ありふれた職業と月香の狩人   作:黎殲神 祟

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誤字脱字報告アザス、めっちゃ助かりますわ、今回は戦闘入ります、メルドと狩人の手合わせや八重樫雫との手合わせも入れさせて貰いました、ベヒモス戦から大迷宮から出る迄を書かせて貰ったんですがね……約40000文字に行ってしまったので気長に、ゆっくりと読んで貰えると幸いです、申し訳ない


二話:鍛錬と大迷宮の動乱、裏切り

狩人がハジメの置かれている状況をある程度理解し、問題が起こったステータス開示の日から2週間が経過した。

現在、狩人はメルドの対面に立ち、ルドウイークの聖剣、その変形前である銀の美しい直剣を構えている、こうなったのは何故であるか、其れは数分前へと遡る彼が騎士団員の物を呼び止めて軽く手合わせと言う名の流しをしていた所、その身の熟しが偶然メルドの目に留まり、手合わせをする運びとなったのである。そして現在、朝早くから自主練していた八重樫雫や坂上龍太郎、白崎香織や天之河光輝など数名の学徒達が見物に集まっていた。

そして今、静かに狩人とメルドが睨み合い、総報酬相手の出方を窺う形で膠着している。其れから数秒が経過し、徐に狩人が自然体で歩き始める、だがメルドは動けずに居た、メルドと此処に居る中では唯一八重樫雫の二人だけは自然体で歩いているだけの狩人に一分の隙も無いことを察していたのである、だが、相手が進んでいる以上、メルドは選択を迫られる、後手に回ればそのまま攻め切られ、敗れるで在ろう事は容易く分かる、否、分かってしまった。故にメルドには選択肢など無く、間合いに入った瞬間に全力でその手に握る刃を袈裟懸けに振るい、狩人の肩に当たるかと思われた瞬間、狩人は“前ステップを踏み、刃をすり抜け背後へと回った”。そしてステップの勢いを利用し、“直剣を鞘へ収めて結合させ、大刃の剣腹で”メルドの左側面に強かに打ち付け、吹き飛ばした。二度にも及ぶ驚愕による硬直によって直撃を受け、数度跳ねながら転がって立ち上がる。

 

「ぐぁっ…!?」

「貴公、未だやれるか?」

「あ、あぁ、何処からでも来い!」

 

メルドの自らを叱咤するような言葉と共に狩人の姿が“掻き消えた”。メルドは本日三度目となる驚愕に目を見開いた、だが経験故か、高速で視線を周囲に巡らせ、視界に黒い影が止まり、反転の勢いを利用し大刃を横凪ぎに振るわれる、辛うじて自らの刃を大刃と己の間に滑り込ませたメルドだが、破壊的な迄の狩人の膂力により容易く吹き飛ばされてしまう。

 

「はぁっ、はぁっ……何てパワーしてやがるっ!」

「貴公、未だ立つのは結構だが、これ以上は貴公の業務にも差し支えるかも知れんぞ?」

「気遣いは助かるが、こっちもこっちで手合わせを申し込んだ手前、たったの2発で負ける訳には行かないんだ、だからもう少し付き合って貰うぞ!」

 

そう言ってメルドは猛然と狩人に向けて走り出し、逆袈裟斬りを放つ、すると狩人は先程と同じ様に武器を握る右方向への前ステップを踏み、メルドの背後へと回った。だが先程と違う点はメルドは反転し、その勢いのまま横凪の一閃を放った、だが、メルドが反転する瞬間、狩人はメルドの死角から背を追う様にステップを踏み、反転の勢いを利用し大剣を背に負いながら鞘と直剣を分離させてそのまま袈裟懸けに振り下ろし、メルドの肩に当たるギリギリの所で止められていた。

 

「勝負ありだ、メルド殿」

「まさか一太刀も浴びせられずに負けるとは思ってもみなかったぞ……」

「フフッ、貴公の剣の冴えも中々な物だったぞ、して貴公、少しじっとしていて貰おうか」

「何をするつもりだ?」

「“治療”だよ」

 

そう言って狩人は鐘を懐から取り出し、美しき音色を響かせるとメルドの身体から痛みと傷がみるみるうちに消えていき、無傷となる

 

「何だこれは……凄いなあれだけの傷と痛みがこんなにも容易く消えるとは……どう言った魔法を使ったんだ?詠唱も聞こえなかったが……」

「今のは秘儀と言って水銀弾を一定数消費することで発動する魔法に限りなく近い存在だが、恐らく其れよりも上位の代物だろう、私は使えないが深宇宙と交信する事が出来る代物も存在するからな」

「そうなのか……魔力消費は無くても媒体は必要になる訳か……美味しい話って言うのは先ず何処にも無いって事だな」

「そうだな、そんな物があったのならば何も呪いと怨嗟に満ちた世界なぞ存在しないだろう」

「そうだな……さて、俺は他にやるべき事があるから行くぞ、そろそろ仕事をしないと又副団長に文句言われるかも知れないからな」

「あぁ」

 

そんな会話を切り上げ、メルドは仕事へ向かった、狩人はメルドにに一つ謝罪しながら実験の成果を噛み締める。

 

彼には悪いが、秘儀を使う実験は成功したと言って良い、技能欄に秘儀が存在していた時点で予測は出来ていたが、実際に使ってみなければ分からない、故に今回は“狩人の遺骨”と“星歌の鐘”を使わせて貰った、これは十分な成果だろう、そして“ヤーナムステップ”、やはりと言うべきか此方もこの世界でしっかりと機能した、この力には私も大いに助けられたものだ。

 

そんな思案をしていると八重樫雫から声が掛けられた。

 

 

「貴方……狩人さんって言うのよね……?」

「む?そうだが……何かあったのかね?」

「いえ、少し、頼みがあって……良いかしら」

「構わんが、何をするのかね?」

「メルドさんとの手合わせの直後で悪いのだけれど……私とも手合わせ願えないかしら」

「ふむ……それくらいなら構わんよ、貴公は中々勘が鋭い様だったからな、私の事にも気付いていた様だし、貴公を見込んで相手をしよう、貴公の刃が躊躇いの無い鋭き刃である事を願うとしよう」

 

そう言って狩人は少し雫から離れ、ルドウイークの聖剣を“何も無いはずの場所に仕舞い込み、またしても何も無いはずの場所から千景を取り出し”、腰に刷き、静かに抜刀する

 

「貴公は本来刀を使うのだろう?ならば此方もこの、千景で相手をしよう、手を抜く、其れについては疑わなくて良い、千景を技量に重点を置かれた刀を用いていても実力は十分に発揮出来る」

「なら安心したわ、私も全力で行かせて貰うから、覚悟してちょうだい」

「雫!気ィ張れよ!!」

「負けるなよ!雫!!」

「なんとも、天之河光輝は実に……自分に甘い眼をしている……酔っていると言っても過言では無い程にな」

「其れには同意するしかないけど……彼は昔からそう言う人なのよ……」

 

何処か諦めた様に言い、雫は刀とシャムシールの中間の様な剣を抜く。

 

「刀とは使い勝手が少し違う類いの武器か、刀が無い世界は難儀なものだな、この手合わせで是非とも使いこなせる様になれれば良いが」

「そうね、そうさせて貰うわ」

 

そう言って二人共構えるが、二人の構えは相反する物であった、狩人は千景を自然体で構える柳の構えを、雫は剣を正眼に構える。そして雫は、姿勢を低くして全速力で狩人へと急迫し、鋭く速い左下からの逆袈裟斬りを放った。だが狩人は再びメルドの時と同じ様に自ら雫の攻撃方向へと前ステップを踏み、躱してみせる、だが雫とて、先程の手合わせで其れを学んでいない訳では無い、そのまま反転し、唐竹割りを放つ、だが、狩人は雫が反転する直前にバックステップを踏み、雫の間合いスレスレまで退避し、居合いの構えを取っていた。

先程とは全く違うやり方、それに対して驚愕に目を見開く雫だが、狩人から振るわれる雫よりも圧倒的に鋭く速い居合いを紙一重で躱し、冷や汗を流す。

 

「貴公、良い判断だな、此所で防御を選んでいたら押し負けていた事だろう」

「大剣では無いとは言え、メルド団長との手合わせを見てたらね……」

「其れもそうだな、では今度は私から行くとしよう」

 

そう言って狩人は、静かに地面を蹴り、狩人の遺骨を使っては居ないまでも恐ろしい程の速度でサイドステップも交えながら疾駆する。

疾い、其れが雫の感想であった、更には高速での左右移動により狩人が三人居るように見える、其程までの速度に驚愕し、目を剝いた。だが驚愕に身を硬直させている様な余裕なぞ無い、狩人が既に視界の右端で身を翻し、刀を振るう直前であったからである、咄嗟に後ろへ飛び退くと、直前まで雫が居た場所を刃が通り過ぎた、美しくも恐ろしいその剣閃に息を呑むが、直ぐに警戒し反撃に出ようとするが、突如狩人の姿が掻き消え、其れを知覚する頃には立ったの3メートル程度の差なぞ遺骨により加速した狩人の前では無意味な物で、既に首筋に美しくも恐ろしく複雑な刃文を持つ刃が突き付けられていた。

 

「良い太刀筋だが、未だ未だ未熟だ、だが貴公は未だ高みへと至ることが出来るだろう」

「えっと……有難う、分かっては居たけど凄い技術ね、何処で身につけたの?」

「いずれ話すさ、其れまでは教えられないが、土地の名だけは言っておこう、“ヤーナム”で、だ」

「なら、あの攻撃を透過する様なステップは何なのかしら?」

「其れについては隠す理由もないが、真似はしない方が身の為だ、“ヤーナムステップ”と言う狩人にしか使えん“狩人の業”だからな」

「そうなのね……とは言え自分から相手の攻撃に突っ込むなんて言う勇気は無いわ、有難う」

「聞かれた事に答えたまでだ、礼には及ばんよ」

「そうね、じゃあ私は訓練に戻るわ」

「そうすると良い、私も少し訓練場を散策するとしよう、では、又後で会おう」

 

狩人は始から気付いていたことだが、あれだけのギャラリーが集まった中、此所2週間サボりきりだった檜山達の姿が無かったのだ、恐らくその辺で油を売っているのだろう、取り敢えずは彼等を探し出し、訓練に参加するよう言い渡すとしよう。そう思い、移動しようと一歩踏み出した時、ハジメの逼迫した声が聞こえ、身を翻して訓練場の入口へと全速力で走り始めた。幸い、此所は入口からそこまで離れては居ない、直ぐに辿り着くだろう。

そうしてハジメの元へと辿り着いたとき、丁度ハジメを集団で攻撃する檜山達が見えた。

 

「ほら、なに寝てんだよ?焦げるぞ~。此所に焼撃を望む、“火球”」

 

中野が火球を放った瞬間、狩人は名にも筈の場所に右腕を突っ込み、“槌鉾”を掴み取り、中野へと急迫し、脇腹へと強烈な打撃を叩き込み、建物の壁へと強かに叩き付け、ハジメの前に立つ。

 

「な、中野!?テメェ!!中野に何しやがった!」

「少し眠って貰っただけだよ、それに対して何の問題が在るというのかね?そんな事よりも貴様等はハジメに何をしていた?」

「何って、そりゃあ見て分かるっしょ、ハジメに訓練付けてやってたんだよ、おっさん」

「ほぉ?訓練だと?私の目にはこの2週間録に訓練にも参加せず自堕落にしていた愚か者共が一人自らに合った訓練を行っていた者を集団で痛め付けていただけの様に見えたが?」

「そ、そんな事ねぇよ、なぁ!南雲!」

「獣風情が……口を開くな……反吐が出る」

 

明確にその双眸に殺意を宿した狩人が凶悪なフォルムの槌鉾を握る手に力を入れると檜山達が必死に弁明しようとする。

 

「まっ、待ってくれ!!本当に俺は戦闘訓練全然顔を出さなかった南雲に訓練を付けてやろうと思って!!」

「既に聞く耳は持たん」

「チッ…!!此所に風撃を望む、“風球”!」

「此所に風撃を望む、“風球”!」

「くそったれ!!」

 

檜山と斎藤が風属性の初級魔法を放ち、近藤が抜き身の剣で猛然と突っ込んでくる。

其れを狩人が全て前ステップを踏み、全ての攻撃を“通り抜けるように”躱す、その勢いのまま狩人は反転し、槌鉾での強烈な打撃を近藤の腹に叩き込んで意識を刈り取り、そのまま斎藤の元へと疾駆し、勢いのまま斎藤の腹を打ち据えた。

 

「ヒッ、化け物!?」

「獣風情が人を化け物呼ばわりとは……随分と態度が大きいじゃあないか、だが、死にはしないから安心して眠り給え」

 

狩人は槌鉾で檜山の足を掬い上げて俯せにし、その背を強く打ち据え、全員の意識を刈り取った。そしてハジメの元へ向かい、立ち上がらせる。

 

「大丈夫か?ハジメ、久し振りに戦闘訓練に出て来て襲われるとは、災難だったな、とは言え知恵や自らの戦闘に於ける立ち回りを得たからこそ、この場に来たのだろう?知識の方はもう少し時間を掛けねばならんだろうが」

「ありがとうございます。確かに、僕の戦闘スタイルはある程度想定は出来てるんですけど、実際にやってみなきゃ分からないので来てみたんだけど……まさか檜山達に絡まれるとは思ってなかったよ……知識の方はもう少し身に着けたいのは事実だね」

