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アタシ、時々思うんだ。
…もし、あの子と会えてなかったらどうなってたんだろって。
重賞なんか目指せなかったかもしれないし、もしかしたらまだチームにさえも所属してなかったかも…なんてね。
そんなアタシが今こうやっていちばんキラキラした舞台に挑めるようになったのは。間違いなくあの日……そう、トレセン学園の受験の日に魅せられちゃったから。
1番後ろからスーパーホーネットみたいに、それこそ音さえも置き去りにしちゃうくらいのスピードで他の子みんなまとめて置いていった銀色の風に。
あの風に追いつきたくて、あの風をいつか追い抜きたくて。だからアタシはここまで頑張れたんだ。
だから……!
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「……はぁ」
なんか最近……というか感謝祭が終わった後くらいから他の子から話しかけられることがすごく増えた。
「メルちゃんおはー、こないだの感謝祭マジで助かった!」だとか、「あっメルクーリちゃん!今度のテストのこの部分教えて!」…だとか。
今日だってトレーニング用のシューズ持ってきてただけで「お、ついに本格復帰?頑張って!」とか「今度のレースは逃げ?追込み?」とか聞かれて困り果ててたところを、見るに見かねたらしいテイオーとマックイーンさんに助けられたわけで。一体何がどうなってんだか…。
「「「「「「「「いーち!にー!さん!しー!」」」」」」
「…はぁ、元気だねぇ」
どこかのチームの掛け声を聞きながら軽く体を伸ばす。…今週末から春のG1レースが沢山あるからか、若干空気が張り詰めてるような気がしなくもない。
さっきの話しかけてくるのも今週末に桜花賞があって、その次の週末に皐月賞があるから情報収集でもしてるのかな…って最初は思ってたんだけど、それもなんか変だよね。
「……ゲート再審査受かってないからどっちも出られないしねぇ」
…というかスピカならマヤノがいるんだからさ。収集するならそっちの情報でしょ。私にはマヤノがどんな走り方をするかなんてわからない…というか、出走直前に決めてる節があるから分かりようがないというか。
ちなみに身の回りでこの2レースに出るG1ウマ娘はもう1人いるわけで。
ステージで正解0とかいう醜態を晒してたあのおバ鹿さんはどうやら走りの方は絶好調らしい。追い切りをこっそり見たけど、阪神JFの時よりもタイム的には速くなってたし、走りが力強くなってた。……本人には絶対言わないけど。
自分でも絶好調っていう自覚はあるのか、『桜花賞に向けての厄落としはあのステージで終わりましたわ!』ってしたり顔で言ってたから『本当に厄落としてる?格じゃなくて?』って返してあげたら顔を真っ赤にして逃げていった。『覚えてなさいませぇぇぇ!』とか、どんな日本語教育受けてたんだか。つくづくおかしな奴。
「メールー!つーかまえたー!」
「…ふぎゃ」
顔を真っ赤にして逃げるピスを思い出していると、背後からにゅっと伸びてきた手が私の口を覆ってきた。こんなことをやる知り合いは……ちょっとだけ増えたかもしれないけど、それでもこのタイミングはこいつしかない。
「……むぐむぐ。
「ほらほら、ため息つくと体内から幸運が逃げるらしいぜ?ってことで今すぐ思いっきり吸い込め!幸運!」
ため息ついてる時から見てたんかい。相変わらずとんちんかんなゴルシを振り解いて、わざと大きくため息をつく。
「……私に逃げられるほどの幸運なんて残ってると思ってるの?」
「さぁ?アタシは潜水艦じゃねぇからな、お前の体内の幸運の深さなんてわからん!」
…幸運って深い浅いで測るものだっけ。ブレないというかなんというか。ゴルシだなぁ、って感じ。まともに付き合ってるマックイーンさん、すごくない?
「ま、んなことはどーでもいいんだけどよ。とりあえずはおかえり、だな」
「……ん。ただいまって一応言っとく」
ニッ、って笑ってるゴルシの言う通り。今の私はジャージにトレーニング用のシューズを履いていつでも走れる格好をしていた。
つまり、まぁ…その。なんというかな。
……また戻ってきてしまった、このターフの上に。
「っと、そんじゃアタシは地底のモグラを叩いてくるわ!」
「……どんだけ深くまで掘り返すつもりなのさ」
「そりゃ地底人と会うまでに決まってんだろ、何言ってんだ?」
「……。えっと」
「んじゃそういうことで頼むぜメル!」
「…えぇ」
…私がおかしいのかなこれ。会話が噛み合ってる気がしなかったんだけど。当のゴルシはなんかやけにスッキリした顔でそばに転がってたハンマーを持って外に行ったし。何がしたかったの?
