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ザックザックと拍子刻み、汗水たらしながら仕事をこなす。
聞こえはいいかもしれないが、実際に行ってみると大変厳しく、そしてつらい作業でしかない。
しかし、どんなに辛かろうがそれをしなければ食料は手に入らず、飢えで死んでしまう定めしか残らない。
腰が悲鳴を上げ、熱い何かが腰に集まっていく。
それでも仕事の手を緩めようとする気にはなれなかった。何より手が勝手に動いてしまい、止めようにも止まらない気さえする。
単純で馬鹿だってことは十分理解しているつもりだし、考えるのだって苦手なのは重々承知の上でのことだ。
一体何が言いたいのだろうか。
手を動かす以外にやることがない自分はつい変なことを考えてしまう。
こればかりは仕方ないことなのだろうか、それとも仕方なくはないのだろうか、それとも仕方なくはなくでないのだろうか、それとも仕方なくはなくでないのでないのだろうか?
駄目だ駄目だ。
さっき変なことを考えてしまうと自分で考えていたのを思い出す。
全く進化もしていなければ進展もしていない。こんなところを『あの二人』に見られるのは……恥ずかしくはないか。
よくよく考えれば成功は少なくても、失敗の数は星の数ほどやってしまっているのだ。今更失敗している姿を見られても恥ずかしくない。
けれど、そこから発展し向上できなければ意味はない。自分が為すべきことをし、そして自分自身が『成長』『発展』『向上』しなくてはいけない。
そのためにも――
「スイ坊やーい! そっち終わったらこっちさこいよー!」
「スイ坊! こっちはもうええ、あっちさ行ってやれー!」
「じ、自分……頑張らないと……」
――まずは畑仕事に慣れよう。
>――――――――――<
何も考えずに温もりに包まれた閉鎖された世界とはなんて素敵なのだろう。
動くこともなければ疲れる必要がどこにも存在しないのだ、なぜ私はこの世界から抜け出さなければいけないのだろうか。
この神聖な世界を無造作に壊そうとする輩がいるならば、神の名において制裁をくれてやる。
これは脅しではなく本気だ。それがどういった意味を持っているのかを周りは理解しようともしてくれない。
やはり神と人間……考え方も違ければ価値観も全く違うと言うことだろう。ああ、なんてもったいないのだろう、この気持ちを共存できるのであれば私は満足だ。
しかし、それでも私の世界は壊されていく。
私の世界に風穴を開け、そこから灼熱の炎をこれでもかと浴びせてくる。
それでも私は必死にその風穴を修復しようとする。が、微々たる努力も虚しく終わり、奴は悪魔の囁きを――
「諏訪子様、もうお昼ですよ」
「あー」
「そんな可愛い声出しても駄目なものは駄目です」
非常な巫女は私の世界を跡形もなく壊してしまった。
仕方ない、この世界とも別れを告げる時が来てしまったようだ。
神だと言うのに情けなくて言葉も出ない。さらば私の安眠の時間よ――
「ご飯」
そしておかえり、我が愛しの時間よ――
「あ、そう言えば今日の朝ご飯の残りがありますが――」
「それでいい」
「――実はスイの自信作ですよ!」
ああ……
どうやらトコトン私は神に見捨てら……私が神だったわね。
>――――――――――<
「で、スイはまた畑?」
「そうですよ、諏訪子様も少しは動いたらどうですか?」
スイと会ってから数年の時が経った。
そして、しばらく前からスイはよく畑仕事を手伝うようになった。
本人が言うには――大変そうなのに自分が働かないのはおかしい、とあの馬鹿らしい言葉を聞くことができた。
最初は感心したさ、けれど最初だけだ。
理由は簡単で、単純に評判が良くはなかったからだ。
高齢の男に体力で負け、高齢の女に動きの速さで負け、その両方の全てに負けていた。まあ速い話が全然仕事慣れしてないし、体が全然だったと言うわけだ。
そのはずなのに頼まれる回数は増えている。
その理由は私には理解しがたいもので、何となく理解できるもので……
『体は全然だがぁ、あの頑張り方を見りゃなぁ』
『ありゃ馬鹿だが……なんじゃろうな……』
明確な声や、逆に質問される声が聞こえてきた。
あいつは自分の限界を知っているはずなのに、それ以上の事を精一杯頑張り続ける馬鹿野郎だ。
それが、見てて応援したくもなるし、優しい言葉をかけたくなってしまうのが彼ら人間の答えだった。
言いたいことは理解できる。
この味噌汁と同じで、スッと腹内へと納まるのが分かる。
「薄い」
味噌汁を飲み干し、箸を置く。
自然な流れで私はその場を去ろうとすると、巫女は二コリと微笑む。