「だが大事には至らず安心したよ、後、心配はせずとも彼等は死んではいない、軽く殴っただけだからな」

「あはは……」

 

そう言った会話をしている内に一人の少女の声が聞こえ、ハジメに肩を貸しながら其方に視線を向けると天之河光輝達が走ってくるのが見えた。

 

「南雲君!?」

「貴公等、先程訓練に戻ったばかりでは?」

「訓練に戻ろうと思ったんだけど、その時檜山君達の叫び声が聞こえてこっちに来てみたのだけれど……どう言う状況なのかしら?」

「其れについてはハジメに言わせるのは酷だろう、私の方から説明させて貰おう」

「お願いできるかしら」

「心得た、丁度貴公との手合わせを終えて後、檜山達が居ない事が気になって捜索しようと場所をしあんしていた所此所からハジメの呻き声が聞こえてな、其処に駆けつけてみればハジメが檜山達に集団暴行を受けていた所に出くわしてね、止めるために少し彼等と戦闘になっただけだ、結果は火を見るより明らかだがね、おっと、白崎殿、ハジメの治療を頼めるか?此方は三度も高コストな秘儀を用いて水銀弾の残量が心許なくてね」

「分かりました!任せて下さい!」

 

説明しながらハジメを座らせ、白崎香織に治療を任せると再び八重樫雫に向き直る。

 

「とは言え、随分とやったようね、三人共結構出血しているみたいよ?」

「其れについては問題無い、これで軽く殴っただけだ」

 

そう言って狩人は槌鉾を見せる

 

「まさか、これで腹部を殴ったの!?いくら何でもやり過ぎよ」

「この程度で死にはせんよ、骨は逝っているだろうが少しすれば治るさ」

「貴方ねぇ……」

 

呆れた様に首を振り、確かにハジメの現状を見れば十分なお灸のようにも見え、仕方なく引き下がった、だが、天之河光輝は違い、的外れな義憤で狩人に突っかかった。

 

「彼等も南雲の為を思って稽古を付けていた可能性だって在ったじゃ無いか!何もこんなにする必要は無いと思うぞ!」

「貴公、勘違いしているようだが私は一撃で沈めている、その結果がこれなのならば過剰でも何でも無く、妥当だと思うがね?」

「それでもっ!明らかに人に振るう力じゃないじゃ無いか!彼等も仲間なんだ!もっと穏便に済ませる手段も在った筈だぞ!」

「十分穏便だ、其れに、私にはどうも彼等を、特に彼等を仲間として見る事は出来ない」

 

狩人は檜山を指し、そう言う、其れにより光輝の怒りが増し、更に喰って掛かろうとするが、狩人の言葉に光輝は絶句する。

 

「彼は“今は仲間なのだろう”だがな、彼には“獣の兆し”がある、いずれ自らの欲望に忠実な獣へと成り下がる、その時、貴公は檜山に引導を渡してやれるのか?哀れにも獣となってしまった“人であった者”を、死を以て導いてやれるのか?寧ろ今のうちに始末して“人として”死なせてやることこそ、大切なのではないか?」

「なっ……!?何を言ってるんだ……俺には分からない……」

「貴公もいずれ分かる、否、分からされるだろう、この残酷で穢れた世界によってな、人は総じて己の内に獣性を宿す者なのだよ、そして彼は既に自らの獣性に振り回されている、直に彼は獣へと堕ちるのだ、もしそうなった時、私は彼を殺すだろう」

「なっ……!?仲間を殺すなんて間違ってる!」

「貴公の気持ちも分からなくはないが、貴公等が控えているのは戦争だ、そうなった時、獣へと堕ちた者を仲間として置いておけば必ず悲劇を招く、その位、貴公でも想像出来るであろう、最早貴公等は子供では居られないのだ」

「っ……!」

「白崎殿も、怒りを抑え給え、彼等には既に私から灸を据えてある」

「でも……」

「貴公も最早子供ではないのだ、人を恨む前に前を向き給え、怨嗟は呪いしか生まぬのだから」

「分かりました……」

「其れで良い」

 

そして狩人は光輝達に訓練に戻るよう促し、一応ハジメを医務室へと連れて行く

 

「わざわざ有難う御座います狩人さん」

「礼には及ばんよ、ほぼ全快していたとは言え今日の所は部屋で安静にしていた方が良い、私もやる事をやらねばならないからな」

「分かりました」

「では、又会おう」

 

挨拶を交わし、狩人達は別れ、狩人は時間を潰すために城内を探索する事にした。

 

そして暫く後に雫から、明日、オルクス大迷宮へ行くという話を聞いたのは又別の話と言えるだろう。

≪≪♢♢♢≫≫

 

丁度狩人が城内を探索し始めた頃檜山達は医務室で目を覚ました。

 

「クソッ、何なんだあの野郎、ふざけやがって!何で俺があんな目に遭わなきゃならねぇんだ!」

 

今、檜山が思い出していたのは狩人の冥く、そして底冷えするような殺意の籠もった瞳である、あの汚物を見るような目を思い出して檜山は一度震え上がる。そして又悪態を吐き始めるのであった。

 

「黒ずくめ野郎が、見下しやがって…絶対に許さねぇ……クソが……」

 

本人の居ない所で悪態を吐くその様は正に小物と言うに相応しいだろう。だが、その眼は黒く淀み、正に獣と形容するに相応しい有様であった。この様を狩人が見ていれば、直ぐにでも回転鋸で摺り下ろされ、最早誰かも分からない有様で死んでいた事だろう。だが、今はその凶相を知るものは、パーテーションで隔たれた部屋の中で、知るものは誰も居ないだろう、そう、其れが例え本人である檜山であったとしても。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

【オルクス大迷宮】

其れは、全百階層からなると言われる大迷宮である。七大迷宮の一つで、階層が深くなるにつれて強力な魔物が出現する様になる。にも拘わらず、この迷宮は冒険者や傭兵、新兵の訓練に非常に人気がある。それは、階層により魔物の強さを測り易いからと言う事と、出現する魔物が地上の魔物に比べ、遙かに上質な魔石を体内に抱えているからだ。

魔石とは、魔物を魔物たらしめる力の核であると言う。強力な魔物ほど良質で大きな魔石を備えており、この魔石は魔方陣を作成する際の原料となる。魔方陣はただ描くだけでも発動するが、魔石を粉末にし、刻み込むなり染料として使うなりした場合と比較すると、その効果は三分の一程度まで減衰する。

要するに魔石を使う方が魔力の通りが良く効率的だと言う事だ。その他にも、日常生活用の魔法具等には魔石が原動力として使われる。魔石は軍事関係だけで無く、日常生活にも必要な大変需要の高い品なのである。

因みに、良質な魔石を持つ魔物程強力な固有魔法を使う。固有魔法とは、魔力はあっても詠唱や魔方陣を使えないため、多彩な魔法を使えない魔物が使う唯一の魔法である。1種類しか使えない代わりに詠唱も魔方陣も無しに放つ事が出来る。魔法が油断ならない最大の理由に当たる物である。

狩人達は、メルド率いる騎士団複数名と共に、【オルクス大迷宮】へ挑戦する冒険者達の為の宿場町【ホルアド】に到着した。新兵訓練によく利用する様で王国直営の宿屋があり、そこに泊まる。狩人はハジメと同じ部屋であり、久々に普通の部屋を見たハジメがベッドにダイブし、「ふぅ~」と気を緩めるのを微笑ましく眺める。

明日からは早速迷宮に挑戦することになっている。今回は最大でも二十階層までらしく、ハジメの様に非常に弱い者でも十分にカバーできるとメルドからハジメは直々に教えられ、卑屈になっていたのは又別の話である。

そしてハジメが明日に備えて眠りに就こうとした頃には既に、狩人は狩人の夢に自らの肉体と共に入り、原理は分からないがヤーナムに入ることは確認出来たが、やはりと言うべきか、ガスコインや聖職者の獣等の強敵は見受けられず、単純に水銀弾と輸血液を回収するマラソンに勤しむ事にしたのは別の話であり、狩人は当日の夜が終わるまで、血の遺志と輸血液、水銀弾マラソンを続ける事となる。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

明日に備えて眠りに就こうとハジメが、ウトウトと微睡み始めたその時、睡眠を邪魔する様に扉をノックする音が響いた。少し速いと言っても、其れは日本で徹夜が日常であるハジメにしてはと言う事で、トータスに於いては十分に深夜にあたる時間である。怪しげな深夜の訪問者に、すわっ、檜山達かっ!とハジメは緊張を表情に浮かべる。

しかし、その心配は続く声で杞憂に終わった。

 

「南雲君、起きてる?白崎です。ちょっと、良いかな?」

 

何ですと?と一瞬硬直するも、ハジメは慌てて扉へ向かう。そして、鍵を外して扉を開けると、其処には純白のネグリジェにカーディガンを羽織っただけの香織が立っていた。

 

「……なんでやねん」

「えっ?」

 

ある意味、衝撃的な光景に思わず関西弁でツッコミを入れてしまうハジメ。よく聞こえなかったのか香織はキョトンとしている。

ハジメは、慌てて気を取り直すと、なるべく香織を見ない様に用件を聞く。幾らリアルに対する興味が薄いとは言え、ハジメも立派な思春期男児である。今の香織の格好は些か刺激が強過ぎる。

 

「あ~いや、何でも無いよ。えっと、如何したのかな?何か連絡事項でも?」

「ううん、その、少し南雲君と話したくて……やっぱり迷惑だったかな?」

「………どうぞ」

 

最も有り得そうな用件を予想して訪ねるが、香織はあっさり否定し、弾丸を撃ち込んで来る。更には上目遣いという炸薬付である。思春期男児であるハジメには致命の一撃である!気が付けば扉を開け部屋の中に招き入れて居た。

 

「うん!」

 

香織は何の警戒心も無く嬉しそうに部屋に入り、窓際のテーブルセットに座った。

若干混乱しながらも、ハジメは無意識に茶を準備する。茶と言ってもただ水差しに入れたティーバッグの様な物から抽出した水出しの紅茶擬きである。香織と自分の分を用意して香織に差し出す。そして、向かいの席に座った。

 

「有難う」

 

やはり嬉しそうに紅茶擬きを受け取り口を付ける香織。窓から月明かりが差し込み、純白の彼女を照らす。黒髪にはエンジェルリングが浮かび、まるで本物の天使の様だ。ハジメは欲情することも無く純粋に神秘に彩られた香織に見蕩れた。香織がカップを置く「カチャリ」と言う音に我を取り戻し、気を落ち着かせるために自分の紅茶擬きを一気に飲み干す。少し気管に入って咽せた。恥ずかしい。

香織がその様子を見てその様子を見てクスクスと笑う。ハジメは恥ずかしさを誤魔化す為に、少々早口で話を促した。

 

「それで、話したいって何かな。明日の事?」

 

ハジメの質問に「うん」と頷き、香織はさっきまでの笑顔が嘘の様に形を潜め、思い詰めた様な表情となった。

 

「明日の迷宮だけど……南雲君には町で待っていて欲しいの。教官達やクラスの皆は私が必ず説得するから!お願い!」

 

話している内に興奮したのか身を乗り出し、懇願する香織に、ハジメは困惑する。ただハジメが足手纏いだという理由にしては必死すぎやしないか?と。

 

「えっと……確かに僕は足手纏いだと思うけど……流石に此処まで来て待っているって言うのは認められないんじゃ……」

「違うの!足手纏いとかそう言うのじゃ無いの!」

 

香織は、ハジメの誤解に慌てて弁明する。自分でも性急過ぎたと思ったのか、手を胸に当て、深呼吸する。少し落ち着いた様で「行き成り、ごめんね」と謝り静かに話し出した。

「あのね、何だか凄く嫌な予感がするの。さっき少し眠ったんだけど……夢を見て……南雲君が居たんだけど……声を掛けても全然気が付いてくれなくて……走っても全然追いつけなくて……其れで最後は……」

 

香織はその先を口に出すことを恐れる様に押し黙った。ハジメは、落ち着いた気持ちで続きを聞く。

 

「最後は?」

 

香織はグッと唇を噛むと泣きそうな表情で顔を上げた。

 

「……消えてしまうの……」

「……そっか」

 

暫くの間、静寂が室内を包み込む。

再び俯く香織を見つめるハジメ。確かに不吉な夢だ。しかし、所詮夢である。そんな理由で待機が許可されるとは思えないし、許可された場合はクラスメイトから非難の嵐であろう。何れにしろ本格的に居場所を失う。故にハジメに行かないと言う選択肢は無い。

ハジメは、香織を安心させる様、成る可く優しい声音を心掛けながら話し掛けた。

 

「夢は夢だよ、白崎さん。今回はメルド団長率いるベテランの騎士達が付いているし、天野川君みたいな強い奴も沢山居る。寧ろ、内のクラス全員チートだし。的が可哀想な位だよ。僕は弱いし、実際に弱いところを沢山見せてるからそんな夢を見たんじゃないかな?」

 

ハジメの言葉に耳を傾けながら、尚も不安げな表情でハジメを見つめる。

 

「其れでも……其れでも、不安だというのなら……」

「……なら?」

 

ハジメは若干恥ずかしげに、しかし真っ直ぐ香織と目を合わせた。

 

「守ってくれないかな?」

「え?」

 

