ウルトラムチャクチャエクストラハイパーハードボイルド 作:グリム・グリルグリン・グリーングリップ
◇
物心つく頃、世界は“白い部屋”だった。
暗くて冷たくて何もない場所。傷だらけの壁と逃げられないよう鎖された扉。
“白い部屋”の外には「痛み」があった。扉が開かれる/それが始まりの合図。“白い部屋”から連れ出されるたびに機械に繋がれ四肢を拘束され喉が涸れるほど「実験」が繰り返される。表皮を焼かれた。腕を斬り落とされた。穴を刳り貫かれた。電流を血管に注ぎ込まれた。
“白い部屋”の外には「苦しみ」が伴った。“白い部屋”のなかだけが安全で“白い部屋”のなかだけは静かで“白い部屋”にいる限り「痛み」はなく誰にも脅かされることはない――そうやって眠りにつきながら次の合図が起こる瞬間を恐れ続ける日々を送っていた。
いつまで「実験」が繰り返されるのかはわからない。いつまでも「実験」は繰り返されるのか。
逃げる場所など無い。どこへ逃げるというのか? “白い部屋”以外に安全な場所は無いというのに。
――「俺の言葉が分かるか」
その日も扉が開かれて。痛み/苦しみの合図。「実験」が始まると身構えて。
しかし常とは違うことが待ち受けていた。
――「初めましてだな。俺は……ユリウス。ユリウス・ベルキスク・ハーウェイ。プライマーだったり、
あらわれたのは普段とは違う
――「ただし君には、
初めて“彼”を目にした瞬間、なんで涙が溢れたのか。あとになって理解する。
――「おいどうしたんだ急に。なんで泣く?」
どこか痛いのか。そう言って膝をつき、こちらを覗き込む“彼”の声に、不思議な感覚が呼び起こされる。「痛み」でも「苦しみ」でもない、静けさでも恐怖でもない。
安堵――見つけた/見つけてくれたという喜び。
“まるで長い間はぐれていた子供がようやく親と巡り合えたみたいに”
――「俺の顔が怖いとか、か……?」
“彼”の手に触れ、そこに
――「接触実験と言われてるが、特に何をしろと指示されてるでもない。戦うわけにもいかないし、とりあえず……あまり得意じゃないが……話でもしようと思っている」
ここに座ってもいいかな、ゼロツー。そう言って不器用そうに“彼”が微笑んだあのときから、わたし/ボクの世界は色づき始めた。
――「実験を頑張っているそうだな。今日は絵本を持ってきた。どういうのが好きなのかわからなくて、適当に選んだんだが……」
“彼”の声。
――「オレ、じゃないだろう。わたし、だ。……違うそうじゃない。俺は、オ・レ。お前は、わ・た・し。言えるだろう? ――だめか。俺の影響か。ここの教育はどうなってるんだ……っていうのは今さらか。けど何で俺にそこを任せようとするんだ。流石にオレはないよな。俺の真似ばっかりしてるとなると、今のこの口調もまずいか?」
“彼”のにおい。
――「わたし、ぼく、……わたしか。うん? ボク? そうだ、いや違うが……ボクがいいのか。気に入ったのか、ボク? 子供が喜ぶものって本っ当にわかんねえ。オレよりもボクのほうがいいのか……ボクっ娘? どうなんだ。オレよりもましなのか? オレっ娘より、いや、わたしだよな……」
“彼”との時間。一緒の空間に存在しているという感覚。
――「……完全にボクで定着したんだな。まあ、それで落ち着くのなら俺は……もう文句はつけないが。けどだいぶ属性多くないか。やっぱり“原作持ち”……なんでもない。そうだ、博士が褒めていたぞ。記録を更新したんだってな。よくやってる。偉いな、ゼロツー」
“彼”に近づきたい。そのために努力した。褒めてもらうために。認めてもらいたくて。
「訓練を終了する。各自、しっかり身体を休めるように」
そして、今日も“彼”との時間が終わってしまう。
「ねえパパ。あのさ、このあとって――」
いつものように。でももしかすると断られるかもしれないと、少しでも嫌そうな顔を向けられたらどうしようと、不安と期待で声が上擦らないよう気を付けながら呼びかけると。
「……ああ。構わない、時間ならまだある。いいぞ、今日は何の本を読む?」
“彼”がこちらの心に気づいたように笑ってくれる。理解してくれている。そう思うたびに想いは強くなる。
――パパ。ゼロワン。
――ボク、はやくアナタみたいなヒトになりたいな。
9.
