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あれから数年の月日が経った。
幾度と季節が過ぎ、クロと会ってから何百回目かの冬がやってきた。
例年になく寒さが厳しくなり、雪が腰の高さまでになっていた。
さすがに寒さの厳しさを身にしみて理解し、拾った布で寒さをしのごうとする――が、あまり意味をなしていない。
ザクザクと雪を踏みしめる。
今は吹雪いていないから大丈夫だが、早いうちに雨風を凌げる場所を探した方がいいだろう。
一方のクロとはいうと――
「雪綺麗だねー! 食べたらおいしいかな?」
――このように元気である。
しかしいつも思うのだが、半袖で寒くないのだろうか。
とりあえずそのことは置いておくとしよう。
それよりも気になる点がいくつもあるのだから――
「ルーは冬嫌い?」
「寒いのを除けば好きかもしれないわね」
「寒い? 運動すれば暖かくなるよ!」
調子に乗って走りまわり、川へと転落する。
明らかに不注意だが、この時期に川に転落するのは何かと危ない。
「ち、ちべたい!!」
「何やってるのよ……ほら」
「ごめん……なさい」
呆れつつも手を差し出す。
こう考えると私もずいぶん丸くなったと思える。
クロの手は冷水のように冷たく、引き上げた瞬間に手を息で暖める。
よくこんな寒いのに元気なものだなと感心する一方、できればもう少し静かにして欲しい気持ちが同時に巻き起こる。
「さっさと行くわよ……吹雪かれたら困るし」
「はーい……じゃなくて、はい!」
「別にそのくらいなら訂正しなくてもいいわよ」
クロに背を向け、また雪が敷き詰められた道を歩き出す。
後方で何か音が聞こえたが――どうせまた転んだのだろう、見なくても分かってしまう。
「うべっ!!」
一応振り向くと、予想通り転んでいた。
再度手を差し出し立ち上がらせる……が、またクロが滑ってしまう――私の手を掴んだままでだ。
雪が圧縮され、大きな穴が二つ出来上がる。
頬を引きつらせてしまうがこれは仕方ないだろう、寒さを我慢しつつ立ち上がる。
「ふぎゅ!」
先ほどと同じような叫びが聞こえるが無視する。
まさか善意が仇で返ってくるなんて思いもしなかった……手を差し伸べただけなのにだ。
「ま、まって! ルー! ごめんな――むぎゃ!!」
服に着いた雪を払い、恨めしそうな表情で歩き出す。
誰かを忘れているようだが多分気のせいだろう――絶対気のせいだろう。
そして何かが転んだ音が聞こえたが、それも気のせいだろう。
木から落ちてきた雪が『偶然』そこに動物がいて変な声を出したに違いない――そうに違いない。
>――――――――――<
おかしい。
明らかにおかしかった。
ずっと近くにいたからこその疑問――
百年近く一緒に行動をしていたからこその疑問――
クロの成長は遅い。
百年経ってようやく言葉を少し話せる程度にしか成長していない。
おそらくそれはクロだからだろうと割り切っていた。
もしかしたら何かあるかもしれないと思ってはいた。
ここ数年の成長は著しかった。
普通に会話が出来る。
普通に料理が出来る。
普通に理解が出来る。
この普通が違和感でしかなかった。
明らかに異常なほどの成長である。
なにが原因なのだ。
クロに何があったのだ。
答えは分からない。
だが糸口がないわけではない。
数年前にあった出来事
これが何かの因果を感じる。
河童と出会った時だ。
その時に会った違和感
クロは過去に何かがあった。
その深淵を知るのも一つの通過点
この二つを照らし合わせる。
何かが見えてくるかもしれない。
それが一体何を意味するのか。
それが原因に近づくことのできる――
>――――――――――<
「ヘックシ!!」
クロの咳で我に返る。
どうやら考え込んでしまっていたようだ。
私らしくない……と、昔も言っていたような気がする。
火花を散る焚火に小枝を投げ入れる――が、やはり湿っており勢いが強くならない。
