ウルトラムチャクチャエクストラハイパーハードボイルド   作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ

7 / 9




















07

 

 

 

 7.

 

 

 

 俺がレオナルドと初めて対面したのは彼が七歳の時だ。俺たちは“総帥”によって引き合わされた。

 

 広間の貴族様特有の長テーブルには“総帥”が座っていてそこにレオナルドも座っていた。そのとき近くには執事とメイドもおらず三人きりだったが俺は邸宅に踏み入れた瞬間から俺が客として歓迎されていないことを肌身に感じていたから内心ではうんざりしていたもののレオナルドがいるのは予想もしていなかった。

 

 “総帥”が俺の気も知らずに俺について説明してゆく。俺が西欧財閥の「闇」によって作り出された存在であるということ。俺がハーウェイの表沙汰に出来ない「穢れ」の一部を担っているということ。ただしこんなナリでも実は俺はハーウェイの末席に名を連ねる存在であるということ。ハーウェイにとって特殊部隊兵としてではない(ユリウス)という「駒」がどのような役割を持つのかについてなども明かしてしまう。

 一族に名を連ねると言っておきながら終始一貫してまるで俺を人扱いしていない蔑んだ調子で続ける“総帥”の態度には慣れたものだったが俺はこのときばかりは早すぎやしないかと思っていた。いくらレオナルドが天才超人だからといって自分の一族の「闇」について伝えるのは時期尚早じゃないか。一族の裏を知ってしまえば一族に対する反発を生むんじゃないか? “原作”でもレオナルドが闇に触れたのはこれくらいの時期だったのだろうか。しかし俺の懸念をよそにレオナルドは口を挟むでもなく黙って耳を傾けていた。

 

 そして伝えきると“総帥”は部屋から出て行ってしまった。俺のほうを一度も見ずに。当てつけだろうか。何に対して? 決まっている。この屋敷が俺を歓迎しない理由の一つだ。志のお高い貴族様たちにとって俺はあまりにも穢れ過ぎている。近寄りたくはないだろうし気持ちはわかるよ。される側としては堪ったもんじゃないけどな。だがもしあのこと(・・・・)が原因で俺を憎んでいるのだとしたらそれはまったくの筋違いだ。“あれ”はあんたたちの“命令”だった。あんたたちが俺に出した“命令”だったんだぞ。それとも単に興味がないだけなのか。それならあんな“命令”を出したのも頷ける。自分の妻の命さえも損得で切り捨てられる男なのだ。所詮は駒でしかない俺になど関心を抱くはずもない。それはそれでどうなのだという気もないわけじゃないが。

 

 思考を面倒にしながらもあくまで無表情を心掛ける俺はそれからレオナルドと向き合うことになった。レオナルドは七歳とは思えないほど揺るぎない眼差しで俺を見つめる。似ている(・・・・)、と不意に思った。目元とか口元とかが。“あの人”に。「一つ質問があります」それから彼は言った。

 

 ――「あなたにとって、“理想の王”とは何だと思いますか」

 

「昔の夢を見ました」

 

 (ポーン)を動かしながらレオナルドが呟く。

 

「初めて兄さんに会ったときです。僕は兄さんに尋ねました。“理想の王”とは何か、と。兄さんは……少し悩んでから……こう答えました」

 

 ――「理想の王というものはない」

 

「そうだったか」

 

 ――「理想の王とは、人の身勝手な欲が生み出す虚構の産物に過ぎない」

 

「意外に思ったことを覚えています。他の人たちとは違う。当たり障りのないことで取り繕うでもなく、大げさな嘘で誇張し誤魔化すでもなく。あの場で初めて会った僕に、醒めた顔であんなことを言うのは。びっくりしました」

 

 俺もレオナルドの差し手を受けて脳内でシミュレートすると自陣の(ルーク)を敵陣へと進める。なかなか悩ましい。形勢はよくない。「言ったかもしれない」と俺は頷く。一言一句まで覚えてはいないがそんなようなことを言ったような気もする。でもそんなパンクロックな言い回しで言ったのか、俺は? だとしたらびっくりだな。顔から火が吹き出そう。

 

「どうしてあんなことを?」

 

 透明なチェス盤を挟んで向かい合う俺たちはお互いに盤面だけを見ながら会話を続ける。

 

「そうだな。本音で語れと、お前にそう言われた気がしたから。かもしれない」

 

「僕に、ですか」

 

 レオナルドはチェスでも超人っぷりを発揮して攻め立ててくる。まるでボビー・フィッシャーみたいだ。それに判断も的確で素早い。これは今度こそ駄目かもしれないと思う。戦局はだいぶ苦しい。

