ウルトラムチャクチャエクストラハイパーハードボイルド 作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ
◆
任務を与えられていた。自分の果たすべき使命を。自分が生まれてきた意味を――生み出された目的を。
それは生きる理由ではなかった。
「よっ。私はジェシー。ジェシー・ダントン少尉」
「カレン・ヘイワード少尉です」
こちらの素性を知っているだろうに、彼女たちの態度はまるで普通の人間を相手にしているかのようだった。
「
そう言って差し出された手を、差し出された意図に気が付いておずおず握り返すと。
「そんなに気負わなくたっていいよ。もっと気楽に。私たちはこんなだし……隊長も、仏頂面だし、あれなところもあるけど。まあ、悪い人じゃないからさ」
彼女たちは。
「これから宜しく。ビャーチェノワ少尉」
期待してるからね。そう、明るく微笑んでいて――
◇
「似合わないよな」
恐らく苦笑しながら言うユリウスの背に掴まりながら、クリスカ・ビャーチェノワはふと自身のメンテナンス担当医であるペイラー・榊の言葉を思い出している。榊博士が何時だったか語ってくれた、ユリウスが「
――「君は
あれは「DFVウイルス」の結晶をそのまま人体に移植するという、魔術と科学の共同実験をうたってはいるが要するに野蛮で杜撰なプロジェクトだった。
そんな実験でも進めるうちに、偶然“彼”のような存在が生まれてしまったのは、良かったのか、悪かったのか。
その頃の僕は地位も役職もない研究者だったが、彼の変質――いや
彼は
そんな完全適合した到達点を見てしまったからだろうね。できる、とみんな思ってしまったんだ。
同じ方法で何とか再現をしようとした。あの星の如き輝きを放つ存在を自分たちの手でもう一度作り上げたい、そんな思いに駆られ、狂ってしまったんだ。
結局失敗が続き、実験中の事故もあって計画は凍結されることになったが……それらの成果は
苦い記憶さ。知っているかい。君たち世代の
僕は昔、彼と何度か話したことがあってね。理性的で、落ち着いた子だった。組織にも従順で、反発もせず、ただ知識に対しては貪欲という印象があったな。見た目は小柄だし、もし一般に出回っている地味なシャツを着せれば、少し内気な普通の少年という感じだった。表面上はね。
でも“ユリウス”は、過去の任務で……テロと誘拐を実行した
……すまない。これから君が仲間になる相手のことを、あまり悪く言うべきじゃなかったかな。誤解しないでほしいんだけど彼自身は悪い子じゃない。だけど、これだけは覚えておいてほしい。
――「彼が生まれてから一六年が経った現在も、彼のあの異常性は誰にも説明できていないままなんだ。彼は人間ではない、別のナニカではないのか。そう主張する人は多い……科学者でありながら、いや科学者だからこそ、僕もそう思うときがある。彼が特異点……
冷徹非道の科学者らからさえもユリウスは恐れられている。だが一方でクリスカは爆発に吹き飛ばされ落下する最中、僅かながらにあった意識でクリスカを救うべく飛び降りたユリウスの姿を覚えている。
血中の「紫血球」がアンプルによって活性化しているせいで五感が正常でなくなっている。地面の方向が揺れ動く感覚に襲われながら目を瞑ったクリスカはぼんやりと、
――「あれクリスカ。あんたまた一人で食べてるの?」
まず、自分がデザインされた存在であるということ。クリスカ・ビャーチェノワの意識はそこから始まっている。
生み出したのは西欧財閥に属しながらも一枚岩ならざる研究機関だった。
周囲の思考/感情を読むことができるという能力を与えられて生み出されはしたが、この能力がクリスカの周囲からの評価を向上させることはなかった。痛みや苦しみを伴うESP実験を繰り返しても。能力訓練で着実に成果を上げることが出来たとしても。能力ゆえに疑念や蔑視、恐怖、恨みが透けて見えてしまう。「気味が悪い」と冷遇され続ける日々。“仲間”だと思われたことは無かった。それでも忠実に従っているのはひとえに大切な存在があるからだ。自分と同じような境遇で、それでも自分を信じてくれている「
その忠実性と戦闘能力の高さを見込まれて「ある部隊」に潜入するよう命じられた。