「うー寒い……『カイロ』が欲しいなぁ」
「何よそれ」
「えっとね――なんだっけ?」
クロはいつも通りウンウンと考え込んだ。
溜息をしつつも、ジッとクロを見つめる。
あの時からクロはたまに私の知らない言葉を使うようになった。
それが一体何なのかも分からないし、聞いたことのないものばかりである。
それが何だかイラついてしまう。
なぜか分からないが妙に疎外感を感じる。
「なんだって言うのよ」
ぼそりとクロに聞こえないように呟いてしまう。
最近クロに対する感情も変わってきたのかもしれない。
やはり人間――
やはり妖怪――
相容れない存在だから仕方ない。
元々はそうなのだろう、それが因果なのだから。
「人間……ね」
踏み入ることのできない見えない境界線があるような、そんな錯覚に陥る。
クロを見ているとそんな感じがしなかったが、最近では少し離れて行ってしまった。
人間は変わる生き物だ。
河童がそんなことを言っていた。
確かにその通りだと私はその時思った。
人間は考察し、努力し、そして成長していく。
私たち――妖怪は違う。
妖怪は変わらないのだ。
私たちは成長しないし、そう思うこともない。
それが自己を主張するためなのか、人間とは違う何かを持ちたいのか――私には分からない。
人間――クロならこの『分からない』を追求するだろう。
妖怪――ルーミアならこの『分からない』を廃棄するだろう。
それが些細な違いであり、決定的な違いである。
それが小さな溝を作りだし、大きな溝を作り出す。
「ルー! 明日はどこまで行く?」
「そうね……行けるところまでかしら」
うやむやな答えを口から出す。
正確な言葉を話したのは何時の事だろうか。
最初から目的のない旅だ。
自分探しだと言っていた気もするが、結局は暇つぶしなのだろう。
「明日晴れるといいねー」
「そうね、寒いのは勘弁してほしいわ」
「寒いのは嫌だけど……雪は好きだよ」
振り続けている雪を眺めてみる。
私にはそれがただ『雪が降っている』ようにしか感じない。
クロにはどう感じているのだろうか。
聞いてみたくもないが、その行為自体が負けた気がしてやめた。
ふと思う……私にとってクロに勝つというのはどういうことなのだろうか。
腕力で勝つ。
当たり前である。
頭脳で勝つ。
当たり前である。
寿命で勝つ。
当たり前である――こいつはよく分からないが……
それ以外は何だろうか?
こう考えるとなかなか出てこないものだ。
さらに物思いにふける。
逆に負けているものは何なのだろうか?
成長で負ける。
まず私たちは成長しない。
努力で負ける。
まず私たちは努力しない。
人望で負ける。
まず私たちは好かれない。
人間――クロになくてクロにあるもの。
妖怪――ルーミアになくてルーミアにあるもの。
少ないようで多くあり――
小さいようで大きくて――
盾と矛がにらみ合い。
月と陽が手をむすび。
「ルー?」
我に返る。
また考えに耽ってしまったようだ。
自分自身に軽い罵声を心の中で浴びせる。
その反面、全く反省などしてはいないのだが……
「ルーはなんで自分を助けてくれたの?」
なぜだったろうか。
もうかなり前の事なのでおぼろげにしか覚えていない。
単純な暇つぶしだった気がする。
そう答えようかと思ったが、少し思いとどまる。
本当にそうだったろうか。
あの時――クロに何を見いだしたのか。
覚えていないことだと言ってしまえば簡単だ。
だがそれでは今度は『私自身』に負けた気がして腹が立つ。
是が非でも思い出す。
なぜそこまでして思い出そうとしたかは、皆目見当がつかないが――
単なる遊び――
人間を連れていくのも面白いと思ったから。
知りたかったから――
私の知りえない情報を取り入れたかったから。
人間を手元に置きたかったから――
『あの頃』は人間が珍しくて自分の手元に置きたかったから。
本当にそんな理由だったのだろうか?
