東方劣化伝   作:籠の中の鳥

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第十四生 その男 妖怪と対峙する

 

 

 面倒くさいことになった。

 いや……なんで私がこんなことしないといけないのかと疑問が尽きない。

 

 それにしても面倒くさい。

 こうやって時間を無駄にするのも一体何回目なのだろうか。

 

 元々意味のない旅路ではあるが、さっさと出発したいのだが……これでは出発どころではなくなってしまった。

 何故このタイミングで現れるのだろう、空気を本当によんでほしい。

 

 一瞥して目の前にいる者たちに視線を向ける。

 相手もそれを返すかのようにギョロリと睨みかえしてくる。

 

 

 

 こうなってしまったのは数分前で――

 こうなってしまった張本人は馬鹿なあいつで――

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

「おはよー!」

 

「ええおはよう」

 

 

 元気いっぱいに響くその声は寝起きの頭にガンガンと反響する。

 それが日常茶飯事になったのは何時ごろからだろうか……というかこいつは本当に人間何のだろうか。

 

 人間の寿命は短い。

 長くても四、五十年くらいのはずだ。

 

 それがなんだ……もうすでに百年近くにいるというのに、まったく老化が進んでいない。

 もしかしたら半妖かと考えたが、そんな風には見えないし、何より本人は自分を人間だと言っていた。

 

 

 

 結論――こいつだから仕方ない。

 考えるのを放棄したに近いそれは、まあクロの事だしと結論付けてしまう。

 

 それが妙にしっくりきてしまうのが面白いところだ。

 川辺で顔を洗いながらこんなことを考えている私も相当だが――

 

 

「ルー! これ見て―!」

 

 

 嬉しそうな顔をしながら手を振っている。

 そう言えば、最近ではもう声が詰まる回数がないに等しいくらいになっていた。

 

 これも長い時間努力したからであろう……いやもう練習に付き合うのは勘弁してほしい。

 何回教えてもすぐに忘れてしまうあの鳥頭をなんかい切り刻みたくなったことか……いまではいい思い出だと考えたい。

 

 

「これー! おいしそうー!」

 

 

 持ってきたものは瑞々しい野菜――胡瓜だ。

 おいしそうなのはいいのだが……こんなもの一体どこから拾ってきたのか。

 

 

「たくさんあった!」

 

 

 クロが指さした方向には川に冷やされている野菜があった。

 明らかに人為的に施されており、野菜が流されないように柵も丁寧に作られていた。

 

 そこから考えるに一刻も早くこの場から去ったほうがいいだろう。

 人目はなるべく避けたいところだ、面倒事を避けるのは昔から変わらない。

 

 まあ……クロを除いてと言ったほうがいいか。

 なんとなく隣に置いているだけだから数にはしないようにしている。

 

 

「クロ、ここから離れるわよ」

 

「きゅうり! なす! はくさい! えっと……ルー! これなーに!?」

 

 

 思い切り大声なのが清々しく感じる。

 ああ……これは――

 

 

「だれじゃー!! わしゃの庭には入っちょる奴ゃ!!」

 

 

 まあこうなるわよね……

 しかし、よくよく考えるとこんな山奥に人が住む者なのか?

 

 ここには妖怪しかいないはずだし、ましてや堂々と野菜まで冷やしている。

 もう開き直って顔を見てやろう、私を見れば逃げていくか命乞いをするだろう……相手が私を妖怪と判断できればの話だが――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――予想通り人影が見えたのはいいが、思っていたものとは違う答えが出てきた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この河童様――川本様の野菜ば荒らしちょりゅのば誰じゃー!!」

 

 

 河童だった。

 そしてクロ、無視して胡瓜を食べ続けるな。

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

「すんませんしたー!!!」

 

 

 目の前に土下座しているのが川本という河童である。

 ご丁寧に家にまで上がらされ、野菜の漬物まで出してくれた。

 

 

 おいしそうに頬張り続けるクロと――

 必死に死から逃れようとする河童と――

 

 

 なんとも形容しがたい光景が出来上がっていた。

 そう考えつつ胡瓜の漬物を頬張ってみる――普通にうまい。

 

 

「ま、まさかぁ同じ妖怪ば思わんとで……どうか! この場はこのくんらいで勘弁して下せぇ!」

 

「ルー! このキャベツ! おいしー!」

 

「あなたは黙ってなさ――それ白菜よ」

 

「うんまーい!!」

 

 

 なんというか――疲れた。

 こういう面倒な場面とはあまり遭遇したくないものである。

 

 だが実際問題出会ってしまっては仕方ない。

 ……面倒だからさっさと立ち去ってしまおう。

 

