1.How Crazy Are You ?
東ヨーロッパ内陸の標高が少し高めなだだっ広い辺鄙な“ヘリオレイク”シティは二〇世紀後半に発生した大崩壊による世界的破滅級動乱の影響のせいで存亡の危機にあったが、西欧財閥の支援を受けて見事に立ち直り景気の好い発展を果たし現在は地元民のほとんどが西欧財閥の建てた工場に就職し職務に従事している。
地殻変動等で惑星環境は一変し資源不足による飢饉と干ばつと紛争と狂気とが全世界に感染する情勢のなか西欧財閥に吸収されることで生き延びた国家や人々は少なくなかったがそれでも特筆すべき観光資源や特色を持たないこのヘリオレイクがこれまで存続できてきたのは幸運なことであったと言えるだろう。
少なくとも一〇時間前までは誰もがそう答えたはずだ、きっと。
今は違う。
半日前の現地時刻一二時過ぎ以降――例年よりも少し肌寒いが天気天晴な天候下にて――突如として街は“レジスタンス”たちによる襲撃を受け、多くの死傷者を出すという地獄に変貌していた。
「隊長」
レリオレイクには警察署はあるが如何せん場所が辺鄙なので対抗するだけの武力が乏しい。なので財閥傘下のロボティクス企業「マジェスティ」ヘリオレイク支部は私兵部隊を動員し解放戦線との交戦に当たったがこれがまさかまさかの大敗北を喫し、結果的に市民の虐殺を許した挙句にヘリオレイク支部は占拠されてしまったのだった。
通報を受けて直ちに州兵が派遣されたがレジスタンスは「不当逮捕された絶賛投獄中の仲間の解放」を要求し「我々は西欧財閥の欺瞞と腐敗を暴く」とか「支配体制からの解放を!」とかいうお決まりで代わり映えのないフレーズを添えた声明を発表し現場では今も睨み合いが続いている。だがヘイちょっと待てよこいつはどうにもおかしいじゃないか? レジスタンスの昨今のトレンドは都市インフラへの電子戦に移行していて原始的な破壊活動によるパフォーマンスは身内からも総スカンを喰らうから減少傾向にあるはずなのにどうして連中はこんな馬鹿げた作戦を実行してしまったんだ? ましてや今回は小競り合いなんてちゃちな次元じゃない大勢過ぎるほどの死傷者を出しているし西欧財閥が穏当な対応すると真剣で計算したのだとしたら流石にお花畑過ぎるがそんな頭お花畑な人間に街一つを陥落させるような大胆不敵かつ緻密な作戦など立てられるものだろうか? 壊滅した治安部隊の武装は前時代の対テロ戦闘用装備とは良くも悪くも一線を画しているというのに?
不可解だ。不可解だし不愉快なかおりがこの件からはラフレシアみたいにプンプン臭っている。「おいおいおいおいおいおいおい」っていう感じ。そして臭うということは臭わせる元凶が隠れ潜んでいるということでもある。
俺はブリーフィングでモニターに表示されていた巨人の威容を思い出す。
装甲騎兵。
“俺”の前世ではフィクションでしかなかった二足歩行兵器――“ガンダム”とか“マクロス”とか“エヴァンゲリオン”みたいな大型じゃあない――人型機動陸戦兵装と呼称される全高四メートルから六メートルほどの一九八〇年代に生み出されたこの兵器は、元々はアメリカ人科学者エメリッヒ博士によって開発された自然災害や活動困難領域での運用を目的とした人型搭乗ロボットだった。だがすぐに兵器としての側面が研究されるようになると(というのも年々テロは激化していたので)急速に発達を遂げ、やがて軍事業界の常識を塗り替えるほど革新的な成果を上げるに至ったのだった。
この騎兵という兵器の優れている点は整備の必要はあれどパイロット単体で一個小隊並みの制圧力を併せ持つ部分にある。ただの歩兵にその戦力差を覆すことは引っ繰り返っても不可能だ。そのため各国は騎兵の不正な軍事転用を制限するべく国際法上で枠組みを定めたが何処にでも抜け道というやつはあるもので闇に流される事件は後を絶たない。
だが前提として人員と資金力で西欧財閥に劣るレジスタンスに用意できるのは――いくら背後で反西欧財閥の団体が支援していたとしても――第一世代級か第二世代級(第一世代に防御力と火力を増加した六メートル近い大型騎兵)の粗悪な模造品や初期モデルくらいだと多くの人間は考えていた。なんせこれまでのレジスタンスがそうだったからだ。これからもきっとそうだろう。俺もそんなふうに考えていた。下に見ていたのだ。
その前提は楽観に過ぎなかったらしい。西欧財閥は「敵」の意地を思い知らされることになった。
レジスタンスの投入した騎兵には第二世代機の重兵装モデル〈アステリオス〉や高機動モデルの〈カットラス〉が勢ぞろいし、ばかりか第三世代機騎兵――第一世代級に近い抑え目のサイズでありながら第二世代級に迫る火力と機動性を両立し対EMP性能を向上させた流線型のモデル――といった大手民間軍事会社が所有するような新型が混じっていた。