自分の行っていることが男としては相当恥ずかしいと言う自覚があるのだろう。既にハジメは羞恥で顔を真っ赤に染めている。月明かりで室内は明るく、香織からもその様子が良く分かった。

 

「白崎さんは“治癒師”だよね?治癒系魔法に天性の差異を示す天職。何があってもさ……例え僕が大怪我する事があっても、白崎さんなら治せるよね。その力で守って貰えるかな?其れなら絶対僕は大丈夫だよ」

 

暫く、香織はジーッとハジメを見つめる。此所は顔を逸らしてはならない場面だと羞恥に身悶えそうになりながらもハジメは必死に堪える。一瞬、狩人が見ていたら笑われてしまいそうだと思い、少しだけ羞恥心が和らぐのを自覚したハジメだが、結局は少しである、どの道恥ずかしいものは恥ずかしいのだ。

ハジメは、人が不安を感じる最大の要因は未知であると何かで聞いた事があった。香織は今、ハジメを襲うであろう未知に不安を感じているのだろう。ならば、気休めかも知れないが、どんな未知が遅い来ても自分には対処する術があるのだと自身を持たせたかったのだ。

 

「変わらないね。南雲君は」

「?」

 

香織の言葉に訝しげな表情になるハジメ。その様子に香織はクスクスと笑う。

 

「南雲君は、私と初めて会ったのは高校に入ってからだと思ってるよね?でもね、私は中学二年の時から知ってたよ」

 

その意外な告白に、ハジメは目を丸くする。必死に記憶を探るが全く記憶に無い。う~んと唸るハジメに、香織は再びクスリと笑みを浮かべた。

 

「私が一方的に知ってるだけだよ。……私が最初に見た南雲君は土下座してたから私のことが見えていた訳ないしね」

「ど、土下座!?」

 

ハジメは、何て格好悪い所を見られていたんだ!と今度は違う意味で身悶えしてしまいそうになる。そして人目に付く所で土下座って何時、何処でだ!?と必死に記憶を探る。一人百面相するハジメに、香織が話を続ける。

 

「うん、不良っぽい人達に囲まれて土下座してた。唾を吐きかけられても、飲み物を掛けられても……踏まれても止めなかったね。その内、不良っぽい人達、呆れて帰っちゃった」

「そ、其れは又お見苦しい所を……」

 

ハジメは軽く死にたい気分だ。厨二病を患っていた時とタメを張る程度には最悪のシーンを見られていたらしい、最早乾いた笑みしか出て来ない。隠しておいたエロ同人誌を母親が綺麗に整理して本棚に並べ直していた時と同じ位乾いた笑みだ。

しかし、香織は優しげな顔をしており、その表情には侮蔑も、嘲笑すらも無かった。

 

「ううん、見苦しくなんて無いよ。寧ろ、私はあれを見て南雲君の事凄く強くて優しい人だって思ったんだもの」

「……は?」

 

ハジメは耳を疑った。そんなシーンを見て抱く感想では無い。もしや白崎さんには特殊な性癖が!?などと途轍もなく失礼な事を想像する。

 

「だって、南雲君。小さな男の子とお婆さんの為に土下座してたんだもの」

 

その言葉で、ハジメは漸く思い当たった。確かに、中学生の頃、そんな事があったと思い出す。

男の子が不良連中にぶつかった際、持っていたタコ焼きをべっとりと付けてしまったのだ。キレた不良の剣幕に男の子はワンワン泣くし、お婆さんは怯えて縮こまるし、中々に大変な状況だった。

偶然通り掛かったハジメはスルーするつもりであったのだが、お婆さんが、恐らくクリーニング代であろう──お札を数枚取り出すも、其れを受け取った後、不良達が更に恫喝しながら最終的に財布まで取り上げた時点で遂に身体が動いてしまった。

とは言え喧嘩とは無縁の生活だ。厨二的な技も家の中でしか出せない。仕方なく相手が引く程の土下座をしてやったのだ。公衆の面前での土下座は、する方は当然だが、される方も意外と恥ずかしい。と言うよりかは居た堪れ無い。目論見通り不良は帰っていった。

 

「強い人が暴力で解決するのは簡単だよね。光輝君とかよくトラブルに飛び込んでいって相手の人を倒してるし……でも、弱くても立ち向かえる人や他人の為に頭を下げられる人はそんなに居ないと思う。……実際あの時、私は怖くて……自分は雫ちゃん達みたいに強くないからって言い訳して、誰か助けてあげてって思うばかりで何もしなかった」

「白崎さん……」

「だから私の中で一番強い人は南雲君なんだ。高校に入って南雲君を見付けた時は嬉しかった。……南雲君みたいになりたくて、もっと知りたくて色々話し掛けたりしてたんだよ。南雲君、直ぐに寝ちゃうけど……」

「あはは、ごめんなさい」

 

香織が自分に構う理由が分かったハジメは、香織の予想外の高評価に恥ずかしいやら照れくさいやらで苦笑いする。

 

「だからかな、不安になったのかも。迷宮でも南雲君が何か無茶するんじゃないかって。不良に立ち向かった時みたいに……でも、うん」

 

香織は決然とした眼差しでハジメを見つめた。

 

「私が南雲君を守るよ」

 

ハジメはその決意を受け取る。真っ直ぐ見返し、そして頷いた。

 

「有難う」

 

其れから直ぐにハジメは苦笑いした。これでは役者が男女あべこべである。今夜のイケメン賞は間違いなく香織だ。だとすれば、宛ら自分がヒロインかと、男としては何とも納得しがたい気持ちに笑うしか無かったのだ。

 

其れから暫く雑談した後、香織は部屋に帰っていった。ハジメはベッドに横になりながら、思いを馳せる。何としても自らに出来る事を見つけ出し、無能の汚名を返上せねばならない。何時までもヒロインポジなど、納得できる物では無い。ハジメは決意を新たに、眠りに就いたのであった。

───ハジメの部屋を出て自室に戻って行く香織。その背中を月明かりの影に潜んでいた者が静かに見つめていた。其の物の表情が醜く歪んでいた事を知る者は……誰も居ない。

 

ハジメが眠りに就いて暫く経った後、日が昇る少し前、狩人が血の遺志、水銀弾、輸血液マラソンから帰って来た所であった、だが水銀弾も輸血液も既にカンスト直前まで集まっており、マラソンを開始して早々にカンストしてしまい、其れからは只管にメルゴーの高楼、その中腹で豚とヤーナムの影を只管に刈り続け、血の遺志を稼いでいた、その御陰もあってか血の遺志を自らの力とし、筋力を2つ程高め、その後は壁により掛かり、目を閉じて時が経つのを待つだけであった。

 

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

翌朝、未だ日が昇って間もない頃、狩人達は【オルクス大迷宮】の正面入口が存在する広場へと集まっていた

狩人を除き、誰もが少しばかりの緊張と未知への好奇心を表情に浮かべている。尤も、その中でハジメだけは些か複雑そうな表情を浮かべていた、ハジメも又、例に漏れず緊張と期待を胸に抱いて居たのだが、視線の先、【オルクス大迷宮】の入口を見て、少し興味が削がれた気分になったのだ。

そして狩人は、こう言った整備された迷宮を見て、聖杯ダンジョンの有様を思い出した、区画整備された地下空間、時折岩肌や泥水の溜まり場は見受けられるが風化した遺跡と言った有様の、悪辣なトラップが所々に配置された彼の迷宮を想起させ、顔を顰めた。だが此所は聖杯ダンジョンとは違い、地上に露出している、そしてしっかりと受付があり、其処にステータスプレートを提示し、ダンジョン入場者や止しゃを管理しているらしい。そして入口付近には多彩な屋台が建ち並び、一種の祭りのようですらもある、そしてゲート脇には窓口の様な物があり、彼処で魔石や素材を換金するようだ、とは言え金で狩人にとって有用な物など、得られる筈も無い、血の遺志があれば買い物も、自身の強化も出来てしまうのだから。

 

「ふむ……ルドウイーク卿では無いが……一瞬碌でもない導きが見えた気がしたな……」

 

狩人は初めて見た月光の導きを見て、不吉な気配を感じ取っていた。

そしてカルガモのようにメルドに付いて行く生徒達の背に追従して行く。

迷宮の中は、外の賑やかさとは無縁であった。縦横五メートル以上ある通路は明かりも無いが、薄ぼんやりと発光しており、松明や明かりとなる魔法具を使わずともある程度の視界は確保できる。緑光石と言う特殊な好物が多数埋まっているらしく、【オルクス大迷宮】は、この巨大な緑光石の鉱脈を掘って出来ているらしい。

だが、念には念を入れ、狩人はランタンを腰に下げている。それもその筈だろう、ある程度視界を得られるの結構だな、所詮ある程度はある程度なのだ、視界は十全に確保できるに越した事は無い、狩人は全方向を警戒しながら生徒達に付いていき、暫くするとドーム状の大きめの場所で天井高は七、八メートル程ありそうである。と、その時物珍しげに辺りを見渡している一行の前に、壁の隙間という隙間から灰色の毛玉が飛び出して来た。獣だ……そう思った狩人だが、彼等からは微塵も脅威を感じない、狩人からすれ酷く弱い様で、学徒達の命を脅かすような存在では無いだろうと槌鉾を握る力を弱めた。

 

「よし、光輝達が前に出ろ。他は下がれ!交代で前に出て貰うからな、準備しておけ!あれはラットマンという魔物だ。すばしっこいが大した敵じゃない。冷静に行け!」

 

その言葉通りラットマンと呼ばれた魔物が結構な速度で飛び掛かってきた。

灰色の体毛に赤黒い目が不気味に光る。ラットマンと言う名称に相応しく外見は鼠っぽいが……二足歩行であり筋肉隆々であった。八つに割れた腹筋と膨れ上がった胸筋だけ毛が無い。まるで見せ付けているようだ。その冒涜的な外見を見た途端、狩人の殺意が今まででは有り得ないほどに膨れ上がり、一部の生徒達が萎縮する、其れも無理は無いだろう、狩人は総じて、獣を見るとこうなってしまうのは性である。其れは、彼の前進である古狩人達とて同じである、ゲールマンを除いては。

正面に立つ光輝達──特に前衛である雫の頬が引き攣っている。やはり、気持ち悪いらしい。間合いに入ったラットマンを光輝、雫、龍太郎の三人で迎撃する。その間に、香織と特に親しい女子二人、メガネっ娘の中村恵理とロリ元気っ娘の谷口鈴が詠唱を開始。魔法の発動準備に入る。訓練通りの堅実な戦法だ。

光輝は純白に光るバスターソードを一般人ならば視認も難しい速度で振るい、数体纏めて葬っている。

彼の持つその剣はハイリヒ王国が管理するアーティファクトの一つで、お約束に漏れず名称は“聖剣”である。光属性の性質が付与されており、光源に入る敵を弱体化刺せると同時に自身の身体能力を自動で強化してくれるという“聖なる”と言うには実に不相応な性能を誇っている。

龍太郎は、空手部らしく天職が“拳士”である事から籠手と脛当てを付けている。これもアーティファクトで、衝撃波を出す事が出来、又決して壊れないのだと言う。龍太郎はどっしりと構え、見事な拳撃と脚撃で的を後ろに通さない。無手でありながら、その姿は盾役の重戦士の様である。

雫はサムライガールらしく“剣士”の天職を持ち、刀とシャムシールの中間の様な剣を抜刀術の要領で抜き放ち、一瞬で敵を切り裂いて行く。その動きは洗練されており、騎士団員やつい先日手合わせした狩人をして感嘆させる程である。

狩人が戦闘の行く末を見守っていると、詠唱が響き渡った。

 

「「「暗き炎渦巻いて、的の尽くを焼き払わん、灰となりて大地へ帰れ、“螺炎”」」」

 

三人同時に発動した螺旋状に渦巻く炎がラットマン達を吸い上げるように巻き込み、焼き尽くしていく。「キッ───」と言う断末魔の悲鳴を上げながらパラパラと降り注ぐ灰へと変わり果てて絶命する。

気が付けばラットマンは全滅していた。他の生徒の出番は無しである。どうやら召喚組の戦力では一階層の敵は弱すぎた様だ。

 

「あぁ~、うん、よくやったぞ!次はお前等にもやって貰うからな、気を緩めるなよ!」

 

生徒の優秀さに苦笑いしながら気を抜かないよう注意するメルド。しかし、初めての迷宮の魔物討伐ににテンションが上がる止められない。頬が緩む生徒に「しょうがねぇな」とメルド団長は肩を竦めた。

 

「それとな……今回は訓練だから良いが、魔石の回収も念頭に置いておけよ。明らかにオーバーキルだからな?」

 

メルドの言葉に香織達支援組はやり過ぎを自覚して思わず頬を赤らめるのであった。

其処からは特に問題無く交代しながら戦闘を繰り返し、順調に階層を下げていき、10層中腹に入った頃、漸く狩人の順番が回ってきた、狩人は一人で魔物の前に出る、学徒達からはガヤが飛んで来るが、一切気にする事は無い。そして冷酷な殺意を滾らせ、槌鉾を握り締める、その動作に檜山達が小さく「ヒッ」と恐怖の滲む声を出したが、場を包む緊迫感故に誰も気付く事は無かった。

その直後、狩人が動き出した。

 

「クハハハハハッ、無様な骸を晒し、血を流せ!獣共!!」

 

