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額につたう汗を拭う。
心拍数がどんどん上がり、足元がおぼつかなくなっていくのが考える必要もないくらいに分かる。
目の前から来るであろう衝撃を避けるために、右方向に飛び込む。
しかし、先の事を考えていなかったため、次に来る衝撃を避けることが出来ないことに気づく。
腕をクロスにすることによりなるべく衝撃を受け流そうとするが、それでも衝撃を完璧に受け流すことなどはできず、ゴロゴロと転がってしまう。
全身に痛みを感じ、気を失いそうになってくる……力が抜けていき、立ってもいないのに膝が笑っている。
それでも立ち上がらなければ……
そう思った矢先、とどめと言わんように顔面へと衝撃が――
「ま、参りました……」
「はぁ、全然駄目ね」
顔面へと差し出されたのは衝撃ではなく、優しい言葉だった。
差し出された手を握りしめ、立ち上がる……が、若干殴られた腕が痛い。
改めて思う事がある。
お願いしてよかったと思うことと――
「ルー強すぎるよ……」
「伊達に妖怪やってないわよ」
――高すぎる壁であり、超えたいと思う壁だった。
>――――――――――<
「強くなりたい!」
「は?」
始まりはクロの言葉だった。
真剣なまなざしで見つめているのが分かる。
本気であるのも分かる。
しかし、やはり疑問が湧いてくる……まあいきなり『強くなりたい!』と言われたら誰でも疑問には思うだろう。
「なんでまた急に――」
面倒くさそうに聞き返すのはよかったが、その返答を待ってましたと言わんばかりにクロの表情が明るくなるのを見て……失敗したなと思ってしまうのも自然である。
身振り手振りで説明するその姿はとても一生懸命でありつつ――とても見るに堪えない説明の仕方であった。
「えっとね……みんながドッカーン! するのをシュシュ! って助けて……んでエーンエーン! してたらズビューン! ってたすけて、それで――」
「もういいわ」
思わず頭を抱えたいし、溜息を吐きたくなってくる……が、そんなことをしたら『クロがかわいそう』と思い、必死で笑顔を保つことにした。
クロは今か今かと私の返答をウズウズと待ち望んでいるが、はっきり言って返答に困ってしまった。
「そうねーいい夢だと思うわよー」
思わず目をそらしながら言葉を発してしまった。
多分クロの顔を見ながらなんてしたら、ぼろが出てしまうという確信からであろう。
「夢じゃないよ! 絶対になるんだ!」
「ふーん」
クロの言葉を流して聞いていたが、ここまで感情的になるのは初めてかもしれない。
基本的には明るいくて、ただの馬鹿なだけかと思っていたが……どうやら夢のようなものがあるようだ。
夢か……私にはそんな物はないし、これからも必要ないものだ。
たかが『妖怪』が夢など持つなどとんだ笑い話にしかならないだろう。
「そんで……そんで……」
ふと、クロの表情が暗くなる。
いつか見たような暗い影を落としている。
ずいぶん前昔に見たあの情景が浮かんでくる。
黒い靄に包まれ、黒い『なにか』がクロに襲いかかって行くあの情景が――
『なんで――お前だけ!!』
あの言葉がよみがえってきた。
あの情景がよみがえってきた。
クロに一体何があったかなんて分からない。
クロに何があったとしても私には関係ない。
そのはずなのだ……
そのはずなのだが――
「いいわよ」
「え?」
まあどうせここまで連れてきてしまったのも何かの縁だろう。
それに面倒事なんて今に始まったことでもないし、なんかもう慣れてしまった――
なぜか自分で言ってへこんでしまった。
まあこんなことに慣れても誇れることでもないし、誰かに『苦労しているね』と言われるのが落ちであろう。
「まあ私にできることはやってあげるわ」
「ルー! ありが――」
「ただし」
これは私の悪戯心からだったのか分からない。
本当の事だったかもしれないし、わざとなのかも分からない。
「私は『本気』でしか戦えないから」
「?」
その後クロの悲鳴が森中に響き渡ったのは言わなくても理解できるだろう。
事実、クロ自身も数日間筋肉痛で動けない状態までにしてしまった……後悔も反省もしていないが、まさかここまで運動音痴だとは思ってもいなかった。
>――――――――――<
「イテテ」
「ほら、そこから蹴りに派生しないと次に続かないわよ?」
「うっ……やっ!! って、あああ!!?」
案の定バランスを崩してしまい顔面を地面にたたきつけてしまった。
顔面に酷い痛みを感じ、ゴロゴロと転がってしまう――その拍子でさらに体中が痛くなってしまった。