思い出さないといけない――思い出したい
理由はクロに言われたから。
理由は答えを見つけたいから。
それが理由だろうか。
それが理由でいいのだろうか。
そうではない。
そうであってはならない。
小さな理由でいい。
大きな傲慢でいい。
使命でも何でもない。
ただクロと歩む理由が知りたい。
ここまで人間といる理由――
ここまでクロといる理由――
人間に何を見いだしたのか――
クロに何を見いだしたのか――
原点を見たい――
根底を見たい――
『う――ああ――』
最初にあった時は会話すらできなかった。
『ルー!』
片言しか話せず苦労した時期もあった気がする。
『ルーはなんで自分を助けてくれたの?』
生意気にも質問するまで成長してしまい腹が立った。
かわいそうだった。
違う――そんな風に思ったことはない。
最初にあった時はそう思ったかもしれない。
それよりもクロを知っていくうちに何となく分かったことがある。
クロはめげない。
クロは落ち込まない。
確かに『何か』に蝕まれている。
だがそれ以上にクロは楽しんでいた。
ではなぜ――
なんで一緒にいるのか?
「ほっとけなかったから――かしら」
自然と口が動いていた。
無意識で話した言葉だったが、何となく同意できてしまった。
ほっとけなかったのだ。
これほどまでぴったりな言葉はないだろう。
今にも死にそうだったクロを見た。
それを見て手をさしのばしてしまった。
後悔はしていない。
少なくとも暇はつぶせたし――何より色々経験させてもらった。
「そんなに自分駄目なのかな?」
「ええ――駄目というより馬鹿ね」
「バカだもん!」
そっぽを向いてしまった。
どうやら癪に障ってしまったようだ。
その反応を苦笑しながら焚火に目を向ける。
少しずつだが勢いが弱くなってきているようだ。
「絶対……ぜーったい! ルーを馬鹿って言うようになってやる!!」
「あら――それは宣戦布告かしら?」
「せん……『せんせいふきょう』だ!!」
思わず噴き出しそうになった。
知らないのなら知らないと言えばいいものを、意地を張って間違えたその姿はものすごく滑稽だった。
そういえば最近は私に張り合うにようになった。
理由は分からないが、今はただ面白いとしか思っていない。
これが変化なのだろうか?
これが成長なのだろうか?
そんな考えが脳裏に掠る。
いつかは私を抜き去ってしまうのだろうか。
その時私はどう思うのだろうか。
悲しく思っているのか、はたまた嬉しく思うのだろうか。
その時にならなければ分からない。
それならば今はこの瞬間を楽しんだほうがいいだろう。
「ルー? もしかして……自分また間違えた?」
「ええ――それはそれは盛大にね」
「ムー」
腕組をして考えている。
その姿は昔から全く変わってはいない。
それが何だか安心できて――
それが何だか不安を煽り――
ずっと昔から――
この瞬間から――
これから先も――
クロは頑張るだろうか?
私に確信があるわけではない。
けれどなんとなく――
意味も理由も根拠もないけれど――
――クロは頑張り続けるのだろうな
「げっほげほごほ!!」
焚火をやろうとして失敗した。
煙を思いきり吸い込んでしまい、結果的にむせてしまった。
それに伴って出来かけていた火が消えていく。
今までの苦労が全て消えてしまい落胆してしまった。
「――もう一回!」
でもあきらめない。
あきらめてはいけない。
自分は馬鹿だから。
馬鹿だから頑張らないといけない。
誰よりも頑張らないといけない。
一生懸命努力を続けなければいけない。
それで駄目だったらもっと頑張ればいい。
それでも駄目だったらそれ以上にもっと頑張ればいい。
『無理』なんてありえない!
『絶対』なんてありえない!
そう思う理由もない。
だけど頑張る理由になる。
これから誰よりも頑張る。
皆に認めてもらうために――ルーミアに褒めてもらうために……
「よしっ!!」
パチパチと小さな灯が聞こえる
それがなんだか小さな拍手に聞こえて報われた気分になった――
――これからも頑張れる……そんな気がした。