哄笑を上げながら魔物に向け、八重樫雫よりも遙かに速い速度で魔物へとツッコミ、その頭部を槌鉾で粉砕する。そして故意的に作り出した数舜の硬直の後、飛び掛かってきた四足歩行の魔物へ獣狩りの短銃を撃ち、魔物が身体を大きく仰け反らせて撃墜され、体勢を崩す。即座にその魔物に肉薄し、無手となった右手を後ろへ引き、抜き手を放ち、魔物の内臓を破壊しながら腕を体内を奥へ奥へと進め、思い切り内臓を引き抜き、魔物を吹き飛ばして絶命させる、その様に騎士団や他の勇者一行が顔を蒼褪せさせる。そんな事はお構いなしとばかりに襲い掛かって来た魔物に対し、槌鉾を背に負った“丸鋸の様な物”に結合させ、「ギャリリリリッ」と言うけたたましい音と共に魔物の頭に向け、引き金を引きながら全力で振り下ろす、するとけたたましい音と共に魔物の頭部に回転する鋸刃が叩き付けられ、大量の血を噴き出しながら魔物が魔石諸共挽き肉へと早変わりする、そして最後の魔物へと目標を移し、魔物の元へと向かい、魔物が自暴自棄になったかの様に狩人へ爪を振り下ろす、だが、其れが狩人に当たる事は無く、前ステップによって攻撃をすり抜け背後に回り、その背に回転鋸を突き付け引き金を引き、魔物を挽き肉に変えるべく肉を引き裂き、破壊する音と共に幾重にも重なった鋸刃が回転し、魔物を後退させながらゆっくりと歩みを進め、摺り下ろして行く。

 

「クククッ、如何だ?苦しいか?痛いだろう?醜く無様な貴様には相応しい最期じゃあないか……」

 

一部の生徒がか細い悲鳴を上げる中、狩人の小さな哄笑が騒音の中いやに響く、だがその音が止んだ時、生徒達が倒れた魔物の後ろに見たのは、魔物の返り血で真っ赤に染まり、怖気を誘う様な笑みを浮かべた狩人の姿を見て、騎士団と生徒達は言葉を失う。彼等の内心は殆どが一致していたまるで平時とは別人では無いか……と。同時に恐怖を覚え、彼等は狩人が元居た場所に戻ろうとすると、騎士団員と生徒達は彼を避ける様に道を開ける、彼等の正面に残ったのは、凄惨な殺戮の現場であった、そして檜山達は自らのトラウマとなった武具の本性がまさかあれ程までに悍ましい物だった事を知り、彼に対する恐怖をより強固な物へと変えて居た。

そして彼の凄惨な殺戮に衝撃を受けたのは、天之河光輝、八重樫雫、坂上龍太郎、白崎香織も同じである、寧ろ光輝以外は彼を、優しい人物だと言う印象を持っていた、其れが変わる事は無いだろう、だがあの様子を見せられると接し辛くなるのも又事実である。

そして、そのまま順調に階層を下げていき、そして、一流冒険者か否かを分けると言われている二十階層に辿り着いた。現在迷宮最高到達階層は六十五階層らしいのだが、それは百年以上前の冒険者が為した偉業であり、今では超一流で四十階層越え、二十階層を越えれば十分に一流扱いだと言う。

光輝を筆頭に生徒達は戦闘経験こそ少ないものの、全員がチート持ちなので割と容易に降りる事が出来た。

尤も、迷宮で一番恐ろしいのはトラップである。場合によっては致死性のトラップも数多くあるのだ。この点、トラップ対策として、フェアスコープで発見できる、更に言えば狩人の危機管理能力によって高効率でトラップを発見できたのが大きく、魔法によるトラップの八割を見付けられるが索敵範囲が狭いフェアスコープと狩人の広範囲且つ的確なトラップの検知率故にかなりスムーズに進む事が出来た。

従って、ハジメ達が素早く階層を下げられたのは、偏に騎士団員達の誘導と狩人によるトラップ一の大凡の位置を騎士団員に報告する等による円滑な誘導があったが故だと言える。メルドからもトラップのを確認していない場所へは勝手に行ってはいけないと、強く言われているのだ。

 

「良し、お前達。ここから先は一種類の魔物だけで無く、複数種類の魔物が混在したり連携を組んで襲ってくる。いままで楽勝だったからと言ってくれぐれも油断するなよ!今日はこの二十階層で訓練して終了だ!気合いを入れろ!」

 

メルドの掛け声が良く響く。

ここまで、狩人は凄惨極まる殺戮現場を作り出してきた、魔物がどれだけ多くなろうが、場合によっては内臓攻撃を、状況如何ではエヴェリンによる即殺を、そして基本的に哄笑をあげながら回転鋸で魔物を蹂躙していくと言った光景を作り上げ、更には戦闘中にも拘わらずトラップの大凡の位置を騎士団員に報告する等、様々な活躍を見せた、彼の聖杯ダンジョンで鍛えられた警戒心は魔力を感知出来ずともトラップを感知出来る程度には高いのである。とは言え優秀なのは良いが、誰もパーティーを組まなかったのは未だ彼と余り馴染めて居ない事もあるが、狩人からしてみれば勇者一行は足手纏いでしか無く、誰もパーティーに誘える雰囲気では無かった事も大きな要因であった。

そして狩人は時折騎士団員が弱った魔物をハジメに寄越す様子を見ていたが、彼の戦闘法は正直な所妥当だろうと言う評価をしていた、其れは何故か、ハジメは弱く、正面から魔物と殺り合えば食い殺される事は必定である、ならば相手を地面に埋め込み、動きを封じた所で安全に倒す、弱者が使おうが強者が使おうが一定の効果を発揮する戦法であるからだ、そうでなければ落とし穴等という罠は開発される事は無かったであろう。故に其れを見て感心している騎士団員を見て驚いたのは妥当と言えるだろう、何故、この様に簡単な戦法を思い付かないのかそう思って止まないのである。

狩人とは、結局の所狩りの効率を求める物である、故に一つの価値観に囚われている世界の常識など理解出来よう筈も無い、故に皆、何故、臨機応変にその技能の強みを活かせないのか、その理解に苦しんでしまったのである。

小休止に入り、ハジメがふと前方を見遣ると香織と目が合った。彼女はハジメの方を見て微笑んでいる。昨夜の“守る”と言う宣言通りに見守られているようで何となく気恥ずかしくなり、目を反らすハジメ。若干香織が拗ねたような表情になり、其れを見ていた狩人は昨夜の狩人が狩りに赴いている間に何かあったのだろうと当たりを付け、人の営みという物を眺める。更に香織とハジメの様子を横目に見ていた雫が忍び笑いし、小声で話し掛けた。

 

「香織、何南雲君と見つめ合っているのよ?迷宮の中でラブコメなんて随分と余裕じゃない?」

 

揶揄う様な口調に思わず顔を赤らめる香織。怒った様に雫に反論する。

 

「もう、雫ちゃん!変なこと言わないで!私はただ、南雲君に大丈夫かなって、其れだけだよ!」

 

雫は「其れがラブコメしてるって事でしょ?」と思ったが、これ以上言うと本格的に拗ねそうなので口を閉じた。だが、目が笑っていることは隠せず、其れを見た香織が「もうっ」と呟いてやはり拗ねてしまった。

辺りを見渡し、深々と溜息を吐く始めの様子を遠目に見ていた狩人はその原因に気付く事は容易であった、遠くから見ている分、檜山がハジメを凝視している所が良く見えた、そしてハジメが辺りを見回し始めれば視線を外す所も見えていた。

 

これはかなり荒れるな……私も少し気を張らねばならんか。だがやはり、天之河光輝……奴には観察眼も洞察眼も無く、大した指揮能力も無い只カリスマが強く、戦えるだけの愚か者、其れが私の評価である、あの様子では獣の様な者がもう一人出ても可笑しくは無いだろう、或いは既に獣の様な者がその性を隠して潜伏している可能性すらある、彼の恐ろしき獣の様に。尤も、ヤーナムという悪夢を二度繰り返し、二度揃ってヨセフカ診療所送りにした訳だが。

 

そろそろ休息も終わる頃合いか……そう思い私は立ち上がった時、丁度号令があり、他の者達も立ち上がり、準備を整え始めるのであった。

 

一行は二十階層を探索する。

迷宮の各階層は数キロ四方に及び、道の階層では全体を探索し、マッピングするのに数十人規模で半月から一ヶ月は掛かると言うのが普通である。

尤も、現在で歩四十七階層までは確実なマッピングが為されているので、迷う事は無い。トラップに引っ掛かる心配も無い筈であった。

二十階層の最奥の部屋はまるで鍾乳洞の様に氷柱状の壁が飛び出していたり、溶けたりした様な複雑な地形をしていた。この先を進めば二十一階層への階段があるらしい。

其処まで行けば今日の実戦訓練は終わりとなる。神代の魔法の一つである転移魔法のような便利な代物は現代には存在しない為、又地道に帰らねばならない。狩人を除く一行は若干弛緩したようした空気の中、迫り出す壁の所為で横列から縦列への陣形変更を余儀なくされる。

すると、先頭を行く光輝やメルドが立ち止まった。訝しそうな学徒達を尻目に戦闘態勢に入る。どうやら魔物が居るようだ。

 

「擬態しているぞ!周りをよ~く注意しておけ!」

 

メルドの忠告が飛ぶが、狩人は既に気付いていた、先頭に居るメルド達の正面に居る事は擬態していようが気配が漏れているのでは意味が無い。故に狩人は戦闘態勢には入らず、最前列の者達に任せる事にした。

その直後、前方で迫り出した壁が突如変色しながら起き上がった。壁と同化していた躰は、今や褐色となり、二本足で立ち上がる。そして胸板を叩き、ドラミングを開始した。やはりと言うべきか、擬態能力を持った魔物の様である、だが、ゴリラだというのは予測出来る筈も無い。

 

「ロックマウントだ!二本の腕に注意しろ!豪腕だぞ!」

 

メルドの声が響く。光輝達が相手をする様だ。飛び掛かってきたロックマウントの豪腕を龍太郎が拳で弾き返す。光輝と雫が取り囲もうとするが、鍾乳洞の様な足場の悪い地形に阻まれて上手く囲む事が出来ない。龍太郎の人壁を抜けられず、痺れを切らしたのかロックマウントは後ろに下がり仰け反りながら大きく息を吸った。

直後。

 

「グゥガガガァァァァァァァ───!!」

 

聖職者の獣や彼の黒獣、パールには及ばずとも部屋全体を震動させる程の強烈な咆哮を上げた。

 

「ぐっ!?」

「うわっ!?」

「きゃあっ!?」

 

身体にビリビリと衝撃が走り、ダメージ自体は無い物の硬直してしまう。ロックマウントの固有魔法“威圧の咆哮”である。魔力を乗せた咆哮で一時的に相手を麻痺させる。

狩人は動こうかとも思ったが、此所は学徒達に任せ、自らの力で冷静に切り抜けられるかを見極める為に狩人は静観を維持する。

まんまと喰らってしまった光輝達前衛組が一瞬硬直してしまった。

ロックマウントはその隙に突撃するかと思われたが、サイドステップし、傍らにあった岩を持ち上げ香織達後衛組に向かって投げつけた。見事な砲丸投げのフォームであり、狩人は感心したように片目を開ける。咄嗟に動けない前衛組の頭上を越え、岩が香織達へと迫る。

香織達が準備していた魔法で迎撃せんと魔方陣が施された杖を向けた。避けるスペースが心許ないからである。

しかし発動しようとした瞬間、香織達は衝撃的な光景に追わず硬直してしまう。

何と、投げられた岩も又、ロックマウントであったのだ。空中で見事な一回転を決めると両腕を一杯に広げ、香織達へと迫る。更に言えば、妙に目が血走っていて生理的不快感を誘う。香織も恵理も鈴も「ヒィ!」と思わず悲鳴を上げて魔法の発動を中断していた。

 

「ふむ……あれは確かに生理的不快感に顔を蒼褪せさせても可笑しくは無いな……。少女達には些か酷だろう……アイリーンならば余り気にせずに狩るだろうが」

 

手を貸してやるべきだろうか?そう思った狩人だがこれは彼等が自ら抜けねばならない局面だろう、生理的不快感をも越えられねば戦場に立つのは不可能であろう。

 

「こらこら、戦闘中に何やってる!」

 

慌ててメルドがダイブ中のロックマウントを斬り捨てる。

香織達は「す、すいません!」と謝るものの相当気持ち悪かったらしく、未だに顔が蒼褪めていた。そんな様子を見てキレる若者が一人。正義と思い込みの塊、世界を背負うには分不相応が過ぎる勇者、天之河光輝である。

 

「貴様……よくも香織達を……許さない!」

 

どうやら気持ち悪さで蒼褪めているのを死の恐怖を感じた所為だと勘違いしたらしい。

彼女達を怯えさせるなんて!と何とも微妙にズレた点で怒りを露わにする光輝。趣味の悪い純白の魔力が吹き上がり、其れに呼応する様に聖剣が輝き出す。

 

「万象羽ばたき、天へと至れ、“天翔閃”!」

「あっ、こら、馬鹿者!」

「頭が足りていない馬鹿だな……地形を利用する獣の方が未だ賢いとすら言えるな……」

 

メルドの声を無視して、光輝は大上段に振りかぶった聖剣を一気に振り下ろした。其の瞬間、詠唱により強烈な光を纏っていた聖剣から、その光自体が斬撃となって放たれた。やはり月光の足下にも及ばない、だがこの狭い部屋でなら逃げ場など無いだろう。曲線を描く斬撃が僅かな抵抗も許さずロックマウントを立てに両断し、更に奥の壁を破壊し尽くして漸く止まった。

