ウルトラムチャクチャエクストラハイパーハードボイルド 作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ
8.
厳重なセキュリティをパスして実験棟の一つ「ミストルティン」の研究所に向かうとくたびれた白衣を着た女が俺を出迎える。
「忙しいのにすまないな」
木山春生と並びながら歩いていると「関係者以外立ち入り禁止」と注意書きされた部屋に辿り着く。中は風除室のような構造になっていてサングラスが端に置かれている。
俺たちがサングラスをかけて部屋を進むといきなり青白かったり赤黒かったりと
扉が閉まり地下に移動し始めるのと同時に俺は「ふう」と止めていた息を再開する。木山春生が俺を見ている。なんだよ? 木山春生は何も言わない。
到着し外に出ると空間が一気に広がり作業に従事する者たちの姿が飛び込んでくる。研究者たちが忙しく動き回っている。そこには普段は見かけない壮年の男がいて振り返る。
「おお木山君、ご苦労様。そしてユリウス君も、久しぶりだね」
ひとまず俺が会釈すると
正面の強化偏光ガラスの向こう側は
子供だ。一〇歳を超えるか超えないかくらいの男女(比率は偏っている)が
一対多数。しかし躊躇などない。どちらも素手だ。飛び掛かり殴りつけ回り込み蹴り飛ばそうとする。雄叫びを上げながら。肉体そのものが磨かれた武器である彼女たちは戦意を鋭く尖らせ敵の急所を抉り抜こうとしている。
だが桃色の髪の少女はすげなく振るわれた腕を掴むと近づこうとする別の相手に投げつけてしまう。
勢いよく吹き飛んだ少女が強化偏光ガラスに激突する。酷い音が響くが研究員たちの表情に変化はない。立ち上がれない少女に向ける眼差しは冷淡そのものでこの光景に慣れ切っているのが判る。退屈でさえあるのかもしれない。
「我々の実験にいつも協力してくれてありがとう。助かっているよ。ささ、始めてくれたまえ」
嘉納明博に朗らかに笑いかけられると俺は上着を預け
中から見渡すと外から見た以上に天井が高く感じられる。俺は倒れ伏している少女に目を向ける。頭の傷からは
本音を言うと俺は嘉納明博の“原作”を知る身としては彼の実験に関わるのは御免被りたい。しかし命令は上層部から発せられたものだ。嘉納明博は優秀な科学者でありその実験の協力を断るには相応の理由が必要となるが今のところ俺に害は確認されていない。だから俺は協力せざるを得ない。たとえどんなに胸糞が悪くとも。
「……あっ、
拳撃で跪かせところに顔面への回し蹴りで一人を沈めた桃色の少女は俺に気が付くと声を上げる。ほとんどの子供がぴたりと動くのを止めていたがうち一人はそのまま桃色の少女に飛び掛かり低い姿勢から拳を突き上げる。桃色の少女は振り向きざま相手の拳を
「そっか。今日はパパが相手してくれるんだ?」
しんと静まった
子供たちが距離を取り動けない者は引っ張って退避させてゆく。桃色の少女は広がった訓練場の空白地で深く――深く〃々息を吸い、俺が口を開くよりも先に
「【
雷鳴を伴い電光が空間を劈く。少女は俺の視線から射出方向を予期したらしく怯えることなく
暴風めいた風切り音。まともに受け止めれば腕が千切れ飛ぶであろう攻撃だ。なので俺は飛び退きながらイメージし「盾」を生み出す。告げるのは一瞬。一言でいい。
「【
直後に足元から凄まじい炎壁が立ち上る。ヘリオレイクの工場を囲っていた塀を幾らか上回るくらいの幅の障害物。加減しているとはいえ触れば火傷くらいじゃ済まない。さて相手はどうするかと思ったら壁の向こうから膨れ上がる魔力。
「
詠唱ですらない。獣のような裂帛の叫びが迸ると炎壁を
〈
「【
俺は地面に魔力を奔らせる。「……っ、」少女は距離を詰めようとしているが跳躍から脚が接地した瞬間に〈
突如として動かせなくなった自分の脚を見下ろす少女の表情が驚きに染まっている。何故なら太腿から指先までが地面と一体化するように霜に覆われ凍結していたからだ。
ちょっとやそっとじゃ外せないくらい凍り付いている。