薄暗い玄関の扉を閉める。研究所での協力を終えた俺は自宅に帰ると鍵を閉め靴を脱ぐ。しんと静まり返った我が家。「ただいま」は言わない。上着をハンガーにかけ洗面所で顔を洗う。
誰の気配もないリビングに明かりをつける。ベランダ側の窓を開ける。風がひゅるりと入ってきてカーテンを揺らす。ポットのスイッチを入れると湯が沸くまでの間ソファーに腰を落ち着ける。皮張りのソファーが俺の尻を受け止めて沈み俺は深く〃々疲れと共に息を吐く。リラックスしてゆく交感神経。俺は真っ黒な一〇〇インチテレビのディスプレイを見やる。映像再生機器が滲むような赤色で点滅している。そういえば途中で飽きてしまい最後まで見ずにやめてしまったことを思い出す。大して面白くもない過剰にグロテスクなだけの映画だった。サメ映画は当たり外れが大きい。良かったのはヒロインの胸が馬鹿みたいにデカかったことくらいだ。もう見ることはないだろうな。今度ゼロツーと会った時はこの話をしようか。サメ映画を見たと。サメという生物が人間を襲いまくる映画だったと。ゼロツーは好奇心旺盛だから食いつくかもしれない。だが仮に見たいと言い出しても許可されるのだろうか? 難しい気がする。なんせサメ映画だし。「ミストルティン」のような研究施設でサメ映画を流す光景というのはかなり面白過ぎる。どうせ見せるのなら王道作品にしたほうがいいだろう。「ローマの休日」とか。オードリー・ヘップバーン。でも人によっては退屈に感じるかもしれない。ならジャンルを変えて「ダイ・ハード」はどうだろう? 「1」は間違いなく名作。アクションとしてもサスペンスとしても。少なくとも「未来世紀ブラジル」よりかは喜ばれるだろう。たぶん無理だろうけども。
「ミストルティン」は単なる研究所ではないし出入りする俺にもそこそこ厳しい制約が課されている。そもそも俺はゼロツーが何者なのかを詳しく知らされていないのだ。俺があそこに通うようになってからゼロツーが俺のことを急に「パパ」と呼び出した時はどれほどの衝撃だったことか。自発的に呼び出すのはありえないし誰かの入れ知恵に決まっている。「ミストルティン」の研究所には所長を筆頭に倫理観に問題のある変人が多いのだ。ゼロツーに直すよう言っても言うことを聞かないし前に意地でもそう呼び続けるつもりだと本人から(涙交じりに)宣言されているので俺はもう諦めてしまっている。ただ実際に血縁関係があるかというと俺にはそうは思えない。確かにゼロツーは〈魔力放出〉と〈獣性魔術〉を使うことが出来るが過去に俺の遺伝子を俺の許可なしで使って作られたクローンには俺のような
ゼロツーは何者なんだろうか。調べようとすれば調べられなくもないが不正アクセスの嫌疑を掛けられた時点で俺への信頼が崩れ去るのは想像に容易いため下手に動くことはできない。俺は俺の目的を遂げるまで周囲に「俺がハーウェイの忠実な犬である」と思わせておかなければならないのだ。とはいえ判らないことだらけだが一応「もしかしたら」という予感はある。メタ的な思考法になるが発想を変えてみる。木山春生や嘉納明博は“原作”持ちだ。そんな二人が揃って計画を進めている。この状況証拠から察するにゼロツーは
「―――」
湯が沸いたことを告げられて取り留めもない思考が途切れる。俺はレギュラーコーヒーを入れるとテレビをつけて