……。
…考えるだけムダか、ゴルシだし。
…にしても久しぶりだな、ホント。つま先で芝を軽く蹴ってから、軽く跳ねる。…うん、大丈夫そう。元々身体のダメージが原因ってわけじゃないから当たり前なんだけどさ。
「こっちに来てたか問題児。メールは確認しろって言わなかったか?」
「……え?」
声をかけられて振り向くと、そこにはいつもの棒付きキャンディーをくわえてヘラヘラしてるトレーナーが立っていた。飴ばっかり舐めてて飽きないの……ってメール?
「……ケータイどこやったっけ」
「お前なぁ…」
「…うるさいから苦手なんだよね。多分カバンの中か部屋に置きっぱなしかのどっちかだと思うんだけど」
「返信こないからそんなもんかとは思ったけどさぁ、確認だけはしてくれよ?……さて、今日からはNHKマイルカップに向けてまたトレーニングを進めることになるわけだが…感謝祭期間はしっかり休めたか?」
「……なんか知らないけどステージとメイド喫茶のせいでほとんど働き詰めだった」
「……ってことはちゃんとファンと交流できたわけだ、ならよし」
…何がどう転がったら“ならよし”なのか。休めたっていうふうに聞こえたかな、割と真逆なこと話したつもりなんだけど。
感謝祭の2日目も結局ものすごく混んじゃってシフト抜けるのが1時間遅くなったし、全然休めた気はしないよね。
「…で?何やらされるわけ?」
「ん?あぁ、そうだな。じゃあメルクーリに一つ問題だ。次のNHKマイル、メルクーリが勝つために1番足りてないものはなんだ?」
「……足りてないもの?」
…足りてないもの。距離……はまぁ保つと思うんだけど。朝日杯とレース場は違うけど距離は一緒だし。というかもっといえばその前のサウジアラビアロイヤルカップが距離もコースも一緒なわけで。
『過去から逃げ続ける貴女にはこれからのレースで勝つための
…弥生賞の時のチカチカした意識の中で…何か、誰かに言われたような気がする。大きさも声の特徴もさっぱりわからない、ぼやっとした何かに。するけど…、そこまでしか思い出せない。それどころか思い出そうとすればするほどすり抜けてく感覚がして…すごい気持ち悪い。なんだこれ。
「……むぅ」
「ま、こういうのはお前が自分で気づくしかないからな。強いて言うなら…それに気がつければ本当のメルクーリになれる!…かもしれんってとこか」
「…はぁ……」
……なんだそりゃ、本当の私……?何を言いたいのかさっぱりわからないんだけど、こういう時に限ってトレーナーはいつになく真面目な顔で言ってるから困る。
「と、いうことで今日からメルクーリにはしばらくの間特別講師を付ける。校門前に待たせてるからそいつと外に走り行ってこい」
「……特別講師?っていやいや、さっきの質問は…?」
「特別講師とトレーニングしてたら見つかる見つかる、安心しろ!」
「……はい…??」
「ほらほら、早く行かないと特別講師行っちまうかもしれないぞ。車とスピードの出し過ぎに気をつけて門限までには帰ってこいよ〜」
「…えぇ……」
……うちのトレーナー、やっぱり放任主義が過ぎない?最大限いいように解釈したら『走る感覚を取り戻すために外でフォームとか確認しながら思い出してこい』とかそんなとこだろうけどさぁ…。
まぁ従うしかないんだけどさ。その特別講師さんとやらを待ちぼうけさせるのもなんか申し訳ないし。
「……じゃあ行ってくる」
「あー、あと来週末ゲート再審査だから!それまでには見つけてくれるとこっちとしても助かるからそこら辺よろしくな!」
「……はい?」
それを最初に言いなよ。割と1番大事な奴じゃない、それ?
〜〜〜
「…足りてないもの。足りてないものかぁ…ってん?」
トレーナーに言われたことを反芻しながらぼんやり歩いていたらいつのまにか校門前までついてたわけだけど…。
「なるほど、タイキさんからも聞いてはいましたがアメリカにはそんな文化が…。ならばこの金鯱を取り付けた特製金箸を…!」
「ええっと。それはまた今度もらおうかしら」
……校門前にはウマ娘が2人。見覚えのないウマ娘が1人とすごい久しぶりに見たウマ娘が1人。…なるほど、そういうことか。
「あっ、やっと来た。…久しぶりね、メルちゃん」
「えっ!?この子が!?ははぁー、ホントにキレイな銀髪ですねぇ」
「…もしかして特別講師って」
「ええ、久しぶりに帰ってきたらトレーナーさんにお願いされちゃって」
それは長期の遠征で長いこと日本を留守にしていた、数少ないチーム加入前からの私の知り合いで、今はチームの先輩ってことにもなるウマ娘。
「…じゃあ、行こっか。天気も良いし、きっと楽しいわ」
栗毛を風に靡かせた、サイレンススズカさんだった。
マカヒキさん引退が普通に寂しいやつ。本当にお疲れ様でした。エアスピネルさんも無理しちゃダメなのよ?
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