しかしクリスカはQ分隊に配属されることになり、――しばらくしてスパイであることを見抜かれた。クリスカは混乱した。この任務が失敗したら「妹」はどうなるのか。自分ひとりだけで逃げるという選択肢はない。そんな真っ白に凍り付いたクリスカに部隊の仲間は告げた。あっけらかんとした調子で。
――「みんな
――「といいますか、隊長もそのことは最初からご存じですよ」
――「どうせなら一緒に食べようよ。あっ、なんだったら隊長も呼んじゃう? 訊きたいことあるならこの際まとめて訊いちゃえばいいじゃん」
露見したクリスカに対して、怒りが向けられることは無かった。向けられたのはむしろ同情心に近い。実験施設での研究員や同期から向けられる視線とは別種の感情が込められていた。それはクリスカが「妹」から向けられる感情とも異なるが決して不快ではない、今までにない不思議な感覚だった。
――「お二人とも気を付けて」
冗談を言って笑うジェシーの表情。別れ際のカレンの言葉。
二人はクリスカを見下さなかった。スパイであることを知られたあとも疎んだり恨んだりせず、ひとりの人として扱ってくれた。
そんな二人の姿は、もうどこにも見当たらない。
――「よかった。無事で」
ユリウスの声。クリスカは蘇生した直後に聞いた彼の安堵したような声がリフレインするのを感じる。
「眠るなよ、クリスカ」
一瞬どこに自分がいるのかが分からなくなる。今がいつなのか。視界が暗くなったり明るくなったりを繰り返している。フラットでいられない。全身はひどく気怠いのに感覚はむしろ鋭敏化しているという矛盾。出血は止まっているが汗は流れ続けている(本当にそうなのか。流れているのは“汗”ではなく本当は“血”なのではないか)。そのときだった。ESP能力がクリスカを背負っている彼の――普段はあまり見通せない――思考の波を読み取ったのは。
ユリウスの内面。あるいはこれほど近い距離で長いあいだ接触したからか。焦りと怒りと悲しみ。激しく揺らぎ渦を巻く感情の嵐。そこに滲みだすように垣間見る心理の色彩。押し潰すような罪悪感とクリスカの無事を切に願う思考。それが偽りない、本心であることを悟ってしまって。
「………、」
「あと少しだからな」
無人機の追跡を躱して走り続けているとようやく河畔が見えてくる。そこではクリスカたちの要請を受けた脱出用のヘリが翼を回転させたまま待機している。
扉が開き護衛役のエージェントが顔を出すとさっさと乗り込むよう腕を振る。身を屈めて搭乗すると勢いよく機体が飛び上がりクリスカたちは一気に上空七〇〇メートルにまで上昇する。
会話はない。クリスカは
ヘリオレイクの景色が遠ざかってゆく――二人の未帰還者を置き去りにして。
「―――」
任務に死が付きまとうのは特殊部隊員の宿命だ。ましてやクリスカのように初めから“そうあれ”と設計されたモノにとって誰かの死を
クリスカは対面に座るユリウスを眺めながら思う。彼は沈黙して何も言わないし表情も平時の彼と同じように見える。だがその本心は。“仲間”が死んだとは思えないほど変化の無い冷徹な顔の裏側では――。探ろうとして知ったわけではない。しかしクリスカは意図せず知ってしまったことで自分の裡に戸惑いが生まれていることに気づかされる。
自分よりも遥かに特殊な境遇にある彼の内面に意外なものを見い出してしまったがために。そしてユリウスの抱く感情に触れたことでクリスカ・ビャーチェノワと名付けられたこの
悼み方さえもよくわかっていないわたしは、だとしても、目の前の人のように今は“仲間”を悼みたいと感じている。
「静かだな」
回転翼に掻き消されてしまうくらいの小さな呟き。誰に聞かせるでもない独り言。唇の動きで読み取ってしまったクリスカは何かを言いかけるが、結局は口を噤んでしまう。
ユリウスはそれには気づかず外に目をやり続けている。
榊博士は“ユリウス”を恐ろしい存在と語っていた。しかしカレンとジェシーにはどう見えていたのだろうか。味方であるはずの人たちから恐れられながらも、こうして“誰か”を悼むことのできる彼の姿は。
答えを訊くことはもはや叶わない。二人にESP能力を使わなくなって久しいクリスカには、それでもなんとなくわかる気がした。彼女たちの“チーム”の一員として。
似合わないよな。先ほどユリウスはそう言っていたが。
「………、」
――いいや。そうでもない
クリスカはぽつりと答えた。
心のなかで。そっと。
今はまだ、小さな声で。
5.