 

「クロ、行くわよ」

 

「ちょ、ちょいとお待ち下せぇ!」

 

「――今度は何」

 

 

 許しを乞えていた次は急に引きとめられてしまった。

 内心怒りを隠しつつ、なるべく丁寧な口調で口を動かす。

 

 そしていい加減食べるのをやめてほしい。

 一体いつまで食っているんだこの馬鹿は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「この黒髪ば人間ちゃいません?」

 

 

 ピンと、思考回路が変わる音が聞こえる。

 目を細めて河童を睨みつけ、次の言葉を待つ。

 

 

「いやぁ! 最近はお目にかかれねもんでさぁ! 久しいのぉ! 久しいのぉ!!」

 

 

 ガハハと先ほどまで謝り続けていたものとは違い、豪快な態度に変貌していた。

 その顔、言動は本当に嬉しそうな感情が見て取れたが、それでもなお河童を睨み続ける事をやめない。

 

 

「おもしろいでんなぁ! 妖怪が人間ば連れてるなんちゅうのは!!」

 

「あんたも妖怪でしょ」

 

「ん? そうでんなぁ! アッハッハ!!」

 

 

 腹を抱えて笑いはじめる河童を尻目に、私はその河童の一挙一動を警戒する。

 クロと会ってからは全く見ることがなかった同類――それが何を意味するかは概ね分かっていた。

 

 

「にしてもあんさん――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――なんで襲わんと?」

 

「あなたには関係ない」

 

「関係ない……関係ないと」

 

 

 わざとらしく考え込む河童――

 わざとらしくシラを切る私――

 

 

「そうなると……あんさんは珍しい妖怪でんな! 人間ば連れる妖怪なんさ聞いたこたぁない!」

 

「なら私が一番かしら?」

 

「違ぇねぇ!!」

 

 

 何がおかしいか笑う河童――

 不敵な笑みを浮かべる私――

 

 

「んだらば……物は相談なんだがねぇ」

 

「何かしら」

 

 

 上半身を乗り出す河童――

 クロの様子を確認する私――

 

 

「その人間ば――」

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 私は河童の家の縁側に腰かけている。

 そして雲の動きを何も考えずに眺め続ける。

 

 

「人間! いざぁ――尋常にぃ!!」

 

「しょーぶー!!」

 

 

 パチン

 

 

「おお? 面白い手だぁ! だが甘く見ちゃだめとよ!!」

 

「どーりゃー!!」

 

 

 パチン

 

 

「ククク……甘か甘か!! そんな手ば知っちょると!!」

 

「うーりゃー!!」

 

 

 パチン

 

 

「「ムムムーー!!」」

 

 

 パチン

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「いや――意味が分からない」

 

 もう疲れた

 帰りたくなってきた……家なんてないけれど――

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

「――勝負ばさせて欲しい!」

 

「……」

 

 

 肩に乗っていたおもりが宙を飛び、どこか彼方へと飛んで行くのを感じる。

 予想していたものと違う答えを再び聞く羽目となった私は、今どんな顔をしているのだろうか……多分引きつっていただろう。

 

 

「いやぁ! 人間ば会うなんて久しくてのぉ!! 血がたぎって仕方ないとのぉ!!」

 

「……はぁ」

 

「しかし……ここまで進化してたとか……人間ば進化がはやとなぁ!!」

 

 

 クロのまじまじと見つめるそれは、感動と感涙の涙を同時に浮かばせていた。

 そして部屋の隅に置いてあった四角い置物と、それよりも小さい四角い箱のようなものを持ってきた。

 

 

「ルー! この大根! おいしー!!」

 

「あー」

 

 

 片手を額に持っていき、思わずため息を吐いてしまう。

 身構えていた体から力が抜けていき、苦い顔つきになっていく。

 

 

「人間! これで勝負ばしてくれんとか!?」

 

「しょーぶ?」

 

「んだ! この『将棋』ば付き合ってくれ!」

 

「しょ……う、ぎ」

 

 

 クロが野菜の漬物を食べるのを止め、持ってきた『将棋』とやらをまじまじと見つめる。

 その『将棋』と言う物を私は知らない。見たこともないし聞いたこともない代物で、クロが出来るはずのない代物だと確信した。

 

 

「まあ……ワイもやったことばないけんども、やり方はこの紙見て知っとるし、練習もしたことば――」

 

「しって、るー」

 

「え?」

 

 

 思わず疑問の声が漏れてしまう――いや、驚愕だったのかもしれない。

 

 

「おお! さすが人間と! どれ、一回やらんと?」

 

「んー、自分……弱いー」

 