「……ごちそうさま」
「はい、お粗末さまです」
スイの影響は一体どこまで広がって行くのだろうか。
もしかしたら、私よりも高位の神にまでのしあがって行くのではないだろうか。
そう思いたくなるほど、スイは人間達に好意をもたれ、そして頑張っている姿を皆の前で披露している。
まあそれは絶対にあり得ないことだ。
本人があそこまでの馬鹿だし、人間から逸脱するとは思えない。それ以外にもあの馬鹿自身が人間であり続けるだろう。
第一、あの馬鹿が神になりたいと考える頭もないだろう。言っていることは酷いかもしれないが、これが事実だし覆ることはないだろう。
「で、諏訪子様……今日は何をしている予定ですか?」
「あー」
そういえば最近は暑さもどんどん増してきているようで、日がこれでもかと降り注いでいる。
これで風があればまだいいのだろうが、生憎の無風状態のようで、こんな時に外で仕事をしている者の気がしれない。
神である私が体調を崩すわけにいかない。
なので、今日くらいは本殿の中でゆっくりくつろ……威厳を保ち続ける仕事でもしていればいいだろう。
「じゃあ本殿で――」
「そうですか、ミシャグジ様と狩りに出かけるのですね」
「いや、本殿――」
「では、準備をしてくるので暫くお待ちください」
「……」
私は素晴らしい巫女を持って幸せ者だ。
素晴らしい巫女は私の意に反して行動し、そして私が苦労する道を作ってくれる天才で私はとても助かっている。
ああ、なんて素晴らしい日常なのだろうか。
ああ、なって素晴らしい……素晴らしい……
「あー」
>――――――――――<
「スイ坊! ちと休憩するか?」
「う、うん……疲れた」
手に持っていた農具を縁側に立てかけ、倒れるように縁側に寝そべる。
体中が面白いように悲鳴を上げ、もうすでに動けないくらいに疲れてしまった。
実際仕事は全く終わっておらず、この休憩の後も仕事は残っている。
でも、こんなことを考えるのは初めてではない。それに、ずっと前よりも疲れた感じはあまり感じないことから、少しずつ成長しているのを実感できて嬉しかった。
普通はどうなのかは分からないけれど、自分がここまで成長できたことにすごく驚いていた。
農具を数回振るっただけで疲れて動けなくなった最初の頃よりは成長しただろう。
自分の横に水が入った湯呑みが置かれる。
それを勢いよく飲み干し、その隣に用意されていたおにぎりをゆっくりと食べはじめる。
「いふぁ……んぐ……いただきます」
食べている途中で言っていないことに気づいたが、口に食べ物を入れながら言うのは汚いので、ちゃんと食べてから言いなおした。
用意してくれたおばさんが笑顔で自分の頭を撫でてくれて幸せな気持ちになりながら、おにぎりをもう一つ口の中へとゆっくりと食べはじめる。
この前勢いよくおにぎりを食べて、喉に詰まらせた経験があるので、ちゃんとゆっくり食べるようにしている。
その時にはこの人たちにも迷惑をかけてしまったので、それを畑仕事で返そうとしているのだが、やはり体が言うことを聞かず、すぐに疲れて動けなくなってしまう。
もっともっと頑張ろう。そしていつか皆に恩返しがしたい。
単純な願いだけど、自分にはそれが出来るまでにすごく時間がかかってしまう。それでも頑張って時間を減らしていくことしか自分にはできない。
頑張ることくらいしか自分にはできない。馬鹿だって分かっているから頑張っていかないといけない。
何もできないって分かっているから頑張りたいという気持ちがどんどん大きくなっていく。
「よし、スイ坊それ食ったらまた行くぞ」
「んっぐ……はい!」
「そんじゃ行って来る」
自分とおじさんは、また畑へと続く道に戻る。
まだまだやることは沢山あるけれど、とりあえずは目の前の仕事に集中しよう。
それが自分の第一歩――
いや、これからが自分の第三歩――
>――――――――――<
疲れた。
ああ疲れた。
何もないところを歩き続ける簡単な作業は先ほどようやく終わった。
日も沈もうとしている頃まで働いたのだから褒められてもいいくらいだろうが、生憎誰も褒めてはくれないだろう。
地味な仕事ではあるが、もしもの事を考えるとやり続けなければいけない……のだが、やはり面倒だし疲れるのはあまり好きではない。
私は神であるはずなのに、なぜこんな事をしなければならないのだろうか。
こういう仕事こそ、人間がやるべきではないか。その知らせを受けてはじめて私が神社から出て行った方が効率的ではないのだろうか。
そうすれば私の強さが民に示され、そして自ずと私に頼られるようになっていき、最終的には信仰が増え力をつけていく。