 ちらと見上げるとレオナルドは涼しげな表情だが口角が微妙に上がっている。椅子の上で地面に届かない足をぶらぶらさせながら。彼が楽しんでいることが伝わってくる。

 

 たぶん、と俺は思う。俺はこれまで“この世界”について何度も考えてきた。時に科学者のように。時に哲学者のように。時に魔術師として。時に “プレーヤー”として。

 思考した数は果て知れない。例えば“原作”で月の聖杯戦争に挑んだレオナルドについて。彼の「王」としてのスタンスについてなども彼に会う前から一通り思うことはあったのだ。

 

 優れた王たち。古代ファラオ/オジマンディアス。神聖ローマ皇帝/カール一世。古今東西の歴史のなかで興った様々な国が争い合い吸収されるか滅びるかし、それでもなお現代へと語り継がれている伝説の王様たち。なかでも王を語る上で外せないのはアーサー王だろう――“この世界”においては色々な意味で外せない。 騎士王たる“彼女”――あるいは “彼”――が求めていた「理想」について俺は想いを馳せる。「王という装置」に徹することを選んだその末路にも。それは否応なく“原作”で月の聖杯戦争に挑むことになるレオナルドの最期についても考えさせられる。

 

 何故ならレオナルド・ビスタリオ・ハーウェイは完璧であるという欠点を持つが故に主人公である“岸波白野”に敗北するからだ。生死を賭した戦いの果てにレオナルドは敗北し敗北によって「王」として成長するが主人公ではない月の聖杯戦争の敗退者に「次」はない。敗北から沸き起こる成長を生かすための「次」は存在していないのだ。与えられる報酬は「死」、それのみ。

 

 レオナルドは敗北しなければ成長できないがしかし彼を心から敗北せしめるだけの機会は月の聖杯戦争で勝ち上がってきた“岸波白野”と戦うとき以外には訪れない。

 要するに生まれたときから「王」の運命を定められて生きてきた少年は、最後の最期には絶対に運命の成就に間に合わないことが世界によって運命づけられているのだ。

 

 “世界”が生贄を望んでいる――生贄は目の前の子供だ。

 

 だからだろう。俺は初めてレオナルドに会い「王」について問われたとき、やがて自己を排し「王という装置」に徹することになるであろう自分よりも幼い少年に思わず言ってしまったのだ。未熟にも。感情的になって。「王」を目指す彼に「そんなものはくだらないし目指す価値もない」と。それは一見すると栄光の輝きで舗装されているが本当は地獄へと通じるおぞましい道なのだと。

 間違っても“総帥”の邸宅で言うことではないしそんなことを言う俺は明らかに“ユリウス”の立場さえも忘れ、我を忘れていた。

 

 ――「ねえユリウス」

 

 それでも。俺は思い出してしまったのだ。

 

 ――「あの子を……レオを守ってあげてね」

 

 口を衝いて出てしまって。それ以来だ。レオナルドにプライベートで呼び出されるようになったのは。

 よく“総帥”や周囲が許したものだと思う。レオナルドが頼み込んだのかもしれない。俺がよく思われていないのは確実だ。一〇〇〇万ドル賭けてもいい。今も部屋の端には傍付きのメイドが控えていていつでも警告できるよう険しい表情で監視している。これまで二人きりになるのを許されたことは一度もない。俺は“原作”を考えると俄かには信じがたいがレオナルドに好かれている。男女比の狂ったこの世界では若い同性の相手が少ないからそのせいだろうか? 俺自身も戸惑っているが“総帥”の周囲も警戒している。理想の王となるべきレオナルドが薄汚れた暗殺者である俺に毒されることを心配しているのだ。ご苦労なことだ。でもチェスくらいはべつに許してやれよと思う。ポーカーやジェンガやビリヤードに比べればチェスは十分に教養的な遊びだろう。なんなら今度は麻雀卓でも持ち込んでやろうか。

 

「……引き分けですね」

 

 目元や口元は似ていながらも母親とは違う眼差しで俺を見ながらレオナルドが言う。

 

「ああ」

 

 盤上にはほとんど駒が残っておらずお互いにチェックメイトは望めない。つまりは引き分け(ドロー)だ。なんとか終盤に引き分けに持ち込むことができた。

 最近は引き分けに持ち込むのがやっとになっている。たぶんそろそろ負けるだろうな。だが手を抜くことはできない。もし手を抜こうとすれば簡単に見抜かれるだろうしそのときは失望されるだろう。