パラパラと部屋の壁の破片が落ちる。「ふぅ~」と息を吐きイケメンスマイルで香織達へ振り返った光輝。香織達を怯えさせた魔物は自分が倒した。もう大丈夫だ!と声を掛けようとして青筋の浮かんだ笑顔で迫っていたメルドの拳骨を喰らった。

 

「へぶぅ!?」

「この馬鹿者が。気持ちは分かるがな、こんな狭いところで使う技じゃ無いだろうが!崩落でもしたら如何すんだ!」

 

メルドのお叱りに「うっ」と声を詰まらせ、ばつが悪そうに謝罪する光輝。香織達が寄って来て苦笑いしながら慰める

その時、ふと香織が崩れた壁の方に視線を向けた。

 

「……あれ、何かな?キラキラしてる……」

 

その言葉に、全員が香織の指差す方へ目を向けた。

其処には青白く発光する鉱物が花咲くように壁から生えていた。まるでインディコライトが内包された水晶の様である。香織を含めた女子達は夢見るように、その美しい姿にうっとりした表情となった。

 

「ほぉ~、あれはグランツ鉱石だな。大きさも中々だ。珍しい」

 

グランツ鉱石とは、謂わば宝石の原石の様な物だ。特に何か効能が在る訳では無いが、その涼やかで煌びやかな輝きが貴族の御婦人方や御令嬢方に大人気であり、加工して指輪・イヤリング・ペンダント等にして贈ると大変喜ばれるらしい。求婚の際に選ばれる宝石としても三本の指に入るとか。だが、アレは十中八九罠だろうとメルドに報告しようと狩人が動き出した頃。

 

「素敵……」

 

香織が、メルドの説明を聞いて頬を赤らめながら更にうっとりする。そして、誰にも気付かれない程度にハジメをチラリと見た。尤も、雫ともう一人だけは気付いていたが……

 

「だったら俺等で回収しようぜ!」

 

 

そう言って唐突に動き出したのは檜山だった。グランツ鉱石に向けてヒョイヒョイと崩れた壁を登っていく。其れに慌てたのはメルドと狩人である。狩人は走り出し、メルドの元へと急ぐ。

 

「こら!勝手な事をするな!安全確認も未だなんだぞ!」

 

しかし、檜山は聞こえないふりをしてとうとう鉱石の所へ辿り着いてしまった。

メルドは檜山を止めようと追い掛ける。同時に騎士団員の一人がフェアスコープで鉱石の周りを確認する。そして、一気に蒼褪めた。

 

「メルド殿!アレは罠だ!」

「団長!トラップです!」

「ッ!?」

「待て貴様!クソッ……!あの獣がぁ!!」

 

二日前、あの場で殺しておくべきだったか!と内心で毒吐くも既に遅い、ならば今殺してしまえば良いと脳筋的な思考に至り、更に走る速度を上げ、檜山の元へも回転鋸を携え殺意も露わに向かう。

しかし、メルドも、騎士団員の警告も、狩人の殺意の迸る疾駆も、一歩遅かった。

檜山がグランツ鉱石に触れた瞬間、鉱石を中心に魔方陣が広がる。グランツ鉱石のの輝きに魅せられて不用意に触れた者へのトラップだ。美味しい話には必ず裏がある。其れは世の常である。

魔法は瞬く間に部屋全体に広がり、輝きを増していった。まるで、狩人は経験していないが、ハジメ達が召喚されたあの日の再現である。

 

「くっ、撤退だ!速くこの部屋から出ろ!」

「間に合わんか……!チッ……!此程までに早く己の獣性によって悲劇を招くとはっ!愚かな!」

 

メルドの言葉に生徒達が急いで部屋の外へ向かうが……間に合わなかった。

部屋の中に光が満ち、狩人達の視界を白一色に染め上げる。同時に、一瞬の浮遊感が襲った。

 

狩人達は空気の変化を感じ取っていた。次いで、複数名の呻き声と地に足が着く感覚と共に視界が戻ってきた。そして視界だけで無く、自らの感覚を総動員してこの空間全体を警戒し始める。

そうやって周囲を見渡せばメルドや騎士団等の一部前衛組の生徒達も周囲を警戒している。

どうやら先程の魔方陣は転移させる物であった様だ。現代の魔法使いには不可能な芸当を平然とやってのけるのだから神代の魔法は規格外である。

狩人達が転移した場所は、巨大な石造りの橋の上であった。長さはざっと百メートルはあるだろう。天井も高く二十メートルはある。明らかに何か大型の獣か上位者が現れる兆しであろう。恐らくは前者だろうが、どの道碌な事にはならないだろう。

橋の下には川など無く、全く何も見えない深淵の如き闇が広がっていた。正に奈落と言うに相応しいだろう。確実に殺しに来ている。ヤーナムの崖を思い出し、狩人は微かに顔を顰める。

橋の横幅は十メートルはあるだろう、更には手すり処か縁石すら無く、足を滑らせれば摑む物も無く真っ逆さまだろう。確実に大型の獣が出て来る、そう言った空気を感じていた。

狩人達はその橋の中程に居た。橋の両端にはそれぞれ奥へと続く通路と上階への階段が見える。

其れを確認したメルドが険しい表情をしながら指示を飛ばした。

 

「お前達、直ぐに立ち上がってあの階段までの場所まで行け!急げ!」

 

雷の如く轟いた号令に、わたわたと動き出す生徒達。そんな中狩人は殿を務めるべく全員の後ろへと回る。

 

やはりと言うべきか、トラップがこの程度で在る筈も無く、撤退は敵わなかった。

橋の両側に突如、赤黒い魔力の奔流と共に魔方陣が現れたからだ。通路側の魔方陣は十メートル近くあり、階段側の魔方陣は位置メートル程度の大きさではあるが、その数が夥しい。

狩人には及ばずとも赤黒い、血色にも見える不気味な魔方陣は一度ドクンと脈打つと、1拍の後、大量の魔物を吐き出した。

階段側の小さな魔方陣からは、骨格だけの身体に剣を携えた魔物、トラウムソルジャーが溢れる様に出現する。空洞の様な眼窩からは魔方陣と同じ赤黒い光が煌々と輝き、目玉の様にギョロギョロと辺りを見回している。その数はものの数秒の内に百体近くに及び、尚も増え続けている。

しかし、数百体の骸骨戦士よりも通路側の方が拙いと狩人は感じていたが故に殿を務めた。十メートルの程の魔方陣からは明らかに他の魔物とは一線を画している体長十メートルの級の四足で頭部に兜の様な物を取り付けた魔物が出現したのだ。

尤も近い周知の生物に例えるならば、トリケラトプスであろうか。但し、瞳は赤黒い眼光を放ち、鋭い爪と牙を打ち鳴らしながら頭部に生えている角から炎を放っていると言う付加要素が付くが……

狩人が魔物の品定めを始め、誰もが呆然としている中、メルドの呻くような呟きがやけに明瞭に響いた。

 

「まさか……ベヒモス……なのか……」

 

何時でも余裕があり、生徒達に大樹の如き安心感を与えていたメルドが冷や汗を搔きながら焦燥を露わにしている。

その事に、やはりヤバい奴なのかと光輝がメルドに詳細を訪ねようとした。だが、王国最強の騎士をして戦慄させる魔物──ベヒモスは、そんな悠長な時間を与えてはくれない様だった。徐に大きく息を吸うと、其れが開戦の合図だとでも言うように凄まじい咆哮を上げたのだ。

 

「グルァァァァァアアアア!!」

「ッ!?」

「クハハハ……今日この日で一番の大物じゃあないか……楽しませて頂こう……!」

 

咆哮で正気に戻ったのか、メルドが矢継ぎ早に指示を飛ばす。そんな中狩人はベヒモスの元へと全力疾走する。その手には先程と違う獲物、“一振りの直剣を携え背に大槌の頭の様な物を背負う”教会の石槌、その直剣形態を握っていた。そう、咆哮と同時に狩人は品定めを終え、頭部に於いてのみ打撃が良く通るであろう事を看破していた。

 

「アラン!生徒達を率いてトラウムソルジャーを突破しろ!カイル、イヴァン、ベイルは全力で障壁を張れ!奴を食い止めるぞ!光輝、お前達は早く階段へ迎え!狩人!何をしてる!戻って来い!幾らお前でも一人ではベヒモスには勝てん!!」

「貴公等は障壁の準備に注力し給え!足止めくらいならば可能だ!要は“死ななければ良い”のだろう?」

「ッ…!分かった!死ぬんじゃないぞ!」

「待って下さい、メルドさん!俺達もやります!あの恐竜みたいな奴が一番ヤバいでしょう!俺達も……」

「馬鹿野郎!アレが本当にベヒモスなら、今のお前達では無理だ!奴は六十五階層の魔物。嘗て“最強”と言わしめた冒険者をして歯が立たなかった化け物だ!さっさと行け!私はお前達を死なせる訳には行かないんだ!」

「なら何故狩人に行かせたんです!其れなら俺達も……!」

「狩人はお前達とは格が違う!そして彼奴は足止めだけだと言っていた!無茶はしないだろうと言う私の判断だ!」

「ッ!?」

 

メルドの言葉にに光輝が反論の言葉を失い押し黙ったその時、轟音と咆哮が響いて其方を見ると、狩人が強化の施されていない教会の石槌を振り下ろし、圧倒的な筋力に夜ってベヒモスの頭を地面にメリ込ませて居る様子が目に入り、驚愕の表情を浮かべる。

 

「貴公等!言い争うのは良いが早く障壁を展開してくれ!時間は有限だぞ!」

「ッ!?」

 

その言葉にメルドが声を発した途端、ベヒモスが頭を上げ、咆哮と共に突進を開始した、狩人は前ステップで腹の下を通り抜け、背後から背に飛び移り、狩人の業による格納から回転鋸を取り出して変形させ、衝撃に備える様にベヒモスの背に抜き手を放ち、身体を固定する。

 

「「「全ての敵意と悪意を拒絶する、神の子らに絶対の守りを、此所は聖域なりて、神敵を通さず、“聖絶”!!」」」

 

二メートル四方の最高級の紙に描かれた魔方陣と四節からなる詠唱、更に三人同時発動。たった一回、一分だけの防御であるが、何者にも破らせない絶対の守りが顕現する。

燦然と輝く半球状の障壁がベヒモスの突進を防ぐ!

衝突の瞬間、凄まじい衝撃波が発生し、ベヒモスの足下が粉砕される。橋全体が石造りであるにも拘わらず大きく揺れた。撤退中の生徒達から悲鳴が上がり、転倒する者が相次ぐ。そして一時的とは言えベヒモスが止まっている頃合いに腕を引き抜き、リゲインが効く内に狩人は全力で全身を捻り、引き金を引いて思い切り回転鋸を振り下ろし、夥しい量の返り血を浴びて回復し、更には全力で振り抜いて破裂する様な勢いでベヒモスの背を抉り飛ばす。

 

「ゴアァァァァァァアアア!!」

「クハハハハ!如何だ?痛いだろう、獣には苦痛と断末魔がよく似合うな?貴様もそう思うだろう!?」

 

ベヒモスが苦痛の咆哮を上げる、其れでも尚狩人の哄笑と侮蔑の言葉を掻き消すには足りない。優秀な狩人は狩りに飢え、無慈悲で、血に餓えて居る者なのだ、最後の狩人と呼ばれた彼も又、例外では無い。

生徒達が恐慌状態に陥り、隊列など無視して我先にと階段を目指して我武者羅に進んでいく。騎士団員の一人、アランが必死にパニックを抑えようとするが、目前に迫る恐怖により耳を傾ける者は居ない。彼等が恐れているのは苦痛の咆哮を上げるベヒモスか、咆哮でも掻き消えぬ程の哄笑と侮蔑の言葉を吐き、血に塗れる狩人か、今やそんなもの、分かる者が居るはずも無い。其程までに皆、恐怖から逃れる事に必死なのだ。

その内一人の女子生徒後後ろから突き飛ばされ転倒してしまった。「うっ」と呻きながら顔を上げてると、眼前で一体のトラウムソルジャーが剣を振りかぶっていた。

 

「あ」

 

そんな一言と同時に彼女の頭部目掛けて剣が振り下ろされた。

死ぬ──女子生徒がそう感じた次の瞬間、トラウムソルジャーの足下が突然隆起した。バランスを崩したトラウムソルジャーの剣は彼女から逸れてカンッと言う音と共に地面を叩くだけに終わる。更に地面の隆起は数体のトラウムソルジャーを巻き込み奈落へと落とす事に成功した。

橋の縁から二メートル程手前には、座り込みながら荒い息を吐くハジメの姿があった。ハジメは、連続で地面を錬成し、滑り台の要領で魔物達を橋の外へ滑らせて落としたのである。いつの間にか錬成の練度が上がっており、連続で錬成が出来るようになっていた御陰だ。錬成範囲も少し広がっていた様だ。

尤も、錬成は触れた場所から一定範囲にしか効果が発揮されない為、トラウムソルジャーの剣の間合いでしゃがみ込まなければならず、緊張と恐怖でハジメの内心は一杯一杯だったが。