そうだそうだ、このことをあの巫女たちに言ってやろう。そうすれば私の考えに驚きつつも承諾してくれるだろう。
あの巫女たちに目にもの言わせてやる。
いままで散々コケにされてきた借りをまとめて返してやる。
はやく驚きに包まれたあの鬼畜巫女たちの顔を思う存分罵ってやりたくて仕方なくなってきた。
そのためにも歩くのをやめ、空を飛ぼうと――
「あれ、諏訪子さん?」
――としたが、後方から聞き覚えのある声が聞こえた。
若干面倒臭いが、仕方なく振り向いてやると、そこには予想通りに気持ち悪いほど笑顔の馬鹿がそこに立っていた。
しかもその姿はとても泥だらけで、数か所怪我をしているのも見てとれる。怪我に関しては毎日の事なので気にはしていなかったが、その度に私は呆れた溜息をはいていた。
それにしても、よくそこまで働けるものだ。疲れるし面倒であるはずなのに、この男は弱音をはかなければ、逆にあの気持ち悪いほどの笑顔で引き受けていく。
ここまで泥だらけになるし、全然成長もしなければ効率も上がらない。そんなことも承知でこの男は努力を続け、仕事をやり遂げ続けている。
馬鹿としか言えない。
無能としか言えない。
それでもこの男はやめない。
それでもこの男はめげない。
それでもこの男は諦めない。
本当に何なのだろうか。
なぜそこまで無意味な努力を続けるのだろうか。
躍起になって頑張る必要性がどこに存在しているのだろうか。
「あんた……またそんなに泥だらけになって」
「あ、ははは、自分転んでばっかりで」
「そういうのを馬鹿って言うの、もっと成長しなさい」
「うん!」
呆れながら嫌味な言葉をかける。
けれど、この男は何を勘違いしたのか、元気よく返事を返してきた。大方励まされたと思っているのだろうが、こっちとしては釈然としない。
どんなことを言ってもめげないし、それを教訓に向上しようとする気持ちが誰よりも高い。私から言わせれば、うるさいし、成長している気がしないし、見ていて何故か癪にさわる。
それを尻目にこの男は努力を止めることはない。むしろ、頑張ろうとする気持が大きくなっているように見える。
その努力は空回りで終わることを知りつつも頑張り続けるその姿は、本当に鬱陶しくて仕方ない。なぜここまで私の気持ちがかき回されているのかは分からないが、とにかく蝿にたかられるよりも鬱陶しかった。
「諏訪子さんは今日何やってたの?」
「見周りよ……馬鹿な妖怪どもを蹴散らしにね」
もっとも、目の前の馬鹿は排除できなかったけれど、と心の中で呟く。
実際に数体ほど妖怪を蹴散らしてきた。そいつらは言葉も話すことが出来ない低級な奴らだったので、一割も力を出す必要がなかった。
その話を聞いたスイは、水晶のように輝いた目つきで聞いていた。
まるで子供のような姿勢に、溜息をはきたくなったがそれを飲み込む。溜息をはくとなぜか、この男は毎回のように謝ってきて面倒で仕方ないからだ。
一種の癖のようだが、一体何があればそんな癖がつくのかを聞いてみたいものだった。
「諏訪子さんはすごいなぁ……自分も皆を守れるくらいに強くなりたいな」
羨ましそうな目で見つめ、感動に満ちた言葉をかけてくる。それがなぜか、馬鹿にされているように聞こえてくるのは何故なのだろうか。
私は努力をする気はない、いや必要がないと言ったほうが正確だろう。神は完璧であり絶対な存在であるが故に、頑張る、努力、汗を流す必要が全くないのだ。
それに比べてスイは非力な人間だ。努力しても無駄に終わり、汗水たらしても何も実ることがない最悪な性能を誇る馬鹿な男だ。それでも努力を続けると言う馬鹿で愚かな人種でしかない。
だからこそ、そう聞こえてしまったのだろう。
努力しなくても強い私が、馬鹿にされたように聞こえてしまったのは――
「諏訪子さん、自分ね……諏訪子さんにみたいになりたいんだ」
「――は?」
この馬鹿らしい突拍子もない話が始まった。
そのおかげで先ほどまで考えていたことが、綺麗にどこかへ消えていってしまった。
この馬鹿らしい馬鹿発言には慣れたつもりでいたが、どうやら私の想像以上に大馬鹿者だったようだ。
まあ神としては崇められ、信仰されるのは普通だが、憧れるという単語を聞いたのは初めてだった。
こいつらしいと言ってしまえばそこまでだが、どこに憧れる要素があったのか皆目見当がつかなかった。思えば、神らしいことなんてそれほどしていなかったし、この馬鹿に見せたこともなかった。
そこまで言えるくらい平和だったし、やらなければいけないことがほとんどなかった。暇で暇で仕方なかったし、時間をつぶすことくらいしか考えていなかった。
そんな私に憧れる?
