだから変なことしちゃダメよ?わかった?』
〜〜
「……ッ」
「メルクーリ?」
「……なんでもない。オムライス作るね」
……変なことを思い出すなスバルメルクーリ、目の前にやることがあるでしょ。そもそも日本こっちに戻ってくるときにあの辺のことはついて回るってお母様に言われてたし、私もそれを分かって戻ってきたんじゃん。今更でしょ。
Tout se passera bien…大丈夫、出来る。私がやらなきゃいけないことをやるだけ。重く考えすぎずに、蛇口をひねるようにゆっくりと。
軽く息を吸って…吐く。これを3回繰り返してから私は聴力の制限を……少しだけ解除した。
「このオムライスたべたーい!」
「サンドイッチを……じゃあ2つ、にんじんパフェを1つ、みたらし団子を1つで」
「にんじんハンバーグ、オムライス、あとコーラだね!えへへ、しょーしょーお待ちください!」
………うぅ…。やれるとか言わなきゃ良かった、音が頭に突き刺さってきて結構痛い…。あと最後のマヤノはどうしたの?さっきまでお疲れムードだったじゃん。
…愚痴ってても始まっちゃったものはしょうがない、入ってくる音の量を少しずつコントロールしながら情報を整理、共有することを考えなきゃ。
「……サンドイッチとにんじんパフェ、みたらし団子。にんじんハンバーグにオムライスが別卓で追加注文入るよ」
「えっ…?う、うん分かった!」
「……そのあとはチョコパフェとバナナパフェの組、オムライス…は私がやるからいいとしてオムそばが2つかな。チキンライスは多めに私が作っとくから今溜まってる伝票の分が終わったらすぐお願い」
……寮の部屋戻ったらすぐ頭痛薬飲も。飲む元気があるかどうかわかんないけど。
〜〜〜〜〜〜
「…でねでね!メルちゃんが来た瞬間に料理が出来るのが早くなって、こうやってお喋りができるくらいの人数まで落ち着いたの!」
「…メルちゃん魔法か何か使った?」
「魔法のようなパフェ…?」
「……魔法なんか使ってないし、マックイーンさんはメニュー表にないものを頼まないで」
私がキッチンに入ってから3時間後。さっきまでの混雑がウソのように空いた教室の隅に陣取るマヤノ、テイオー、マックイーンさんの注文を取りに私は来ていた。
マヤノはシフト終わりに、テイオーとマックイーンさんはライブ終わりにそれぞれ直行してきてくれたということでありがたいね、ええ。シフト入ってくれたら楽できたのにとかそんなことは考えてないですよ、ええ。
ちなみにとっくに聴力の制限はかけ直してる。あんなの一日中やってたら気がおかしくなるよ、ゼッタイ。よく昔の私はあんなのに耐えてたな…。
…今はお客さんに余裕あるし、マックイーンさんはメニュー選びもうちょいかかりそうだし、ネタバラシ……というかカラクリの説明してもいっか。
「……マヤノ、私がキッチンに入る前に何言ったか覚えてる?」
「え、『それとなくパフェとドリンクをお客さんにオススメしてみて』ってやつ?覚えてるけど…」
「……ん、それ。パフェ…っていうか模擬店で出すようなデザートメニューはフードメニューより出すの簡単だし、お客さんも食べ終わるのが早くなるからお店の回転率が上がるの。結果として行列が多少は改善される…ってね」
ついでにいえばドリンクメニューについてくるコースターにメイド係がサインすればお土産になるからまぁ満足してお客さんも帰るし。フードメニューと比べると段違いに楽なわけ。
そういう循環を作っちゃえば後は簡単。後から入ってきたお客さんはドリンクメニューを頼めばサインもついてくるのがわかるし、ドリンクメニュー頼むならフードよりはデザートの方が合うってことでデザートメニューの方を頼む…って寸法。
「「「………」」」
…ってここまで喋ってたらマヤノとテイオーの2人にすごいジト目を向けられてるんですけど。マックイーンさんはスイーツメニューから目を離せてないけどそれはそれでいいのお嬢様。
「えっと…メルちゃん?そんなこといつ考えてたの?」
「…着替えてる間に、メニューのマニュアル確認しながらね」
「メルちゃんってたまに何考えてるか分からなくて怖い時あるよね…」
「…テイオー?」
「えー、そうかなぁ。意外とわかりやすいよ?メルちゃんって褒められると尻尾揺れるし、なんかちょっとほわーっとするもん。今日もね、来てくれたお客さんに褒められたり応援されてるときにねぇ「マヤノー?」むー!むー!」
とっさにマヤノの口を塞いで情報漏洩を防ぐ。……全く、油断もスキもない。っていうか、私って傍目から見て何考えてるかわからないの?