俺はテレビを点けっぱなしにして自室に入る。部屋の半分を占有する大サイズの自作PCが省電力モードで動いている。画像認証と指紋認証を解除してデスクトップ画面にすると常時ネットワーク上を走らせている監視プログラムの検索結果を表示する。
「殺生院祈荒」/――ヒットなし。
苛立ちはしない。見慣れ過ぎている。「真言立川詠天流」で検索してもヒットするのは一五世紀頃に滅んだとされる立川流の歴史的な概要や十数年前に日本の山奥で起こった「信者たちが殺し合い壊滅したカルト教団」の情報くらいだ。つまり普段と同じ。いつも通り手がかりになりそうな目新しい事件は落ちていない。諦観と焦燥が胸の裡に広がってゆく。いつになれば、と俺は思う。探し物はいつになれば見つかるんだ? このまま見つからないようだと
俺はベランダに出ると夕焼けを一瞥する。しゃがんでプランターを覗き込むと苦土石灰を混ぜた培養土の湿り具合を確かめる。エーデルワイスは高山植物だから多湿多熱に弱いので小まめに確認する必要がある。水はまだやらなくてもいい。昔はじゃっかん尖った形の白い部分が花弁だと思っていたが実はこれは苞葉で本物の花は中央の黄色い部分が正しい。俺は指先でつんつん葉の部分を触る。白い綿毛が皮膚を撫ぜ微かな香りが付着する。ほのかに甘いような気もするし柑橘系であるような気もするが気のせいかもしれないとも思う。綿毛が密生している様子から名付けられた学名は
元々これを育てていた
――「あら。そのお花、気に入ったの?」
ぼんやりと花を見つめているうちに俺は「殺生院祈荒」のことを忘れて今日会った“弟”の母親のことを思い出す。アリシア・ビスタリオ・ハーウェイ。レオナルドの今は亡き母親。レオナルドの地盤を固めるために身内から放たれた凶手に討たれた女性。自らを殺しに来た刺客相手にも最後まで微笑みを崩さなかった、優しくも芯のある強い人。
どうしてと考える。意味はないと知りながらも俺は考えてしまう。どうしてあの人は俺なんぞに花などくれたのだろう? もらったあとに気まぐれに調べて判ったエーデルワイスの花言葉はどれも俺には当てはまらない真っ当な祈りばかりだった。眩しすぎる。眩しすぎて目を逸らしたくなる。こんなものを送りつけるだなんて。やっぱりあなたは俺を呪っていたのかな、アリシアさま? そうだといい。もしそうだったならどれほどよかったことだろう。
“原作”の「俺」は頑なに“約束”を守ろうとしていた。それは呪いのように強力に「俺」を縛りつけていた。だから“約束”を守るために「俺」は死ぬことになった。いや「俺」は元々寿命が長くなかったから“約束”を守らなくてもいずれ死んでいただろう。だが「俺」は“約束”を守ることで死のうと思ったのだ。
エーデルワイスが揺れている。俺の内心など露とも知らずに。綿毛が抜けてふわふわそよいでいる。不意に思う――肚の底で普段は激しいものを封じ込めている蓋がかたかたと揺れる音――毟ってやろうか。この場で。今すぐ枯らしてやろうか、お前。葉に手が伸びかけた俺の身体は端末の呼び出し音が聞こえたところで止まる。指先が虚空を掴みそれ以上は進まない。
俺は立ち上がると端末を確認し溜息をつく。水を差された気がしながらもどこかで安堵している自分を無視しながら応答する。
「大尉」
「どうしたレイン」
「今から、お邪魔しても構いませんか?」
―――。
インターフォンが鳴る。
扉を開けるとレインが立っている。制服ではなく私服姿で手にはバッグとビニールを提げている。