「はぁ」
痛いのを我慢しつつルーミアの方に視線を動かす。
案の定頭を抱えて溜息を吐いているルーミアの姿が見えてしまった。
最近ああいう仕草をよく見るようになった気がする。
その理由が今一分からないが……『すとれす』というものだろうか。
「ほら……いつもでも馬鹿やってないで次やるわよ」
「う、うん!」
痛いのを我慢しつつ立ち上がる。
よろよろと体がよろついてしまい、まっすぐに立てそうにない。
「こんなに汚れて……代えの服はないのよ?」
ルーミアが自分の服についた砂埃を払ってくれた。
それが何だか嬉しくて、無意識に笑顔になっていく。
「なにニヤついてるのよ、さっさとやるわよ」
「うぇ!? う、うん!」
手で頬を叩き、気合を入れ直す。
ルーミアは教える内容は的確で、分かりやすいものばかりだった。
それでも、自分はそれについていくことが出来きなくて……もっと頑張らないといけないとさらに気合を入れていく。
でも、やっぱりそれにもついていけなくて、ルーミアが本当に強いことと、それでも熱心に教えてくれるのが本当にうれしかった。
「だから……そこはビューンよ」
「ビューン!」
「なんて言うか……それはヒューンね」
ルーミアは教えるのが本当に分かりやすい。
でもたまに難しいことを言うので何が何だか分からないこともある。
「だから……そこは右方面に殴っても仕方ないのよ? もっと左の奥に攻め込まないと」
「う、うん??」
「――右にビューンじゃなくて左にビューンよ」
「分かった!」
時々頭を抱えているのを見たことがあるけどそれはなぜだろうか。
多分自分のせいだとは分かるのだけど――やっぱり馬鹿だからいけないのだろうか。
「むぎゃっ!!」
そんな考え事をしながら動いたせいでまたバランスを崩して倒れてしまった。
今度は倒れるときに手を使ったので、痛みを最小限に抑えることが出来たが……痛いものは痛かった。
「そう言う動きをすると平衡感覚を――って、また転んだの?」
「あ、あははは」
「そんなんじゃ何時までも駄目駄目よ?」
「が、頑張ります……」
ルーミアのキツイ言葉を聞いて今度こそ気合を入れ直す。
次からはちゃんとルーミアの話を聞いて、何でもできるようにならないと――
>――――――――――<
「むぎゅー」
すっかり疲れ切ってしまったクロは仰向けで倒れこんでしまった。
私はその横で黙々と焚火の準備を進めている――今日は久しぶりに食材を手に入れたので料理をすることとなった。
そういえばクロは人間のくせに食事をあまりとらない。
一週間食事をとっていなくても平気な顔をしている――人間はそこまで食べなくても大丈夫なのだろうか。
そんなことを考えているうちに種火が出来た。
それを手際よく移し替え、少しずつ火の勢いを大きくしていく。
慣れた手つきだと自分でも思う。
クロと会う前からもよくやっていたことなので、体に染み付いてしまったのも仕方ないことだろう。
「さて――どうしようか」
食材――山菜と木の実と『熊』
食器――なんて豪華なものはない。
熊の血抜き自体はクロが伸びている間に終わらせていた。
そもそも昔だったら生でもいけるのだが……流石にクロにはきついだろう。
よくよく考えると料理なんてしたことなどなかった。
ましてや誰かに作ってやることなんかもしてこなかった。
いままでは別段料理などせずに生で食べていた気がする。
そもそもクロもそのまま生で食べていた気が――やめよう、これでは料理する理由まで消えてしまう。
しかし……どうしたものか。
意気込んでここまでやったはいいが、どこから手をつけていいのかも分からない。
「んっ? ルー何やってるの?」
ここでクロが起きてきた。
完璧にお手上げ状態を見られるのが恥ずかしく感じ、普段通りの感じで対応することにした。
「起きたわね、これ今日のご飯」
そう言いつつ指さした方向には手が半分も付けられていない料理がある。
仕方ないことないのが今日も生のままで食べることとしよう――どうせクロも大丈夫だろう。
「えっと……食べていいの?」
「ええ、好きなだけね」
「むー」
ジッと食材を睨むように眺めている。
流石に気がつかれてしまったのかと内心穏やかではないが、クロの事なのであり得ないと思えるのがある意味悲しい。
「ねーねー! これさ――」
が、予想と反し何かを言いだそうとしていた。
諦めの溜息を吐き、クロの言葉を待つことにした――
「料理していい?」
違う意味で驚いてしまった。
>――――――――――<
「いただきます!」
「……」