ところが少女はまだ諦められないらしく俺を遮るように気合を吼える。何をする気だ? さっきよりも増大する魔力を噴き出しながら少女が俺を見て不敵に笑っている。ぴしぴしと悲鳴を上げ始める少女の脚の氷塊。おいおいおい。まさかね。
俺の予想は程なくして的中する。少女の脚を固定していた氷塊が内側から砕け散る。ぱらぱらと氷塊だけが破壊され少女自体はノーダメージでぴんぴんしている。
なるほど〈魔力放出〉の応用か。体内の膨大な魔力で氷塊の侵食を無理やり押し流したわけだ。少女が「どう?」と言わんばかりに俺を見てくる。
どう、じゃねえよ。俺はため息を返しながら【
ついに間合いに入られ「爪」が振り被られる。勝利を確信したような笑みを浮かべている。
だが。
俺は振り下ろされた
「―――!?」
少女は背中から落とされるや床に埋まる勢いで激突する。
「………、………、……、」
俺は〈獣性魔術〉の解けた少女を見下ろす。受け身など取らせず勢いよく叩きつけたので暫らく動けないだろう。あれだけ威勢の良かった少女は「お”お”ぁ”っ”」と悶えながらぷるぷる震えている。我ながら凄い音がしたがよく見ると地面に亀裂が走っている。やっぱりジュードーとカラテはサイキョーだな。習っておいてよかった。
「ゼロツー」
ようやく鎮まった少女は「うーうー」言いながら今度は身体を丸めてぐるんぐるん転がり始める。「……ひどいよパパ」
「なにがだ」というかもう喋れるのか。
「手加減してくれてもいいのに」
「加減ならしている」むしろ加減しかしていない。もし全力でやったら今頃この訓練場は焼け野原になってるよ。「そういうお前はかなり本気だったろう」
「えー。そんなことないと思う」
「どうだか」
嘘つきが此処にいる。体術オンリー時に比べると〈魔力放出〉に振り回され動きが雑になっていたのでタイミングを合わせるのはわりと容易だったが俺だって八つ裂きにされたくはない。
俺はぷくーっと頬を膨らませている少女に手を貸す。
「俺じゃなけりゃ死人が出てるぞ」
「パパ以外にするわけないじゃん」
……このガキ俺が相手なら何してもいいと思ってるのか?
「はいはい。ごめんなさいでしたー」
ゼロツーはまるで反省していない様子で起き上がると自力で脱臼した肩を嵌め直してから「そんなことよりさ」と言い出す。
「どうだった? ねえボク上手くなってたでしょ?」
否定はしねえよ。
「でしょー? ボクって才能あるもんね」
えっへへとゼロツーは年相応の笑顔を向けてきてこれだけ見るとまるで「普通」の女の子みたいだ。
俺はため息を吐きながら油断しきっているゼロツーの額を軽く小突く。「あたっ。なにすんだ」指で弾く。「なんだよーっ」さあね。なんだろうね。
ちらと見やると周りの子供たちの眼差しは凍え切っている。完全にどん引かれている。自業自得と言えばそうではあるものの正直居心地は好くない。
ゼロツーは周囲の視線には気づかず――あるいはどうでもいいのか――抗議してくる。俺は警戒するゼロツーに手を伸ばしそっと頭を撫でる。ゼロツーはびみょうな顔になりながらも逃げようとしない。大人しく撫でられている。
「……意味わかんないんだけど」
「気にするな」
「ねえ今日はボクに会いに来たんだよね、パパ?」
「まあ、そうだな」
本当はゼロツーにだけじゃないが。メインはそうだ。ともあれ俺は思考を切り替える。子供たちを見回す。
「訓練を始めるぞ」
「うんっ」
ゼロツーの返事に遅れて子供たちの返事が返ってくる。まだ凍っているやつもいる。俺が指導者の真似事をするだなんて。まったく楽しい時間になりそうだよ本当に。
◇嘉納明博
・人類継続保障研究機構に所属する科学者。
・研究機関「ミストルティン」の現所長。
・穏やかな物腰でいつも微笑みを絶やさない。
◆出典:東京喰種.
◇木山春生
・元々は脳医学を専攻していたが「ミストルティン」に引き抜かれた経歴を持つ科学者。
・ナイスバディの根暗美人。
・ある出来事をきっかけに目の下から隈が消えなくなった。
◆出典:とある科学の超電磁砲.
◇ゼロツー
・
・体内に強力な魔力生成器官を持ち
・角娘。
◆出典:ダーリン・イン・ザ・フランキス.