ウルトラムチャクチャエクストラハイパーハードボイルド   作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ

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 3.

 

 

 

 「マジェスティ」ヘリオレイク支部東棟に通じる地下通路の冷え切った空間に忙し気な足音が反響する。西欧財閥の軍事委員会(キャピタル・コミュ)が発動した暗殺指令を実行するべく遠路遥々やって来た亡霊(ゴースト)――殺害免許(ライセンス)を与えられた俺たち特殊部隊員の冷酷な足音が。

 

 先を急ぐ俺たちの足音は緊張に隊列を乱すことはないが一方で俺の心はじゃっかん憂鬱に曇りかけている。というのも俺は侵入し始めたときから“違和感”を覚えていたのだがそれがいよいよ見過ごせない状況になっていたからだった。

 

「妙だね。静か過ぎる」

 

 セキュリティをパスしとうとう東棟に潜入した段階になってジェシーが言う。

 

「人の気配がまるでない。どうなってんの……」

 

カレン(July)?」

 

「どのエリアも依然非接続環境(オフライン)のままです、隊長(January)

 

 建物のネットワークにアクセスするべく探っていたカレンの声にも戸惑いが含まれている。

 

「まいったね。こんなのは初めてじゃない?」

 

 俺もため息を吐きたくなる。どうにもさっきから気が落ち着かない。

 

 通常の潜入任務なら支援部隊のハッカーが突入先を掌握してから潜入するのがセオリーだ。しかし「マジェスティ」ヘリオレイク支部は騎兵(フレーム)を含むロボティクス産業に使われる「電池」の製造研究を行う最先端工場であるため電子干渉(ハッキング)の難易度は要塞のように厳重になっている。あらゆる情報がデジタル化した世界において魔術師(ウィザード)のような電/霊子的攻撃に対抗するべく建物は対霊体攻壁――接触した霊体を問答無用で滅却する聖堂教会式の洗礼防壁(・・・・)――で守られ、ネットワークも数世代前の技術を現代版にアップデートした完全有線LAN(建物内限定で機能する閉鎖型ネットワーク)にすることでハッキングを防いでいるのだ。だから俺たちのように「ハッキング能力を併せ持ちながら殺し慣れている部隊」が現地まで直接出向くはめになったわけだがいざこうして侵入してみると困った事態に見舞われている。

 

 まさか非接続環境(オフライン)になっているだなんて。これは予想外。岩や枝葉の裏に隠れた昆虫を探すよりも簡単に情報を引き出せてしまう時代だが如何に魔術師(ウィザード)とてこれでは電子の海に繋がることはできない。究極のハッキング対策がデジタル化しないことであるようにハッカーの介入を防ぐなら実にアナログだが効果的な方法ではある。

 だがどうして非接続環境(オフライン)になっているんだ? たとえ襲撃があったとしても勝手に非接続環境(オフライン)になったりはしない。さっきの停電のせいか? いいやそれもない。つまり誰かが非接続環境(オフライン)にしたということだ。故意に。その“誰か”の目的――わざわざ接続可環境(オンライン)から非接続環境(オフライン)に切り替えた目的とはなんだ?

 

隊長(January)、あれを見ろ」

 

 クリスカが何かを発見する。東棟一階から二五階まで吹き抜け構造になっているフロアでひとまずレジスタンスたちの行動を探ろうとしている俺たちは頭上に穿たれた弾痕と床面に散らばった監視カメラの破片を見つける。

 探索を進めると同じことが至る所で起こっている。無残に打ち砕かれ放置された監視カメラたち。

 

「ますます分かんないね。騎兵(フレーム)をハッキングできるハッカーなら、カメラを破壊するよりも建物内の監視に利用するほうがいいと思うんだけど……」

 

 レジスタンス側の行動の意図が読めない。建物を囲む州兵側に魔術師(ウィザード)がいた場合を考えたとか? だが建物内のカメラをハッキングするには俺たちのように物理的に内部に入る必要がある。対霊体攻壁を霊子変換した「魂」が潜り抜けることは俺でもかなり無茶なのだ。これは霊子化した分身を飛ばす「捕捉距離」がどれだけ長くとも覆せない点だ。

 しかしジェシーが言う通り建物には人の気配がまるで感じられない。職員は避難シェルターに逃げ込んだのだとしてもレジスタンスの一人さえ見当たらないのは流石におかしい。非常時に降りるはずの隔壁も解除されている。建物は非常に静かだ。静謐とすら呼べるかもしれない。人の消失した生活空間に破壊の痕跡だけが残されている。

 騎兵(フレーム)は堂々と正面から入場を果たしたらしく入口の壁材とガラスが飛散している。だが騒々しき破壊者であるはずの騎兵(フレーム)の影は見つからない。

 I have a bad feeling about this(嫌な予感がする).まさにそういう感じ。

 しかし立ち止まっているわけもいかない。俺はチームを二人編成(ツーマンセル)に分ける。俺とクリスカが東棟一八階にある電脳制御室へ。ジェシーとカレンが西棟一六階にある警備指令室へ。

