ウルトラムチャクチャエクストラハイパーハードボイルド   作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ

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 8.

 

 

 

 厳重なセキュリティをパスして実験棟の一つ「ミストルティン」の研究所に向かうとくたびれた白衣を着た女が俺を出迎える。

 

「忙しいのにすまないな」

 

 木山春生(キヤマハルミ)は相変わらず目の下に隈を作っていて俺は彼女が隈を作っていないところを見たことがない。見た目は美人だが明らかに不調子そうだ。「ちゃんと休んでいるのか」と訊けば「ああ」と心そこに在らずといった返事が返される。いつもより疲れているようでもあり余裕がなさそうでもある。緊張しているのか。もともと少ない口数が更に減っている。何かあったのか?

 木山春生と並びながら歩いていると「関係者以外立ち入り禁止」と注意書きされた部屋に辿り着く。中は風除室のような構造になっていてサングラスが端に置かれている。

 俺たちがサングラスをかけて部屋を進むといきなり青白かったり赤黒かったりとちかちか(・・・・)激しく発光する殺菌灯を四方から浴びせられる。サングラスを掛けずに除菌通路を通ろうとすればたちまち平衡感覚が失われ最悪は失明しかねないほどの閃光。あまり楽しいものじゃない。無意識に息を止めてしまう。足元に目を向けるとサングラスの遮光対象外である誘導光がゆっくりと流れている。この誘導灯の速度に合わせて進むことで効率的に菌を落とせる仕組みになっている。二〇メートルほど歩くとエレベータがある。回収箱があるのでそこにサングラスを捨てる。

 扉が閉まり地下に移動し始めるのと同時に俺は「ふう」と止めていた息を再開する。木山春生が俺を見ている。なんだよ? 木山春生は何も言わない。

 

 到着し外に出ると空間が一気に広がり作業に従事する者たちの姿が飛び込んでくる。研究者たちが忙しく動き回っている。そこには普段は見かけない壮年の男がいて振り返る。

 

「おお木山君、ご苦労様。そしてユリウス君も、久しぶりだね」

 

 嘉納明博(・・・・)は白髪を後ろに撫でつけ人の好い笑みを浮かべているが俺はそれで木山春生が緊張していたわけを知る。

 ひとまず俺が会釈すると嘉納明博(カノウアキヒロ)はにっこりと相好を崩し握手を求めてくる。

 

 正面の強化偏光ガラスの向こう側は戦闘訓練室(コンバットシミュレーションルーム)になっていて誰かが対峙している。

 子供だ。一〇歳を超えるか超えないかくらいの男女(比率は偏っている)が戦闘服(コンバットドレス)姿で動き回っている。機敏に。全員が。

 全員で(・・・)桃色の髪をした一人の少女に戦いを仕掛けている。

 一対多数。しかし躊躇などない。どちらも素手だ。飛び掛かり殴りつけ回り込み蹴り飛ばそうとする。雄叫びを上げながら。肉体そのものが磨かれた武器である彼女たちは戦意を鋭く尖らせ敵の急所を抉り抜こうとしている。

 だが桃色の髪の少女はすげなく振るわれた腕を掴むと近づこうとする別の相手に投げつけてしまう。

 勢いよく吹き飛んだ少女が強化偏光ガラスに激突する。酷い音が響くが研究員たちの表情に変化はない。立ち上がれない少女に向ける眼差しは冷淡そのものでこの光景に慣れ切っているのが判る。退屈でさえあるのかもしれない。

 

「我々の実験にいつも協力してくれてありがとう。助かっているよ。ささ、始めてくれたまえ」

 

 嘉納明博に朗らかに笑いかけられると俺は上着を預け戦闘訓練室(コンバットシミュレーションルーム)に入場する。

 中から見渡すと外から見た以上に天井が高く感じられる。俺は倒れ伏している少女に目を向ける。頭の傷からは青みがかった(・・・・・・)血が流れている。俺と視線が合うと少女は怯えたように俯く。何もしやしないさ。言ったところで信じられはしないだろうから俺は目を逸らし千切っては投げ千切っては投げている桃色の少女の方へと歩き出す。

 

 本音を言うと俺は嘉納明博の“原作”を知る身としては彼の実験に関わるのは御免被りたい。しかし命令は上層部から発せられたものだ。嘉納明博は優秀な科学者でありその実験の協力を断るには相応の理由が必要となるが今のところ俺に害は確認されていない。だから俺は協力せざるを得ない。たとえどんなに胸糞が悪くとも。

 

「……あっ、パパ(・・)!」

 