「こんばんわ、大尉」
「……ああ」
俺が招き入れるとレインはリビングを一瞥し振り返る。「キッチンをお借りしても」「……ああ」彼女はビニールから食材を取り出すと髪を後ろで纏め手慣れた様子で調理に取り掛かる。
「何か手伝うか?」
「大尉は座っていてください」
包丁と野菜と俎板の触れ合う音がしている。換気扇が回り火をかけたフライパンの蓋がかたかた鳴っている。俺はキッチンに立つレインの後ろ姿をソファーに座りながらなんとなく眺める。冷蔵庫を開けて材料を探しているレインの表情は真剣そのものだ。美人だなと改めて思う。スタイルはいいし尻もでかい。料理も上手い。好い匂いが漂ってくる。
ガーリックチキンパスタ。スモークサーモンのマリネ。コンソメのスープ。カマンベールチーズ。盛られた皿をテーブルに並べると俺は白ワインの栓を抜く。グラスに注ぐと琥珀色のシェリー酒が滑らかに波打つ。
俺たちは互いに席に着くとグラスを触れ合わせる。
「変わったソースだな」
「どうですか?」
「よく出来てる」
「私の特製ソースなんです。前にカレンさんも気に入ってくれて」
「カレンが」
「はい」
黙々と箸を進める。会話はあまり続かない。テレビは消音のままだ。コメディアンが会場を沸かせている。
「なんで、来たんだ?」
「ご迷惑でしたか」
「いいや」
「……一人で食べる気になれなくて」
沈黙。食器と金属の擦れる音。
「大尉」
レインが手を止めてこちらを見る。
「なんだ」
「すみませんでした」
「―――、」
「私の分析が甘かったせいで」
「それは違う」遮るように言う。「あの段階では誰にも予測できなかった」
「ですがっ」
「お前のせいじゃない」
言い聞かせるように呟く。
「お前は悪くない。悪いのはレジスタンスだ。少尉たちを殺したのは、あいつらだ。お前のせいで死んだわけじゃない」
唇を噛んでいる。レインは優秀な分析官だ。特殊部隊員の作戦に関わった経験は何度もあるはずだ。しかしカレンたちとは同僚の垣根を超えて親しくしていた。そんな味方が自分の関わった作戦で死んだのは初めてなのかもしれない。
「俺を恨んでもいい」
はっとレインが顔を上げる。
「ビルが崩壊したとき、二人は瓦礫に埋もれていた。二人の
「……できません。大尉を恨むことなんて」
俺はレインのように悲しむことはできない。怒りはある。悲しみも。当然だ。俺たちは昨日まで同じ部隊の仲間だった。同じ訓練に励み同じ任務を遂行し同じ時間を過ごしてきた。信頼していたし絆もあったはずだ。だが。それなのにレインの感情と比べると俺が抱くべき怒りや悲しみは昨日よりも確実に薄まってしまっている。俺はいずれ二人を「かつて死んだ同僚」の記憶として分類し気にも留めなくなるだろう。忘れるわけじゃない。ただ
「……そうか」
だからといってこのままレインを放っておくという選択肢はない。軍人専用のセラピーを受けるよう勧める空気ではないし何より俺自身が彼女をなんとかしてやりたいと思う。メンタルケアは得意じゃないがレインはわざわざ俺を訪ねてきたのだから。
「カレンさんにも、ジェシーさんにも。私は何度も助けられました。だから私も助けたいと思っていました。助けられると、自信も持っていました。だけど……」
「そうだな」
もう二人はいない。それでも。
「次に生かすしかない。お前にはまだ次がある」
レインは答えない。納得して簡単に呑み込めることでもない。ならせめて、と思う。