そして戦闘は多くの者に予想できない決着を迎えた。
財閥側の機体が次々と「自殺」や「同士討ち」を始めるという悪夢のようなかたちで。
混乱に陥った部隊は抵抗も空しく蹂躙され、壊滅した。
死んだパイロットたちは最期の瞬間に言っていた。「操縦が効かない」、「ハッキングされている」。警備指令室はこの最悪の状況を分析し蒼褪めながら次のような結論を出した。「敵のなかに魔術師がいる」。
西欧財閥の軍事高官たちは占拠される寸前に発信された救援要請を受けて協議の末に俺たちを招集することにした。
数時間前のことだ。
だから俺たちはこうして雁首を揃え闇夜を空域侵犯中の軍用航空機を尻で温めているのだった。
「隊長?」
俺は顔を上げて俺を呼んだ部下を見やる。戦闘装備を着込んで俺を見つめている狐のような目の女。ジェシー・ダントン。
「呼んだか」
「ため息なんかついて、どうしたの」
思わず苦笑を漏らす。「そうか?」見られていただなんて。俺は自分でも気づかないほどこの状況にナーバスになっていたのか。「少し、憂鬱なだけだ」
「珍しいですね」
するとこちらも戦闘装備を着込んだカレン・ヘイワードが近づいてきてそんなことを言い出す。
「隊長がそんなことを言うなんて。何か気にかかることでも」
「……“エーデルワイス”に、水をやるのを忘れた」
「“エーデルワイス”? なに、犬か何か飼ってるの」
「花だ」言ってから俺は後悔する。
「花ァ!? 隊長がァ!? はあ、いや、ごめんね。でも意外過ぎるね、そういう趣味があるっていうのは……」
ジェシーはくつくつと笑みを抑えようとしているが仕舞いには堪え切れず「ぶぷっ」と噴き出してしまう。俺はじとっとした視線をくれてやるが責めたりはしなかった。確かに拉致監禁や要人暗殺を生業とする人間が実は家では可憐な白い花を育てているというのは一聴するとブラックなジョークみたいだ。とはいえ俺だって人を殺したのと同じ手で凝ったフレンチを作ったりもするし「サタデー・ナイト・ライブ」みたいなコメディを楽しんだりもするんだぜジェシー。あんたに手料理を食わせてやりたいとは思わないけどな。それに世の中には花を育てる殺し屋もちゃんといる――「レオン」みたいに。まあアレは観葉植物だし“この世界”だとそもそも「レオン」が撮られていないみたいだから誰にも通じない虚しい反論になってしまうけど。
というか俺の家のプランターに植わっているあのエーデルワイスは縁あってお偉い人から譲り受けたものだから捨てるに捨てられず枯らすわけにもいかないので止む無く育てざるを得なかったのだ。本音を言うと俺は花なんか育てたくはないのだが故人からのプレゼントだし毎度〃々同じようにちまちま世話していればきちんと咲いて応えてくるのでそれを知ってしまうと無下にも出来ず世話しないわけもいかなくなってしまった。我ながら損な性格をしていると思う。だがあの花は俺の殺風景な部屋にいくらか彩りを加えてくれたし何より俺の邪魔をせず決して喋らなかった。俺があの花を同居人として許すことになった一番の理由はそれだ。彼女――便宜上そう呼ぶが花に性別なんてものがあるのかどうかは判らない(おしべとめしべはあれど)――はいつも物静かでありながら健気に(でもしっかりと)咲いている姿を見せてくれた。彼女は俺の“悪夢”に登場する“フロワロの花”と違ってちゃんとした花だった。だからかろうじて育てていられるのだ。仮にあの花がマシンガントークをかます“フロワロの花”みたいなやつだったら俺はたぶん耐えられずに鉢をぶん投げていただろう。
「―――」
不意に視線を感じて奥を見やるとクリスカ・ビャーチェノワがこちらをちらちら窺っていることに気づく。クリスカは俺と目が合うと青みがかった紫色の髪を揺らしてさっと視線を反らしてしまう。「聞いたクリスカ、隊長ってば、この仏頂面でお花を育てているんだってさ。しかも真っ白なお花を……」
ジェシーがにやにや笑いながらクリスカに絡んでいると奥の扉が開き戦闘装備を着ていない女が現れる。服の上からでも分かる豊満なプロポーションで背の高いブロンドの女に気が付くとジェシーはさっそくそっちにも話しかける。
「レインは知ってる、隊長の可愛いカワイイ“エーデルワイス”のことを?」
「聞こえてましたよ」耳に嵌め込んだイヤフォンを差しながら桐島レインが言う。「でもそんなに笑っては失礼ですよ」
前線分析官である彼女は切れ長の目を綻ばせながらそう言ってジェシーを宥めてくれる。
「そうですよ。お花を育てる……いいじゃありませんか」
「ちぇー」
カレンもサンキュー。ただし君の声もちょっとばかし震えを隠しきれていないんだが?
