これで少しでも皆さまの声が聞けるようになれれば幸いです。
誤字やおかしい表現などがあったら教えてくれると嬉しいです。
感想・アドバイス・批評などなど随時受付中です。
いくつもの季節が過ぎ去り、過去のものは単なる遺物となるか大切な思い出となり生きる糧となる。
人間は儚く、とても脆い存在である。小さな傷であっても、一生癒えることがない重症になり得てしまう。
だからこそ人間は集まり、身を寄せ合って自己を守り、仲間の意思を尊重して生きていく。妖怪や神から言わせれば、その行動自体に疑問を感じるものもいるだろう。だが、そうしていかなければ人間は生きていくことはできない。
一人では生きることが出来ない。それが人間に課せられた重荷であり、人間の強みでもある。
それ故に、人間は異端を嫌う傾向にある。妖怪然り、神も然りだろう。それと同時に、稀に生まれる異端な人間もいる。強すぎる力は時に人に避けられ、人とは違う力を持つ者も、人という輪に入ることはできない。
それを見守り、時には粛正させる役割があるのが、我々神である。
人間は道を踏み外し、己の欲望だけを求める者『悪党』が稀に存在する。普通ならば、それを正すのも人間の役割であり、粛清するのも人間である。
ただし、それにも例外が稀に存在するのだ。先ほど述べた異端な人間、強力な能力を持つ人間が『悪党』に目覚めてしまった場合である。そう言う時は、面倒ではあるが力を貸したりする。
もちろん、そればかりが神の仕事ではない。あくまで一部の話である。
さらに言えば、異端で強力な能力を持つ人間など『稀にしか』いない。それに、『悪党』などと括ったが、そんな奴らもよほどの事がない限り現れたりしない。
最低でも、私の領地にはそう言った者は存在しない。平和であり、統制と治安が整っている。おかげさまで暇であるが、そう言った意味合いでは暇である方がいいのだろう。
まあ何故こんなことを考えているのかというと、少しばかり意外なことがあったからだ。
その時はそこまで気にはしていなかったが、後々面倒なこととなり、私にも火の粉が振りかぶる事態になったからで――
>――――――――――<
秋の夜空が、少し冷たい風を運んでくる。
少人数で行われた通夜も終わり、一息をつくために縁側へと歩を進める。その途中、満月を遠い眼で眺める人物――スイがそこにいた。
何を考えているか分からないその表情は、いつも笑顔で染まっている時とは想像できないほどに暗く見えてしまった。
どう声をかけるべきか迷っていると、スイが裸足で庭の方へと歩いて行く。
その時の目線も月から離れることはなく寂しそうに眺めていた。なぜかそれは懐かしむようにも見えた。
私は縁側に腰掛け、その様子をジッと見つめ続ける。
今スイはどんなことを考えているのだろうか、私には想像できない。
数十年前に、私はスイに対して疑問を持った。
人間であるはずの彼が、何故老いもせず平然と生きているのか。その問いかけに、スイは簡単な一言を返した。
『劣る程度の能力』
それで、寿命の件は納得がいった。自分に対する時間の経過を劣らせているのだろう。
だが本人によると、能力は操ることが出来きず、勝手に発動していると言っていた。つまり、暴走状態と変わりがないそうだ。
『程度』についての意味はよく分からなかったが、大方操れないとかそう言った皮肉めいた意味から取ったのだろう。自己解釈できてしまうのは、スイの状態を見れば『なんとなく』で片づいてしまう。
その時はそれで片づいたのだ。
しかし、変化が訪れたのはそれから十年ほどたった時だった。
民たちが疑問を持ち始めたのだ。
スイは何故老いないのか、何故成長しないのだろうか、何故何故何故なぜなぜなぜ……
どう答えればいいのか私は困ってしまった。
能力があると言ってしまうのもいいかもしれないが、それではスイがどうなるか分かったものではない。
ではどうすればいい?