 拳撃で跪かせところに顔面への回し蹴りで一人を沈めた桃色の少女は俺に気が付くと声を上げる。ほとんどの子供がぴたりと動くのを止めていたがうち一人はそのまま桃色の少女に飛び掛かり低い姿勢から拳を突き上げる。桃色の少女は振り向きざま相手の拳を頭突き(ヘッドバット)で迎え撃つと拳を壊されて怯んだ子供の首を掴み、思い切り床に叩き落す。

 

「そっか。今日はパパが相手してくれるんだ?」

 

 しんと静まった戦闘訓練室(コンバットシミュレーションルーム)で傷一つなく破顔する少女の頭部には二本の角(・・・・)が生えている。それは彼女が選ばれしものである“あかし”だ。俺はその角が外付感知器(センサー)ではない“本物”の角であることを知っている。

 子供たちが距離を取り動けない者は引っ張って退避させてゆく。桃色の少女は広がった訓練場の空白地で深く――深く〃々息を吸い、俺が口を開くよりも先に魔力を放出させる(・・・・・・・・)

 

 ばん(・・)、と。

 ジェット噴射のように加速した少女を(・・・・・・・・・・・・・・・・・)――俺は即座に迎撃することに決める。

 

 魔術で(・・・)

 

「【空隙を抉れ迅槍(ショック)】」

 

 雷鳴を伴い電光が空間を劈く。少女は俺の視線から射出方向を予期したらしく怯えることなく躱すと(・・・)一気に接近しながら拳を振りかざす。

 暴風めいた風切り音。まともに受け止めれば腕が千切れ飛ぶであろう攻撃だ。なので俺は飛び退きながらイメージし「盾」を生み出す。告げるのは一瞬。一言でいい。

 

「【焦土を敷け黒点(ヴォルケイノ)】」

 

 直後に足元から凄まじい炎壁が立ち上る。ヘリオレイクの工場を囲っていた塀を幾らか上回るくらいの幅の障害物。加減しているとはいえ触れば火傷くらいじゃ済まない。さて相手はどうするかと思ったら壁の向こうから膨れ上がる魔力。

 

これくらい(■■■■■)!」

 

 詠唱ですらない。獣のような裂帛の叫びが迸ると炎壁を引き裂いて(・・・・・)少女が飛び出してくる。正面突破とは威勢がいいな。俺は少しだけ驚く。炎壁に風穴を開けた少女の腕は爬虫類じみた固い鱗と鋭い爪の幻体(まりょく)で覆われている。〈獣性魔術(・・・・)〉か。前に見たときよりも精度が上がっている。

 〈魔力放出(・・・・)〉と組み合わせた爆発的加速は脅威だ。まずは脚を封じるべきだな。

 

「【日輪を呑め氷河(ブリザード)】」

 

 俺は地面に魔力を奔らせる。「……っ、」少女は距離を詰めようとしているが跳躍から脚が接地した瞬間に〈日輪を呑め氷河(ブリザード)〉が発動し動きを止める。

 突如として動かせなくなった自分の脚を見下ろす少女の表情が驚きに染まっている。何故なら太腿から指先までが地面と一体化するように霜に覆われ凍結していたからだ。

 ちょっとやそっとじゃ外せないくらい凍り付いている。魔術師(メイジ)の魔術を応用した広範囲トラップ。無理に動こうとすると根元から角砂糖みたいに壊れかねない。俺はこれで少しは落ち着けよと少女に呼びかけようとする。頭を冷やせ。「ゼロツー(・・・・)――」

 

 ところが少女はまだ諦められないらしく俺を遮るように気合を吼える。何をする気だ? さっきよりも増大する魔力を噴き出しながら少女が俺を見て不敵に笑っている。ぴしぴしと悲鳴を上げ始める少女の脚の氷塊。おいおいおい。まさかね。

 俺の予想は程なくして的中する。少女の脚を固定していた氷塊が内側から砕け散る。ぱらぱらと氷塊だけが破壊され少女自体はノーダメージでぴんぴんしている。

 なるほど〈魔力放出〉の応用か。体内の膨大な魔力で氷塊の侵食を無理やり押し流したわけだ。少女が「どう?」と言わんばかりに俺を見てくる。

 

 どう、じゃねえよ。俺はため息を返しながら【空隙を抉れ迅槍(ショック)】を放つ。少女はやはり雷光を回避すると再びこちらに肉薄を試みる。今度は凍結し止まることはない。すぐに気が付く。〈日輪を呑め氷河(ブリザード)〉は解除していないのに少女の疾走が止まらないのは脚の部分を魔力で覆っているからだ。そして接地の時間を極力短くしている。考えたなと思う。〈空隙を抉れ迅槍(ショック)〉。撃ち放つが躱される。少女が眼前に迫っている。こうなれば仕方ない。

