そのウマ娘が“白銀の突風”と呼ばれるまで   作:乃亞

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第61話 全てを込めて、1から。:Return To One

 

 

 

 

 外周から戻ってから少しの休憩を挟んだ後。トレーナーとスズカさんに見守られながら私はターフの上に立っていた。

 …本番と同じ、左回り1600m。知らない距離でも知らないコースでもないし、少なくとも休養前と同じ程度は走らないと。

 

 

 

 

 

 ……って思ってたんだけどねぇ。

 

 

「……うーん」

 

 

 ゴール板を駆け抜けてゆっくりとペースを落としている私の口から思わず声が漏れる。……どうしようかな、コレ。

 

 

 スタートもそこまで良くなかったし、道中のラップもそこまで。なのにラスト3ハロンで伸びる脚も出ずに垂れ気味にそのままゴールしてしまった…って感じ。あくまで体感でしかないけど、ほぼ確実に去年のサウジアラビアRC(ロイヤルカップ)のときより3、4秒くらいタイムが落ちてる。スピードに乗る感覚がさっぱり湧かなかったし。

 

 

 サウジアラビアRCとNHKマイルカップはどっちも東京レース場(おなじコース)1600m(おなじ距離)。違いといえばサウジアラビアRCはジュニア級の秋のG3クラスでNHKマイルカップはクラシック級の春のG1クラスってところ。

 

 つまり、この半年以上の期間に本格化を迎えたり順調に伸び続けてる子が挑んでくるNHKマイルカップの方が当然相手のレベルが高くなってくるわけで、求められる走破タイムもサウジアラビアRCより速いものになってくる。

 

 …というのにコレじゃ全然お話にならないよなぁ…なんて思いながらゆっくり流していると、視界の端にストップウォッチを持ったトレーナーとスズカさんがまた見えてきた。…クールダウンで一周走ってたらしい。

 

 

「…ただいま」

「お疲れさんメルクーリ。少し外に寄れてたけど大丈夫か?」

「……ん、大丈夫」

 

 

 外ラチに寄って軽く脚を曲げ伸ばししてからジャンプする。…うん、体はどこも痛くない。脚も心臓もいつも通り。

 

 ……ただ、やっぱりというかなんというか。朝日杯の後からずっと狂いっぱなしの末脚は戻ってきてない。無理に使おうとすると逆に脚が固まって崩れそうな不愉快な感覚はそのまま。

 今日も4コーナー手前とラスト400mの2箇所で使おうとしてバランスを崩しかけたんだけど、どうやら外ラチにいたトレーナーにも目敏く見抜かれてたらしい。

 

 

「まぁでも、むしろ俺が思ってたよりは走れてる。本番でしっかり走るための練習なんだから引きずるなよ?…つってもお前さんのことだから気負っちまうよなぁ」

「……別に、そんなことないけど」

「気にしてる言い方じゃねえか。…いいから、少しずつ感覚を戻そう、な?」

「………」

 

 そういってへらっと笑ったトレーナーの隣にはさっきから小首を傾げ続けてるスズカさん。……何も言ってこないのはそれはそれでちょっと怖いんだけど。

 

 

 

 

 久しぶりのトレーニングが終わった後、最低限のケアを終えた私はぱたっとベッドの上に倒れこんだ。

 

 

 ……別段負荷の強いトレーニングをやったわけじゃないんだけど、じとーっとした疲労感が体にのしかかってきてる。

 このままじっとしてたらそのまま寝る奴だなぁって思いながらぼんやりしていると、こんこんと控えめに部屋のドアを叩く音がした。

 

 

 …こんな時間に珍しいな、わざわざ私の部屋を訪ねてくるウマ娘なんてマヤノテイオーの隣部屋組か見回りのフジキセキ寮長くらいしかいないんだけど。

 …で。マヤノとかならノックした後に外で「メールちゃーん!」とか声が聞こえるだろうし、フジキセキ寮長だったら私が居ても居なくても出てこないことくらい知ってるはず。トレセン学園は良くも悪くも騒がしいしどっかしらで騒いでる連中がいるから、黙ってれば別の部屋の見回りに行く。…つまりこのままボーッとしてて良い。

 

 …良い、はずなんだけど。

 

 

 こんこん。

 

 ………。

 

 こんこん、こんこん。

 

 …………。

 

 こんこん、こんこん、こんこん。

 

 

 ……いやいやいやいやいや、ちょっとノック長いし多いな!?一昔前のホラー映画でももうちょっと手心あったよ?