何故そんな戯言を言えるのだろう?
皮肉のつもりなのだろうか……残念ながらそこまで考える頭を、スイは持ち合わせていない。
「聞いたんだ、皆に!」
そこから始まったのは私の武勇伝だった。
巫女からの話に言うと、大勢の妖怪軍をたった一人で滅ぼしてしまったという事を聞いたことを話した。実際はミシャグジ様もいたし、敵自体が弱小妖怪の寄せ集めだったので楽勝だった。
農民からの話に言うと、流行り病で苦しみ始めた時にさっそうと現れ、呪いの言葉を一つ言っただけで、病に伏せていたもの全てが治ったことを話した。これは概ねそのままで当っているが、一人一人病人のところへ行き治した。決して呪い一つで治した覚えなどない。
その後も武勇伝を聞いていたが、全てに尾ひれが付いていた。
嬉しいのだが、その全ての話が盛られているので、正直どう喜べばいいのか分からない。
だが、その話をしている時のスイの姿は、まるで自分の事のように誇りを持って話していた。
歯痒くて仕方ない気分になる。思わず帽子で深くかぶって眼を隠してしまった。
これは決して恥ずかしいわけではなく、スイがここまで嬉しそうに話をしているのが直視できないからで……
「あれ、諏訪子さん?」
「あー」
「あー?」
「ま、真似するな!」
スイは困った様な表情になりつつも、謝罪の言葉を述べた。
しかし、なぜ怒られたのかよく分かっていないようで、分かりやすいくらいに頭を傾げている。その行動自体が私の感情を刺激し、何かよく分からないものに拍車がかかっていく。
「もう帰るわよ! あんたもそんな泥だらけで汚いから速く風呂に入りなさい!!」
もういい、もういい!
考えるのも馬鹿らしくなってきた!
もう今日は帰ったら寝てしまおう!
そう心の中で強く決め、スイを置いて全速力で神社へと走って行く。
空を飛べることを忘れて走る姿は、後の私が強く後悔していたが、今はそんなことを考える余裕すらなくなっていた。
後方からあの馬鹿の声が聞こえるが、それを無視して走り続ける。
そのうちあの馬鹿の声は聞こえなくなり、とうとう神社にまで着いてしまった。よくよく考えれば、神社までの距離は目と鼻の先だった。
顔がどんどん熱くなり、巫女の言葉も無視して用意されていた布団に顔を埋める形で倒れこむ。もう寝てしまおう、寝て今日の事など忘れてしまおう。
その時ほど意識して寝るのが困難なのを思い知らされることなどなかった。
しかし、時間というものは面白いもので、いつの間にか……深い闇の中へと意識を手放していった。
お湯は体の痛みをジワリジワリと癒してくれる。
肉体労働で疲れ切った体には本当に感謝しきれない代物だった。それでも、明日は絶対筋肉痛になっているのだろうと思うと、少し笑えなくなってしまう。
それにしても、今日の諏訪子さんはどうしたのだろうか?
巫女さんが言うには、恥ずかしかったのだろうと言っていたのだが、何が恥ずかしかったのか自分には理解できなかった。
そういえば、今まで神社に泊めてくれたのにお礼なんて一度も言っていなかった。
明日の朝一番にお礼を言うことにしよう。それでどんな反応するか分からないけれど、感謝の気持ちが伝わればいいな。
それなら、おいしい料理を作ろう。そうすれば少しでも感謝していることが伝わるかもしれない。その時には申し訳ないけど巫女さんに手伝ってもらおう。今の自分ではおいしいものは作れないから、教えてもらいながら作ることにしよう。
「あ、じゃあ早く言わないと!」
ザブンと湯から出て、脱衣室に向かおうとする。
途中で転びそうになったが、何とか態勢を整えることが出来た。
はやく!
もっとはやく!
自分の気持ちはどんどん前へ前へと進んで行く。
明日のためにも、諏訪子さんのためにも、自分のためにも――