魔力回復薬を飲みながら倒れたままの女子生徒の元へと駆け寄るハジメ。錬成用の魔方陣が組み込まれた手袋越しに女子生徒の手を引っ張り、立ち上がらせる。呆然としながら為されるがままの彼女に、ハジメは笑顔で声を掛けた。「早く前へ。大丈夫、冷静になればあんな骨どうって事無いよ。うちのクラスは僕を除いて全員チートなんだから!」

自信満々で背中をバシッと叩くハジメをマジマジと見る女子生徒は、次の瞬間には「うん!有難う!」と元気に返事をして駆け出した。

ハジメは周囲のトラウムソルジャーの足場を崩して固定し、足止めをしながら周囲を見渡す。誰も彼もが恐慌しながら滅茶苦茶に武器を振り回し、魔法を乱れ撃っている。このままでは何れ死者が出る可能性が高い。アランが必死に纏めようとしているが上手く行っていない。そうしている間にも魔方陣から続々と増援が贈られてくる。

 

「何とかしないと……必要なのは強力なリーダー……道を切り開く火力……天之河君!」

 

ハジメは走り出した。光輝達の居るベヒモスの方へ向かって。ベヒモスは依然、障壁に向かって突進を繰り返していた。障壁に衝突する度に壮絶な衝撃波が周囲に撒き散らされ、石造りの橋が悲鳴を上げる。障壁も既に全体に亀裂が入っており砕けるのは時間の問題だ。既にメルドも障壁の展開に加わっているが焼け石に水だった。

 

「ええい、くそ!もう保たんぞ!光輝、早く撤退しろ!お前達も早く行け!」

「嫌です!メルドさん達を置いて行くわけにはいきません!絶対、皆で生き残るんです!」

「くっ、こんな時に我が儘を……」

「天之河!貴様何を言っている!此所には貴様に出来る事は何も無い!反って足手纏いだ!早く他の者と合流しろ!邪魔で仕方が無い!」

 

ベヒモスの腹の下へ向かい、回転鋸で腹を抉り取りながら狩人が叫び、メルドが苦虫を噛み潰した様な表情となる。この限定された空間ではベヒモスの突進を回避するのは難しい。それ故、逃げ切る為には障壁を張り、押し出される様に撤退するのがベストだ。しかし、その微妙な匙加減は戦闘のベテランだからこそのであって、今の光輝達には難しい注文だ。

その辺の事情を掻い摘まんで説明し撤退を促しているのだが、光輝は“置いて行く”と言う事が如何しても納得出来ないらしく、又、狩人があれだけ戦えているが故に自分ならベヒモスをどうにか出来ると思っているのか目の輝きが明らかに攻撃色を放っている。

未だ若いからとは言え、少し自分を過信してしまっているようである。戦闘素人の光輝達に自信を持たせようと、先ずは褒めて伸ばす方針が裏目に出たようだ。狩人については戦い方が余りにも熟練し、人間離れしている為何も言えない状況である。

 

「光輝!団長さんと狩人さんの言う通りにして撤退しましょう!」

 

雫は状況が分かっている様で光輝を諫めようと腕を摑む。

 

「へっ、光輝の無茶は今に始まった事じゃねぇだろ?付き合うぜ、光輝!」

「龍太郎……ありがとな」

 

しかし、龍太郎の言葉に更にやる気を見せる光輝。それに雫は舌打ちする。

 

「状況に酔ってんじゃないわよ!この馬鹿共!」

「雫ちゃん……」

「貴様等!ふざけている場合か!此所は戦場なのだぞ!それも撤退戦だ!それを貴様等の未熟の所為で無様な敗走に変えるつもりか!」

 

苛立つ雫に心配する香織、そして頭部に教会の石槌による強打を顔面に叩き込み怯ませ、怒声を上げながらベヒモスに内臓攻撃を仕掛ける狩人。その時、一人の男子が光輝の前に飛び込んできた。

 

「天之河君!」

「くっ……内臓までは届かんか……まぁいい、体力は大きく削れただろう、やはり“爪痕”と“血の歓び”は優秀だな」

「なっ、南雲!?」

「南雲君!?」

 

驚く一堂にハジメは必死の形相で捲し立てる。

 

「早く撤退を!皆の所に!早く!」

「行き成り何だ?それより、何でこんな所に居るんだ!此所は君がいて良い場所じゃない!此所は俺達に任せて南雲は……」

「そんな事言っている場合かっ!」

「それは貴様も同じだぞ天之河!此所は貴様等の様な戦いの経験が浅く、彼蛾の力の差も分からぬ場所が居て良い場所では無い!自らよりも強き者を狩ること後出来るのは敵を良く見、見切る技能がある者だけだ!その力が貴様等には絶望的に欠如している!そして技術があった所で貴様等如きの力ではこの獣を狩るのは不可能だ!──黙れ獣風情が!」

 

ハジメを言外に戦力外だと告げて撤退するように促そうとした光輝の言葉を遮ってハジメは今までに無い乱暴な口調で怒鳴り返した。何時も苦笑いしながら物事を流す大人しいイメージとのギャップに思わず硬直する光輝。それに追い打ちを掛けるようにベヒモスの横腹に回転鋸による痛烈な一撃を見舞う狩人が光輝達に戦力外通告を言い渡す。

 

「アレが見えないの!?皆パニックになってる!リーダーが居ないからだ!」

 

光輝の胸倉を摑みながら指差すハジメ。

その方向にはトラウムソルジャーに囲まれ右往左往しているクラスメイト達が居た。訓練の事など頭から抜け落ちた様に誰もが好き勝手に戦っている。効率的に倒せていないから敵の増援により未だに突破出来ないでいた。スペックの高さが命を守っているが、それも時間の問題だろう。

 

「何が全員生還するだ!たった数人に感けている内に貴様の同胞は皆生命の瀬戸に立たされている!このまま行けば全滅する以外に無いぞ!──獣風情が図に乗るな!」

「狩人さんの言う通り!一撃で切り抜ける力が必要なんだ!皆の恐怖を吹き飛ばす力が!それが出来るのはリーダーの天之河君だけでしょ!前ばかり見てないで後ろもちゃんと見て!」

 

呆然と、混乱に陥り怒号と悲鳴を上げるクラスメイトに光輝はブンブンと頭を振るとハジメに頷いた。

そして現在の光輝の背後からは二度轟音と共にベヒモスの頭を狩人が教会の石槌で殴り付け、その衝撃によって後退させ、自らも傷を負った様で軽く吹き飛ばされて来て着地し、4本目の輸血液を使用する。

 

「ああ、分かった。直ぐに行く!メルドさん!すいませ──」

「下がれぇ──!」

「チィッ!小癪な!」

 

光輝が“すいません、先に撤退します”そう言おうとしてメルドを振り返った瞬間、メルドの悲鳴じみた警告と同時に、遂に障壁が砕け散った。

暴風の様に荒れ狂う衝撃波がハジメ達を襲う。咄嗟にハジメが前に出て、錬成により石壁を作り出すが容易く吹き飛ばされ砕かれる。多少は威力を殺せた様だが……舞い上がる埃がベヒモスの咆哮によって吹き払われた。

其処には、倒れ伏し呻き声を上げるメルドと騎士が三人と無傷で相対する狩人。衝撃波の影響で身動きが取れない様だ。狩人に至っては何時も通りステップによって回避したのだろう。メルド達の背後に居た事と、ハジメの石壁が功を奏した様だ。

 

くっ……護りながらの戦闘が続いている……これでは本来の戦い方が出来ずジリ貧に陥るのは必至だ、だが彼等は人だ……人は守らねばならん……その為の狩人であろう、ならば幾ら足手纏いであろうと撤退出来る程度にはせねばなるまい。今、此所で“月光”を振るうか……?否、此所では役者不足、演出が足りない、ならば、武器を変えよう……頭部を打つにしても未強化であり血晶石も埋めていない教会の石槌では限界が在る、ならば扱い難いがある程度の強化を施し血晶石も埋めてあるパイルハンマーを使うとしよう。

 

狩人は石槌を格納し、突出式の杭が付いた巨大な籠手の様な者を腕に嵌め、「ガシャン」と言う気味の良い音と共にパイルハンマーを射出形態に変形させ、戦闘態勢に入る

 

「ぐっ……龍太郎、雫、時間を稼げるか?」

 

光輝が問う。それに苦しそうではあるが確かな足取りで前へ出る二人。メルド達が倒れている以上自分達が何とかする他に無い。

 

「やるしかねぇだろ!」

「……何とかしてみせるわ!」

 

二人がベヒモスに突貫する。それと度衛士に狩人が大きく跳躍し、空中で半身を逸らし、腕を後ろに大きく引き、ベヒモスの顔面に着弾する瞬間に引き金を引き、爆音と共に杭を射出しベヒモスの頭甲に小さな罅を入れて吹き飛ばし、激発の勢いで一気に後方へと下がる。

 

「香織はメルドさん達の治療を!」

「うん!」

 

光輝の指示で香織が走り出す。ハジメへ既にメルド達の元だ。戦闘の余波が届かない様石壁を作り出している。気休めだが無いよりはマシだろう。

光輝は、今の自分が出せる最大の技を出す為の詠唱を開始した。

 

「神意よ!全ての邪悪を滅ぼし光をもたらし給え!神の息吹よ!全ての暗雲を吹き払い、この世を聖浄で満たし給え!神の慈悲よ!この一撃を以て全ての罪科を許し給え!“神威”!」

 

詠唱と共に真っ直ぐ突き出した聖剣から極光が迸る。先の“天翔閃”と同じ系統だが威力は段違いだ。橋を振動させ石畳を抉り飛ばしながらベヒモスへと直進する。龍太郎と雫は詠唱の終わりと同時に既に離脱している。ギリギリだった様で二人共ボロボロである。この短い時間だけで相当なダメージを負った様だ。狩人はと言うと右ステップで直撃する直前に回避し、極光の真横を沿うように疾駆している。

放たれた光属性の砲撃は、轟音と共にベヒモスに直撃した。光が辺りを満たし白く塗り潰す。激震する橋に大きく亀裂が入って行く。“神威”直撃による轟音から一拍遅れて二度轟音が鳴り響き、狩人がパイルハンマーから火薬の香りをさせながら飛んで来る。見た所傷を負った様子は見受けられなかった。余りにも大きな差を見せ付けられ、雫は小さく歯噛みした、負けた時の様子では差自体は其処まで無いと思っていたが、実戦に出て見れば様々な差が見えて来る物だ、彼がどれだけ手加減していたかを理解し、手加減された状態で負けた事に悔しさを覚えたのである。

 

「これなら……はぁはぁ」

「はぁはぁ、流石にやったよな?」

「だといいけど……」

「いいや、未だだ、奴は外見通りに相当タフだ。そして頭部の装甲は酷く堅牢だ、未だかなり余力を残しているだろう」

 

龍太郎と雫が光輝の傍に戻ってくる。光輝は莫大な魔力を使用した様で肩で息をしている。先程の攻撃は文字通り、光輝の切り札だ。残存魔力の殆どが持って行かれた。背後では治療が終わったのかメルドが起き上がろうとしている。そんな中、徐々に光が収まり舞う埃が吹き払われる。

その先には……

同じ場所に二度撃ち込まれたパイルハンマーによって齎された罅が拡大しただけのベヒモスが立っていた。その時には既に狩人は弓形態の“シモンの弓剣”に水銀弾から創り出された大矢を限界まで引き絞り、頭甲の罅中心に狙いを定めていた。

低い唸り声を上げ、魔物特有の赤黒い魔力を発しながら光輝を射殺さんばかりに睨んでいる。その直後、ベヒモスがすっと頭を掲げると同時に銀の軌跡を描いた大矢が罅の中心に突き刺さる、そんな事もお構いなしに頭の角がキィ──と言う甲高い音を立てながら赤熱化していく。そして、遂に頭部の兜全体がマグマの様に煮え滾った。

 

「チッ……未強化の弓剣ではやはり駄目か……」

「ボケッとするな!逃げろ!」

 

メルドの叫びに、漸く“ほぼ無傷”と言うショックから正気に戻った光輝達が身構えた、瞬間、ベヒモスが突進を始める。そして、光輝達のかなり手前で跳躍し、赤熱化した頭部を下に向けて隕石のように落下した。光輝達は咄嗟に横っ飛びで回避するも着弾時の衝撃波をモロに浴びて吹き飛ぶ。ゴロゴロと転がり漸く止まった頃には満身創痍の状態だった。

そんな中、光輝達は見ていた、彼が狩人の遺骨を使い“加速”し、着弾の瞬間に視認できない程の速度で二度のバックステップを踏み攻撃本体と衝撃波を躱し、前ステップで又衝撃波を通り抜ける。そんな様子を。

どうにか動ける様になったメルドが駆け寄ってくる。他の騎士達は未だ香織による治療の最中である。ベヒモスはめり込んだ頭を抜き出そうと踏ん張っている。

その隙を逃す程狩人は愚かでは無い、再び背に乗り、最初に抉り飛ばした箇所に向け、再び回転鋸で全力のタメからの振り下ろしを見舞い、より深く肉を抉り飛ばし、直ぐにメルド達の元へと離脱する。

 

「お前達!動けるか!」

 

メルドが叫ぶ様に尋ねるも返事は呻き声だ。先程のメルド達と同じ様に衝撃で身体が麻痺しているのだろう。内臓へのダメージも相当の様だ。

 

 

「貴公、立てるか?私も何時までも守ってやれる程余裕は無い、戦闘に時間を掛け過ぎている。そろそろ反対側に居る学徒達が限界を迎える頃合いだろうからな」

 