 …しょうがない。正直気乗りはしないし、体も重いけど出るかぁ。

 

 

「はいはいどちら様…ってスズカさん?」

「あっ、やっと出てきた」

「…いや、あんだけノックされたら出るしかないというか出ざるを得ないというか…。で、どうしたの?」

「今からちょっと夜のお散歩、いかない?」

 

 

 …どうやら私の特別講師さんは意外と強引なところがあるらしい。

 

 

 〜〜〜〜

 

 

「メルちゃんには、私にも思ったように走れなくて悩んでた時期があったのを話したこと…あったよね?」

「……うん」

 

 

 季節的には春といっても陽が沈んだらまだまだ寒い時期。薄めのカーディガンじゃちょっと肌寒かったなぁ…なんて思いながら隣にいるスズカさんに耳を向ける。

 

 …街灯に照らされてる横顔だけならどこかのファッション雑誌の表紙になりそうなスズカさんは元リギルのチームメンバー。その頃は瞬発力を活かした差しをやろうとしていたけど、うまくいかなかった…みたいな話は聞いたことがあった。…で、今話そうとしてるのは多分その頃の話。

 

 

「そんな時に東京レース場の地下バ道でトレーナーさんと会って、その時言われたの。『自由に走ってみろ、お前の好きなように』って」

「…それで大逃げを?」

「えぇ。…まぁ、後でおハナさんには叱られちゃったんだけどね」

「…それはそうでしょ」

 

 …脳裏にちらっと銀縁メガネの女トレーナーが浮かび上がる。あのヒトのことほとんど知らないけど、いかにもそういう指示をキッチリ守らせそうな厳格なオーラ出てるもんねぇ。『作戦はなし!』とか毎回やってるウチのトレーナーとは真逆、展開の予想とかバ場の状態を考慮して出走するウマ娘にどう走るかの指示を出すタイプっぽい。

 

 色々考えて後方待機の指示を出したはずの自分のチームメンバーがその指示を全部無視してとんでもないハイペースで先頭走ってたらあのトレーナーじゃなくても頭が痛くもなるのは簡単に想像できる。

 

 …というか、レース直前の他のチーム所属ウマ娘に声かけて走り方変えさせるってウチのトレーナーすごいことやらかしてるよね…。まぁ、スズカさん本人が満足そうだし、大人同士で解決した話題だろうから私がなにか言うのは無粋か。

 

 

 道の脇の自販機で立ち止まったスズカさんはにんじんジュースとスポーツウォーターの間で指をさまよわせながら少しバツが悪そうに頬を緩めていた。

 

「おハナさんは良い人だし指導が間違ってたわけじゃないのよ?でも、あの時の私にとってはトレーナーさんのあの言葉が救いになったのも本当のこと。…実際、スピカに移籍してから私は走ることが楽しいって思い出せたんだもの。…えっと、メルちゃんはぶどう好きだったよね。はい」

「…ありがと」

 

 今のスズカさんが楽しそうに走ってるのなんて見たらわかるし、なんなら見なくてもわかる。じゃなきゃわざわざ日本人には遠征費も言語の壁も高い海外遠征…というより海外滞在なんてしないし。

 差し出されたぶどうジュースを素直に受け取って軽く口をつける。…やけに甘く感じるなって思ったけど、そういえば練習終わってから晩ごはん食べてないや。

 

 

「…なんでこんなお話をしたかっていうとね、今日一日メルちゃんの走りを見て、なんというか…とても苦しそうだったからなの」

「…そんなに?」

「ええ。って言ってもそのままの意味じゃなくて……そのままの意味もちょっとはあるんだけど、それ以上にメルちゃんが何か色々背負い込みすぎてそれに体がついてきてない感じというか…」

「……」

 