「レイン」
名前を呼ぶ。目を赤くしながらも泣くことを耐えている彼女の名を。静かに。
「あいつらのことを、覚えていてやってくれ。あんなやつらがいたってことを。俺だけが覚えているよりも、あいつらもきっと、そのほうが喜ぶだろうから」
俯き加減に頷かれる。鼻をすすり目元を拭っている。
俺たちは食事を続ける。
窓の外は暗くなっている。
「……今日は泊まっていくか?」
レイン相手にハニートラップの警戒は必要ない。誰かを家に泊めるなど滅多にないが俺も死んだ二人のことをもう少し話していたいと思う。やがて彼女たちが俺のなかから薄れてしまうのだとしても。今日このときくらいは。
「……はい」
俺たちは遅くまで語り明かし、翌日には当然のように同じベッドの上で目を覚ます。
【白い部屋】
俺は“夢”を見ているが朝になれば“夢”の出来事の大部分を忘れてしまう。
俺が座っている場所は何処かの部屋のなかで何処からか陽射しを感じるが窓はなく天井は真っ白で世界は袋小路になっている。
俺の目の前に「花」が咲いている。
床や壁を埋め尽くすように場所を問わず咲き誇っている。「花」の名前は――そうだ思い出す――「フロワロ」だ。
しかし部屋の中央には見上げるほどより大きな「花」が鎮座している。
その「フロワロ」は花弁が外側に開き切り脚か根のように大地を踏むことで全体を支えている。花弁よりも巨きな結晶が「フロワロ」から空へ向かって柱のように突き出していて結晶の根元辺りからは青い「めしべ」と「おしべ」が生えている。「めしべ」と「おしべ」はまるで触手のように揺れながら先端が紫色の宝石じみた硬質の見た目に変質している。
結晶の中心には捻じれた二本の槍の穂先のような「二重螺旋」が突き刺さっている。反対側の本来ならば持ち手に当たる部分は鳥の翼を広げたような形になっており真ん中には水晶体が浮遊していて、“それ”は捉えようによっては「角」を模しているように見えなくもない。
「■■■■■■■、■■■■■■■■■■■」
張り裂けんばかりの音――何処からそれが発せられているのか辿るまでも無く俺は気づいているし知っている。
「■■■■、■■■■■■■■■■■■■。■■、■■■楽■■■■■■■☆」
「フロワロ」だ。俺に話しかけている。あまりにも巨大でお喋りな「花」が。
「■■■喰■■我■■■■■■■■■■VF■」
「■■覚醒■■■■■■■■■■■■■■■■」
「魔■■薩。■■■■■■■■■■■■■■■■、■■■較■■■■■■化■■■■■■■■■■■、■■■■■」
俺は縛り付けられている。全身は二重螺旋構造の鎖に締め付けられているため身動き取れない。
抗議しようにも声が出せないため一方的にお喋りを聞かされるしかない。「フロワロ」はずっと喋り続けている。やれやれだ。会話する気あるのかこいつ? 声が出せるのなら今すぐにでも「黙れ」と言ってやりたい。
というより、と俺はこの巨大な「フロワロ」の“夢”を見るたびに疑問に思う。
――なんか前より大きくなってないか、お前?
「■■考■■■■■■■■■同■■。■■■■■■■■■」
俺はその疑問も「花」の会話内容も目が覚めたときには忘れてしまっている。
「おはようございます、大尉」
「……ああ」
“夢”から覚めた俺の目の前にレインの顔がある。
「………、」
「なんだ?」
「いいえ。……なんでもありません」
ならなんで君はそんなに嬉しそうに笑ってるんだ?