星歌の鐘を使い雫を助け起こす。

 

「そうね……未だ立てるわ、とは言え今の状態じゃ戦えないでしょうけど……」

「自分の状態が分かっているだけマシな方だ、貴公にはあの愚鈍な勇者を頼みたい、私は出来る限り奴の時間を稼ごう」

「分かったわ……悔しいけど今まで殆ど無傷で戦ってきた貴方に任せるしか無いわね」

「では、突破口の確保は頼んだぞ、又後で会おう」

 

そう言って狩人は雫を放し、光輝の元へと向かわせる、そして狩人はベヒモスに相対する。

メルドが香織を呼ぼうと振り返る。その視界に、駆け込んで来るハジメの姿を捉えた。

 

「坊主!香織を連れて、光輝を担いで下がれ!」

 

ハジメにそう指示するメルド。

光輝を、光輝だけを担いで下がれ。その指示は、即ち、もう一人くらいしか逃げる事も敵わないという事なのだろう。メルドは唇が切れる程強く噛み締めながら盾を構えた。此所を死地と定め、命を賭して食い止めるつもりだ。そんなメルドに、ハジメはとある提案をする。それはこの場の全員が助かるかも知れない唯一の方法。但し、余りにも馬鹿げている上に成功率と可能性も少なく、ハジメが一番危険を負う方法だ。

メルドは逡巡するが、ベヒモスが既に戦闘態勢を整えている。再び頭部の兜が赤熱化を開始する。時間が無い。

 

「……やれるんだな?」

「やります」

「なら、光輝は私が運びましょう、その方が余裕が在るでしょう?」

「雫、やれるのか?」

「えぇ、狩人さんに助けられて、更にはその恩人に頼まれてしまってはやるしかないじゃない、それに、ベヒモスとの前線は狩人さんも支えてくれるそうよ、成功率は高いと思うわ」

 

決然とした眼差しを真っ直ぐ向けてくるハジメと既に光輝を担ぎ始めた雫に、メルドは「くっ」と笑みを浮かべる。

 

「まさか、お前さんに命を預ける事になるとはな。……必ず助けてやる。だから……頼んだぞ!」

「はい!」

 

メルドはそう言うとベヒモスの前に。

 

「貴公、何か策でもあるのか?」

「あぁ、ほんの少しだけ囮になる、その間に次の準備を整えておけ、前線は任せたぞ!」

「心得た」

 

そして、簡易の魔法を放ち挑発する。ベヒモスは、先程光輝を狙った様に自分に歯向かう者を標的とする習性が在るようだ。

しっかりとその視線がメルドに向いている。そして赤熱化を果たした兜を掲げ、突撃、跳躍する。其の瞬間狩人は地を蹴り、ベヒモスが跳躍した地点に陣取り、水銀の入った注射器を左太腿に刺して血を抜き、血弾補充を行い、遺骨を構え、タイミングを計る。

メルドは、ギリギリまで引き付けるつもりなのか目を見開いて構えている。そして、小さく詠唱した。

 

「吹き散らせ、“風壁”」

 

詠唱と共にバックステップで離脱する。その直後、ベヒモスの頭部が一瞬前迄メルドが居た場所に着弾した。発生した衝撃波や石礫は“風壁”でどうにか逸らす。大雑把な攻撃なので避けるだけなら何とかなる。倒れたままの光輝を護りながらでは全滅していただろうが。

再び、頭部をめり込ませるベヒモスに、“加速”した狩人が回転鋸で斬り掛かり、ハジメが飛びついた。赤熱化の影響が残っておりハジメの肌を焼く。しかし、そんな痛みは無視してハジメは空色の魔力を迸らせながら詠唱を行った。名称だけの詠唱。最も簡易で唯一の魔法。

 

「“錬成”!」

 

石中に埋まった頭部を抜こうとしたベヒモスの動きが止まる。そして腹部から夥しい量の血を、強烈な痛みと共に吹き上げ続ける。周囲の石を砕いて頭を抜こうとしても、ハジメが錬成して直してしまうからだ。出血に関しては狩人が回転鋸の引き金を引き続け、その身に押し付けているからである。

ベヒモスは足を踏ん張り力尽くで頭部を抜こうとするが、今度はその足下が錬成される。ずぶりと一メートル以上沈み込む。更にダメ押しとハジメはその埋まった足下を錬成して固める。ベヒモスのパワーは凄まじく、油断すると直ぐ周囲の行き畳に亀裂が入り抜け出そうとするが、その度に錬成し直して抜け出す事を許さない。ベヒモスは頭部を地面に埋めたまま藻掻き、血を噴き出し続けている。中々に間抜けな格好だ。

その間に、メルドは回復した騎士団員達と光輝を担ぐ雫と香織を呼び集め、龍太郎を担ぎ離脱しようとする。トラウムソルジャーの方は、どうやら幾人かの生徒が冷静さを取り戻した様で、周囲に声を掛けて連携を取って対応し始めているようだ。立ち直りの原因が、実は先程ハジメが助けた女子生徒であったりする。

 

「待って下さい!未だ南雲君がっ!」

 

撤退を促すメルドに香織が猛抗議する。

 

「坊主の作戦だ!ソルジャー共を突破して安全地帯を作ったら魔法で一斉攻撃を開始する!勿論坊主がある程度離脱してからだ!魔法で足止めしている間に坊主が帰還したら、上階に撤退だ!」

「なら私も残ります!」

「香織……」

「駄目だ!撤退しながら、香織には光輝を治療して貰わにゃならん!」

「でも!」

 

尚言い募る香織にメルドの怒鳴り声が叩き付けられる。

 

「坊主の思いを無駄にする気か!」

「メルド団長の言う通りよ、香織。何よりも南雲君は彼本人を含めた全員が生き残る為に作戦を考えたのよ!南雲君の為にも私達は退路を開かなきゃ」

「ッ──」

 

メルドを含めて今居るメンバーの中で最大の火力を持っているのは間違いなく光輝である、狩人は光輝以上の攻撃力を持つが“広範囲攻撃は持っていない”、更に言えば戦闘技術の面ではメルドを遙か上回るため、ハジメと共にベヒモスを相手取ってハジメの援護をしている。少しでも早く治癒魔法を掛けて回復させなければ、ベヒモスを足止めするには火力不足に陥るかも知れない。そんな事態を避けるには香織が移動しながら光輝を回復させる必要が在るのだ。ベヒモスはハジメの魔力が尽きて錬成が出来なくなった時点で動き出す。

 

「天の息吹、満ち満ちて、聖浄と癒やしを齎さん、“天恵”」

 

香織は泣きそうな顔で、それでもしっかりと詠唱を紡ぐ。香織の持つアーティファクトで在る白い長杖が呼応しつつ、淡い光が光輝を包む。身体の傷と同時に魔力をも回復させる治癒魔法だ。

メルドは香織の肩をグッと摑み頷く。香織も頷き、もう一度、必死の形相で錬成を続けるハジメと哄笑をあげながらベヒモスの肉を削ぎ落とす狩人を振り返った。そして、光輝を担いだ雫と龍太郎を担いだ騎士団員達と共に撤退を開始した。

トラウムソルジャーは依然増加を続けていた。既にその数は二百体はいるだろう。階段側へと続く橋を埋め尽くしている。

だが、ある意味それで良かったの知れない。もし、もっと隙間だらけだったならば、突貫した生徒が包囲され惨殺されていただろう。実際、最初の百体程度の時に、それで窮地に陥った生徒は結構な数居たのだ。

それでも未だ死人が出ていないのは、偏に騎士団員達の御陰だろう。彼等は必死のカバーで生徒達を生かしたと言っても過言では無い。代償に彼等は満身創痍であったが。

騎士団のサポートが無くなり、続々と増え続ける魔物にパニックを起こし、魔法を使いもせずに剣やら槍やら武器を振り回す生徒が殆どである以上、もう数分もすれば完全に瓦解するだろう。

生徒達もそれを何となく悟って居るのか表情には絶望が張り付いている。先程ハジメが助けた女子生徒の呼び掛けで少ないながらも連携を取り奮戦していたも達も限界が近い様で泣きそうな表情である。

誰もがもう駄目かも知れない、そう思ったとき……

 

「“天翔閃”!」

 

純白の斬撃がトラウムソルジャー達のド真ん中切り裂き吹き飛ばしながら炸裂した。

橋の両側に居たトラウムソルジャー達も押し出されて奈落へと落ちて行く。斬撃の後は直ぐに雪崩れ込むように集まったトラウムソルジャー達で埋まってしまったが、生徒達は確かに、一瞬空いた隙間から上階へと続く階段を見た。今まで渇望し、どれだけ剣を振るえど見えなかった希望が見えたのだ。

 

「皆!諦めるな!道は俺が切り開く!」

 

そんな台詞と共に再び“天翔閃”が敵を切り裂いて行く。光輝が発するカリスマに生徒達が活気付く。

 

「お前達!今まで何をやって来た!訓練を思い出せ!さっさと連携を取らんか!馬鹿者共が!」

 

皆の頼れるメルドが“天翔閃”に勝るとも劣らない一撃を放ち、敵を次々と打ち倒す。何時も通りの頼れる声に沈んでいた気持ちが復活する。手足に力が漲り、頭がクリアになっていく。実は香織の魔法も加わっている。精神を鎮める魔法だ。リラックス出来る程度の魔法だが、光輝達の活躍と相まって効果は抜群だ。

治癒魔法に適性のある者が挙って負傷者を癒やし、魔法適性の高い者が後衛に下がって強力な魔法の詠唱を開始する。前衛組はしっかりと隊列を組み、倒す事より後衛の守りを重視し堅実な動きを心掛ける。

治癒が終わり復活した騎士団員達も加わり、反撃の狼煙が上がった。チート共の強力な魔法と武技の波状攻撃が怒濤の如く敵目掛けて襲い掛かる。凄まじい速度で殲滅していき、その速度は遂に魔物の召喚速度を超えた。

そして階段への道が開ける。

 

「皆!続け!階段前を確保するぞ!」

 

光輝が掛け声と同時に走り出す。

ある程度回復した龍太郎と戦える程度には回復した雫がそれに続き、バターを切り取る様にトラウムソルジャーの包囲を切り裂いて行く。

そうして遂に全員が包囲網を突破した。背後で橋との通路が肉壁ならぬ骨壁に寄って閉じようとするが、そうはさせじと魔法を放ち蹴散らす。

クラスメイトが訝しそうな表情をする。それもそうだろう。目の前に階段があるのだ。さっさと安全地帯に行きたいと思うのは当然である。

 

「皆、待って!南雲君を助けなきゃ!南雲君と狩人さんがたった二人であの怪物を抑えてるの!」

 

香織の言葉に何を言ってるんだという顔をするクラスメイト達。そう思うのも仕方ない、狩人は兎も角ハジメは“無能”で通って居るのだから。

だが、困惑するクラスメイト達が、数の減ったトラウムソルジャー越しに橋の方を見ると、其処には確かにハジメの姿があった。

 

「何だよあれ、何してんだ?」

「あの魔物、上半身が埋まってる?」

 

次々と疑問の声を漏らす生徒達にメルドが指示を飛ばす。

 

「そうだ!坊主と狩人がたった二人であの化け物を抑えているから撤退出来たんだ!前衛組!ソルジャー共を寄せ付けるな!後衛組は遠距離魔法準備!もう直ぐ坊主の魔力が尽きる。彼奴が離脱したら一斉攻撃であの化け物を足止めしろ!」

 

ビリビリと腹の底まで響く様な声に気を引き締め直す生徒達。中には階段の方向を未練に満ちた表情で見ている者も居る。無理も無いだろう。ついさっき死にかけたのだ。一秒でも早く安全を確保したいと思うのは当然だろう。しかし、メルドの「早くしろ!」と言う怒声に未練を断ち切るように戦場へと戻った。

その中には檜山大介も居た。自分の仕出かした事とは言え、本気で恐怖を感じていた檜山は、直ぐにでもこの場から逃げ出したかった。

しかし、ふと脳裏にあの日の情景が浮かび上がる。

それは迷宮には居る前日、ホルアドの待ちで宿泊していた時のこと。緊張の所為か中々付けずに居た檜山は、トイレ序でに外の風を浴びに行った。涼やかな風に気持ちが落ち着いたのを感じ、部屋に戻ろうとしたのだが、その途中、ネグリジェ姿の香織を見かけたのだ。初めて見る香織の姿に思わず物陰に隠れて息を詰めていると、香織は檜山に気が付かずに通り過ぎて行った。気になって後を追うと、香織は、とある部屋の前で立ち止まりノックをした。その扉から出て来たのは……はじめだった。

檜山は頭が真っ白になった。檜山は香織に好意を持っている。しかし、自分とでは釣り合わないと思っており、光輝の様な相手なら所詮住んでいる世界が違うと諦められた。

しかしハジメは違う。自分より劣った存在(檜山がそう思っているだけ)が香織の側に居るのは可笑しい。それなら自分でも良いじゃあないか、と端から見れば気が狂っていると言われても可笑しくは無い考えを檜山は本気で思っていた。

そして、もう一つは二日前の光景を思い出していた、ハジメを守ったあの男、今はハジメと共にベヒモスを抑えている狩人に沈められた事を、御門違いにも程があるが根に持っていた。