 

 ……背負い込みすぎ、背負い込みすぎかぁ。

 実家(フランス)()したルゥのこと。朝日杯で競り合って骨折させたウマ娘のこと。

 それら全部を私1人で背負うのはきっとスズカさんの言う通り“背負い込み過ぎ”なのかもしれない。事実として弥生賞の後、心身の不調として表に出てきてるわけだし。

 

 

 …それでも、これは全部私の罪。私の過ち。

 だからその贖いは全て私が背負わなきゃ筋が通らない。例えそれで私が壊れたとしても、それは私の自己責任。むしろそのぐらいで…へぶっ。

 

「…はにふんのふぁ(なにすんのさ)ふぶふぁふぁん(スズカさん)

「メルちゃんが怖い顔してる時はふにふにしてあげてって、マ…じゃなくてとある子から教えてもらったから」

「…ふぅん。絶対マヤノだこれ…

「だけど…ふふっ、そうね。なんでトレーナーさんが私にメルちゃんのことを頼んできたのかわかったわ」

「……なにさ」

「…私に着いてきてみて」

「え…ちょっと!?」

 

 いきなりウマ娘専用レーンを駆け始めたスズカさんを呆気に取られていると…あっという間に5バ身6バ身…って結構な本気出してない!?

 

 …あぁッ、もう!!なんでさ!

 

 

 〜〜〜

 

 

 まだ少し寒い夜風を体に浴びながら、前をひた走るスズカさんを追いかける。ペース配分もへったくれもない、chat(おに) perché(ごっこ)の時みたいな全力疾走。

 前のスズカさんとの距離は…少しずつだけど縮んでる。ここから…もう少しだけペースを上げ…ればっ!

 

 

「はぁ、はぁッ…!追いついたッ!」

「…ふぅ、お疲れ様メルちゃん。どうだった?」

 

 

 前を走るスズカさんになんとか追いついてペースを落とすと、私の姿を確認したらしいスズカさんはゆっくりと止まって私に向き合い、問いかけてきた。

 

 どうもなにも、何が何だかさっぱり。いきなり走り出したスズカさんを追いかけただけだし。抗議の声も上げられないくらい疲れ切ってるから視線だけに留めるけど。

 …なんていう私の疲れ切った表情を読み取ったのか、スズカさんの表情が少し緩んだ。

 

「…ふふっ、でも久しぶりに思い通りに走れたんじゃない?」

「えっ?…あっ」

 

 ニコニコ顔で少しだけ肩を上下させてるスズカさんの指摘にハッとする。

 そういえばそうだ、最近ずっと感じてた脚が固まるような感覚にならずにそのまま前に進んでた…ような気がする。

 

「体の不調も心の不調も生き物だから絶対起こるわ。でもそういう時は一回初心に戻ればいいの。最初に思いっきり走った、その時に」

 

 

 話を聞きながら、目を閉じて私が最初に走った時…実家でルゥと一緒に走っていた時を思い出す。

 

 ……先頭を自分のペースで走る気持ちよさ。逆に一番後ろから風を一身に纏って前に出る感覚。自分の思い通りに走れてルゥに勝った時の喜びも、逆にルゥに追い抜かれた時の悔しさも…全部楽しかった記憶として私の(なか)に残ってる。

 

「もちろん使命のためとかチームのために走るのも間違ってないと思うわ。それで力が出るウマ娘もたくさんいると思う。でも、そればっかりに気を取られて、自分が楽しめずに力も出せないのはもったいないわ。まずは自分が楽しめる走りをしなきゃ、ね?」

「…自分が、楽しめる」

「トレーナーさん風に言うならこうかしら。…メルちゃんの思うように、自由に走ってみない?貴女が楽しんで走れるような状態にするために私たちも手助けするから」

 

 

 悩みとかしがらみとかそういうの一旦全部置いてね、と付け加えるスズカさんに私は内心でため息をついた。

 …一体どこまで見透かされてるんだか。

 

 

 

 

 

 

 

 




リバティアイランドもソールオリエンスも強すぎて泣いちゃった…


…また更新開いたけど終わりそう?大丈夫?
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