答えが出ないまま、民たちが答えを聞きに本殿の前に集まってきてしまった。
寸前まで考えに耽っていたが、結局答えは出なかった。こんな時に優柔不断になるなんて、よほど平和ボケしていたのだなと今になって思う。
私が民の前に現れると、ざわついていた声が一気に静まり、視線が私に集中するのが分かる。私の後ろには何が何だか分かっていないスイがついて来ている。
別にこの馬鹿がどうなろうと私には関係がない。
私とこいつには何か縁があるわけでもないし、何か特別な関係でもない。
「こいつは人間、少し力があるだけだ」
この時の私は一体何を考えていたのかはあまり覚えていない。
覚えていることと言ったら、ただ無我夢中に威厳を保ち、そしてこの馬鹿をどうにかすることだけだった。
「けれど、まだ力の使い方も分からぬ未熟者ゆえ、私の力のもとで修業をつけている。その一環で民の皆に協力を求めたい……姿と力が変わらぬのもこいつの能力の一つだ」
よくここまで口が回ったものだと今でも思う。
いわば、私の息がかかっているということとなり、変なちょっかいはできないようにしたのだ。
一応それで皆は理解してくれた。声は様々だったが、まだ疑問に思っている者も少なからずいた。
しかし、それも時間が解決したようで、前とかわらず『スイ坊』と呼ばれるようになっていた。
それから能力の練習を偶に行うようになったのだが、結果は無意味だった。
スイ自身使い方が分からないままだったし、暴走している能力を止めることも出来ないままだった。一応今でも鍛錬は続けているのだが、多分使えるようにはならないだろう。
そこからまた何年かの月日がたった。
巫女が倒れた。理由は単なる寿命、逆によくそこまで働けたものだと褒めてやった。
その時のスイは、よく分からなかったようで、看病を進んで頼んできた。その時の表情はあどけない笑顔に包まれていた。
しかし、日に日に弱っていく巫女の姿を見ていくうちに、ついに相談された。
お医者様に見せよう、もっといい薬を探しに行かせてほしい。必死になっているのはよく分かったが、その行為は完全に間違っていた。
親身になって助けようとするのは間違っていない。しかし、スイが行おうとしているのは生きる者への、そして死へと向かう者への冒とくだった。
教えてあげた。
巫女は死ぬのだと、寿命がつき死んでしまうのは人間として当たり前なのだと。
結局、スイは泣きながら出ていってしまった。後から聞いた話によれば、医者を探しに三日三晩走り続けていたそうだ。
そして数日後、疲れての眠ってしまったスイを見つけ、仕方なく私が背負って帰ることとなった。眠っているはずなのに、スイは泣き続けていたのが今でも印象に残っている。
そしてつい先日、巫女は息絶えた。
最後の最後まで、私とスイを心配していた。私が世話になった礼を言うと、笑顔のまま逝った。
スイはその様子を黙って見ているだけだった。てっきり泣くものだと思っていたので少し意外だった。
そして現在に至る。
考えてみると、この馬鹿とも結構長い付き合いだなと感じた。
暇つぶしに物思いにふけっていたはずなのに、スイは未だに月から目を離さない。
流石にしびれを切らした私がスイの背後まで歩み寄る。そして、軽い拳骨を頂点にくらわせる。
驚いた眼で私を凝視するその姿が滑稽で仕方なく感じ、その手を引いて縁側に座らせる。若干であるが、スイは悲しんでいるようにも見えた。
沈黙、ただひたすら沈黙が続く。
連れてきたはいいが、どう声をかければいいか分からない。生憎、私はこの馬鹿がどれほど苦しんでいるのか分からないし、何を言えば最善かなんて分からなかった。
「諏訪子さん」
力ない言葉が聞こえてくる。
いつもの元気はそこにはなく、悲哀と迷いの感情が聞き取れた。
「自分は……」
無理な笑顔、そして震える声、それが同時に現れ始める。
そしてこみあげてくる感情、フツフツと私の中で何かが弾けそうだった。
「『人間』なのかな?」
パシンと、境内に乾いた音が響く。
掌にジン、と熱が広がる。その手を握りしめ、殴りかかろうとする衝動を収める。
「どう、痛い?」
「……うん」
かすれた小さな声が聞こえる。
握りつぶしたら消えてしまいそうなほど弱々しく、そして確かな声が聞こえた。