唯でさえ溜まっていた不満は、既に憎悪にまで膨れ上がっていた。香織が見蕩れていたグランツ鉱石を手に入れようとしたのも、その気持ちが焦りとなって表れたからだろう。

その時の事を思い出した檜山は、たったの二人でベヒモスを抑えるハジメを見て、今も祈るようにハジメを案じる香織を視界に捉え……仄暗い笑みを浮かべた。

その頃、ハジメは自分の魔力が尽きるのを感じていた。既に回復薬は無い。チラリと後ろを見るとどうやら全員撤退出来た様である。隊列を組んで詠唱の準備に入って居るのが分かる。

 

「貴公、皮膚が焼けたままでは動き辛かろう、私は戦闘を想定した離脱を行う故貴公を担ぐ事は出来んが、このくらいはしておこう、此で魔力が回復する事は無いが、貴公の離脱は多少円滑になるであろう」

「ありがとうございます。」

 

狩人は懐から“星歌の鐘”を取り出し、ハジメを治癒する。

ベヒモスは相変わらず藻掻いているが、この分ならば錬成を止めても数秒は稼げるだろう。その間に少しでも距離を取らなければならない。額の汗が目に入る。極度の緊張で心臓がバクバクと今まで聞いた事が無い程大きく音を立てているのが分かる。

ハジメはタイミングを見計らった。そして、数度目の亀裂が走ると同時に最後の錬成でベヒモスを拘束する。同時に、狩人が先行し、ハジメが追随する形で一気に駆け出した。

ハジメが猛然と走り出した五秒後、地面が破裂する様に粉砕されたベヒモスが咆哮と共に起き上がる。その眼に、憤怒の色が宿っていると感じるのは勘違いでは無いだろう、更に言えば夥しい量の血を流している筈なのに生きているタフさが空恐ろしく感じる。

鋭い眼光が己に無様を晒させた怨敵を探し、ハジメを捉えた。再度、怒りの咆哮を上げるベヒモス。ハジメに追い縋ろうと四肢に力を溜めた。

だが、次の瞬間、あらゆる属性の攻撃魔法が殺到した。

夜空を流れる流星の如く如く色取り取りの魔法がベヒモスを打ち据える。ダメージはやはり無い様だが、しっかりと足止めしとなっている。

油断は一切せず、ハジメは付いて来ていると言う確信と共に回転鋸を背に負い、槌鉾と丸鋸を分離し、エヴェリンを抜き放つ。ベヒモスとの距離は既に三十メートルは開いただろう、そう思い周囲に目を配り、悪意の矛先を探し求めた──見付けた……!思わず狩人の口が裂け、嗤う。奴はもう、生かしては置けない、機を見て狩ろうと意思を固めた。

その直後、空を駆ける数多の魔法の中で、“二つの火球”がクイッと狩人に軌道を僅かに曲げたのだ。……狩人へ向け、明らかに狙い誘導された物だ、だが、何故…?“火球は二つ”なのだ?瞬時に判断を鈍らせる思考を斬り捨て、高い啓蒙によって“魔力の流れが見える様に”なっていたが故に、狩人は火球一つの魔力が最も集まる場所、つまりは魔法の核に銃口を向け、エヴェリンで撃ち抜き、もう一つの火球は撃てば間に合わない為、前ステップで回避する、そして漸く思い至った。“もう一つの火球は己の背後に居るハジメに向けられた物”であるとだが、気付いてからではもう遅い、その狩人の眼は既に檜山を捉えて居た、明確な殺意を持って。しかし誰にも悟られる事無く。

ベヒモスも何時までも一方的にやられっぱなしでは無かった。ハジメが立ち上がった直後、背後で咆哮が鳴り響く。

そして最後に見たベヒモスの姿は、崩壊する橋やハジメと共に落下している光景であった、ハジメは運が良い、故に恐らく死ぬ確率は低いだろう、だが、絶対に死なない等と言う事が無い、故に虚空に腕を突っ込み、インベントリから遠距離に居る物などに触れられる物が無いかと探る。だが、その全てが高い殺傷性を持っているが故に仕込み杖も、獣肉断ちも、用いれば確実にハジメを殺してしまう、だからこそ、狩人は崖際を左手で掴み、右腕を差し出すことしか出来なかった。とは言えその距離は絶望的であり、明らかに届く筈は無い、それを察した狩人は早々に崖際から飛び上がり、ハジメが運良く生き長らえる事を祈るべき神も何も居ないのだが、祈るほか無かった。

 

「グワァアアア!?」

 

悲鳴を上げて落ち行くベヒモス。

そして、救えなかったハジメ。

物事に対し余り興味を示さない狩人であるが、“真面な人間を救えなかった”更には“未だ子供である者”を救えなかったと言うのは、彼の少女の事を思い出し、精神的に堪える物がある。

そして飛び出そうとする香織を光輝と雫と共に抑える。

 

≪≪♢♢♢≫≫

 

響き渡り消えゆくベヒモスの断末魔の絶叫。ガラガラと騒音を立てながら崩れ落ちて行く石橋。そして……瓦礫と共に奈落へと吸い込まれる様に消えて行くハジメ。絶望的な距離の中、崖際を掴み、ハジメに手を伸ばす狩人。

その光景を、まるでスローモーションの様に緩やかになったなった時間の中で、只見ている事しか出来ない香織は自分に絶望する。

香織の頭の中には、昨夜の光景が繰り返し流れて居た。月明かりの差す部屋の中で、ハジメの入れてくれたお世辞にも美味しいとは言えない紅茶擬きを飲みながら二人きりで話した。あんなにじっくりと話したのは初めてだった。

夢見が悪く不安に駆られ、行き成り訪ねた香織に随分と驚いてたハジメ、気付けば不安は消え去り思い出話に花を咲かせていた。

浮かれた気分で部屋に戻った後、今更の様に自分が随分と大胆な格好をして居た事に気付き、羞恥に身悶えると同時に、特に反応していなかったハジメを思い出して自分には魅力が無いのかと落ち込んだりした。一人百面相する香織に、同室の雫が呆れた表情をしていたのも黒歴史だろう。

そして、あの晩、一番重要な事は、香織が約束した事だ。

“ハジメを守る”と言う約束。ハジメが香織の不安を和らげる為に提案してくれた香織の為の約束だ。奈落の底へ消えたハジメを見つめながら、その時の記憶が何度も何度も脳裏を過る。

何処か遠くで聞こえていた悲鳴が、実は自分の物だと気付いた香織は、急速に戻ってきた正常な感覚に顔を顰めた。

 

「離して!南雲君の所に行かないと!約束したのに!私がぁ、私が守るって!離してぇ!」

 

飛び出そうとする香織を雫と光輝が必死で羽交い締めにする。香織は、細い身体の何処にそんな力が在るのかと疑問に思う程尋常では無い力で引き剥がそうとする。其処に狩人が加わり、背後から両腕で肩を固める形で抑え付ける。

このままでは香織の身体は壊れるかも知れない。しかし、だからと言って、断じて放す訳には行かない。今の香織を放せば、そのまま崖を飛び降りるだろう。其程、普段の穏やかさが見る影も無い程必死の形相であった。いや、悲痛と言うべきだろう。

狩人は、人の恋慕とは、此程までに容易く人の限界を超える力を発揮させる物なのかと驚愕する。

 

「香織っ、駄目よ!香織!」

「落ち着け貴公!ハジメは落ちただけだ!死んでいると確定した訳では無いだろう!だが飛び降りれば貴公がハジメと再会する前に死ぬ事になるぞ!」

 

雫は香織の気持ちが分かっているからこそ、掛けるべき言葉が見つからない。只必死に名前を呼ぶことしか出来ない。狩人も又、香織の気持ちには気付いていたが、人間とは、一度死ねば終わりなのだ。ならば一縷の望みくらいは抱かせ、落ち着かせる為の足掛かりにしようとしが、結果は芳しく無い。

 

「香織!君まで死ぬ気か!南雲はもう無理だ!落ち着くんだ!このままじゃ、身体が壊れてしまう!」

 

それは、光輝なりに香織を気遣った言葉。しかし、今この場で錯乱する香織には言うべきでは無い言葉だった。

狩人は一瞬、如何やって光輝を物理的に黙らせるかを思案したが、今は其れ処では無いと思い、香織を落ち着かせることに注力する。

 

「無理って何!?南雲君は死んでない!行かないと、きっと助けを求めてる!」

「正気か!?この高さから落ちたのだ!無事だったとしても意識は無い!助けを求めるにしても数時間は必要となる!それに飛び降りて貴公が助かる保証は無いのだぞ!」

 

狩人の言葉に耳を貸す様子は無く、未だに狩人達を振り解こうと藻掻く。龍太郎や周りの生徒達も如何すれば良いか分からず、オロオロとするばかり。

その時、メルドがツカツカと歩み寄り、問答無用で香織の首筋に手刀を落とした。

ビクッと一瞬痙攣し、そのまま意識を落とす香織。ぐったりする香織を抱え、光輝がキッとメルドを睨む。文句を言おうとした矢先、雫と狩人が機先を制し、メルドに頭を下げた。

 

「すいません。ありがとうございます」

「済まない、助かった、私では手刀を落とした際に頸椎を破壊してしまう可能性が在ったからな……その手段を使えず困り果てていた所だった。彼女が目覚めた時に少しは冷静になっていて欲しいものだ」

「礼など……止めてくれ。もう一人も死なせる訳にはいかない。全力で迷宮を離脱する。……彼女を頼む」

「言われる間でも無く」

 

離れていくメルドを見つめながら、口を挟めず仏頂面をした光輝から雫を受け取った雫は、光輝に告げる。

 

「私達が止められないから団長さんが止めてくれたのよ。分かるでしょ?今は時間が無いの。香織の叫びが皆の心にもダメージを与えてしまう前に、何より香織が壊れる前に止める必要が在った。……ほら、あんたが道を切り開くのよ。全員が脱出するまで。……南雲君も言っていたでしょう?」

 

雫の言葉に、光輝は頷いた。

 

「そうだな、早く出よう」

 

目の前でクラスメイトが一人死んだのだ。クラスメイト達にも多大なダメージが刻まれている。誰もが茫然自失と言った表情で石橋のあった方をボーッと眺めていた。中には「もう嫌!」と座り込んでしまう物も居る。

ハジメが光輝に叫んだ様に今の彼等にはリーダーが必要なのだ。

光輝がクラスメイト達に向けて声を張り上げる。

 

「皆!今は生き残ることだけを考えるんだ!撤退するぞ!」

 

そうして皆ノロノロと立ち上がり、狩人とメルド達が先導する形で階段を上り切るであろう頃。そろそろ小休止を挟むべきかとメルドが考え始めた時、つい上方に魔方陣が描かれた大きな壁が現れた。

学徒達の顔に生気が戻り始める。メルドは扉に駆け寄り詳しく調べ始めた。

フェアスコープを使うのも忘れない。

その結果、どうやらトラップの可能性は無さそうである事が分かった。魔方陣に刻まれた式通りに一言詠唱して魔力を流し込む。すると、まるで忍び屋敷の隠し扉の様にくるりと一回転し、奥の部屋への道が開いた。

扉を潜ると其処は元の二十階層の部屋だった。

 

「帰ってきたの?」

「戻ったのか!」

「帰れた……帰れたよぉ……」

 

学徒達が次々と安堵の吐息を漏らす。中には泣き出す生徒やへたり込む生徒も居た、光輝達ですら壁にもたれ掛かり今にも座り込んでしまいそうだ。しかし、此所は未だ迷宮の中。低レベルとは言え何時何処から魔物が現れるか分からない。完全に緊張の糸が切れてしまう前に迷宮からの脱出を果たさなければならない。

メルドは休ませてやりたいという気持ちを抑え、心を鬼にして生徒達を立ち上がらせた。

 

「お前達!座り込むな!此所で気が抜けたら帰れなくなるぞ!魔物との戦闘は成る可く避けて最短距離で脱出する!ほら、もう少しだ、踏ん張れ!」

 

生徒達の無言の不満を一睨みで封殺したメルド。生徒達は渋々、フラフラしながら立ち上がる。光輝が疲れを隠して率先して先を行く。道中の敵を、騎士団員達や狩人が中心となって最小限だけ倒しながら一気に地上へ向け突き進んだ。

そして遂に、一階の正面門と何故だか懐かしさすら感じさせる受付が見えた。迷宮に入ってから一日も経っていない筈だというのに此所を通ったのが随分昔のような気がしているのは恐らく少数では無いだろう。

今度こそ本当に安堵の表情で外に出て行く生徒達。正面門の広場で大の字になって倒れ込む生徒も居る。一様に生き残った事を喜び合って居るようだ。

だが、一部の生徒──未だに目を覚まさない香織を背負った雫や光輝、その様子を見る龍太郎、恵理、鈴、そしてハジメが助けた女子生徒などは暗い表情だ。そんな生徒達を横目に気にしつつ、受付に報告に行くメルド。

二十階層で発見した新たなトラップは危険過ぎる。石橋が崩れてしまったので罠として未だ機能するかは分からないが報告は必要だ。そして、ハジメの死亡報告もしなければならない。憂鬱な気持ちを顔に出さない様苦労しながら、それでも溜息は吐かずにはいられないメルドであった。




約40000文字もの長い話を読んで貰って有難う御座います、次からは最高でも20000文字以内に収めたいと思ってるんで。又読んで貰えると幸いです。

狩人の能力値、99のカンストを越えさせる?

  • 越えさせる
  • 越えさせない
  • 任せる
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