俺の前に上司が座っている。
「なるほど」
「ダントン少尉とヘイワード少尉は残念だった」
人質はやはり全員死亡。崩壊したヘリオレイク支部のビルからはジェシーとカレンの遺体が発見されたという。帰国がいつになるかは交渉中らしく葬儀の時期も分かっていない。
前代未聞の失態を晒したハーウェイは厳しい視線を向けられるだろう。脳天を揺さぶられるような一大事件を防げなかったのだから。とはいえ西欧財閥には多頭の龍のように脳天が幾つもあるので全体がノックダウンすることはない。根元から吹き飛ばされでもしない限りは。
「情報部は死に物狂いだ。彼らの怠慢が被害を大きくしたのだから」
「無断使用した魔術の件だが」
「それに関しては報告にあげた通りです」
使わなければ全滅していた。安全に逃げられなかっただろう。もし俺が死んだらあんたの責任問題にもなるんだよ――貴重な実験体を死なせた無能な大佐として責任を負うことになるんだよ。そのほうがよかったのかな?
「だとしてもだ。君の
魔術は秘匿しなければならない。
それにしても驚きがある。こんなにあっさりお許しが出るだなんて。カウンセリング――気遣われてるのか? おかしな話だ。
「他に何か、報告しておきたいことは」
「いいえ」
ランドッグ大佐が意味ありげに俺を見る。「何もありません」俺は一切の感情を排してそう答える。大佐は「そうか」と頷いてそれ以上は聞いてこない。
よかった。セーフ。内心で胸を撫で下ろす。俺から「ムーンセル」について誰かに話すつもりはない。そもそも知っていることを知られてしまうのもまずい気がする。あれは厄ネタ過ぎる。あれはどう扱うべきなのかも考えておく必要がある。あれがあの場所にあったことがどういう意味を持つのかについても。
「近日中に部隊を再編する。新たな選抜に関しては大尉、君の要望もある程度は受け入れるつもりでいる」
そう大佐は俺を気遣って言うので俺は殊勝に頷いておく。だが俺は一見すると冷たげな美人ながら部下思いな一面もあるこの上司のことをどうにも得意になれずにいる。嫌いというわけじゃないが苦手なのだ。何故なら俺のなかの警戒レーダーが反応しているから。もしかするとランドッグ大佐は“原作”持ちなんじゃないか? 確証はない。厄介なことだ。
下がるよう言われ部屋を後にしようとすると俺は「そういえば」と思い出したように呼び止められる。
「大尉は
俺はこのとき無表情を守った自分を褒めてやりたい。俺は耳を疑う。今この人は何て言った?
食物連鎖における頂点の存在「
まさか、と思う。なんだってあんたの口から異世界の「最悪の反動勢力」の名前が出てくるんだ。まさか連中も“この世界”にいるのか?
ランドッグ大佐が俺を見ている。俺も見返すがその考えを見通すことはできない。嫌な予感がする。絡め取られるようなイメージ。本当に厄介な人だ。あんたはいったい何を考えているんだ?
6.
俺の目の前に上司が座っている。
「お仕事お疲れ様でした」
上司というか上役というかとにかくベリー・インポータント・パーソンな子供が居心地の悪さを感じている俺のことを容赦なく見つめている。
上司の部屋から戻った俺を待ち受けていたのは上役のプライベート・ルームへの招待状だった。
黄金の髪。
九歳にして既に獅子の風格を宿す少年。
「レオ様」
「違います。
「……レオ――」
俺がそう言うと彼の傍に控える従者の視線が険しくなる。おいおい俺のせいじゃないだろうがと言い返す気力は今の俺にはない。
「はい。おかえりなさい、兄さん」
西欧財閥の中核たるハーウェイ一族の次期総帥。
やがて世界に君臨することを期待される理想の王子。
俺の弟は、太陽のように笑っている。
◇ガスト・ファレミス
・“恐るべき子どもたち”計画の実験総責任者。
・霊墓アルビオンから“ウイルス”を持ち帰った英雄の一人。
・実験中の不慮の事故によって死亡している。
◆出典:ファイナルファンタジーⅦ.
◇リィザ・ランドッグ
・
・冷静沈着な性格であり内面を読ませない。
・かつて人類継続保障研究機構の魔術部門従事者だった。
◆出典:クロスアンジュ.