 西棟は東棟の地下通路から行けるため此処からは別行動になる。

 

カレン(July)ジェシー(September)騎兵(フレーム)に注意しろ。〈キュクレイン〉のような第三世代機ならこの狭さでも戦闘が可能だ。遭遇する危険性がある」

 

「了解。そっちもカメラに気を付けてよ。見た目はああ(・・)でも生きてるのがあるかもしれないし」

 

「お二人ともお気を付けて」

 

 走り去るのを見送ると俺は隣の相棒(バディ)に言う。

 

「行くぞクリスカ(December)。こんな任務はさっさと終えることだ」

 

「了解……」

 

 元気のない返事だが俺も人のことは言えない。俺たちは外殻電脳(スカルキャップ)のディスプレイに表示された地図を案内人とし、エレベータは使えないので非常階段で一八階を目指すことにする。カメラがある度にいちいち“分身”を飛ばして警戒するがやはり電源は切れている。俺たちは黙々と階段を縦に横に登り続ける。血痕や弾痕は見つかるが人質や死体の姿はやはり無い。

 

「ここだ」

 

 ついに俺たちは誰とも遭遇しないまま電脳制御室に辿り着く。赤外線で爆発物が仕掛けられていないのを確認し部屋の中を確かめる。巨大な熱源反応はあるが動きはなく鍵もかかっていない。

 

隊長(January)

 

 突入しようとしたところでジェシーから連絡が入る。

 

「まずいことになった」

 

 まずいこと?

 

「悪い知らせ。警備指令室に辿り着いたんだけど……」ジェシーらしからぬ歯切れの悪い口調で言う。「職員の死体を発見した」

 

 喜ぶのは不謹慎だが待っていた報告には違いない。一〇時間前に武装集団に襲撃された建物でようやく発見した人の遺体。だがまずいこと?

 

「死体にはレジスタンスも混じっている」

 

 クリスカと顔を見合わせる。拭い難い不穏が裡から生じ蝕んでゆくのを感じる。

 

「職員と撃ち合ったとかそういう感じじゃない。レジスタンスは背中から撃たれている」

 

「仲間割れか」

 

「どうだろ? ただそれにしても死体の数が多すぎる。レジスタンス側の人数がどれだけかは判らないけど、ここで転がってる死体は二〇を超えてる。それに死後硬直が始まってかなりの時間が経っているみたい。今、カレン(July)が記録を調べてるところ」

 

 赤外線は電脳制御室の床に人らしき影が伏せているのを映し出している。だが人にしては体温が低すぎる。おいおいおいおいおいおいおい。まさか、と思いながら俺はクリスカとタイミングを合わせる。

 

 三、二、一。

 電子音。セキュリティが解除され圧縮空気の作用で扉が開く。

 

 銃撃は来ない。俺たちは中に飛び込むと床に転がったものの正体を目にする。

 

「……ジェシー(September)、こちらも制御室に突入した」

 

 俺はため息を吐きながら告げる。

 

「同じく死体だ。生存者はいない」

 

 広々とした部屋に男女を問わず銃殺された死体が転がり冷たくなっている。職員もいればレジスタンスも混じっている。破壊された物の合間を縫ってクリスカが死体に近づき状態を調べ始める。

 

「硬直の具合と死斑から考えて……死後八時間から一〇時間と言ったところだな」

 

 検視のプロフェッショナルというわけじゃないから正確な時間は割り出せないがつまり早い段階で人質たちは殺害されていたということになる。レジスタンス側の公開した映像はフェイクということか。だが何故レジスタンスは仲間同士で殺し合ったんだ? 俺は劇場のように広い空間を見回す。演算装置と冷却装置の保護フレームのいくつかが変形している。銃撃戦の痕。抵抗した者たちの最後の無駄なあがき。

 俺たちの目的。俺たちの狙いである標的。魔術師(ウィザード)はどこへ消えた? この建物のどこかでジョン・ドゥとして眠りについているのだとしたらまだまし(・・)だ、だがもしそうでないとしたら?

 

 静まり返った部屋の中で中枢電脳(メガトロン)と思しきコンピュータが点滅している。俺はクリスカに警戒を頼むとさっそくコンソールに近づき中枢電脳(メガトロン)に“意識”を侵入させる。連中は何を調べていた? 連中の目的が囚人たちの解放とは別のところにあるという疑いは俺の中で確信に変わりつつある。

 