 

 ついに間合いに入られ「爪」が振り被られる。勝利を確信したような笑みを浮かべている。

 だが。

 

 俺は振り下ろされた幻体の腕を掴むとそのまま(・・・・・・・・・・・・)一本背負投げに繋げる(・・・・・・・・・・)

 

「―――!?」

 

 少女は背中から落とされるや床に埋まる勢いで激突する。えげつない(・・・・・)音が戦闘訓練室(コンバットシミュレーションルーム)に響き渡り振動する。

 

「………、………、……、」

 

 俺は〈獣性魔術〉の解けた少女を見下ろす。受け身など取らせず勢いよく叩きつけたので暫らく動けないだろう。あれだけ威勢の良かった少女は「お”お”ぁ”っ”」と悶えながらぷるぷる震えている。我ながら凄い音がしたがよく見ると地面に亀裂が走っている。やっぱりジュードーとカラテはサイキョーだな。習っておいてよかった。

 

「ゼロツー」

 

 ようやく鎮まった少女は「うーうー」言いながら今度は身体を丸めてぐるんぐるん転がり始める。「……ひどいよパパ」

 

「なにがだ」というかもう喋れるのか。

 

「手加減してくれてもいいのに」

 

「加減ならしている」むしろ加減しかしていない。もし全力でやったら今頃この訓練場は焼け野原になってるよ。「そういうお前はかなり本気だったろう」

 

「えー。そんなことないと思う」

 

「どうだか」

 

 嘘つきが此処にいる。体術オンリー時に比べると〈魔力放出〉に振り回され動きが雑になっていたのでタイミングを合わせるのはわりと容易だったが俺だって八つ裂きにされたくはない。

 

 俺はぷくーっと頬を膨らませている少女に手を貸す。

 

「俺じゃなけりゃ死人が出てるぞ」

 

「パパ以外にするわけないじゃん」

 

 ……このガキ俺が相手なら何してもいいと思ってるのか?

 

「はいはい。ごめんなさいでしたー」

 

 ゼロツーはまるで反省していない様子で起き上がると自力で脱臼した肩を嵌め直してから「そんなことよりさ」と言い出す。

 

「どうだった? ねえボク上手くなってたでしょ?」

 

 否定はしねえよ。

 

「でしょー? ボクって才能あるもんね」

 

 えっへへとゼロツーは年相応の笑顔を向けてきてこれだけ見るとまるで「普通」の女の子みたいだ。

 俺はため息を吐きながら油断しきっているゼロツーの額を軽く小突く。「あたっ。なにすんだ」指で弾く。「なんだよーっ」さあね。なんだろうね。

 

 ちらと見やると周りの子供たちの眼差しは凍え切っている。完全にどん引かれている。自業自得と言えばそうではあるものの正直居心地は好くない。

 ゼロツーは周囲の視線には気づかず――あるいはどうでもいいのか――抗議してくる。俺は警戒するゼロツーに手を伸ばしそっと頭を撫でる。ゼロツーはびみょうな顔になりながらも逃げようとしない。大人しく撫でられている。

 

「……意味わかんないんだけど」

 

「気にするな」

 

「ねえ今日はボクに会いに来たんだよね、パパ?」

 

「まあ、そうだな」

 

 本当はゼロツーにだけじゃないが。メインはそうだ。ともあれ俺は思考を切り替える。子供たちを見回す。

 

「訓練を始めるぞ」

 

「うんっ」

 

 ゼロツーの返事に遅れて子供たちの返事が返ってくる。まだ凍っているやつもいる。俺が指導者の真似事をするだなんて。まったく楽しい時間になりそうだよ本当に。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 





 ◇嘉納明博
 ・人類継続保障研究機構に所属する科学者。
 ・研究機関「ミストルティン」の現所長。
 ・穏やかな物腰でいつも微笑みを絶やさない。
 ◆出典:東京喰種.


 ◇木山春生
 ・元々は脳医学を専攻していたが「ミストルティン」に引き抜かれた経歴を持つ科学者。
 ・ナイスバディの根暗美人。
 ・ある出来事をきっかけに目の下から隈が消えなくなった。
 ◆出典:とある科学の超電磁砲.


 ◇ゼロツー
 ・人工魔術師(デミ・ウィザード)とは異なるアプローチで生み出された遺伝子操作体(デザイナーベビー)。「人工妖精化計画」における不完全ながらも希少な成功個体。
 ・体内に強力な魔力生成器官を持ち小源(オド)を用いた限定的な魔術を扱うことが出来る。
 ・角娘。
 ◆出典:ダーリン・イン・ザ・フランキス.



















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