俺はげんなりして溜息をそっと吐く。もし俺の表情筋がだいぶ昔に絶滅していなければ俺は女たちから笑われるこの状況に赤面していたかもしれない。そうしたらもっとからかわれたことだろう。俺を揶揄うとか本当にいい度胸してやがる。ともあれ作戦前のチームの緊張はほぐれたらしいので今回は良しとする。あるいは憂鬱な顔でいた俺のほうが気を使われたのか? いや単純にこいつは俺を揶揄いたかっただけだな。
「それよりレイン、状況は」
「動きはありません。レジスタンスは立て籠もったまま沈黙し、軍は包囲していますが突入の許可が下りず膠着状態になっています。ただしいつまでも突入を遅らせることはできません。現場が独断行動を取る可能性は否定できない」
「そうとう不満が溜まってるってわけだ」
「交渉も上手くいっていない以上、現状では打つ手がほとんどありませんから……」
「タイムリミットは夜明け前か」
「はい。潜入後は通信は隠密回線に切り替え、いつも通り無線封鎖を徹してください。……降下まで残り一〇分です。皆さん最終チェックを」
レインがそう告げて出て行くと俺たちは戦闘装備を着た身体に支援備品が固定されていることを確かめて最後に外殻電脳を取る。見た目はフルフェイスタイプのヘルメットだが被ると網膜に光が投射され耐衝シールド部分のディスプレイに読み込み中のマークが現れる。ほんの数秒で完了し――「COMPLETE/WELCOME」――戦術データリンクが起動すると電子的に接続した戦闘装備の状態や銃器の残弾数が端っこに表示される。人間の視野は上下が70度で左右100度ほどだがディスプレイの幅が大きいのであまりヘルメットに遮られている感じはしない。光源はソフトウェアが補正してくれているので裸眼でいるよりもカーゴ内の様子をはっきりと見ることができる。息苦しさもさほど気にならない。
「今回の標的だが」
「おっ。それは私も気になってた」
ジェシーは点検の手を進めながら頷く。
「魔術師の暗殺か……前回が半年前だっけ。正直驚いたよ、魔術師のテロがこうも頻繁に行われるなんて」
魔術師。魔法使いではないがそれに近いもの。まるで魔法使いのように魔法のような現象を引き起こす、限られた一部の特別な能力者たち。
ファンタジーのようだが紛れもない本当の話だ。彼らは比喩ではなく実在する。俺たちがこうして実在しているように。国連機関にだって公式に認知されている。
魔術回路を用いて電脳空間へ自らの精神/肉体を分身として送り込み、あらゆる情報を即座に入力/出力する霊子ハッカー。
旧代の魔術師ならざる新代の魔術師たち。
「しかも騎兵のセキュリティシステムを突破するやり手ときたもんだ」
「びっくりですよ。レジスタンスの魔術師がまさか操縦者になるだなんて……」
カレンが言う。その呟きには俺も深く同意する。ヘリオレイクを蹂躙した騎兵の挙動を分析して浮上した敵方の操縦者が魔術師でもあるという結論。これは驚きでしかない。確かに優秀な騎兵操縦者はレジスタンス側にもいる。しかし西欧財閥と比較してレジスタンスにはその結成の経緯から魔術師が多く参加する一方でA級ハッカーの能力を持つ操縦者を輩出できる環境ではないというのが俺たち全体の前提認識だったのだ。
「〈アステリオス〉なんかは、あの巨体なのにかなり腕が良さそうだったよね。たぶん複座式でしょ、あれ?」
複座式モデル。魔術師の存在が軍に認知され始めた頃の産物。
昔ある軍事高官が考えた――もし騎兵の操縦者が魔術師であったなら? 実現できれば騎兵の防御性に頼んで魔術師を安全に敵地に派遣できるしそれどころか敵地の騎兵をハッキングして制圧することすら可能なのではないか。初めはそんな一石三鳥の構想だったが現実問題として魔術師は数が少なく(西欧財閥側はその傾向が高い)しかも騎兵に乗るには魔術師と同じく生まれつきの適性が必要なため中途半端な技量で搭乗させた挙句に貴重な魔術師を失うだけの結果になったことから魔術師を操縦者化する計画は頓挫してしまう。しかしそんな逆境のなかで関係者たちは諦めなかった。発想を変えたのだ。「じゃあもういっそ両方とも載せればいいのでは?」と。