 レジスタンスが操作したと思しき痕跡を辿るうちに「マジェスティ」が開発中の新型「電池」の研究データや予算計画が見つかるがどれも企業秘密程度でありそこまで目を魅かれはしない。なるほど此処で製造された「電池」はあちらへ輸出されこんなかたちで軍事に転用され人を殺すんだな、とか西欧財閥ひいてはヘリオレイクがどれだけ戦商行為で儲けているのかが分かりやすく記録されているがそんなものはこの時代どこにでもありふれている。というかはっきり言ってありふれてい過ぎるくらいだし誰もが――紛争地帯からは遠く離れた先進国で誕生した生まれたての赤子でさえ――見えづらいというだけで本当は経済活動としての戦争業務の歯車に組み込まれているのだ。こんなへぼ(・・)ジャーナリストしか食いつかなさそうな情報をレジスタンスは探していたのか? いいや違う。しかしだからと云ってこんなのは産業スパイのやり方じゃない。俺の直感は告げている、まだほかにもあると。俺は俺の直感を信じて情報の海を泳ぎ続ける。そして中枢電脳(メガトロン)の構築する光り輝く海溝の奥底に厳重に埋め込まれていたとある単語(ラベル)と“扉”を発掘した途端、俺は意識体でありながら鳥肌が立つような感覚に見舞われる。というのも俺が発見しレジスタンスが探していたであろうその情報はあまりにも「俺」にとって馴染み深いどころか「世界」にとって重大なキーワードだったからだ。

 

 【全長三千キロメートルに及ぶフォトニック純結晶体】

 【物質に頼る人類の文明とは形式が違いすぎるため言語体系/技術では理解できない古代遺物(アーティファクト)

 【神の遺した自動書記装置】

 

 【ムーンセル・オートマトン】

 

 (そこ)にはそう書かれていた。

 

隊長(January)

 

 なんだってムーンセル(・・・・・)の情報が此処にあるんだ? 俺は“扉”に触れるが擦り抜けようとした途端目が眩むような(ノイズ)に押しやられている。あっという間に“扉”が遠くなり中層に弾き出されてしまう。驚愕せざるを得ない。深層と中層が別々のセキュリティで構築されている。しかも俺の侵入さえも拒否できる初めてお目にかかるタイプのセキュリティだ。再び慎重に潜り近づくと“扉”には奇妙な模様が刻まれているのが分かる。それはまるで人を象ったレリーフ(・・・・・・・・・)のようにも見える。なんだこれは? 分析に取り掛かると解読困難な情報が出現しそれは絶えず“生きているかのように”変化していて“扉”は「破壊不可能」であるという結果が現れて更に俺を驚かせる。触れるとやはり攻性機能こそないが遠くに押し出されてしまう。このままだと手の施しようがない。

 

隊長(January)っ」

 

 俺はいったん諦めると建物内の通信量(トラフィック)変遷の調査に取り掛かる。仲間割れの起きた後に生き残った人間――恐らく黒幕――がどのように行動したのか予測できるかもしれない。それと生存者だ。シェルターに人はまだ残っているのか? もしレジスタンスが紛れているなら人質の生命を度外視してでも捕らえる必要がある。

 ところが俺は中枢電脳(メガトロン)深層で遭遇したレリーフの困惑と通信量(トラフィック)データが導き出した予測結果が脳内で思考の衝突事故を起こしたがためにクリスカの切羽詰まった叫びに気づくのがほんの少し遅れてしまう。

 意識を戻した俺は、自分の聴覚にいきなり飛び込んできたさっきまで無かったはずの割れ響かんばかりのわらい声に振り返る。わらい声を辿ると床に転がっていた備品だと思われた箱からピエロのような小さな人形がばね(・・)の身体を突き出してけたけたと揺れている。

 

クリスカ(December)、」

 

 その箱が外部から持ち込まれ赤外線遮断素材で作られていたと気づく間もなく俺が飛び退くや、ピエロは子供のように高い音域の合成音声で絶叫する。

 

 

 「 Wellcome to Hell !! 」

 

 

 

 爆轟。 

 

 

 

 

 光と衝撃がかたちあるものを粉々に破壊する。

 破壊の風が俺たちを呑み込む。

 

 その間際に俺は“魔法”の呪文を唱えている。

 

 

「――【かたち在れ霊盾(シールドクラフト)】」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ◇カレン・ヘイワード。
 ・西欧財閥の特殊作戦部隊に属する強化兵(ハイソルジャー)
 ・作戦中はコンタクトレンズだが普段は眼鏡女子。
 ◆オリキャラ.


 ◇洗礼防壁
 ・魔術師(ウィザード)等のクラッキング攻撃に対抗すべく開発された対霊体攻壁。
 ・中でも聖堂教会式の「洗礼防壁」は接触した霊体を「この世に有り得べからざる者」として滅却するため、一部の界隈からは非人道過ぎると指摘されている。
 ◆独自設定.


 ◆捕捉距離
 ・魔術師(ウィザード)が霊子化した分身で干渉できる飛距離のこと。
 ・電子空間を経由した場合は飛躍的に伸びるが、現実空間では大幅に制限される。また人工魔術師(デミ・ウィザード)の捕捉距離は基本的にはナチュラルよりも劣っている。
 ◆独自設定.
















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