午前の料理班の子たちからも交代のタイミングで「思ってたより感情豊かなんだね」やら「気難しい子だと思ってた」やら笑顔で言われたけど……私のことなんだと思ってる?
……割と平気で学校サボる、授業中も割とぼんやりしてる、気心しれてる子としか喋らない……あれ?私の方に非があるやつかこれ。よし、ボロが出る前に注文取ってキッチンに退散しよう、そうしよう。
「…んで、そろそろ注文決まった?」
「あ、ボクはオムライスとオレンジジュースで」
「マヤはねぇ…イチゴパフェとコーラフロート!」
「どのパフェも魅力的ですが…そうですわね、今日はチョコパフェにしますわ。ドリンクはコーヒーで」
「……あ、ごめんチョコパフェ売り切れてる」
「なんでですの!?」
…まぁ特定のメニューに注文を偏らせたらそれだけ売り切れのリスクもあるんだけどね。こんな感じに。
「……はぁ。マックイーンさんはプリンパフェでいい?私が作ったげるからさ。……ちょっとだけおまけもできるし」
「えー!メルちゃんマックイーンちゃんにだけずるい!マヤもマヤも!」
「…ん、マヤノにも負担かけちゃったしね。テイオーも少しだけならご飯増やせるけどどうする?」
「え、いいの!?ラッキー!」
「……ん、注文を繰り返させていただきます。オムライスが1つ、オレンジジュースが1つ。イチゴパフェが1つ、コーラフロートが1つ。プリンパフェが1つ、コーヒーが1つ…でよろしいでしょうか」
「はい、チーズ!」
「し・な・い。では少々お待ちくださいませ。……シフト終わったら撮られてあげるからそれで我慢すること」
……あの3人いつまで居座る気なんだろ。もし長居するならシフト終わりに私も自分用にパフェでも作って混ざるのもいいかもしれない。お昼ほとんど食べてないし、早めにきた分早めに抜けていいらしいし。
「お、メルクーリちゃんそれ注文?」
「……ん。チキンライスだけ作ってもらっていい?少しだけ量多めで」
「おー、りょーかい。他はメルクーリちゃんが作るの?」
「ん。そんな混んでないし……一応、チームメートの分だし」
「おっけー、じゃあチキンライスだけ作るね」
「…お願い」
水洗いしたイチゴのヘタを取りながら…ぼんやりと思う。明日はあんなことするくらいまで混まなきゃいいんだけど。明らかに教室の大きさと列が合ってなかったし、何よりも2日連続であんなに来られたら私の体も耳も保たないし。
まぁただ……こういうのも悪くはないかもな、たまにはね。毎日は絶対イヤだけど。
耳のことももちろんあったけど、それ以上に……“親友の光を潰して輝いてるだけの偽りの光”でしかない私がこんな催し物なんかに出るなんておかしいって思ってたし、なんなら今でもその認識はあんまり変わってない。
……それでも今日みたいにお客さんに面と向かって褒められたり、応援されたりするのは嬉しかった、とっても。
……まさかマヤノはコレを見越して感謝祭に私を引き摺り出した……ってことはないか、流石に。裏で誰かが入れ知恵してたらあるかもしれないけど、それでも誰からの入れ知恵なのかまでは判別つかないしなぁ。
「メルクーリちゃん、チキンライス出来たよー」
「……わかった。そこに置いといて、あとはやるから」
……とりあえず私にできるのは1つ。今日と明日、しっかりとメイドさんをやることかな。
全くもって完全なスランプ。下書きの時はここでジェラルディーナさんの話をする予定だったのにいつのまにか秋華賞直前な罠。エリ女頑張ってくださいホントに…!
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