目の前にグツグツといい音が聞こえている。
先ほどまであった食材たちが生き生きと輝いているように見える。
おずおずと箸を伸ばす。
――が、その箸をクロに取られてしまう。
「ルー! 『いただきます』を言わないとだめだよ!」
「えっと……いただきます」
その後、クロは笑顔で私に箸を返す。
何と言うか――何と言えばいいのだろうか。
言葉が出ないというか、どう表現すればいいのか分からない。
クロが料理を出来ること自体も驚いたのだが、その手際のよさに目を疑ってしまった。
「ルー食べないの?」
心配そうに私を見つめられる。
その反応にもどう対応すればいいのか分からず、とりあえず箸で一つ鍋の中の具材を挟む。
その食材は、クロを背負ってここにいる間に現れた凶暴なクマの肉である。
あの凶暴さは微塵もなく、今はただ私の口の中に入ることを今か今かと待ち続ける普通の料理と化している。
持ち上げたまではよかったが、ここからどうすればいいか迷ってしまう。
普通に食べてしまえばいいものを、内心慌てていたので分からなくなっていた。
「ムグムグムグ」
次から次へと鍋の中にあるものを口の中へとしまい込んでいる。
そんなクロを呆然と見つめていることに気が付き、意を決して食材を口の中へと――
肉の厚みを感じる。
肉の弾力を感じる。
肉が口中に弾ける。
その味はとても素晴らしく――
その味はとても最悪であり――
相対的な評価をしよう。
たった一言で表すならそれは――
「薄い」
うまくもなく、まずくもなく――ただ肉の味が微量に感じる。
食べれないわけではないが、進んで食べたいとは思わない味だった。
続いて山菜を箸でつまみ、口の中に頬張る。
その味も山菜のうまみが『ほぼ』感じることが出来ない。
味がないわけではない。
ただ、よく味わなければ分からないほどの薄さなのだ。
「んぐっ……ルーおいしい?」
「えっと……まずくはないわ」
微妙な返答――
少しおこがましい返答――
そんな感じの返答になってしまった。
クロは少し悲しそうにそうかとだけ言って食べ続ける。
「薄い……むー」
クロはよく味わいながら食べはじめる。
やはり先ほどの言葉があまり良くなかったかもしれない。
「……まあ食べれないわけではないわよ」
変に気を使いつつ、鍋にある食材を食べるのをクロに見せつける。
食べられないわけではないし、腹が減ってはいたので苦にはならない――だろう。
「「……」」
終始無言のまま黙々と鍋を食べ続ける。
会話がないのもそうだが、なんとも微妙な空気になってしまった。
>――――――――――<
「ルー」
寝てしまったと思っていたクロの声が聞こえた。
もうすでに日は完全に沈み、焚火もすでに消えてしまっている。
「自分――絶対に」
ジッとクロの言葉を待つ。
が、数分たって聞こえてきたのは規則正しい寝息の音だった。
「――何なのかしら」
寝ようとしていた頭がさえてしまった。
そんな愚痴をこぼしつつ、クロの方に寝返ってみる。
「馬鹿らしい」
自虐の言葉が出てしまった。
それが何に対してかは分からない。
明日からまたクロに稽古をつけなければならない。
それが自分にとって利益もないし、時間をただ無駄にするだけであろう。
でも、なんとなく答えが出てきたのかもしれない。
それは言葉で表現しにくいが、確固たる実態を持っている『なにか』である。
「人間――ね」
私には分からない。
分からないけれどなんとなく掴み始めている。
それがどんなもので、どういう意味なのか。
それをどのように表現し、伝えればいいのか。
最近ではそんな必要なんてないだろうと考えている。
今この瞬間を『あの馬鹿』と一緒にいる――ただそれだけの事なのだから。
「さて――明日は何をしようかしら」
だんだん瞼が重くなってきた。
考え事をするとなぜ眠くなるのだろうか――
と、クロみたいに考えてしまった。
だが、それも心地よく感じてしまうのは何故だろうか。
「また明日」
月は沈み。
日は昇る。
闇が消え去り――
光に満ち溢れ――
人間は悲鳴を上げ――
妖怪は溜息を吐く――
そんな日常が――
そんな非日常が――
――まあ悪い気はしない
そんな日常が続いていく。
そんな非日常が進んでいく。
終わりがわからない悠久は――
悠久は永遠に近づく
終わりを望まない物語
物語は終わりのない道
一人が進み
一人が悩む
物語の墓場
物語の墓標
終わりなき物語の終焉へと――
砂時計が刻む秒針を頼りに――
「ルーミア」
一人の人間が嘆き悲しむ――
一人の妖怪が嘆き悲しむ――
そして――
こうして――
――二つの答えが生まれる