◆
同じ目の高さで横に並んでいると不思議な気分が込み上げてくる。
あどけない寝顔。彼の顔がこんなにすぐ近くにあるだなんて。
双眸を閉ざしている彼は、今だけは常の険しさを下ろしている。ように見える。
吐息。ゆっくりと呼吸を巡らせる彼の生理反応。
顔を近づけてみるとわかる。――まつ毛、女の人みたいに長い。顔も小さくて。
無防備な格好。隙だらけの姿。でもしっかりとした身体つき。背中とか、鎖骨とか。手を伸ばせば触れられる。肌に。……ふれる、だけじゃない。昨日なんて、触れ合うよりももっと激しいことをしたのだから。
蘇る熱。混じ入る感覚。重ねた声。最初からそうだったわけじゃない。でも途中から期待していたと思う。そうなるかもしれないと。いざそうなったときには恥しくないようにちゃんとしなくちゃと。――できたの、ちゃんと?
痛みはない。疵は残っている。消えない疵の痛みは、けれど癒す方法があるらしい。現金だなと思う。薄情だとも。喪失によって空いた空白は、代わりなどないと思っていたはずなのに、呆気なく別のもので少し埋めてしまえたのだから。
彼がものすごく上手なのか、それとも単に自分がチョロいだけなのか。だとしても、平気になるにはもう少し時間がかかる。どちらの意味でも。
彼が身じろぎする。布団のなかで、もぞもぞ。寝言? よく聞き取れない。寝言を呟く彼。とっても
願ってしまう。強欲にも。――ああ、この
「………、」
薄っすらと目蓋が開かれる。“夢”の終わり。
私は彼に微笑む。
「――おはようございます、大尉」
友人を失くしたけれど、私はまだ生きている。
生きて、戦うことができる。
「なんだ?」
「いいえ。……なんでもありません」
――ユリウス。今このときだけは、私だけのあなた。
かつて、悪い魔術師たちにさらわれた私をあなたが助け出してくれたように。
今度は、私が助けます。
たとえあなたが“秘密”を抱えていたとしても。あなたの力になってみせるから。
「大尉。お願いがあるんです」
ずっと前から考えていた私の「お願い」を聞いて、彼を顔をしかめたけれど。
「敵討ちをしたいのか」
「いいえ。私は、役に立ちたいんです」
彼は口を閉ざし、それから「俺の一存で決められることじゃない」としつつも、最終的には認めてくれた。
「必ずお役に立ちますから」
「……ああ」
「そんな顔をしないでください。ユリウス」
私は彼に悲しんで欲しくなくて。
今度は、自分から唇を重ねる。
返される舌の動きを感じようとして、私はそっと目蓋を閉じる。
/end
◇
会議室には
俺/――ユリウス。
クリスカ・ビャーチェノワ。
新入りの
そして、同じく新入りである
Q分隊のボスであるランドッグ大佐とその隣に座る情報部の数人がスクリーンに映像を流しながら話し始める。
「二週間前、私たちは北インド第八警戒エリアにおいて闇
スクリーンに映し出される「対象」の情報。
「彼女の名前は
フフーフ。
俺は白髪碧眼で癖のある笑い方をしそうな女の写真を見ながらため息をつく。今の俺の気持ちを理解できる人間などこの地球上に誰一人としていないだろうと断言できる。おいおいおいおいおいおいおいおいおいおい。なあなあなあなあなあなあなあなあなあなあ――
こいつ、
◇
・旧時計塔地下「霊墓アルビオン」から発見されたDFVウイルスを人工的に感染させることで肉体強化及び魔術回路の性能向上を図った
・西欧財閥の「闇」の一つであり、一般には存在を認知されていない。
◆独自設定.
◇ユリウス(偽)
・
・かつて“ドラゴン”と死闘を繰り広げたこの世ならざる
・その正体は転生者だが、その知識は前世における2015年12月31日までの情報に限られている。
◆出典:Fate/EXTRA / セブンスドラゴンIII code:VFD / 独自設定.
◇エーデルワイス
・サウンド・オブ・ミュージックの劇中歌。
・高山植物。多湿多熱の環境に弱い。
・花言葉は「高潔」「勇気」「思い出」。
next/
How Do I Survive ?