複座式はそんな経緯を経て誕生した第二世代機のモデルの一つだった。魔術師と操縦者を分けるため機体は操縦席に合わせて巨大化し魔術師の霊子干渉を支援するための拡張機構を詰め込んだことで最終的には従来の騎兵の二倍以上のサイズにまで(建造コストも)膨れ上がった。その結果どうなったか? 答えは単純明快。戦場で真っ先に的にされるようになった。巨大で目立つ機体は「此処に貴重な魔術師が乗っておりますよ」と相手に親切に教えているようなものだったからだ。これには流石の開発者たちも「あちゃー」と頭を抱えたことだろう。
いくら装甲を積んでいるとはいえ集中砲火を浴びれば一たまりもない。機動性も落ちているから逃げ切ることも出来ない。そういうわけで複座式モデルは期待されていたほどの霊子干渉能力を発揮することはできなかった。なにせ霊子干渉する前にやられてしまうのだから(一応ケーブルアンカーそのものを伝導線として対象に直結し霊子干渉精度を上げるといった改良は行われたが実際の戦闘ではあまり役に立たなかったらしい)。これは西欧財閥側に用意できるハッカーの素質の限界でもあったし複座式用に採用されたシステムに要求される操縦者側の技術的な問題でもあった。
やがて複座式モデルは騎兵全体のセキュリティ技術が更に強化されたことで忘れ去られるようになった。昨今の騎兵は全領域活動を目的とした小型万能モデルが主流だ。俺はあの「BIG」な感じのデザインが個人的に好きだったのでこんなふうに見えることになるとは想像もしていなかったが。
「最近は見なくなりましたよね」
「だってあれって結局、でかいだけじゃん。棒立ちでやられるだけの。まあ“映像の”は違ってたけど……」
俺はジェシーの辛辣な意見を傍らにしながら思い出す。記録映像のなかで青色機体にケーブルアンカーを放って動きを止めると華麗に撃破する〈アステリオス〉と一緒に、あの戦場でひときわ目立っていたあの白銀の機体――第三世代級騎兵〈キュクレイン〉の姿を。あいつらがいったい何をしたのかを。
迎撃部隊の騎兵が「自殺」する直前にばら撒かれた“白光”。その正体を俺たちはとてもよく知っている。
重感応媒介粒子弾。重感応媒介効果――魔術師の霊子干渉精度を拡張させる現象――をもたらす滞留性物質を場に放出することで拡散領域内を一時的に魔術師の補助空間へと形成するEA兵器の一種。“ガンダム”で言う“サイコミュ”にとっての“ミノフスキー粒子”のようなもの。ただしあちらと違って通信妨害のような作用はないが。
重感応媒介効果によって迎撃部隊の騎兵はハッキングされたのだ。しかしいくら重感応媒介空間が形成されていたとしても機動戦闘の最中にあの短期間で的確に騎兵のセキュリティを破るのはA級ハッカーでも限られた人間にしか成し得ないことだ。不可能ではないが限りなく難しい。つまり白銀の機体の操縦者は魔術師のような超常的な技量を持っているということになる。俺がそれを言うとカレンたちも頷く。
「あんな人材が、全地球情報網の監視から逃れて……しかもあれだけ大量の騎兵を用意できる勢力に合流していたっていうのに、情報部はなぜ気づかなかったのか」
愚痴を言いたくなる気持ちは判る。西欧財閥が構築した全地球情報網〈オキュラス〉。諜報機関が覗き見の私的使用に没頭して仕事をサボっていたのでないのならそこには魔術師による介入があったと見てしかるべきだが。
重感応媒介粒子弾という闇市場にも滅多に流れない国家規模の支援が無ければ調達が難しい武器をどうやってか用意した“謎の組織”に支援された(もしくは母体)とレジスタンスが西欧財閥勢力下にある街で大虐殺を行ったにもかかわらず、その前兆を探ることも出来なければ虐殺から半日が経った今なお得られた情報はほとんど無いのだ。分析官であるレインは少ない情報なりに分析してくれたが面目なさそうな顔をしていた。