「んだらばワイはこの『飛車』と『角行』ば使わんと、これで公平ばなると!」

 

「……やーるー!!」

 

「よっしゃー!!」

 

 

 ジャラジャラと箱に入っていた小さなものを四角い台に取り出す。

 その中身にあった物を『二人』は決まった置き場へと移動させる。

 

 なぜだか知らないがドッと疲れが出てきた。

 頭を抱えつつ近くにある縁側へと移動する。少し頭を冷やそう――

 

 

 

>――――――――――<

 

 

 

 いつの間にか横に置いてあったお茶を飲む。

 一息をついた後、後ろにいる二人の様子を眺めようとして――やめた。

 

 

「く……ここまでやるば知らんと……『飛車』と『角行』ばないときついと――」

 

「おーてー!!」

 

「ぬおーーー!!!!!!!」

 

 

 どうやらクロが勝ったようだ。

 どうやら手加減されていたようだが、よくクロが勝て――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――クロが勝った?

 

 

 違和感――

 何かを感じる。

 

 

 あのクロが?

 勝利を手にする?

 

 

 普通なら当たり前――

 『普通』だったなら当たり前――

 

 

 しかしあのクロだ。

 あのクロが物事で勝利を手にする。

 

 

 百年近く一緒にいた経験

 それがその勝利を否定する。

 

 

 

 よく転び――

 よく泣き――

 よく間違え――

 よく怪我をし――

 よく勝負に負け――

 

 

 

 上げ出したらキリがない

 それが何を意味するのか

 

 

 

 

 

 一つの自論が出来ていた。

 クロには何かあるのではないかと

 

 

 人間は良くも悪くも成長する。

 周りにあるものを吸収し、我がものとする。

 

 

 しかしクロは違う。

 明らかにおかしい点が多いのだ。

 

 

 まずは経験が身につかない。

 言語は治ったのかもしれないが、それはあくまで『治った』だけのように思える。

 

 

 何が言いたいのか。

 クロは変わらないのだ――良くも悪くも

 

 

 

 

 

 まるで時が止まったかのように――

 まるで何かに阻まれているように――

 

 

 

 

 

 最近では能力ではないかと考えてもいる。

 だが何の能力なのか見当もつかないし、今まで気にもしていなかった。

 

 

 

 だが今回の出来事で考えが変わった。

 もっとクロを知りたい――何を隠しているのかを知りたい。

 

 

 その秘めている何かを――

 あの時に見た『闇』の真髄を――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「ん? こりゃ『二歩』じゃないか?」

 

「んー?」

 

「つまり――反則負けじゃ」

 

 

 一気にガラガラと崩れてはいけないものが崩れていく。

 手に持っていた湯呑みを規則正しく、音を出さないように置く。

 

 

 そして流れるように縁側で横になる。

 そして流れるように目を細めていく。

 

 

「ん? 寝るんかい? そうじゃ! 今日は泊まって行き! 飯も作っちゃる!!」

 

「めーしー!!」

 

「ガッハハハ!! 久しぶりに酒も開けるけいの!!! 楽しみにしとき!!!!」

 

 

 なにやら聞こえてくるが無視する。

 もう何も考えたくないし、考える気すらない。

 

 

「ルー? おねんね?」

 

「そーよー私は寝るの」

 

 

 誰が聞いても棒読みに聞こえただろう。

 しかし、このクロには分かるはずもない。

 

 

「いしょーに……寝ていい?」

 

「勝手にして」

 

「うん!」

 

 

 ゴンと大きな音が私の耳に聞こえる。

 ついでにクロのうめき声が聞こえた気もするが無視する。

 

 

 

 

 ああなんて今日は――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ――とても素晴らしい日なのだろう

 

 

 






「頭……ガンガンー」


 痛い頭を撫でつつ、用意されていた布団の中にくるまる。
 それにしても今日はとても楽しい日だったなと少し笑顔になる。


「しょーぎ、久しぶりー」


 とても楽しかった将棋だった。
 でも……なぜあれが将棋だと分かったのかも、なぜやり方を知っているのかも分からなかった。


 楽しめたからいいや。
 そんなことよりも早く寝よう。


 本能に逆らうことはできず……自分は知らないうちに眠ってしまっていた。
 その夜に見た夢はいつも見る悪夢ではなく、とてもとても楽しい夢だったなと思った。









『ほら、そこはこうやるのよ?』

『難しいね!これどう動かすんだっけ!?』

『はぁ……仕方ないわね、飛車と角行は使わないわ』

『え!いいの!?』

『まあ――また二歩しないように』

『むー!もうしないよ!!』


 一瞬時が止まる。
 暫くして――と――は同時に笑った。



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