立ち上がり、スイの正面に移動する。スイには分からないように息を整え、次に話そうとすることを頭の中で反復する。
「じゃあ、あなたは生き物ね」
「……うん」
「もしも、人が襲われてたら……あなたはどうする?」
試すような口調をしつつ、迷っている眼を睨む。
徐々に、少しずつその目に確かなものが宿っていく。
「絶対に……助ける」
声は大きくないけれど、その含まれた意味合いは何よりも大きかった。
こんな馬鹿が何かを守れるような力はない。それでも、絶対に助けると確かに言った。
身の程知らずの言葉だ。
自分の丈に合わないことをするのは自殺行為でしかない。
「なら、あなたには心がある」
「……うん」
「じゃあ最後の質問」
最後の質問であると同時に、真意を聞く大切な質問だった。
私は出来うる限りの力をその言葉に乗せる。真剣に、そして優しく――
「あなたは人間?」
「自分は――」
>――――――――――<
諏訪子さんの問いかけに自分は必死に答え続けた。
声は思ったより出なかったし、聞こえていたのかもよく分からなかった。
迷いに迷っていた。
出口のない迷路をさまよい続けていた。
そんな自分を諏訪子さんは助けてくれた、見てくれた、見捨てなかった、手を差し出してくれた……
最後の質問の答えを自分は探している。
自分の頭の中を探し続ける。でも、その答えは多分入口にあったんだと思う。
自信なんてない、あっているかも分からない、間違っているのかもしれない。
でも――
それでも――
そうであって――、
自分はそうありたい。
自分はそうあり続けたい。
間違っていたっていい、それを正解に出来るように頑張ればいい。
間違っていたっていい、死ぬ気で、全力でその答えにしてみせる。
「――人間です」
諏訪子さんの目をじっと見つめる。
怖いくらいのその瞳を、自分はなぜか怖いと思えなかった。理由は分からないけれど、とにかく怖くなかった。
静かな時間が過ぎた。
どれくらい経ったのかは分からない。
ポンと頭に手が置かれた。
そして、髪をワシャワシャとかき回される。正直くすぐったくて仕方なかった。
「それでいいよ、スイは馬鹿なんだからそんな難しいこと考えなくていいの」
「……それって褒めてるの?」
「あら? もしかして褒められたと思った?」
どうやら自分は馬鹿にされたみたいで、怖い顔で諏訪子さんを睨んだけど、諏訪子さんは何故かそれを笑ってみていた。
それとは別に、自分にはまだ疑問に思っていることがある。さっきのおかげで少しは頭が軽くなったと思うので、質問しようと考えた。
「諏訪子さん、聞きたいことがあるんだけど……いい?」
「変なこと以外だったらいいわよ」
変なことだったらどうしようと心配してしまう。
自分はいつも変なことしか言わないので、もしかしたらこれも変なことなのかもしれない。
でも、聞かないといけないことなんだって思う。自分は馬鹿だけど、これくらいだったら分かる。
どう話せばいいか分からないから少し考えた。
話す言葉まで変になったら『会話』自体が成り立たないので、慎重に言葉を作っていく。
毎回毎回考えないといけないので、自分が喋るときは大概遅くてみんなに迷惑をかけてばかりだった。
そしてようやく出来た言葉を諏訪子さんに告げる。自分の聞きたいこと、分からないことを諏訪子さんにぶつける。
「死ぬって、何なのかな」
自分は能力のおかげで長生きなのは知っていた。
でも、自分以外の人がそうでなかったのは知らなかった。皆長生きなんだって決めつけていた。
それが、目の前で崩れてしまった。いつも自分を助けてくれた巫女さんが死んでしまったことによって――
自分には分からない。
死ぬっていったい何なのか、生きるってどういうことなのか。
「そんなの分からないよ」
「え?」
諏訪子さんの言葉に自分は驚いてしまった。
神様の諏訪子さんだったら分からないことなんてないと思っていた。けれど、その諏訪子さんは分からないと言った。
「その答えはね、自分で決めるものよ」
「自分で……決める?」
決める、一体何をどうやって決めればいいのだろうか。
自分にはその決め方が分からなければ、答えだって分からない。そんな状態で決めることなんて出来るのだろうか?