特にレインは「レジスタンスの犯行声明と組織の印象が噛み合わないこと」を重視していたが俺もそう思う。この事件を表面的な要素だけで判断するべきじゃない。この事件には裏がある。ないはずがない。問題は裏にどれだけ腐った臭いを溜め込んでいるのかだ。俺たちは腐ったものを塞ぐ蓋をわざわざ開けに行かなければならない。考えるだけで落ち込んでくるが今度はため息は内心に抑えておく。
「どんなやつなんだろね。なんか嫌な予感がする」
〈目標降下ポイント到着まで残り三〇〇秒〉
「どんな任務であろうと、俺たちのやることに変わりはない。敵地へ潜入し、ゴミを掃除する。なるべく足跡を残さないようにして、だ」
俺は騎兵との交戦も予想されるため拳銃型の射出機と重感応媒介粒子弾三発、二本の活性アンプルを確認し終えてから自分に言い聞かせるように呟く。
「隊長はいつも変わらないよね。動かざること山の如し、咲かざるさま不毛の大地っていうか」
「ダントン少尉は孫子に詳しいわりに余計な一言が多いな。今からでも精神均衡剤を呑んでおけ」
「まさか。いらないよ。どんな相手だろうとやることは一緒。わかってますよ。わからいでか。悪い奴らを殺す。それが私たちのお仕事。ゴミ掃除だーいすき。……でもお姉さんの予感はよく当たるんだよ」
「お姉さん、か」
ぼそりとクリスカがわらう。するとジェシーが目ざとく振り向く。
「な、なんか……すっげー馬鹿にされた感じ。ほんとだぞ? ほんとに当たるんだぞ」
「そうか。まあ、疑ったつもりはない」
「ほんとに?」
「ああ。そんなつもりはない、……が」
「が?」
「なんでもない」
「なんでさー気になるじゃん、そこっ」
〈目標降下ポイント到着まで残り一二〇秒〉
アナウンスと共に後部ハッチが解除され押し入ってくる気流が戦闘装備をばたばた言わせる。俺は振り返るとジェシーをじろっと睨みつける。外殻電脳越しでも視線を感じるように。「それくらいにしておけ」さもないと紐無しで奈落に突き落とすぞ。俺の殺気を察したのかジェシーが敬礼のかたちを取る。
「イエス・サー」
俺は眼下に光源がぽつぽつと浮かぶ凍てついた夜の虚空が広がっているのを見る。機械音声のカウント・ダウンを聞く。
〈一〇、九――〉
部下を「黙っていろ」と叱りつけておきながら俺はふと「こういうのって」と身体を前に出しながら何となしに頭の片隅で思う。覆面姿で航空機から飛び降りようとしている正体不明の集団という絵図。さながら映画のワンシーンみたいだ――俺以外の全員が女という尋常でない性別の偏りは俺の価値基準からするとだいぶ微妙なところがあるけども。ともあれハイテク装備に身を固め真夜中に高高度の上空からテロリストたちが占拠した敵地へ少数で乗り込むだなんて。まさにザ・スパイ映画という感じ。“かつての俺”にこんなことが想像できただろうか。
〈五、四――〉
続けて俺はこの発想に更なる彩りを加えることを思いつく。もし俺が映画監督なら? そうだな。この侵入シーンにはマリリン・マンソンの「ビューティフル・ピープル」を採用するに違いない。我ながらなかなか冴えていると思う。だいぶ皮肉めいているが考えれば考えるほどこれってまるでお気に入りの手袋みたいにぴったりなチョイスじゃないか? 彼はあの曲のイントロのフィードバックノイズのなかで宣言している。俺はそのフレーズを声に出さずに口ずさむ。「俺たちは街に舞い降り、美しくないやつらを消し去る……」。
〈二、一〉
〈〇――降下開始〉
「行くぞ」
俺はメンバーに告げると一気に虚空へと飛び出す。背後から掛かるレインの声。「いってらっしゃい」
風と闇。
突っ切って奔る。半透過スクリーン上の光輪が落下ルートを表示している。俺は見た目が天使の輪っかである目印に誘導されながら姿勢制御し滑空してゆくだけでいい。
戦闘装備は防弾防炎機能は勿論のことレーダー探知波を透過吸収する素材で作られているし、降下エリアは対空警戒がされていない箇所だと監視衛星で確認してあるからよほど運が悪くなければ見つかることはない。
そうして俺たちは予定通り俺たちを悟られることなく敵地へと侵入を果たす。普段通りに。そうやって俺たちの仕事はいつものように幕を開けた。血みどろで決して美しいとは言えない、ハードで残酷な俺たちの時間が。