 失望されるほうが未来の展開としてはやりやすいのかもしれないが。

 

「強くなった」

 

「もう一度です」

 

 意気込むレオナルドだがメイドが口を挟む。次の予定が迫っているらしい。「まだ時間には余裕があるはずですが」メイドはかぶりを振ってそれから俺を見る。露骨に睨んでいる。ちょっと露骨すぎやしないか。

 

「続きはまた今度だな」

 

 レオナルドは肩を竦めると「仕方ありませんね」と立ち上がる。「次こそは僕が勝ちますよ、兄さん」

 

「期待しているよ、レオ」

 

 部屋のあるじに見送られて後にする。廊下から陽の当たる外へ。自分が出てきた建物を振り返る。厳重な警備システムに守られたレオナルドの住まい。さながら城のような威容だが俺には鉄の巨大な籠のようにも見える。

 

 まだ“原作”は始まっておらず「ムーンセル」の情報も(正式には)降りてきていない。レオナルドが“月”に行くと決定されたわけではない。だがきっと上層部は彼を月に送り込むだろう。

 冷静に考えると巨大組織の御曹司が血みどろの戦場に赴く必要性には大きな疑問符がつく。大統領候補たちが紛争地帯の最前線に乗り込んで行って銃を片手にヘリを操作して戦おうとするようなものだ。しかも基本的には行ったら戻れない片道切符なのだ。大統領が戦闘機に乗り込んで宇宙人と戦う映画はあったがあれだって大統領一人が戦ったわけじゃない。人材不足だったからだ。チェスなら(キング)は駒の一つに数えられるがあれはゲームだし現代には当てはまらない。だいいち(キング)が斃れたらそこでゲームは終了だ。なのに“原作”の西欧財閥は時代錯誤的に彼を送り込んでいる。レオナルドが優秀な魔術師(ウィザード)だったから? だとしても馬鹿げている。考えなしに見える。本当にそうだろうか。西欧財閥の「闇」にどっぷり浸かっている俺には“原作”の事情が推察できる。

 政争だ。次期総帥と云えどもハーウェイは巨大すぎる。組織は一枚岩じゃない。そのせいで挑まざるを得なかった。引き返すことはできなかった。どのみち馬鹿げていることに変わりはないが。俺は不条理の鎖で躰を縛られながらも微笑み続ける弟の小さな姿を思い浮かべてしまう。

 

 何をしているんだ俺は。ふっと自嘲が込み上げる。俺は同情しているのか? 彼に対して? ひどい偽善だ。俺はレオナルドの事情を察し彼と交流を持ちながらも心の奥底では彼が“原作”通り最後は“岸波白野”の乗り越えるべき「壁」として敗れることを望んでいる。“岸波白野”が「ムーンセル」の最深部に待ち受ける“亡霊”と戦い打ち克つためにはレオナルドという「王」の死が必要だからだ。仮にレオナルドが“亡霊”と戦ったところで彼に“亡霊”を屈服させることは恐らくできないしそもそも“亡霊”のサーヴァントを打倒することは恐らく誰にもできないのだから――“岸波白野”という主人公それ以外には。だから俺は“世界”が生贄を求めるように彼の犠牲を求める。不条理を許容して。そのくせ彼の未来を憂いているのか? 俺は間違いなくとびっきりの偽善者だ。魂を腐らせたクソの臭いのするクリーチャーだ。

 

 街を歩いていると家族連れの小さな子供とすれ違う。年齢はたぶんレオナルドくらいだろう。悩みなど欠片もないような楽し気な雰囲気で両親と手を繋ぎながら笑っている。写真に撮って額に飾るならタイトルはこうだ。「ザ・ハッピーハッピーファミリー」。素晴らしい。実に微笑ましい。俺は踵を返して端末を手に取る。端末には予定が入っている。

 

 木山春生(・・・・)に呼ばれているのだ。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ◇レオナルド・ビスタリオ・ハーウェイ
 ・ハーウェイ一族の次期総帥。
 ・最新の魔術理論と科学技術の(すい)が結集したことで、生まれたときからあらゆる能力が秀でている。
 ・公明正大な人格と優れた能力、そして自負心を持った現代における理想の王と評されているが――
 ◆出典:Fate/EXTRA.















  1. 目次
  2. 小説情報
  3. 縦書き
  4. しおりを挟む
  5. お気に入り登録
  6. 評価
  7. 感想
  8. ここすき
  9. 誤字
  10. 閲覧設定

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。