「そうね……じゃあその秘訣を教えるわ」
そんな自分を見かねて諏訪子さんがまた声をかけてくれた。
自分は諏訪子さんが一体どんな言葉を言うのか期待してしまった。どうすればいいのか分からない自分に、どれくらいの効果があるか分からないけれど、自分は嬉しくて仕方なかった。
「死ぬのはね、決して悪いことじゃない」
「悪く……ない?」
「そう、人間は生きて、そして死ぬ、これは絶対に覆せない。でもね、だからこそ人間は必死になるのよ」
途中でどういうことなのか分からなくなってしまった。それは自分は馬鹿だから、それでも自分は必死に言葉を読み取ろうとする。
結局は分からないけれど、その言葉が自分の『答え』につながると思うし、何より諏訪子さんの言葉なのだから、間違いがあるとは思えなかった。
「そうね……最初は『生きる意味』を考えればいいわ」
「『生きる意味』?」
「スイは何で生きているの? 何かやらなければいけないことはない?」
「やらなければいけないこと……」
自分はこれからどうしたいのか、何をしたいのだろうか。
その答えは自分の生きるために必要なもの、そして今自分がここにいる理由にもなる。
自分がここまで生きてこれた理由――
なんで自分歩ここまで生きれたのか――
その答えは――
その理由は――
「ある……ある!!」
自分は立ち上がって答えた。
悩む必要なんてなかった、こんなことを考える必要なんてなかった。
多分だけど、この答えが『死ぬ意味』に繋がるんだと思う。
絶対だと言えないし、確実だなんて言えない、明確な理由があるわけではない。でもなんとなく、大体としか言えないけど分かった気がした。
「でも……」
「でも?」
答えは分かった。
『自分が生きる理由』は分かった。
『死ぬ意味』もこれから探していけばいい。
けれど、それでも、この事を自分は受け入れたくない。
知りたくない、思いたくない、嘘だって言ってほしい。
「巫女さんは……」
涙がポロポロと流れる。
あの時は我慢できたのに、今になって歯止めが効かなくなってきた。
諏訪子さんを直視できなくなってきた。と言うよりも、どこに諏訪子さんがいるのか分からなくなってしまった。
足に力が入らなくなって、その場で座り込んでしまった。腕で涙を拭っても拭っても止まることはなく、それどころかどんどん量が多くなってくる。
「し……死んじゃ……やだぁぁぁぁぁ!!!!!」
空に向かって吠える。
悲しい感情を何もない空虚な方向へぶつける。
喉元が破裂しそうなくらい痛くなり、咳こんでしまう。
それでも止まらない、止めたくない。自分の行動で巫女さんが戻ってきてほしかった。嘘だって言ってほしかった。
でも、巫女さんは戻ってこない。
死んでしまったら、戻ってこれない。
怖い、誰かが死んでしまうのが怖くて仕方ない。これから誰かが死んでしまうなんて嫌だ、助けたい、どんなことがあっても助けたい。
「スイ」
優しく抱きしめられた。
それが諏訪子さんだって、すぐに分かった。
安心してしまった。
温かい体温が自分を認めてくれて、その言葉が自分を慰めてくれる。だからこそ、安心してしまったからこそ、溜めこんでいたものが一気に壊れてしまった。
自分は諏訪子さんを力いっぱい抱きしめ、感情を爆発する。
惨めだろうが、無様だろうが、馬鹿だろうが、それを止めることを……出来なかった。
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!!!!!!!!!!!!!!!!!」
月まで届きそうな泣き声――
その泣き声は夜の月夜に響き渡り、そして徐々に消えていった。
縁側に酒を置き、杯にこぼさないように注ぐ。
慣れた動作で杯を傾ける。度が高いそれは、喉を焼くかのように通っていく。
まだ夜は長い。
なくなった杯に、さらに酒を注ぐ。
そして思い出したかのように、もう一つの杯に酒を注ぐ。
ニヤリと微笑み、置かれた杯と自分の杯を交わし、もう一度杯を傾ける。
「乾杯よ、鬼畜巫女」
もう一度酒を注ぐ。
度が強かったのか、もう酔いが回った気さえする。
杯に写る自分の顔を見る。
ほんのりと紅くなったように見える自分の顔に苦笑し、杯を空に突き上げる。
「乾杯……『――』」
巫女の名を告げる。
最後に……最後くらい言ってやった。